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25章 遺跡の住人


 25章 遺跡の住人

 

 海岸から遠く離れた場所を男が歩いている。

 この国に珍しく、布と革の防具しか纏っていない男だ。

 

 肉断ち。

 男はそう呼ばれている。

 

 肉断ちは頼まれ事である、人探しをしていた。

 足音、臭い、声。

 それらを辿ってここまで来た。

 

 ざぶり、と海から音がした。

 探索を遮る程の大きな音である。

 そちらに顔を向けるとエラとヒレがある、二足歩行の魚のような生き物が、無数上陸している。

 

 それが何なのか、肉断ちは知っている。

 

 深きもの。

 我らが聖母、バルベロ=シュブ=ニグラスの敵の手先である。

 

「今晩は魚ぁ」

 

 そう言って肉断ちは肉切り包丁を手に取る。

 

 ●


 継目の無い石畳が地面を覆い、ボロボロに崩れた塔が幾つも立っている。

 地面を塔の破片が覆い、道には柱のような物が何本も立っており、

かつては丁寧に整えられていたと思われる草木が自由に伸びている。


 塩の味がする風が吹き付ける。

 初めて見る海は灰色で、あまり綺麗ではなかった。


 整えられた海岸に、奇妙な形をした石がたくさんある。

 狩人達は王都からさらに西、文明の遺跡に足を踏み入れる。


「うええ、ボロボロ」

「資料が無事なら良いけどねー」

「つかあれが海? うおおお海ー!」

「喧しい」


 足元に気を付けながら狩人達は、それらしき物がありそうな建物を探す。

 建物の中には様々な物が放置されている。


 帝国にあった遺跡でも見た箱の形をした道具。

 何やら文字が書いてある円形の何か。

 小さな何かの部品のような物。


 だが殆どは焼け焦げていたり、何に使うか判らない物ばかりだ。

 何か文字が書いてある物があれば、とも思ったのだが見つからない。

 狩人達は更に奥に進む。


「人が住まない場所などこんな物か」


 木陰が道路にある、地下に向かう階段を見ながら言う。

 近くには錆びた鉄の奇妙な箱のような物があった。

 扉があり中には椅子がある。


 太刀持ちの方を見ると黙って首を横に振られた。

 金属としても、もう使い物にならないらしい。


「大戦争で文明の機器は全て使えなくなったらしいからな」

「えーと、ドワーフも知らない妖精だっけ?」

「エルフもな」


 大戦争の際にそれらの妖精が全て死に絶え、文明は滅びたと伝えられている。

 木陰から説明を受け、狩人は王都の光景を思い出す。


「王都は?」

「あそこは別だ。悪魔の魔力が影響して都市が若返る、らしい。

ところで気付いているかお前達、先程から尾行されているな」


 突然、木陰が矢を放った。

 それは曲線を描き建物の隙間に飛んでいく。

 事態を理解し、全員が武器を構える。


 薄暗い路地裏に向かって走る。

 武器を構えて飛び込んだ所で動きが止まる。


 壁に刺さった矢の下にへたり込んでいる女が居た。

 歳は18程だろうか。

 見つかると思っていなかったような様子で、驚きとこちらへの恐怖の表情が浮かんでいる。


「お、っおおおおお前達、どっこから来た、ここはぼ、僕達の縄張りだぞ!」

「……」


 果敢にもこちらを威嚇する女を見て気が削がれる。


 察するに、この遺跡に住んでいる何らかの集団の1人。

 急に現れたよそ者を警戒して尾行していたものの、木陰に看破され今に至る。

 恐らくそういう事なのだろう。


 どうするよこれ、と言った空気が流れる中、木陰が前に出る。


「丁度良い。おい女、案内しろ」

「木陰さんそれはちょっと」

「解せぬ」

 

 ● 

 

 女は主任と名乗った。


 狩人の推測通り、この遺跡に住んでいるらしい。

 目的を告げ、危害を加える気が無い事を説明すると、取り敢えずは安心したようであった。


 そういう事なら図書館という場所がある、

と交渉の結果、保存食を幾つか譲渡する約束で主任に案内される事になった。

 道中、道から外れはしないものの、好き勝手に歩いている。


 狩人は何か面白い物が無いかと辺りを見回し、人型は少し離れてそれについて行く。

 太刀持ちは主任と会話、と言うより一方的な受け答えをしており、 

木陰はどうしているかというと塔の上や柱の上を飛び回っている。


「へー、ドワーフとトロールの混血なんだ。

始めて見た、君達、洞窟から出ないんだもん」

「ああ、そっちは」 

「エルフと人間。だからよく尾行とか見張りしてるんだ」

「だからって1人で」

「だってまともに尾行できるの僕だけなんだ。

他の子達は下手糞だしね。気付かれたのだって今回が初めてなんだから」

「そうか」


 何か言ってくれと目線を寄越されたが、楽しそうで何よりである。

 上から木陰が声を掛けてきた。


「おい、あれか」

「あ、そうそう」


 前を見るとあまり崩れていない建物が海沿いにあった。

 ボロボロに朽ち果てているが、まだ原型を保っている。

 硝子の破片が辺りに散らばっている。


 扉は破られているようで簡単に中に入れた。

 誰も居らず、崩れた棚と散らばった本が床に散乱している。

 中はかなり広く、吹き抜けのロビーと2階に行く階段まであった。 


「これを俺1人で何とかしろと」


 木陰が腹立たし気に唸る。

 それを見て得意気に主任が言う。


「僕、ちょっとだけなら読めるよ。手伝ってあげよっかー?」


 宥めるように太刀持ちが提案する。


「こういう場所はそれぞれの情報毎に場所が決められているだろう」

「宗教、神話か。クトゥルフ神話だったか?」

「2階はやめておこうぜー。危なっかしくてしゃあねぇや」


 人型が階段に足を載せるとボロ、と崩れ落ちた。

 確かに上るのはやめておいた方が良さそうだ。


 狩人も中へ進むとぐちょ、と足元から音がした。 

 音は踏んだ本からしたようでそれを拾う。

 それはびしょびしょに濡れていた。


 上を見る。

 天井に穴は空いていない。

 雨漏りか、とも思ったが本から潮の匂いがした。


「洪水でもあったのか?」


 主任が反応する。


「洪水? ああ、津波とか高潮の事?

まさか、最近は天気もいいし何も無いよ」


 矢は飛んで来たけど、と言う主任の言葉を聞き流し、狩人は観察を続ける。

 確かに他の本を見ても濡れていない。


 いや、濡れていないと言うには語弊がある。 

 一部、まるで足跡が続くように濡れている。

 図書館の中には何者の気配も無いように思える。

 思えるがどうにも嫌な予感が拭えない。


「提案があります」

「どうした」 


 事態を察したのか太刀持ちが地面に耳を付ける。

 妖精の声を聞いているのだろう。


「撤退しない?」


 木陰が弓に矢を番える。

 主任が短刀を取り出す。


「おい女、他にこういう場所は」

「あるよ、あるけど、ここ程ちゃんと残ってないんだ」


 屋根が崩れて雨が入り込んでる、と言う。

 人型が頭を抱えるが、すぐに切り替えた。


「何でも良い、要はかち合わなきゃいいんだ。

出ようぜー」 


 そう言って人型が外に出ようとするのを太刀持ちが叫んで止める。


「待て人型! 階段の上だ!」

「!?」


 暗所から何かが飛び降り、人型に攻撃をする。

 背後からの攻撃であったが、振り返りながらそれを受け流し、回転しながら距離を取る。

 攻撃してきた何かは着地し、体勢を整える。


 その動きに淀みは無い。

 悪魔では無いのか、と狩人は分析する。

 びちゃびちゃと蛙のように跳ねてそれは影から現れる。


 魚のような顔をした男であった。

 腕をだらりと垂れ下げて、左右にだらしなくゆらゆらと揺れながら歩いている。

 まるで水場から上がってきたかのようにその体は濡れており、足元に水溜まりができている。


 首の周りがエラのようにデロデロとした皮膚に覆われている。

 水かきのような手には本を持っている。


「捜し物はコイツか」


 明らかな見下しの声。

 まるで自らがこの場の絶対的強者だという確信があるような声である。


 男が水滴が滴り落ちる本を床に投げた。

 拾え、と言わんばかりの視線を寄越してくる。


「よし、コイツは殺そう」

「ぬ、濡れただけだから! 何とかなるよ!」


 殺気立つ木陰を主任が抑える。


 どう見ても悪魔のような相貌の何者かである。

 相手をせずに逃げ出したいのだろうが、どうにも逃してくれそうも無い。

 何か糸口は掴めないかと狩人は男に話しかける。


「それで、俺達に何か用事でも?」  

「……」 


 男がじっと狩人の右手を見る。

 手に刻まれている紋章を見て、男が首を振った。


「お前は駄目だ、ハデスの怒りを買いたくはない」

「? ハデス?」 


 何の事か判らず聞き返すが、男はそれに答えない。


「だからお前以外を連れて行く」

「……んん?」


 何やら飛躍した会話があった気がする。

 硬直する狩人に構わず男は続ける。


「海の底、ダゴンが治める我々の国。

番犬の契約者よ、命が惜しくばこやつらをを俺に捧げると良い。

精々、有効に活用してやろう」  

「ねーよ、よし殺そう」


 いきなり現れて、仲間を売れとは斬新な喧嘩の売り方である。

 狩人は戦斧を構える。


 ●


 かつて男は悪魔人間であった。

 前の姿は覚えていない。

 何処にでも居る、悪魔への恐怖に怯える悪魔人間であった。


 ただひたすらに弱かった男は、

錯乱し、混乱し、海岸沿いを歩いていた所を今の同胞達に引き摺り込まれ、

そして神の使いとして生まれ変わった。


 引き摺り込まれた直後の事はあまり覚えていない。

 海の底にあるグニャグニャした建物が沢山ある都市が、朧気な記憶の中にあるだけだ。

 物心ついて、記憶がはっきりしてきた頃、男は自らの現状を知った。


 姿形こそ変わってしまったがそんな事は問題では無かった。

 逃れられなかった連中のように体を弄ばれる事も無く、その思考を操られる事も無い。


 男は今、自分の意志で自らの身体が動いていると確信していた。

 自らの意志で自由に生を謳歌していると狂信さえしていた。

 恐怖に襲われない生は幸福その物であった。

 混乱する必要が無い時間は至福の時であった。


 だから、皆を連れ去らなければ。

 この幸福を皆に知らしめなければ。

 泥のような使命感を胸に陸上に上がり獲物を探していた。

 そして――。


 今では深きものと呼ばれる者に变化した男は戦斧を持った契約者と相対する。



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