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34章 勇者


 34章 勇者


 帝国に新しく酒場が建てられた。

 新たに人が増えるならば盛り場も必要であろうと、

取り急ぎ建物だけは造り、今は商品――主に酒――の搬入待ちである。


 現在、まだ誰もいない建物は食糧担当と代読担当の打ち合わせ場所になっている、

と言えば聞こえは良いが、実態はオッサン達の試飲場所、と言う名の宴会場である。

 場の人間が人間の為、乱痴気騒ぎが起きる訳では無いが、

文官が見れば眉を顰める程度の状況である。

 

「やっぱり酒! ってなると火酒だと思うんですよ」

「火酒よりもエールの方が回転は早くないかね?」

「ラガーは入れないんです?」


 村長は火酒を手酌で注ぎながら書類を書く。

 諸家は意外にもエールが好みのようである。

 ラガーは保存が効くのだが、その分、遠方から持ってくる為、高価だ。


 それぞれの酒を飲み比べながら3人は店で出す軽食について考える。 

 安定して出せるのは干し肉、干し魚だろうか。

 狩りを行った場合、内蔵料理も出せるだろう。


 考えていると腹が減ってきたのでチーズを取り出す。

 これも商品開発の為であると心の中で言い訳をした。


 そう言えば、と黒騎士が別の酒を味見しながら言う。


「果実酒は?」

「果物は子供達のジャムになりました。しょうがないね」

「御無体」


 しょぼんとする黒騎士を見て、この男、意外にも甘党であったか、

と村長は火酒を舐めながら驚く。

 それはそれとして次に何を作ればいいかを諸家に聞く。


「とは言っても何人来るかも想像がつかないしな……、

訓練所などは後回しにしておこうか」

「最悪そこら辺を走らせるだけでも何とかなりますしね」

 

 そうなると住居のような、あっても困らない建物などがいいだろうか。

 村長が提案すると、それでいいんじゃないか、と言う事になった。

 手持ちの資源でどれほど作れるか、文官と相談するべきだろう。


「まぁ、更地だけはありますからどうとでも」

「そう言えば君、再婚は?」


 噎せた。


「な、何で、ゴフッ」

「男ばかり増えても困るだろうし、女性も増やすだろう。

ならば必然、君も再婚を考えるのでは、と」


 諸家が悪戯っぽい表情で聞く。


 帝国にやって来る人間は、戦火から逃れてきた人間が大半だ。

 追われて逃げ切れた人間が帝国に辿り着ける訳で、

その所為か、割合、女性は少な目だ。


 その上、更に人間を増やすのだから男女比はおかしくなるだろう。

 嫁不足は確かに重大な問題である。

 だが、そんな事は陛下達も考えているだろうと言うと諸家が顔を顰めた。


「仕事が恋人の陛下達が当てになるか。

無ければ無いで済まされては他の人間が堪らん」

「いや、いくら陛下でもそんな、ねぇ?」


 黒騎士の疑惑を否定出来ずに村長は黙って目を逸らした。


 やりかねない。

 あの3人の顔を思い浮かべて内心、冷や汗をかく。


「それで?」


 諸家の一声で、結局、話が戻ってしまった。

 村長はゴホン、と咳払いをする。 


「息子が一人前になったら考えますよ」 

「そうか」


 短い返事をした後、諸家がエールを舐めた。


 実の所、再婚する気は無い。

 成人しても何かと危なっかしい息子の事もあったが、

それ以前に妻以上の女性が居るとは思えなかった。


 そう言えば狩人を勇者パーティーに推薦したのは諸家だったなと村長は思い出す。


「彼もなかなか難儀な性格をしているな」

「本当に」 

 

 お針の男性恐怖症。

 すぐに治るかもしれないし、一生治らないかもしれない。

 狩人のあの様子では、治るまで付き合うつもりだろう。


 村長はぐっ、と火酒を煽り、口元を拭う。 


「誰に似たのやら」


 諸家が何も言わずに村長の杯に酒を注ぎ、黒騎士が杯同士を軽くぶつけた。


 ●

 

 無機質で静謐な空間は既に無くなった。

 今やここは生き物の腹の中だ。

 神殿の壁が生臭い臭いを発しながらうぞうぞと蠢く粘膜へと変わっていく。


 狩人は戦斧を構え、ハデスを睨む。

 名前の最後の方がどういう訳か聞き取れなかった。

 聞き取れなかったと言うよりは言葉が違う、という方が近いだろうか。

 

 ハデスが槍を持っていない方の、異形と化した腕を振る。

 急激に膨張し、別れ、爆発したかのように飛び散り、こちらを喰らおうとする。

 芋虫をもっと忌々しくしたような生物が狩人を捉えようと奔走する。


 大きな口を開いてこちらを呑み込もうとするのを避け、

ハデスに戦斧を振り下ろすと、二又の槍がそれを受け止めた。

 ギリギリと耳障りな音を立て武器が押し合う。


「我が名はハデス=■ル■ィ■■ン。

地上と冥界を繋ぎ、屍食鬼の世界を創生する者である」


 ハデスの胴体に、頭の大きさ程の人間の口が現れ、狩人を齧り取ろうとする。

 勢い良く突き飛ばすと、ガチン、と鼻先で歯が鳴った。

 口が悔しそうにギリギリと歯ぎしりをする。 


「何故だ」


 対するハデスは涼しい顔だ。


「地上が荒れ果て、死後の世界は平穏であれと願われて出来たのが冥界だ。

ならば我が全てを飲み込むことに何の異がある」

 

 ぼこり、ぼこりとハデスの体が侵食されていく。


「我が名はハデス=■ル■ィギアン」


 ハデスが再び名乗りを上げる。

 だんだん、聞き取れる部分が増えている。


「冥界の王であり、4文字から冥界である事を定められ、妻の墓標を守る者である」

「そいつがお前の嫁さん殺したんだろうが!」


 カッとなって叫んだのが不味かった。

 目の前に巨大な芋虫が口を開けて迫っていたのに対応できなかった。

 噛まれる前に口の中に飛び込み、ナイフで腹を切り開いて脱出する。


 地面に落ちた後、距離を取り口の中に入った粘液を吐き捨てる。

 流石に腹を中から切り裂かれると致命傷らしい。


 痙攣した後、息絶えた芋虫は、じゅうじゅうと音を立てて腐っていく。

 ハデスがそれを槍で切り捨て、新たな芋虫を生やす動作に入る。 


 狩人はハデスを睨みつける。

 だが、それすらも何も感じないようであった。 

 

「……」

 

 母は凶刃に倒れ、惚れた女は穢された。

 仇はとうの昔に死に、帝国の仲間達にも八つ当たりのような蟠りを抱く日々。

 否、何の罪も無い個人を、その種族であるというだけで厭うなど、純然たる八つ当たりだ。


 父は、これが世の常だと言った。

 成程、だから目の前の神もそれに習っているのだろう。

 ああなるまで、仇も取らずに思い出だけを守るのが世の常なのか。


 冗談じゃない。


「……」


 冗談じゃない。

  

 方法など知らぬ、と言わんばかりにに帝国の光景が目に浮かんだ。

 荒れた土地を開梱する村長、不法入国者が入ってきていないか見回る黒騎士。

 最前線で戦う悪魔人間、森を守るエルフに、日用品を作るドワーフ。

 最近は子供も増えた。

 

 顔に焼印を押されたあの子の傷は癒えただろうか。

 お針はまだ部屋から出られないのだろうか。  


 掌から粘液を拭き取り、戦斧を持ち直す。

 少し飲み込んでしまったが、体に異常が無い事は理解できる。

 まだ戦える。


 帝国を作るのは皇帝達だ。

 戦士達の上に立ち、傷を癒せる場所を作り、学ぶ場所を作るのはあの3人だ。

 ならば。


 帝国の勇者、狩人、17歳。

 武勲を立てただけじゃない、皆を守れる、向かい来る全ての惨禍を切り刻む最強の戦士達を集めよう。 


 狩人は足を滑らせそうになりながらも走る。

 再び芋虫を生み出そうとして動きが鈍っているハデスに攻撃を叩きつける。

 地面に落ちた触手がビチビチと跳ねたが、狩人に踏み潰され息絶える。

  

 槍を弾き、自身も戦斧を槍のように扱いながら攻撃を続ける。

 実力は拮抗しているなどとは口が裂けても言えない、

辛うじて何とかいなせているだけの状況である。


 その様子を見てハデスが感慨も無さそうに問いかける。 


「何故」 

「帰りたがるかって!? こんな場所、願い下げだっつうの!」

  

 その言葉に初めて、ハデスが反応した。

 侮蔑されたと、怒りの表情を浮かべる。


 今までよりもずっと速く、芋虫が生えた。

 吠え声を上げ、狩人を叩き潰そうと芋虫を大きく振り上げる。

 

 当然だ。

 自身への、自分の国への、妻との思い出の場所への暴言。

 何者であっても許されないだろう。


 だが。


「お前」


 懐に潜り込み、異形の腕を根本から叩き斬る。

 胴体の口が伸びて来るのも構わず、それごと叩き切るように斧を振る。


「惚れた女が愛した場所が!

こんな場所だったと本気で思ってる訳じゃあ無いだろ!」


 狩人は文官のように何かの教えを信じている訳では無い。

 冥界の事は何も知らない。

 だが確信だけはあった。

 

 きっと本来この場所は、狩人が訪れた時のような無機質な空間では無く、

ましてや、こんなおぞましい空間では無く、きっと――。  

 

 お針の姿が脳裏に浮かび、どこからか花弁が舞った。

 胴体の傷からハデスの体中に赤いヒビが広がっていく。


「ペル、セ、ポネー……」 


 声だけを残してハデスの体が崩れ去った。


 狩人は地面にへたり込む。

 石では無く蠢いている床は気持ち悪かったが、この際、気にしない事にした。

 指1本動かすまいと固く決意して眠りに入ろうとした。 


 その途端、地面が大きく揺れる。

 粘膜のようだった神殿は元に戻り、上から瓦礫が降ってくる。

 決意を捨てて、慌てて外に出ると、どうやら冥界自体が崩れているようであった。


「乗っていけ」


 声に振り返ると三頭犬がこちらを見ていた。

 狩人は、その背に跨る。

   

 崩れていく岩の道を物ともせず、三頭犬は宙を走る。 

 上に、上に。

 閃光が視界を埋め尽くす。


 ●


 鳥の鳴き声が耳に入った。

 太陽の暖かさが身に染みる。

 目を開けると見知らぬ森であった。


「こっちだ」 


 三頭犬が服を噛んで引っ張る。

 倒れそうになるが何とか踏ん張った。


「判った、判ったよ」


 歩き始めようとして狩人は大事な事を思い出す。


「そういや名前、聞いてないんだけど」


 犬の顔がこちらを向き、紋章が赤く光った。


「……ケルベロス、ハデス様の部下、冥界の番犬である」


 名乗った後、ケルベロスが踵を返し先へ進んでいく。

 狩人は皆と合流すべく歩を進める。

 

 ●

 

 何故だ。

 魔術師は床に書いた魔法陣を睨む。

 陣は完璧に書き上げられ、あとは呪文を唱えるだけの筈だった。


 何故、現世と冥界の境目が消えない。

 魔術師は魔法陣に書き損じが無いかを確かめようと近付く。 

 

 バチッ、と閃光が走り、境界が拒絶の意を示した。

 指の先がかすかに焦げ、白い煙が一筋上がる。


 失敗は無かった。

 バルベロの力で吸い取られた人間は冥界に行かず、彼女の中で産声を上げていた筈だ。

 ダゴンによって深きものに変えられた人間は老衰では死なず、

また、死んだとしてもその魂は既に人間では無く、冥界に入る資格は無い。


 大勢の人間の魂が冥界に行かなくなった事で冥界は、その存在を保てなくなっていた。

 現に、少し前までは死霊を簡単に呼び出せていたのだ。 


 そして駄目押しに廃墟への小細工だ。

 人手を分散させる目的もあったが、1番の目的は死霊を多くの人間に目撃させる事で、

死者が蘇ったと思わせ、冥界への不安を抱かせる事にあった。

 元々歪められていたハデスへの信仰は更に歪み、邪神へと変貌する筈であった。


 外に放っていた使い魔が状況を知らせてくる。

 天使共が国境を超え戦闘を行っていると伝えられると、

魔術師の手の中の木炭が音を立てて砕けた。


 おのれ4文字め。


 皮膚を掻き毟る音と血を吐くような怨嗟の声が廃墟に落ちた。

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