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33章 各陣営(後)


 33章 各陣営(後)


 新たな部下を迎えたのは朝日が上ってから少し経ってからであった。

 国境の見張り台で、文官は総代一行を迎える。


 総代の部下に連れられているのは、身なりが整った金髪の男だ。

 男は卒無くこちらに挨拶をする。


「鞄持ちと申します。これからよしなに」


 そう言って男――鞄持ち――は文官に微笑んだ。


 ●


 文官は執務室で鞄持ちの受け入れ手配を進めていた。

 受け入れ手配と言っても、総代への代金の支払いと、雇用契約書の作成である。


 鞄持ちは今、疲れを癒やしている所なので、早くて明日、雇用条件について話し合う予定だ。

 と言ってもここまで来た以上、形だけのものになるだろう。


 鞄持ちは第11領出身だと聞かされた。

 何が出来るのか判らないが、読み書き計算が出来るだけで、

かなり文官の負担は減る。


 見習いが白湯を持ってきた後、2人は業務を進める。


「ではまず支払いを」

「ええ、お買上げありがとうございます」


 金貨100枚が入った袋を総代に渡すと、確認した後、鞄に仕舞う。

 領収書を受け取り、第11領について聞く。


「しかし第11領からですか。あそこ何かありましたっけ?」

「反乱軍に襲われたか、という意味ならいいえです。

と言うのもなかなか面白い経緯でして」


 総代が言うには、これは貴族流の口減らしであるようだ。

 貴族が口減らし、興味深く文官は耳を傾ける。


 第11領と第9領が接する僅かな領地。

 そこにある物は全て直轄領に接収され、領主達は全員、直轄領に送られた。 

 現在、その場所は戦場の余波を避ける為の緩衝地帯、及び防波堤となっている。


 相手に何も持ち帰らせない、強奪させない。

 そして被害をこれ以上出さない。

 その為の策であり、現在それは成功していると言える状況だそうだ。


 そして幾ら直轄領であっても、当然、全員は抱え込めず、主要で無い人材には暇を出す。

 そういった経緯で総代の下に流れてきたのだと言う。


 第11王子、宝剣公。

 成人したばかりの年齢であった筈だが随分と強行な手段を取る。

 普通は後見人や先代からの部下が止めるのだが、と文官は首を捻る。

 

「宝剣公、お幾つでしたっけ?」

「17ですね」

「思い切りましたね、いや、若いから思い切れるのか」

「若いってあなた」


 1つしか違わないでしょうに、と総代が苦笑いを浮かべる。

 言われてみればそうだな、と気を取り直して疑問を解消する。  

 

「しかし、そんな人が何で奴隷扱いなんです? 普通に紹介じゃ駄目なんですか?」

「それじゃあ私が儲からないでしょうが」

「聞かなかった事にしておきますね」 

 

 文官はそう言って書類に判子を押す。

 つまり裏で儲ける為のなんやかんやがあったのだろうと推察は出来るが、

これ以上の憶測は無意味だ。


 まあまあ、と総代が別の話題を提供する。


「南部の話でもしましょうか」

「何かあったんですか?」


 総代が首を振る。


「何事も無いです」

「……何事も?」

「ええ、何事も」


 文官は思わず甲高い声で聞き返す。


 文官が賈船の首を見せられてから随分と時間が経っている。

 幾ら何でも共和国に訃報は届いている筈だ。

 未だに混乱が起きていないと言うのは、おかしな話だ。


 前に聞いた話では、賈船は共和国の人材産業の柱ではなかったか。

 あのような突発的な死を迎えて運営に何事も無いなど有り得ない話だ。

 文官は諸家の得意げな顔を頭から打ち消しながら更に考える。


 誰か後継者が居て、既に引き継ぎが終わっていたのか。 

 否、それならそれで奇妙でしか無い。 


「あの展開を予想して後継者立てるくらいなら、

そもそも行かないと思うんですよ」

「ほんとにな」


 咳払いをした後、それに、と総代が言葉を続ける。


「王国なら貴族の手前、口を利きませんが、

この前のような悪魔の国での集まりなら、

こちらに挨拶があってもおかしくないんですけどね」

 

 どこで誰を相手に商売をしようが自由。

 建前はそうだが実際は自らの顧客に配慮するのが普通だ。


 だがそれも国境を越えれば関係無い話で、だからこそ悪魔の国での集まりが成り立つ。

 共和国と王国の物流が出来上がる。


「後継者はともかく、賈船は割りと古い人間ですよね。

顔合わせの重要性は知ってる筈なのに」


 文官は右の鎖骨を抑えながら言う。


 そして商人は横の繋がりを大事にする。

 それは奴隷商人を見ていればよく判る。


 だと言うのに挨拶どころか顔合わせも集まりへの出席も無い。

 後継者不在と思われても仕方が無い振る舞いだ。

 これらの事から見ても、賈船は生きて王国に戻る気であったと見るのが順当だ。

 

「なのに向こうの人材産業は何事も無く最低に運営されている、か」

「商売方法は最低だが手腕はある。……思い当たる人間が居ないんですよねぇ。

何かしら噂になってそうなものなんですが」


 諸家が言っていた言葉を思い出す。


「所詮、人形」

「ん?」


 文官は総代に、諸家の感想を伝える。


 首を切った際の違和感と、応答のちぐはぐさ。

 諸家が感じたのはそのようなものであったそうだ。


「あぁ……、成程。

あの方も伊達に国境で侯爵やってませんでしたね」

「それっぽい紋章は見ました?」

「いえ、手の甲には何も」


 契約者では無いのか、と文官は考え込む。

 そうなると能力の使い手は例の後継者か、と文官は結論付けた。


 そして、目の前の男をどうやって止めるか考える。

 奴隷商人の協力者の件もある。

 これ以上の深入りは危険なように思えた。


「総代殿、命あっての物種だと思うんですよ」

「……暫くは現場に出ませんよ。大人しく後方で仕事です」


 この拝金主義者が珍しい、と文官が目を丸くしていると、

銀取引も佳境に入りましたからね、と微笑みながら白湯を飲んだ。



 寒さが身に堪える。

 ストールを巻き直し、狩人は冥界からの脱出を試みていた。

 岩の道を延々と歩き、上へ下へと進んで行く。


 冥界と言うからには悪霊のようなものに出会うかと最初は警戒していた。

 だが歩けども歩けども何も無く、辿り着く先はハデスの神殿だ。

 三頭犬がふんふんと尻尾を振る。


「お前、喋れなかったっけ……?」


 帝国の遺跡で会った時はあんなに自信満々だったじゃないかと、

狩人は3つの頭を撫でる。

 

 いい加減、寒さも限界だったので神殿の中に入り火を借りる。

 もう何度目かになる来訪者にハデスが呆れた声を出す。


「諦めたか」

「まさか」


 水筒の水を飲みながら言った。

 そして近くの灯火台で暖を取る。

 息が白くなる程の凍えるような寒さであった。


 バサリ、と布の音がすると急に目の前が暗くなる。

 バタバタと慌てながら顔を覆う何かを剥ぎ取ると、それはハデスの外套であった。

 借りても良いのかと聞こうとしたが、話しかけるのが躊躇われた。


 ハデスの目はどこも写していなかった。

 身じろぎもせず、ただ虚空を見ている。

 狩人や、他の存在は意識の外にあるように見えた。


 大人しく外套を羽織って火にあたる。

 冷え切った体がじんわりと暖められていく。

 パチパチと火の粉が弾ける音だけがする。


 中には炭や薪が入っているようには見えないが、どのようにして燃えているのだろうか。

 狩人は現実逃避がてら目の前の灯火台について考えた。


「何故帰りたがる」


 かじかんだ指に感覚が戻る頃、ハデスが話しかけてきた。


「ここには何も無い。草木も無い。生物も無い。……争いも苦しみも無い」


 何故帰りたがる、とハデスが言った。

 その言葉にストールを握りしめながら返す。


「世界一の女が待ってるからだよ」  


 それっきり会話は続かない。

 狩人は気不味くなった雰囲気を誤魔化す為に聞き返す。


「つか、アンタはそういう人居ないのか? 王様だったら誰か居るだろ」

「かつて、いた」 


 大戦争の後、信仰が得られず死んだ。

 そう言ったきり、ハデスはまた口を噤み、虚空を眺める。

 眠っているのかと勘違いする程に動かない。


 その雰囲気に狩人は覚えがあった。

 母が亡くなった直後の父親――村長――とそっくりだ。

 

「仇討ちとかしないのか」  


 かちゃり、と金属音がした。

 ハデスがその言葉に反応したようであった。


「ここは、2人で過ごした場所だった。

1人になっても、ここの主であり続ける事が使命であり、妻の望みであった。

いかに変質しようとも、ここは我らの場所である。だが、もう」


 生臭い臭いの風が吹き、火が消える。 


「地獄の釜の蓋が開く」


 目の前にハデスが立ち塞がる。

 急に胸ぐらを掴まれ、祭壇の上に体を投げられる。


 三頭犬が唸り声を上げた後、吼えた。

 それは主人に対する態度では無く、不埒な侵入者へのそれだ。


 受け身を取り反撃に転じようとして急な光に目が眩む。

 ハデスの体が白く光り輝いていた。

 声が神殿の中で反響する。


「我が名はハデス=■ル■■■■■。冥府の王にして屍食鬼の神である」


 美丈夫から異形へハデスの体が変化しかかっている。

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