35章 対峙
35章 対峙
「気は済んだかね?」
「……まだだ」
魔法陣を睨みつける魔術師に教祖が声を掛ける。
口から出た声は想像以上に憎悪に塗れていた。
「世界を滅ぼすまでは、まだ」
「そうか」
では、食べ給え、と教祖が椅子を引き魔術師を席へと促した。
その自然な動作に魔術師は席に着いた後に、いや、待てと静止する。
「友よ、君は曲がりなりにも4文字の信徒だったと思うのだが」
「怒りも疑いも信仰だ」
「……そうか」
そういう教祖の顔は穏やかだ。
七面鳥の丸焼きを取り分けながら魔術師は毒気を抜かれたように溜息をつく。
「疑う事があるのか」
「勿論。まだ、御使様や救世主のようにはなかなか」
「そういうものか」
七面鳥の腿肉に齧り付く。
丁度良い焼き加減、味付けだ。
焼いた際に肉汁が抜けすぎていない為、口の中に広がっていく。
葡萄酒で油を洗い流し、次の料理に取り掛かる。
挽肉と茹で卵のパイも見事なものである。
料理に舌鼓を打っていると教祖がじっとこちらを見ている。
何事かと視線を返すと、悩ましげに切り出した。
「ところで、あれは君の仕込みかい?」
「心当たりしか無いのだがどれの事かな」
「ダゴンだよ」
困ったような表情で教祖が言う。
魔術師は腹の中に詰められた野菜を口に放り込みながら、あっさりと真実を口にする。
「そうだよ。どうせ聖母の目的の邪魔になるんだから今、潰しあったって問題無いだろう?」
「問題しか無いよ、もう。みんな不安になっているじゃないか」
「バルベロの御膝元にいて尚? やり過ぎたか……?」
「そこまでだ」
扉が乱暴に開かれた。
2人のエルフが武器を構えている。
●
魔術師と呼ばれていた男が手をかざした。
黒い穴が老人――教祖と呼ばれていた――の足元に現れ、その体を包み込む。
闇が消えると教祖の姿は無かった。
ついでに、卓上の料理も消えている。
食材を粗末に扱わずに済む事に安堵を覚えつつ、木陰は目の前の男を見た。
「答えろ。貴様ら、バルベロの関係者か」
「……」
簡単に口を割る筈も無し。
手荒な真似をしてでも口を割らせるか、と一歩踏み出した時だ。
「……偶然か? 必然か?」
「何の話だ」
魔術師がぶつぶつと呟きながら、こちらを睨む。
懐から小さな革表紙の本を取り出し、パラパラとめくり始める。
「どちらでも構わん。まだ4文字の所に行く訳にはゆかん」
魔術師がそう言うと光弾が幾つも飛んできた。
台所の扉から離れ、広い玄関ロビーへと向かう。
ここで戦うのは流石に分が悪い。
そして何より、ここで得た情報は全員で共有するべきだ。
振り返り、本の情報だけでも持ち帰ろうと視界が更に狭くなるのも構わず本を見つめる。
ネクロノミコン。
表紙にはそう書かれていた。
「!?」
目眩が激しくなり膝を着く。
壁に体を預けるがズルズルと倒れていく。
魔術師がこちらに近付いてくる。
剣を抜こうとするも、手が痙攣して使い物にならない。
「やっべ……!」
忍冬の焦るような声が遠くに聞こえた。
どさり、と受け身も満足に取れずに倒れる。
屋敷に響く静かな足音。
その足音は木陰の前で止まった。
魔術師がこちらを見下ろしている。
その顔に先程の笑顔は無い。
「ではな、御使い」
誰が天使だ、と怒鳴りつけたかったが吐き気と喉の痛みで声が出ない。
目の前に闇が現れ、魔術師の姿は消えた。
●
意識が戻り、急いで2人は街へ戻る。
徐々に濃くなっていく襲撃の臭いに舌打ちをしながら街に入ると、
焼けた建物と抉れた地面、倒れている人間が目に入る。
心臓が早鐘のように鳴る。
空に敵は見当たらず、戦闘の音も無い。
終わった後なのか、とあたりを付けながら仲間たちを探す。
崩れた街で見慣れた背中を見つけ、思わず叫んだ。
「太刀持ち!」
勢い良く太刀持ちが振り返った後、安堵の表情を浮かべる。
「無事だったのか」
「何があった?」
太刀持ちが渋面を作る。
「天使と悪魔の襲撃が」
「……天使?」
国境からは結構な距離があったと記憶していたが間違いだっただろうか。
忍冬が空を見る。
「それにしては随分と静かで」
「あぁ、いや。もう戦いは終わって、偉い天使と思わしき奴を捕まえてある」
太刀持ちが路地裏を指差すと、人型と主任。
そして鎖で拘束された天使がいた。
何も言わずに人型を睨みつけている。
忍冬が辟易した表情で聞く。
「何でおたくらが連れ回してるんです?」
「聞く事聞く前に殺されたら困るしー、戦果が1番大きかったのが俺だったから預かったー」
「不信心者め……!」
人型の言葉に天使の視線が射殺さんばかりに強くなった。
場の空気が張り詰める。
「おーい!」
こちらに向かって呼びかける呑気な声に振り向く。
思いもよらなかった人物に木陰は目を丸くする。
三頭犬に跨った狩人がこっちに向かって手を振っている。
どろどろに汚れてはいるものの、怪我は無いようである。
狩人が木陰達の所までやってきて、犬から降りる。
それぞれの無事を喜び合い、何があったかを報告し合う。
「よく無事だったな。あの後、どうしてたんだ」
「いやぁ、色々あって」
「あ、やっぱり? 何か冥界の方おかしいと思った」
声と同時にバキリ、と甲高い音がして鎖が砕け散る。
すわ、天使の反撃かと武器を構えるが、肝心の天使は何が起きたか理解できていないようだ。
人型の影が揺れ、何者かの形を作る。
悪魔、と理解して木陰は弓を構える。
「まあまあ、お互い積もる話もあるし、どっかで座って話さない?
ねー、契約者ー、拙者お腹空いたの」
現れた闖入者に人型と天使が拳を叩き込んだ。




