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30章 調査


 30章 調査 


「御二方、料理は注文しておきましたよ」


 部屋から出て階下に降りると席を取っていた忍冬が手を振りながら声を掛けてきた。


 宿の1階は酒場になっており、昼飯時故にそれなりにごった返している。

 席に着いた所で丁度良く料理が提供され、3人は取り敢えず口を付ける。


 パンに燻製肉を挟んだサンドイッチと炭酸水である。

 半分程、食べ進めた所でいつもの調子を取り戻した木陰が口火を切った。


「それで、何が聞きたいって?」

「海に現れた化物と、それと戦ってる化物についてですよ」

「敵って言うのは」

「別に大した話じゃありませんよ。

ここの顔役が傭兵を雇ってあの化物を倒すなり、小物からこの街を守ったりってお仕事をしに行くだけです」


 2人の会話を聞きながら太刀持ちはサンドイッチを食べ進める。

 ついでにおかわりも注文する。

 遺跡で見つけた本の扱いと交渉は木陰に任せた方が良さそうだ。

 

「字は?」

「契約書にどんな仕掛けがあるのか判らないんでね」


 木陰が本をテーブルの上に置くと忍冬がニヤリと悪い笑みを浮かべた。


「海の方はダゴン、森の方はバルベロ=シュブ=ニグラス」


 他にも深きものの事や猟犬の事など、判る範囲の事は全て話している。


「バルベロ……。ええ、よく知ってますよ。妖精王は御清勝でいらっしゃる?」

「ああ、相変わらずだ」


 心なしか木陰の目付きが鋭くなる。


「……どこかで会ったかな、悪いが」

「いやいやいや、そこは経験ですよ経験。

妖精王直属の兵隊さんとお会いするなんてとてもとても」


 忍冬のこの様子からして間違いない。

 街に入った時から尾行されていたのだろう。

 本人が言うように経験の差で気付けなかったのだ。


「随分と礼儀正しいな」

「躾が良かったもので」


 木陰の嫌味に忍冬が胡散臭い笑みで答えた後、パラパラと本を捲り情報を集め始めた。


 その様子を見て憮然とした表情を浮かべながらサンドイッチを食べている。

 追加で注文した食べ物が運ばれて来た。

 それに手を付け黙々と食べる。


 紙の音がやけに大きく聞こえてくる。

 どうしたものかと太刀持ちは考えていると、本の向こう側から視線を感じた。


 それは先程の胡散臭い視線では無く、どこまでも底が知れない、暗い地底湖のような視線であった。

 その視線に太刀持ちの皮膚が泡立った。


「どうです、ご一緒しませんか」

「何にだ」

「バルベロ討伐」


 木陰が炭酸水に口を付けたまま動かない。

 本を置く忍冬の仕草がやけにゆっくりとした物に見える。 


「人数が揃えば殺せると思いませんか」 

「バルベロが勝つと言う確証は?」 


 太刀持ちは忍冬の言葉の根拠を聞く。

 遺跡で暴れている2人を見る限り戦況は五分五分であった筈だ。

 その質問に忍冬は首を振る。


「ありません。こればっかりは勘ですが……、

津波はいつか引いてダゴン達は引かざるを得ない。

そして森さえあればバルベロは生き残れる」


 エルフ達にとって業腹であるが、それは確かにそうである。

 なにせ彼女は森の邪神である。

 木陰が杯をテーブルの上に置いた。


「仇討ちじゃあ無いんですか」


 先程とは打って変わって冷酷とも言える声で忍冬が言った。


「わざわざ情報を集めてらしたって事はそういう事かと思ったんですけどねぇ」 

「……」


 冷たい汗で体がベタベタとする。

 嫌な沈黙が流れた後、木陰がきっぱりと言う。


「連れがいるんでね、勝手に了承も出来ん」 

「そりゃ残念」


 忍冬が肩を竦めると同時に宿の扉が開く。

 主任と人型が慌ただしく返ってきた。


「ただいまー、誰?」

「おー、2人共休めた……、誰?」


 戻って来た人型と主任が同時に忍冬の方を見た。

 その様子に太刀持ちはこっそり、深く息を吐く。


 ●


 人型達が報告をすると場の雰囲気が静かなものになった。


 3人は先程居たテーブルから少し離れ話す。

 主任と忍冬が興味深そうにこちらを見ているが気にしない事にする。


「成程な」


 悪魔の国や天使の国ならいざ知らず、

人間しか居ない、力を認めさせる悪魔が居ない王国で契約者が生まれる筈も無かったのだ。

 その事に気付かなかった自分に驚愕しつつ太刀持ちは話を続ける。


「文官達は」

「流石に知ってるんじゃないかなー、

御前会議でそれに触れたって話は聞いてないけど」 


 木陰が少し考えた後、舌打ちをする。


「帝国の手持ちの情報で作戦を立てると推論に推論を重ねる形になる……、

結果、事が起きてからしか対処出来ない。弱点をモロに突かれたな」

「弱点?」

「王国情勢の最新の情報、それもかなり深い所。手に入れる伝手が無いだろう」


 だからどこの馬の骨とも判らない契約者の姿で動揺する、と木陰が続ける。

 太刀持ちは情報を持っていそうな面子を思い出す。


 まずは文官。

 外交担当であるがそもそも、帝国の伝手はか細い。

 時折、買い出しで首都に行くがそこで拾える情報は所詮、噂程度の物だ。

 上申は事実のみ、そこに推測や噂は混ざらない。


 悪態が飛ぶ御前会議であるし、そこまで厳守している訳では無いが、

そんな会議でも議題に上がらないと言う事は相当に情勢が不透明だ。

 そう言った内容は危険の周知以外で文官は口にしないだろう。


 次に総代。

 長生きしているだけあって、それなりの情報を得る術を持っているが、それはあくまで商人としてだ。

 政治的な方面の、深い情報は推測するしか無いだろう。

 こちらも相応に危険が伴う情報源である。


 木陰の言うように王国への伝手は、ある意味、壊滅的だ。

 諸家に至っては何をしでかしたのか放逐されている有様である。

 同じ結論に至ったのか木陰が溜息を吐いた。


「お前が見た契約者が反乱軍の人間かもしれないし、この国の人間かもしれない。

判断のしようが無い」

「ま、建国3年の新参もいいとこな国だしねー、ウチ」


 歴史の無さと交友関係の狭さはどうしようもない。

 本来は何十年も掛けて構築していく物なのだ。

 まかり間違っても数少ない文字が読める人間が何日も徹夜をして構築する物では決して無い。


「この前の会談で来た公爵は?」

「無理だな。向こうが欲しがる物が無い。対等な交渉にならん」


 無いものをねだっていてもしょうがないので話を進める。

 取り敢えず簡単にまとめてみる。 


「あれが狩人みたいな野良の契約者ならばそれで良し。

問題は反乱軍の関係者だった場合」

「何をしにこの国に来たか」


 誰か思いつくか、とそれぞれの顔を見るが、何も思いつかない。

 両手を上げて降参の意を示しながら太刀持ちは言う。


「どうする?」

「最悪の事態だけは回避する、その為には……、おい、傭兵達はすぐに出払うのか?」


 木陰の言葉に忍冬が手をひらひらさせながら答える。


「あの2人が争ってる間は近付けませんしねぇ。

どっちかが倒れたら残りを、って感じで。あの感じだと……、4、5日位?」

「割と余裕はあるな」

「この街の中で動く分にはね」


 面白そうに忍冬がこちらの会話に嘴を挟んでくる。


「どうする気だ?」


 何やら作戦がありそうな木陰に内容を聞く。


「ここに来たのが偶然なのか必然なのか調べる」


 街の中の探索、と言う事だろうか。

 ならば人手がいるな、と太刀持ちは言った。 


「契約者相手なら俺は出れないかなー」 


 人型が申し訳無さそうに言うと木陰が手を振る。


「気にしなくていいぞ、こいつ連れて行くから。お前ら休んどけ、2人で行く」 

「!?」 


 忍冬が驚いた表情で木陰を見る。

 恐る恐る、といった風に小さく抗議をする。


「いや、連れて行くからって言われても」

「傭兵だから戦力としては充分だろ」

「!?」


 忍冬が一行の顔をそれぞれ見回す。

 それを見て木陰が含み笑いをしながら言う。


「何だ、聞くだけ聞いて対価も払わないのか」

「飯奢ったじゃないですか」

「ドワーフとトロールの混血を満足させられるだけの金があるならそれでも構わない。

ついでにサービスしておこう。こいつはまだ成長期だ」

「……そりゃどうも」 


 忍冬が財布の中身を確認して頭を振る。 

 恨みがましい目で木陰を見て嫌味っぽく言う。


「随分と交渉上手で」

「経験だよ経験」


 先程の意趣返しと言わんばかりに木陰が言った。


 ●


「それで?」

「ん?」

「何かアテでも?」

「全く」


 その言葉に忍冬の顔が固まる。

 目もくれずに歩を進めると小走りでついてきた。

 宿から出て街の中を歩いている2人は舗装されていない道を歩く。 


「ただ、そうだな」


 木陰はこの国に来てからの事を思い出す。

 具体的には王都で聞いた言葉。

 悪魔人間を悪魔から解放する手段があるという噂。


「噂をバラ撒いている奴。バルベロ本人じゃあ無いだろう」


 対面したバルベロの様子は目に付く者を手当たり次第に吸い取っていた。

 その様子に噂を撒くような迂遠さは感じられない。


「そうなると」

「群れかそれと似たような力を持った人間、

曲がりなりにも神が動いてるんだから悪魔って線は消えるでしょう」

「契約者か、狂信者の類か」


 人型達が見た契約者がそれに関わっているという証拠は無い。

 だが何か、首の後がチリチリするような嫌な物を感じているのも事実だ。

 そして現状、最悪の事態は何かと考えると次の行動は決まった。


「この街で……、何かしらの儀式が出来る場所。人目に付かず、物資を持ち込める場所」

「その心は」

「傭兵達が化物を討ち取りに行く、その後ろに邪神が現れる、それだけは避けたい」


 かつて森でバルベロを相手取った時に挟撃で散々な思いをさせられたのは忘れていない。

 召喚された何かが挟撃の手段を採らなかった場合、向かう先は帝国か国境だ。

 どちらにしても放置は出来ない。


 忍冬が何やら訳知り顔で頷いた後、ついてくるように促す。

 少し歩いていると、徐々に人気が無くなり、全く手入れされていない道が続く。

 多少切り開かれていた形跡はあるものの、長い年月放置されていたのか、荒れ放題の森の中に入る。


 堆積した枯葉と雑草が地面を覆っており、この場所に人が全く来ていない事を示している。

 鳥の鳴き声がやけに騒がしい。

 地面を見ながら木陰は何処に向かっているのかを聞いた。


「何処に行くんだ」

「曰く付きの廃屋敷がありましてね。真っ先に候補に上がる場所なんですよ」


 そう言った忍冬の視線の先に煉瓦造りの朽ち果てた廃屋敷があった。


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