29章 戦士
29章 戦士
追っ手を振り切りながら遺跡から離れて数時間。
南東の街は大きな混乱も無いながら、ザワザワと騒がしかった。
海岸で起きた事件に対応する傭兵を集めているようだが、
とにかく今は休息ないし買い出しをするべきだと意見が一致し、それぞれ好き勝手に行動している。
今は木陰と2人だけだ。
塔から落ちた狩人は落下先に現れた3つの首の犬の紋章に吸い込まれた。
恐らく帝国の地下で倒した悪魔が何かしたのだろう。
「あの紋章の先がどこに繋がっているか、判る訳も無い。祈るしか無い」
「……そうだな」
武器の手入れを終えて尚、それを凝視している太刀持ちを不審に思ったのか、
木陰が話しかけてきた。
「どうした?」
「いや、最高の戦士とは何かと思ってな」
常日頃から考えている事が口に出た。
ドワーフの内部は今、2つに割れそうな状況である。
若年層と年配層で意見が対立しているのだ。
戦士の在り方。
敗走を経たドワーフはどうあるべきか、議論は紛糾し、事態は混迷を極めている。
その事態を収める為に太刀持ちは勇者として名乗りを上げたのだ。
しかし、この国の闇は想像以上に深かった。
バルベロ、ダゴン、深きもの。
簡単に武勲が挙げられるとは思っていなかったが、こうも敗走が続くと弱音を吐きたくなる。
ただ、深刻に引きずる程のものでは無く、ただふと口に出ただけなのだ。
「エルフだ」
しかしその言葉に木陰が異常なまでに取り乱した。
普段とはあまりにも違う、取り乱した声に顔を上げる。
「木陰?」
布で顔を隠されていても判る程の怒りとも嘆きとも取れる表情。
「俺達エルフが最高の……!」
ぎちり、と拳を握りしめる音がする。
あまりの様子に言葉を出せずに居ると、深く息を吐き倒れ込むように座り込む。
床を睨みながら木陰がか細い声で言った。
「話したいのなら勝手にすればいい」
「……ああ」
だが話を続けられる雰囲気でもない。
どうしたものかと考えていると、それを妨げるように扉がゴンゴン、と叩かれる。
2人が戻ってきたのかと思ったが扉が開く様子は無い。
「……?」
手が荷物で塞がっているのだろうかと扉を開けようとすると木陰に止められた。
短刀を構えながら木陰が誰何する。
「誰だ」
扉の向こうの人物は答えない。
武器の方に視線を寄越すと男の声がした。
「兄さん、純血のエルフでしょう?」
「……!」
「おおっとお!」
その言葉に木陰が剣を抜こうとすると、それを感知したかのように扉が乱暴に蹴り開けられる。
向こう側に立っていた男の姿を見て木陰が動きを止めた。
「そう警戒しないで下さいよ、私も同じなんですから」
扉の向こうにはやけに世慣れた風のエルフがいた。
有り体に言えばかなり俗っぽいエルフである。
歳は250を越えた程だろうか。
「ちょっとお話しましょうよ。
あっちの方に現れた化物の話。
傭兵なもんで敵の情報は喉から手が出る程欲しいんですよ」
ご飯くらい奢りますよ、と男がヘラヘラと笑う。
木陰の方を見ると、うわぁこいつ胡散臭え、と言うのを全く隠しもしない表情をしていた。
今日は珍しい物が沢山見れる日であると思わず現実逃避をする。
取り敢えず安全が確保できる場所を指定する。
「宿の酒場でいいなら」
「もちろん!」
「……名前は」
では早速と立ち去ろうとした男の名前を木陰が聞く。
これは失礼、と胡散臭い笑みで男が答えた。
「忍冬と申します、お見知りおきを」
そう男が名乗った。
●
「帝国における勇敢な戦士」
鍛冶王の言葉に一瞬きょとんとした後、皇帝が断言した。
「俺」
「武神さん、正気の狂戦士が何か言ってる」
「正気の狂戦士」
武官のどこから突っ込んで良いのか判らない発言に武神が固まる。
相変わらずのやり取りを経ながらも、文官は鍛冶王の話を聞く。
「それは改めて定義するような話なんですか? 人種も違うのに無理に当て嵌めても」
「ああいや、人種っていうよりはアレだ。アレよ、世代間の軋轢って奴よ」
「はぁ」
グビ、と酒を飲みながら鍛冶王が続ける。
「4、50年程前か、俺らが悪魔に追い出されてここに来たのは」
飲むか、と聞かれ頷く。
酒を注がれ口に含むと鍛冶王が語り始める。
「ちったぁ聞いたかもしれんが、ドワーフってのは太陽の光を浴びると死ぬと言われていた。
まぁ、文明の前の神々が幅を利かせてた頃ならともかく、今は実際死ぬわけじゃねぇ。ただその名残はあった」
飲め、と酒を注がれる。
文官は酔っ払わないように気を引き締める。
と言うより話に気を取られて酔えない。
「洞窟の中で一生を過ごせる事が強さの証だと、陽の光を浴びない事が強さの証だと考えていた。
だがそいつは悪魔達にひっくり返された」
恐らく傷を受けたのであろう足を撫でながら話を続ける。
「負けて逃げて熱い日差しを浴びて飯も風呂も無い、そんなのが続いたんだ。
俺達戦士に対する口も姦しくならぁな。俺も散々文句を言われた」
「放っておけ、所詮戦えぬ者に意味は無い」
「オーディーンー」
「むぅ」
皇帝が武神に寄り掛かると拗ねたように唸り声を上げた。
それに構わず文官は話を進める。
「そちらでは成人は何歳からなんです?」
「150、そっちとそう変わらんな。混血だともうちょい下がるが」
人間の15歳が純血のドワーフ、エルフの150歳、単純に考えるとこうである。
「それで、えぇとどこまで話した」
「戦士に対する扱いが悪くなって、……それで何で世代間で争うんです?」
「おお、そうだった」
文官の言葉が酔った頭に染みたのか、鍛冶王がもにゃもにゃと話を続ける。
「今の場所に居着いて、帝国が出来て、それなりの形は出来上がった。
国の中に居る分にゃ危ないこたぁ何も無い。
外から来た年寄りからすりゃ外は不名誉の刑場だが
この国で生まれた若いのからすりゃ怖いもんがねぇ只の遊び場なのよ」
「そこに降って沸いたバカの勇者パーティー政策」
「うるせいやい」
皇帝に頬を突かれるのを黙ってやり過ごしながら文官は考える。
ドワーフは武勇を誇る種族である。
本来であれば悪魔の国で悪魔を倒すなり、外敵を退けるなりして戦士として成長するのだろう。
だがここは帝国。
山に囲まれ、国境沿いの警備こそ任されるものの、ドワーフ達の担当は東側。
遊牧民達を相手にするが彼らはめったにこちらには来ない。
天使の国が目的であるし、略奪をして物資を調達するには場所が悪い。
竜騎士に聞くと東の山は一層高く、竜も超えられない高さなのだそうだ。
戦場が無い、戦いが無い。
そうなると若い男達はこう考える。
外に出なければ戦士になれない。
「選別、大変だったんじゃないですか」
「まあな」
すいませんうちの陛下が、と頭を下げると、もう慣れた、という風に笑われた。
ふぅ、と酒臭い息を吐いて鍛冶王がつまみを食べる
野菜の酢漬けである。
肉は無いのかと文句を付けながら鍛冶王が管を巻く。
「帝国が出来て若い連中は外に出たがってる。
姦しかった周りの連中すらそれを後押ししてる。
当然、老人はいい顔をしやしねぇ」
「お前さん自身は?」
「おりゃもう老人だもの、外に出る歳でもねぇさ。
思うこたぁはあるが元々敗残兵、わざわざ口に出すこっちゃねぇ」
皇帝が文官の隣に座り酒を呑む。
「どうしようもねぇな、放っとけ放っとけ。後は勝手に下が何とかする」
「そりゃそうさ、そりゃそうだが」
ふしゅぅ、と鍛冶王が萎む。
「若いのがなぁ」
「ま、気使うわな」
そういった気遣いとは無縁の男が言うと、武官が驚いた顔をした。
その顔を見た皇帝が武官を追いかけ回すさまを文官は酒を舐めながら見ている。
●
宿に着き水浴びをした後、2人は買い出しに来ている。
「まず服だろー、そんで服だろー、……あとは服かなー」
「保存食とか買わないの? 何で服ばっかり」
「何となくー、女の服って色々あんのな、見てて楽しい、おいこれ着ろよー」
「僕の服!? 何してんの早く保存食買おうよ!」
ずるずると主任に引き摺られ人型は食料品を買い込む。
買い求める人間が多いらしく何処の店も品薄であった。
何とか必要な量を買い、休憩がてら昼食を取る事にする。
道を歩いているのは、様々な装備を身に着けた傭兵達だ。
「あの化物を倒すのに傭兵が集まってるんだね……。何とかなるものなのかな」
「なるんじゃないのー? よく判らんけど」
白湯と干し肉のスープ。
そして運良く、焼きたてのパンが出された。
これだけでも充分なご馳走である。
「気楽だなぁ、こっちは新しい住処探さないといけないのに」
「なんか無いの仕事、この街だと傭兵とかだろうけど」
人型は遺跡で主任と出会った時の事を思い出す。
木陰に言われなければ気付かなかった程の尾行能力。
あの見事な隠形ならば斥候か何かで雇われないだろうか、そう言うと首を横に振られた。
「200年くらい前かな、純血のエルフが奴隷商人に乱獲されてね、
男の人達は戦奴とか王都の剣闘士とかそっちに回されたんだよね。
ほら、あの人達、僕らに比べて長命でしょ? それくらい前の人達だとまだ現役なんだよね」
「……」
親の顔よりも見た顔が思い浮かぶ。
混血のエルフにしては長く生きている男の顔である。
いやまさか別人だよな、と浮かんだ考えを振り払い話を聞く。
「僕らに出来る事ってあの人達はもっと上手くやるんだよ。
弓とか森に隠れる事とか。だからお呼びじゃないんだよね」
他の仕事が無い訳では無いのだろうがそれ以上は聞かなかった。
昼から聞くような内容ではないし、何より艶噺はもっと楽しくやりたい。
そう思いながらパンに齧りつくが、主任が窓の外をじっと見ている。
「冷めるぞー」
そう言いながら人型も視線を向ける。
この街の人間にしては妙に身なりのいい男が歩いている。
手の甲に鰐の紋章と馬の紋章があった。
「アレ、なんだろう入れ墨? にしては妙に……、何だろう禍々しい?」
「契約者……? 反乱軍? 何でこんな所に」
主任が首を傾げる。
「契約者って?」
「悪魔と契約した人の事ー」
「えっ、どうやって?」
「えー? 何か儀式をして? 悪魔と契約するとか?」
文官から伝え聞いた話はこのような話であった。
饑饉の際、内容は分からないが契約をすれば食糧が手に入るという噂が流れる。
飢えた民衆はその儀式に飛びつき、契約者が生まれ、それを討伐する為に王国が動き、
それ故に反乱軍に契約者が加わったのだろう、と言う事らしい。
それを説明すると主任がうぅん、と悩ましい声を上げる。
「なんか変じゃない?」
「何が?」
「人間って魔法使えないじゃん?
エルフみたいに魔力があるわけでもないし、儀式なんかして契約できるのかな?」
「……!」
狩人は悪魔を倒し力を手に入れ、皇帝は出会った時から既に契約者であった。
何をしでかしていても不思議では無い性格であるが故に失念していた。
悪魔人間と同様、人間は魔法を使えない。
窓の外を見ると男は悠々と歩いている。
どう対応するか考え、人型は食事を続ける事にする。
「やめとこ。操られても馬鹿馬鹿しいや」
「……そうだね」
そう言って2人は食事を再開した。




