序章(4) 荒野の信徒
序章(4) 荒野の信徒
主よ、見守り給え。
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ぱちり、と火の粉が弾ける音がした。
暖炉の火が部屋の中を照らしている。
石造りの部屋。
中には机と椅子、本棚、来客用の長椅子が備え付けられている。
簡素な執務室、と言った所か。
机の上には何枚かの書類がある。
よく判らない文字と絵がたくさん書かれていた。
本棚の中には木の輪で綴じられた紙束のような本が詰め込まれている。
息苦しささえ感じる程に部屋の中は整頓されている。
その中で、エルフの老婆が少女に昔話を聞かせていた。
少女は10を超えた頃の年だ。
老婆は70程だろうか。
話は終盤に差し掛かっていた。
老婆が寝入った他の子供を起こさないように、声を潜めながら話を〆る。
「……そうして、この国は出来上がったのさ」
過去に思いを馳せながら老婆が暖炉の火を見る。
文化の違いから争い続けていたエルフとドワーフ。
悪魔の国から逃げ出してきた悪魔人間と人間の難民達。
天使の国から亡命してきた知識人、王国で売られていた奴隷達。
そして、それを1つにした3人の男。
「……あの人が?」
少女は誰も座っていない椅子を見る。
この部屋の主、奴隷として売られていた少女達を買った男。
そして新たな国民として、部下として招き入れた男。
18程の年齢だろうか。
短く切られた茶髪に手甲と足甲だけの簡素な防具。
仏頂面で、剣を腰に携えていた。
この部屋に皆を通し、黙々と書類を書き上げ、何処かに行ってしまった。
どれ程の時間が経ったのか帰って来る様子は無い。
窓に取り付けられた木の蓋。
僅かに空いた隙間から太陽光が差し込んできた。
部屋の主がここから出たのは、まだ外が暗く寒い時間だった。
うつらうつらと、船を漕ぐ少女の頭が優しく撫でられた。
瞼が重くなり、遠くなる意識の向こうで老婆が答える。
「そう、あれが帝国文官。この国に居る3人の変わり者の1人。
……この国で唯一、天使の教えを奉ずる男さね」
老婆が椅子から立ち上がり、蓋を取り外す。
山の匂いの風が吹き込んだ。
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森の中で目が覚めた。
天へと向かう階段は途中で欠け落ち、建てられていたであろう柱もボロボロに朽ちている。
元は白かったであろう石の建物は時間の経過によって薄汚れている。
幾つもある門にも、堅牢な壁にも、文明の時代、大戦争の頃に攻撃を受けたらしき跡がそこかしこに見て取れた。
植物の蔦が石に絡みつき、木の根が石を持ち上げ、ヒビを入れている。
日の当たらない所にある柱は苔で覆われている。
崩れた門を潜る。
森を抜けると、帝国を見下ろす高い崖に出た。
風が強く、雲が早く流れている。
朝が早い所為か見下ろす帝国は霧で真っ白だ。
冷たい空気が顔に直撃する。
風が強く、雲が早く流れている。
朝が早いせいか見下ろす帝国は霧で真っ白だ。
雲海、と言うのだろうか。
東側の山が高いせいで道が遮られさえしなければ、このまま歩いていけそうな景色だ。
山を超え、朝日が盆地に降り注ぐ。
西の方から、北の方から、戦の音が風に乗って聞こえてきた。
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文明が滅びて幾星霜の年月が経ち、名前を失った大陸では天使と悪魔と人間が長い長い戦いを繰り広げている。