26章 深きものと肉断ち
26章 深きものと肉断ち
ざぶん、と図書館の奥から水音がして、狩人達の左側から4人の魚の男達が現れる。
何らかの原因で図書館の床と地面が崩れ、海が入り込んでいるのだろう。
だから、狩人も気づかなかったのかと人型は納得した。
敵は5人。
2階から現れた1人が狩人の正面、
海から現れた4人が人型の正面、図書館の奥、狩人の左側にいる。
木陰が丁度良い、と笑う。
「お前らが何をしに来たか当ててやろうか、
俺達に出会ったのが偶然、ならばこんな所に来る理由も限られる。
何故今更、という疑問は残るがな」
現れた男達の目線が横に泳ぎ、ある一点を指し示した。
2階の本棚。
「そこか、馬鹿め」
2人、海に落ちた。
木陰が軽々とした身のこなしで2人の男達の目を射抜いた後、
視線が向けられていた場所に飛んで行く。
足場が悪く、行く事が出来無いと思われていた2階へ、
吹き抜けから壁や本棚を伝って登って行く。
軽々と崩れかかっている床に降り立ち、部屋の中を飛び回る。
2階に降り立ち、奥に消えた後、本棚から本を持ってきた。
「おい、あったぞ」
どうやら目的の物を見つけたらしく、
こちらに現れ本をパラパラとめくり、わざとらしく読み上げる。
「海の底、ダゴン……、の配下。クトゥルフ神話の深きもの、だな?」
「それがどうした」
「別に?」
その言葉に男が床にベッ、と水を吐く。
随分と短気なようだ。
太刀持ちが深きものから目を逸らさずに聞く。
「本が残ってたのか? あの本は?」
「処分しきれなかったんだろ、まだ沢山残ってた」
工作が下手だな、と煽る木陰に狩人が突っ込む。
「それ単に俺達がたまたま間に合っただけじゃ」
「黙れ」
木陰が狩人の言葉を封殺する。
さて、と人型は今の状況を整理する。
敵は3人、ただし増える可能性はある。
目的の物を手に入れた事と、主任の戦闘能力が不明な事を考えると撤退も視野に入る。
しかし、神の使いならば追跡能力はかなり高いと見るべきで、逃げ切れるかどうか不明瞭である。
先程、攻撃を受けたが体に異常は無い。
そして何より、と考えた所で同じ事を思ったのだろう。
深きもの達が攻撃を仕掛けてきた。
入り口に一番近い人型に向かって、水かきに鋭い爪が付いたような手が振り回される。
それを避け懐に潜り込み、腹に一撃を入れた後、狩人達の方へ向かう。
「んで、どうするよー」
「そりゃお前」
ちら、と主任と太刀持ちの方を見ると2人共頷いた。
ざぶざぶと激しく水面が揺れる音が聞こえる。
その音に混ざって、ペタペタという音がどこからか聞こえてきた。
壁の向こうから聞こえてくるような感じがする。
狩人が形振り構わず叫んだ。
「てったああああああああああい! 撤退、撤退!」
声と同時に2人の深きものが飛びかかってくるが、太刀持ちがそれを薙ぎ払う。
深きものが壁に叩きつけられると、その衝撃で壁が崩れる。
薙ぎ払った数よりも多くの深きものが海に落ちる。
どういう事かと目を凝らすと開いた穴から海と、壁をよじ登る深きもの達が見えた。
木陰が2階から飛び降りてきて、弓を構えると本棚や瓦礫の影に隠れてしまう。
「チッ」
木陰が舌打ちする。
一行は先程、殴り倒したもう1人を飛び越え、踏みつけながら外に出る。
背後から深きもの達の咆哮が追いかけてくる。
一行はただひたすら走る。
●
肉断ちは男達を追う深きもの達の前に立つ。
今、彼らを連れ去られる訳にはいかない。
聖母は言った。
復讐に燃える者、変異に怯える者、先が見えない者。
そして、迷う者。
彼らはそういうものである。
聖母に救われなければならない者達である。
それ故に、肉断ちの行動は決まっていた。
「……貴様」
肉断ちの姿を見た深きもの達が警戒を顕にする。
彼らとは何度も図書館で会った仲であると言うのに手厳しい。
それはそれとして、肉断ちは用件を手短に言う。
「あれ、聖母様が気にしてるの。引いてくれる」
「抜かせ売女の使徒が。我が神を邪神呼ばわりした連中の手先と語る口など無いわ」
「あー……」
一閃。
肉断ち包丁が深きものの首を落とした。
深きもの達がどよめく。
自分達のように強い体、鱗を持つ訳ではない、ただの人間。
そして肉断ちは体に恵まれている訳でも無い。
そう油断していたのだろう。
「今日の晩御飯は魚ぁ」
2匹目。
深きものの体を肉断ち包丁が裂いた。
●
地下遺跡。
階段を降りた先には広い道や店のような造りの部屋がある。
何に使うのか判らない鉄の箱が幾つもくっついた物、
ボロボロに剥げた数字と線で書かれた地下遺跡の地図、
小さな扉がついた門柱のような物。
段の高さが違う、黒い階段で地下に降りると、床に黄色いタイルがたくさん並び、
柱が何本もある奇妙な部屋に入ると左右に大きな溝があるのが判る。
溝の底には金属の棒が2本、一直線に置いてあり、暗い洞窟がどこまでも広がっている。
●
「第1回、勇者達の作戦会議ー」
「ういー」
「いえーい」
深きもの達から逃げ、海から離れた地下遺跡で、一行は夜を過ごす。
今いるのは店のような部屋で、椅子と机が揃っている。
どうやらこの地下遺跡、全部が繋がっているらしく、
声を聞き付けた住人が遠巻きにこちらを見ていたが、
主任の姿を見ると安心したように姿を消した。
見た限り、住人は悪魔人間であったりドワーフであったりと、
多種多様の種族が混ざっているようであった。
一行は蝋燭の灯で本を見ながら作戦を立てる。
「それで、なんて書いてあるんだ」
「シュブ=ニグラス……、あった」
木陰が書いてある内容を読み上げる。
本は虫食いになっているがそれでも基本的な事が判る程度には残っていたようだ。
千匹の仔を孕みし森の黒山羊、狂気産む黒の山羊、黒き豊穣の女神、万物の母。
豊穣の悪神、化身の木と呼ばれる特別な木を通じて顕現する。
男性の面も持ち合わせる。
ティンダロスの猟犬と呼ばれる生き物を産ませ……。
「……っと」
ここから先はボロボロになっている。
木陰でも判読は出来ないようであった。
ティンダロスの猟犬とは散々、狩人達を追いかけ回したあいつらだろう、とあたりを付ける。
取り敢えず、狩人は率直な感想を口にする。
「木、って事は燃やせば良いのか?」
「そんな素直に燃えるのかねー、あれ」
人型の言葉に首を傾げる。
曲がりなりにも神である。
「まぁ、殺し切る事は出来ないだろう。
精々、宇宙とやらに追い返す程度の話だ」
「成程」
次に木陰は深きもののページを見る。
深海に住む、ダゴンとハイドラを崇拝する種族。
老衰はしないが、外的な要因で死亡する。
人間を拐い、子孫を増やす。
ルルイエの浮上とクトゥルフの復活の為に暗躍する。
「ルルイエ?」
木陰がページをめくる。
クトゥルフが封印されている都市、とだけ書かれているらしい。
そのクトゥルフとは何か、とページをめくったが、見事にごっそり抜け落ちていた。
「判ったような判らんような」
太刀持ちが眉間を揉みながら言った。
そう言えば、と狩人はバルベロが言っていた事を思い出した。
自分はクトゥルフ神話とグノーシス神話が混ざった物だと。
「バルベロは混ざったって言ってたけど、あれはどっちが主体なのかね?」
「シュブ=ニグラス」
「お、おう。何で?」
太刀持ちにハッキリと断言された。
戸惑う狩人に太刀持ちが説明する。
「グノーシス主義が主体ならば自らの事を神とは呼称せずに、
高次の霊と呼ぶ。あれらが神と言う時は他宗教との比較の時くらいだ」
「どゆ事?」
「天使の国が崇める神が偽の神、
アイオーン、つまりバルベロやその他の上に立つ至高者と呼ばれる者が真の神であると、
まぁ、そういう比較でな」
「あぁ、そういう」
「彼女らが言う霊的存在、と言うのがこの世界でどういう立ち位置になるのか、そこまでは判らんがね」
物質と霊、悪と正義。
グノーシス主義における根本はそこにあるのだと太刀持ちは締めくくった。
「……何か難しい話だね」
「あっ」
曖昧な表情で主任が言った。
そして、周りを見ると既に真っ暗だ。
すっかり話し込んでいた。
もう夜も遅いし眠れる場所はあるかと聞くと、寝台がある部屋に案内された。
寝台と簡易な仕切りがある部屋だ。
主任を部屋まで送って行った後、寝台が2つしか無い為、それぞれ交代で見張りをしながら眠る事になった。
くじ引きでハズレを引いた為、狩人と太刀持ちが見張りに立つ。




