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38章 森の中へ

 38章 森の中へ


 快晴である。

 熱くもなく寒くもなく、行軍には丁度いい気温だ。

 狩人は身支度を整え、荷物を持ち、酒場に降りる。

 

 酒場は傭兵達でごった返していた。

 1つのテーブルを中心に男達が集まっている。

 椅子には既に皆がいた。

 

「おはよー。何、何でこんな人居るの?」

「ん、おはよう。バルベロの討伐に集まった傭兵達がここに来た」

「そうなの?」 


 狩人は太刀持ちの言葉を聞いて傭兵の1人と目を合わせる。

 目があった傭兵が黙って頷いた。 

 人型に促され椅子に座り、朝食を受け取る。


「主任は?」

「部屋にいる。この男所帯の中歩かせるのはなぁ」

「それもそうか」

 

 むくつけき筋肉達から目を逸らし、狩人は酒場の中を見る。

 木陰が忙しな傭兵やアスモデウス、ラファエルと話をしている。

 地図を広げてどこから攻め込むかを決めているようだ。

 ぬるくなったスープを口に運びながら狩人は気になっていた事を聞く。

 

「ってか何で俺らが仕切ってる形になってんの?」

「この国の上は動かないし傭兵の集まりなんて誰が仕切っても死ぬから、

天使と悪魔を返り討ちにした頭が回る奴を祭り上げとこう、幸運の置物万歳、って感じです」

「聞くだに酷いな!?」

 

 忍冬のあんまりな言葉に衝撃を受ける。

 気を取り直して食事を続けていると木陰達の会話が耳に入ってきた。

 森の入口は東、西、南の3つがあり、狩人達は南から攻め込む事になったようだ。

 

「ま、契約者と悪魔は一緒で考えてよ」

「え、何で? ついて来んの?」


 人型の言葉にアスモデウスが大げさに騒ぐ。


「ヒドい! 弄んだわね! あの夜の約束忘れたの!」

「そんな約束知らないよー」

 

 会話を聞いてどよめきが起こる。

 悪魔人間の傭兵達が不安そうに顔を見合わせる。

 木陰がそれに割り込む。

 

「幾つかの班に分けて行動するんだ。あいつが嫌なら東か西に回ればいい」

「ええ、我々だってアレとは別行動ですから。空飛んでいきますし」 

 

 2人の発言で場が落ち着く。

 落ち着いた後、木陰は移動方法について話し合いを始めた。


 狩人は急いで食事を終わらせる。  

 それを見て回りの人間も準備を始めた。

 

 宿の外に出て狩人は吐きそうになった。

 街の中には生臭い臭いが風に乗って漂っている。

 狩りの時とは違う、腐った血の臭いに顔を顰める。

 

「おーい」


 上から声がする。

 見上げると主任が窓から身を乗り出して手を振っていた。

 4人は手を振り返し、馬車の乗り合い場所へ向かう。


 ボロボロの荷馬車が幾つも並んでいる。

 傭兵を雇った依頼人から話が行っているのか、特に混雑も無いように見えた。

 森の南へ向かう馬車に乗り込み、狩人達は固い床板の上に座る。

 

 それから暫くして、尻が痛くなる程度には馬車に揺られた頃の事だ。


「狩人」

「ん?」


 指で肩を叩かれた後、木陰がある方向を指差す。

 狩人が馬車から顔を出し、その方向に顔を向けると、森の中央に1本だけ、一際高い樹があった。

 冷たい風に、おどろおどろしい気配が乗って来た。

 

 ●


 遠目から見ても異常さが肌で感じ取れた。

 近付いて、ここは人の立ち入る場所では無いと理解する。


 元々、エルフの集落があった所為かそれなりの道が出来ているのが却って奇妙だった。

 馬が興奮して手が付けられなくなった為、荷馬車は森から離れた場所に置く事になった。


 赤いおぞましく螺子曲がった植物が群れを成す。

 腐臭と血の臭いが鼻についた。

 森の中央にある大樹――バルベロの本体――から禍々しさは広がっているようだ。

 動物の気配が無い筈の森から悲鳴が上がる。


 ここは森では無いと狩人は思った。

 立ち入ると、足元で何かがパキりと砕ける。

 それは血に濡れた動物の骨であった。


 傭兵達の最後の1人が足を踏み入れた途端、背後が騒がしくなる。

 振り向くと、粘着質な音を立てながら何本もの蔦が絡み合い、壁を作り出入り口を塞ごうとしている。

 何人かの傭兵が逃げ道を確保しようと蔦に飛び掛かるが、植物とは思えない鋭さで防具を突き抜け傭兵達の体に突き刺さる。


 悲鳴を上げ、液体となる何人かを見て他の傭兵が蔦から離れるように叫ぶ。

 勢い良く逃げる彼らを追うことはせず、蔦は強固に絡み合い、壁となった。

 それを見て忍冬が引き攣ったような笑い声を出す。


「なんて事は無い。勝てばいいんだ」

「……」


 その様子を木陰が見ていた。

 狩人の視線に気づくと先に進むように促される。

 一行は何も言わずに奥に進む。

 

 それ程、歩いていない筈だが、乾いているのに粘着質な地面を歩いていると精神的に疲弊してきた。

 鳥の異様な鳴き声に何事かと空を見ると、手のように伸びた枝に絡め取られ地に引きずり降ろされている。

 恐らくあの後、捕食されるのだろうと木の根が絡んだ動物の骨を見て思った。

 

 突如、地響きと共に地面が上下に大きく揺れた。

 地震かと思った直後、地面が割れ、巨大な木の杭が1本、天を突く。

 避けられなかった誰かの断末魔と血が降ってくる。


 分断された、と理解したのはすぐだ。

 木陰と忍冬の姿が見えない。

 狩人は杭に近付き叫ぶ。 


「2人共無事か!?」 

「あら、上手く分けられなかったわ」

 

 杭から聞こえる女の声に後ずさる。

 バリバリと音を立て、木の樹皮が剥がれ徐々に人の形に変わっていく。


 バルベロ=シュブ=ニグラス。 

 この森を支配する邪神が狩人の肩を掴んだ。

 

 掴んだ手を急いで振り払うと、ビリ、と音を立てて服の肩の部分が破れる。

 そこまで強く掴まれていないと、破れた部分を見てみると、少しだけ溶けたようになっていた。

 

 未だに伸ばされる手をケルベロスが尻尾で薙ぎ払う。

 もげてしまったそれを気に留めることも無く、バルベロがクスクスと笑う。

 その声は杭だけで無く、周りの木からも聞こえてきた。 


 周りの木の皮が溶け人の形になっていく。

 傭兵達が自らの身を守ろうと武器を構える。

 狩人は同士討ちを避ける為に戦斧では無く、ナイフを構え、杭に向かって走る。

  

 バルベロの本体は遠くに見える大樹だ。

 これはただの人形である。

 さっさと片付けて奥に向かわねば、と焦る思考を空気を切り裂く音が裂いた。


 森の中から飛んできた矢が幾つかの人形の眉間を貫いた。

 何事かと矢が飛んできた方にに顔を向けると木陰と忍冬が武器を構えながら茂みから飛び出してきた。

 忍冬を見てバルベロがニタリと笑う。 


 人形達を次々と射る木陰とは対称的に、忍冬はぼうっと立っているだけだ。

 どこか怪我をしたのかと声をかけるが返事は無い。


「……」

「……?」


 狩人は何も言わない忍冬に首を傾げる。 


「あら、惜しかった人。今度こそ仇を取れるといいわね」


 その声に反応し、忍冬がバルベロを正気を失った目で睨んだ。

 獣のような声を上げ、剣を抜き、滅多矢鱈に人形に向かって振り回す。


「……!」


 狩人はその様子を見て、塔の頂上で見た光景を思い出す。

 突如、狂気に囚われ殺し合いを始めた避難民達。

  

 狩人は忍冬を正気に戻そうと近付くが、木陰がフードを取り外し、狩人に投げつける。 

 

「先に行ってろ、何とかなる」 

「判ったー」

  

 人型が急いで恐怖に飲まれかけていた傭兵達を追い立てる。

 狩人も声をかけようとした所で太刀持ちに担がれた。

 何も言わずに走る太刀持ちに走れる者達が後からついてくる。


 足音が血の森を騒がせる。


 ●


 猟犬が出現する時に発する刺激臭を回避しながら狩人達は森の奥へ進む。

 ジグザグと移動していた所為で想像以上に時間がかかった。

 だが何とか大樹までの道の半分までは進めたようである。


 白い羽根が降ってきた。

 何人もの天使達がバルベロの方に飛んで行く。

 その後ろを悠々と飛んでいるのはラファエルだ。

 

 こちらの姿を見つけると自信満々に笑った後、バルベロに向かって光の弾を撃つ。

 障壁に弾かれるものの、他の天使達が同じように行動する。

 その衝撃で地面が揺れ、土埃や砂煙が上がり、視界が悪くなる。

 

 この状況で進むのは危険だと判断し、視界が開けるまで、この場に留まる事にする。

 狩人は空を見上げて戦況を見守る。

 

 バルベロは積極的にラファエルを狙っていた。

 蔦を網のように絡ませたり、尖った木の枝が槍の様に突き刺す動作をする。

 ラファエル達がひらひらとそれらを躱しながら光の弾を何度も撃ち込んでいる。


 バルベロの攻撃は当たらず、また、天使達の攻撃も決定打を与えられない。

 そんな攻防が続いた最中、大量の枝が突く動作を中途半端な所で止めた。 


「……?」


 何事かと狩人とラファエルが動きを観察していると枝の先から粘液が噴出した。

 粘液を羽根で防いでいる隙に、真下から素早く伸びた蔦がラファエルの足首を捕まえる。

 

 動きが止まった所で蔦の本数が増え、胴体に始まり、腕や脚を拘束する。

 そして蔦は背中、翼の根本に伸びる。


「……!」


 ラファエルが歯を食いしばり、蔦を引き剥がそうと藻掻くが手遅れだった。


 メキリ、と耳を塞ぎたくなるような嫌な音がした。

 蔦がラファエルの翼を背中からもぎ取り、天使達に見せつけるように地面に放り投げた。

 それを見た天使達の士気は下がり、戦線は混乱するだろうと、そんな確信を持った笑みをバルベロが浮かべている。

 

 だが光の弾は相変わらずバルベロに向かって放たれている。

 司令官が傷付いても士気は下がらず、天使達の攻撃は止まない。

 只ならぬ様子にバルベロが怯む。 


「何故……!?」

「当然だ」


 痛みに慣れたのか、ラファエルが荒い息で吐き捨てる。


「こいつらは只の人形だ、神や上位の天使の命令に従うだけのな。

だから私がどうなろうが何も考えずに確実にお前を殺す。

何やら私の翼を毟った程度で得意気だったが、……ハッ」 


 所詮、無駄な足掻きだったな。

  

 その言葉にバルベロの表情が歪む。

 火が付いたように喚き、バルベロがラファエルの体を地面に乱暴に打ち捨てた。

 

 あまりの光景に目を逸らす者もいれば、唖然とした表情で目が離せない者もいた。

 そんな中、口を開いたのは太刀持ちだ。


「この森のまだマシな所は?」

「森の東、王都に近い場所は割とマシだ。

魔力が干渉し合うんだろうな。……猟犬に気を付ける必要はあるが」


 太刀持ちの言葉にエルフの男が答える。

 そして質問の意図を理解したのか奇妙なものを見る目で太刀持ちを見た。

 狩人はバルベロから目を離さずに質問をする。

 

「行くのか?」

「ああ、アレは流石に寝覚めが悪い」

「それもそうか」

 

 狩人の言葉に全員が唖然とした顔で互いの顔を見合わせた。

 人型が生暖かい視線を向けてくる。

 それに、と太刀持ちが言葉を続ける。

 

「天使達が攻撃を始めてから例の臭いがしなくなった。

あっちに人手を取られたんだろうな。だとすると」

「だとすると」 

「休憩所と言うか、怪我を治療する場所が確保できそうだ」

「よしやろう」

 

 見事な即決に男達が慌てだす。

 別について来いとは行ってない、と太刀持ちが言うと、先程、質問に答えたエルフの男が行く、と名乗り出た。


 少しだけ沈黙が流れた後、追うように何人かが手を挙げる。

 それを見てアスモデウスが不可思議そうな顔をした。

 

「ドワーフも天使に追われたと思うんだけど、随分奇特な方なのね貴方」  

「と言うか俺が行っていいのか。知らない仲じゃ無いんだろ?」

「うん!? うーん」


 太刀持ちの言葉にアスモデウスが驚いた後に考え込む。


「まぁ、知らない仲じゃないけど、あの人プライド高いしなー。

悪魔が下手に助けに行って傷付けてもアレだし」

 

 少し真面目な表情をした後、にかっと笑って結論を出した。 


「ま、堕とす事はしても傷つける事はしない方向って事で」


 アスモデウスの言い分に、太刀持ちが、よく判らん、と返した後、男達を連れて別方向へ進んでいった。

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