24章 文明の塔で
24章 文明の塔で
王都の中にある文明の塔。
多くの商人達がそれぞれ情報を交換し、商談を成立させ、思い思いの行動を取っている。
王国では憚られるような内容や商品もこの国では扱われる。
故に商人達はこの国に集まるのだ。
「……?」
何の臭いか定かでは無いが、妙な臭いが鼻をかすめた。
酸っぱい、肉が腐ったような臭気。
臭いの元を探そうとすると場が急に騒がしくなる。
皆の中心に立っている男がいる。
背後に剣を持った男と、死体のように表情が無い奴隷を侍らせ、大仰に自らの商品を宣伝している。
賈船。
このパーティーの主催者だ。
おべっかを使う者、商品を手に入れようとする者、
彼が食い込んでいる王国南部の奴隷、否、人材派遣について話を聞く者。
見慣れた顔がその中にあった。
総代は賈船に簡単な挨拶を済ませ、別の人間の所に向かおうとしているが、
それを引き止められていた。
賈船が総代に何やら聞きたそうな質問をしているが、全て上手に躱している。
諸家はそれをつまらなそうに眺めている。
いつまでも壁の花になっている訳にも行かず、適当な誰かを捕まえて話をしようとした時である。
素知らぬ顔でこちらに歩いて来ていたすれ違いざまに総代が小声で囁いた。
「部屋を取ってありますので」
そう言って総代が先に向かう。
諸家の背中に視線が突き刺さる。
ドロドロに溶けた死人のような不快な視線だ。
●
エルフとドワーフ。
これら2つの種族は大戦争が始まった頃にこの世界に現れた。
否、文明が始まる前からも存在はしていた。
森の一部として、大地の一部として、自然の中に生きていた。
だが彼らが人の形を得る力を手に入れたのは大戦争が切っ掛けであった。
「えぇ、純血のエルフの方々はそのように生まれたわけです」
悪魔の国、王都。
そこに建つ文明風の塔の一室。
壁のような窓から見える王都の夜景はまるで星空だ。
この高さでだと雑多な物は見えず、ただ街灯だけが王都を彩る。
部屋には黄色い光の照明に、毛足の長い絨毯。
大きなソファーと、装飾が施された椅子。
顔が映るほどに磨かれたテーブルの上に置かれているのは葡萄酒だ。
総代は目の前の客人にグラスを渡す。
「文明の頃には迷信と言われていた魔法、魔術と呼ばれる物が息を吹き返し、
科学と呼ばれていた物が通用しない者達が現れる。
自然の一部として慎ましく生きていた彼らは魔力が形になる時代の余波を受け人の形を得た」
客人の後ろに控える黒騎士は能面のような表情だ。
葡萄酒を客人のグラスに注ぎ、自らもそれで口を湿らせ総代は話を続ける。
「そうして紆余曲折を経て現在に至る、と。
まぁ、こんな所でよろしいですかな諸家殿?」
「ああ」
そう言って諸家が葡萄酒に口を付ける。
「結構だ」
「それは何より」
互いに向かい合う形でソファーに座り、葡萄酒を嗜みながら会話を続ける。
「それで、貴方のようなお方がこんな場所に何の用です?
彼の眉間の皺が更に深くなりそうだ」
「それは君もだろう。そちらこそご存知なのかな?」
「さあ? 嫌々ですが商人としての付き合いですので。
……本来、お客様が入る場所では無いのですよ」
業者間取引の現場なんて、と総代はわざと諸家を値踏みするように見る。
その視線をくすぐったがるように諸家がくつくつと笑う。
「なに、今回は君と同じだ」
そう言って諸家がテーブルの上に1枚の手紙を出す。
それは今回のパーティーの招待状であった。
「我が家もそれなりの商店を経営しているのでね」
「……貴方は放逐されたと聞いていましたが」
「息子や孫と連絡を取り合うのは何もおかしくないだろう。
ましてや領地経営、何かしら引き継ぐ事は多い」
要するにその伝手でこの場に潜り込んだと言う訳だ。
「……このパーティーの主催が誰かは御存知ですよね」
「勿論」
賈船だろう、と事も無げに言い放った。
自然と総代の目つきが鋭くなる。
それに構わず諸家が言葉を続ける。
「何やら彼の口端に上るのでね、
最近、無理を申した手前、優秀な商人なら伝手を辿るのも悪くない」
そこまで言って何かを思い出したように言葉を止める。
「と、思ったがね」
ぐっと葡萄酒を呷る。
ふう、と息を吐いてグラスを置いた。
「彼らはつまらないな、すぐに壊れてしまいそうだ」
「壊す、の間違いでは?」
総代は本音を隠さずぶつける。
帝国に置いてあった貴種の奴隷を皆殺しにされた事は記憶に新しい。
そんな事は、と口では殊勝な言葉を吐きながら諸家が嘆息する。
「203号に怒られてからは自重しているのだがね。
しかし、帝国にふさわしい人材というのはなかなか、……ああいや」
そうでもなさそうだ、と言った途端に扉が乱暴に破られた。
黒騎士が音も無く剣を抜く。
2人の剣が甲高い音を立ててぶつかりあった。
入って来たのは剣だけを持った男だ。
装飾らしい装飾は無く、防具らしい防具は何も無く、
ただその肉体だけで戦ってきたような剣士であった。
その顔に総代は見覚えがあった。
賈船の後ろに控えていた剣士だ。
名前を確か剣闘士と言ったか。
「随分と耳聡い事だ」
「それで?」
激しい戦いに巻き込まれないように距離を取りながら総代は諸家に目線をよこす。
何事も無かったかのように涼しい顔だ。
「わざわざ藪を突付く理由でも?」
パーティーの最中、賈船が帝国の話をしたいのだろうと思っていた。
敢えて無視していたし、その際、帝国に関わる言葉は口に出さないように気を付けていた。
帝国の話では無かったのか、と疑問が頭を占める。
明らかに剣闘士は帝国では無く203号に反応していた。
「施すのは貴族の義務だろう?」
要するに大した理由は無い、と言うことか、と最早、不快感を表に出し舌打ちをする。
「随分と物欲しそうに我々を見ていたじゃあないか。……黒騎士」
諸家の言葉で黒騎士は保たれていた均衡を崩す。
受け流す事に特化させていた動きを、攻める事にに転じさせる。
調度品などに構わず相手の剣を捌き叩き斬る動きだ。
互いに実力は拮抗しており、どちらも崩れない。
狭い部屋の中ではまともに援護も出来ず、ただ手をこまねくだけだ。
総代は急いで首飾りを分解する。
息を吸い、吐く。
森の中のように2人の剣を避けながら進む。
「下がって」
総代は黒騎士に当たらないように、幾つか宝石を放つ。
床や壁や天井にばら撒かれた宝石は、ぶつかった途端、盛大に爆発する。
爆音が耳を揺らし、視界も揺れる。
備え付けられた家具、調度品や照明の硝子が破裂し、窓に大きなヒビが入る。
閃光が視界を奪う。
黒騎士が総代を破片から庇うように前に出た。
剣闘士の姿は無い、恐らく、廊下に転がり出たのだろう。
舞い上がった戦塵に軽く咽ていると諸家が総代の方を叩いた。
「行くぞ、施される民は税を収めるのが義務だ」
亀裂の入った部屋をひょい、と進み諸家が廊下に出る。
総代もハンカチで口を抑えながらそれに続く。
宝石が誰かに当たった覚えは無いが気配が無い。
死んだのか、と疑問に思うと同時に剣闘士が戦塵の幕を切り裂く。
「貪婪侯!」
攻撃がを黒騎士が受け止める。
顔色も変えずに諸家が訂正する。
「今は諸家だ、先に行くぞ」
「は」
剣戟の激しい音を背に総代の腕を取り、諸家が足早に廊下を進む。
昇降機に乗り込み最上階へ向かう。
硝子張りの箱が動き出す。
「彼は」
「大丈夫だ、その気になれば勝手に逃げる」
騎士にあるまじき柔軟さである。
安心出来ると言えばその通りなのだが。
それにしても、と総代は話を続ける。
「随分と短絡的な手段を使ってきましたね」
「何を差し置いても彼の情報が欲しかったのだろう。この国ならばこういった手段も許される」
ようやく納得がいった。
203号とは文官の奴隷時代の名前だ。
昇降機が止まり扉が開くと人が雪崩込んできた。
それらの人を押しのけなんとか進む。
爆発で悲鳴を上げながら皆が部屋から逃げる中、1番奥でピクリとも動かない扉。
誰もいない訳では無い、人の気配がする。
鍵はかかっておらず、その扉はあっけなく開いた。
部屋に入ると僅かな腐臭が鼻を突いた。
そして奥に見えるソファー、そこに賈船が座っている。
パーティーの時に侍らせていた奴隷は何処にも居ない。
諸家が前に出る。
「お招き頂き、とでも言おうか」
「剣闘士は」
「私の部下と戦っているよ。それで何が聞きたいのかな」
蝋のような顔を動かしもせず賈船がテーブルの上に紙を置く。
紙には幼い頃の文官の顔が書かれていた。
「そちらに逃げこんでいるでしょう」
「さてな」
「裏は取れているのです」
エルフの奴隷だって扱っているのですから、
と言う言葉を無視して総代は気になっていた事を聞く。
「何故です?」
何故今更なのか。
逃げてからもう10年以上も経っている。
その質問に賈船がまるで昨日奴隷に逃げられたかのような激情を露わにする。
「奴の所為で私の奴隷に逃げられたからです。あの赤い炎は忘れませんよ」
「炎?」
「ええ、奴は悪魔と契約して私の商隊を襲わせたんだ」
判るでしょう、と賈船が総代を見る。
「奴隷商人が奴隷に逃げられたらお終いなんですよ。
扱いが出来ない商人から買う人間は居ませんからね」
「おや、奴隷を開放した国で人材派遣を行う方の言とは思えませんね」
「……」
賈船の目が濁り、口を開いたまま動きが固まる。
僅かな腐臭が少し濃くなった。
これは、と総代は耳飾りを取り構える。
諸家がふぅ、と息を吐き頭を振る。
「渡せんな」
「貪婪侯、当然そちらの御国にも配慮を」
「違うな。私は」
ゆったりとした動きで諸家が賈船に近付く。
「君達では楽しめんのだ」
諸家の剣が一閃し、その首がごとりと落ちた。
●
「贈り物だ、賈船の首を持ってきた、検分したまえ」
「は?」
帝国に戻り、真っ先に向かったのは文官の執務室だ。
少女達が勉強中なのは確認済み、不快な物を見せる事は無いだろう。
例によって寝不足なのか、頭が回っていないようで文官は固まっている。
傍に控えている竜騎士は肩を竦めて何も言わない。
「君はそんな体たらくで仕事をするのか、少し休んだらどうだね」
「誰の所為だと思ってる」
可愛らしい声で諸家に噛みつきながら文官が首の入った包みを開く。
文官がはっと息を呑み、机の上で拳を握りしめた。
僅かに震えているのを堪えながら口を開く。
「……間違いない」
「そうか」
文官が力が抜けたように椅子に座り込む。
竜騎士が温かい飲み物を文官に渡していた。
一息付いた所を見計らって話しかける。
「無聊の慰めにでも使うかね?」
「使わない」
「では晒すかね?」
「しなくていい」
「ではその辺に捨てておこう」
「普通に弔うという選択肢が何故無い!?」
呆れた男である、と諸家は笑う。
あの様子であれば復讐したい程の事をされただろうに、
それとも、それすら考えない程、恐れていたのだろうか。
諸家の胸が残念な気持ちに支配される。
怒りと憎悪に囚われた文官を見てみたかった。
そうならないのであれば仕方が無い、と諸家は話を変える。
「君が悪魔と契約したと言っていたぞ」
「は? 誰が?」
「君がだ。その所為で逃げられたともな」
「何だそりゃ、赤い竜の姿はあいつも見てただろうに」
「赤い竜?」
賈船は赤い炎と言っていた。
当時の文官が幾つかは分からないが竜と炎を見間違える事はあるのだろうか。
とどめを刺すかのように、文官が咆哮を聞いたと証言する。
諸家は首を取った時の事を思い出す。
「……成程、斬ったのは所詮、人形か」
その言葉を聞いた途端、文官が口付けでもするような距離まで近づいてきた。
「説明」
「ん?」
「説明!」
「……判った」
渋々、諸家は文官に説明をする。
暫く諸家は文官に、面白くも無い話に付き合わされる事になる。




