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23章 バルベロ


 23章 バルベロ


 どんな仕掛けか、火を使わない明かりが道を照らしている。

 雑多な町並みに異常は無い。 

 だが。


「お前ら、気をつけろ。

――周りに誰もいない!」


 木陰の声で一同、身を引き締める。


 そう、ここは王都である筈なのに人の気配が全く無い。

 一瞬で人が全て呑まれてしまったかのような、狩人はそんな想像をしながら戦斧を構える。

 人型が男をとっ捕まえて何が起きたかを聞くが、男は口が回らないのか同じ音を繰り返すばかりだ。


「ばっばばばばばばば」

「ああん?! 何ださっさと話せ!」


 こちらが勝手に捕まえたと言うのにとんだ言い草だ、と狩人は眉間を揉み解す。

 流石に宥めるべきかと狩人が振り向くと同時に、男が潰れた鼠のような奇妙な声を上げた。


「バルベロおおおおおおおおおおおおおおお」


 男の声が溶け、体が溶けた。

 服を残し、その中身がびちゃびちゃと音を立てて溶ける。

 骨すら残らず液体と化し地面を濡らす。

 人型が勢い良く後ずさりながらも周囲を見渡す。


「ばるべ、何?」


 聞いた事の無い言葉だ。

 帝国の立地上、それなりに神話には詳しい筈なのだが、と狩人が疑問に思うと同時に太刀持ちが唸る。 


「バルベロ? ……聖母バルベロか!」

「正解」


 女の声。


 それと同時に繰り出される攻撃。

 大樹の枝がこちらに振り下ろされる。

 轟音、そして継目の無い石畳にヒビが入り、欠片が飛び散る。


 決して狩人の知る樹木では無い、まるで金属かそれ以上の物体だ。

 それを目で追った先に彼女が居た。


 山羊の角が生えた女性。

 背中から生えている4本の大樹の枝がこちらを睨みつけている。


 だがその姿は強烈な違和感と不自然さを放っている。

 聖母と呼ばれるには余りにも黒々しい何かを彼女は持っていた。


 狩人は警戒を解かずに軽い調子で尋ねる。


「どちら様?」

「初めまして、グノーシス神話、女性アイオーン、バルベロと申します」


 先程の溶けた男が女に吸い込まれる。

 濡れた地面が、一瞬で乾いていた。


「グノー……、何?」


 聞き慣れない言葉に狩人が首を傾げると、バルベロがくすりと微笑んだ。

 金をそのまま糸にしたかのような髪が明かりに照らされる。


「グノーシス神話、宇宙と呼ばれる空よりも高い場所、その外にいる神々の話」


 子供に語りかけるようにバルベロが説明する。

 その様子は、先程、男を溶かし殺したようには全く見えない。

 神では無く、ただの女性のように見えた。


「それだけでは無いだろう」


 太刀持ちが割り込み詰問する。

 その声は硬い。


「グノーシス主義自体に信仰を集める要素は無い。

神が作った筈の世界で何故悪が存在するのか、それはこの世界の神が偽物だから。

単純に言えばそれだけの、どの時代にもある思想だ」


 その言葉を聞きながらバルベロは微笑んでいる。

 太刀持ちは武器を構えたまま降ろさない。


「その思想が天使の国の信仰と混ざって生まれたのがバルベロ、そしてグノーシス神話だ。

だが、文明が出来る前にお前達の思想は燃やされ消え去った。

教えが消え去り、人に信仰されない神がここに居る道理が無い。お前は何だ? 何と混ざった?」


 バルベロの笑みは崩れない。

 だが、背後に控えていた大樹の枝が更に刺々しさを増す。


 先別れするかのように生えた棘が狩人達を狙う。

 見た目はただの枯れ木である筈なのに薄気味悪い程、生き生きとしている。


「文明の頃に生まれた神話があるわ」


 そう言ってバルベロが空を指差す。


「私達と同じように宇宙の外に居るとされた、最も理不尽な神々の神話。

1人の男の創作から生まれた神話は信仰を集めこの世界に顕現し、私達と同化した」


 肉が腐ったような、生臭い臭いがする。

 突然現れた臭いだ。

 狩人はその臭いの元凶を見つける。


「その神話の名前はクトゥルフ神話」


 バルベロの体のその先、伸びる影の中にその生き物は居た。

 樹木の皮を被った、大きな口を開けている何か。


 ボコボコと粘着質な音を立てながら四方八方に伸びる枝、その先には吊られた人間達が居る。

 影の中である筈なのにそれをハッキリと目に捉えることが出来た。


「そう、私はグノーシス・クトゥルフ神話、バルベロ=シュブ=ニグラス。

人の子が唯一神を失う恐れから生まれたすべてを愛する聖母。

それが私」


 刺激を伴った悪臭。

 道から、街頭から、物陰から犬のような生き物が這い出る。

 その生き物は瞬きする度にその姿を変えている。


 蝙蝠のような姿、尖った舌を持つ犬のような生き物のような姿、

燃え上がる目を持つ朧気ながら狼めいている生き物のような姿。

 それら全てが人型を睨めつける。


 狩人はその前に斧を構え立ち塞がる。

 右手の紋章が淡く光り始める。

 バルベロが歓喜と狂気と慈愛を含んだ目で宣言する。


「人と悪魔の子よ、私はあなた達を救いに来ました。

悪魔の支配から逃れ、私とひとつになる救いをもたらしに来ました。

ありのまま全部を愛しましょう、悪魔から継いだ弱者を組み伏せたい獣欲も、

人から継いだ脆弱な体と易きに流れる心も、

強者への変貌を望むその身にそぐわぬ虚栄心も全部――!」


 その様子に先程まで話していた時のような人間、女性らしさはない。

 おぞましいもの、眼の前に居るのはそういう物だ。

 

 反射的に突撃しようとした所でひゅん、と風を切り、狩人の横を何かが通り過ぎる。

 それはバルベロの、人の形をした方の頭に当たり、甲高い音を立てて地面に落ちる。


 それはエルフ特製の、力が込められた矢であった。 

 続けて幾多もの風を切る音が後を追う。

 建物の間を縫うように放たれた矢がバルベロを襲う。


 それは確かにバルベロの頭部や胴体に当たっているのだが、

ガン、ガンと矢が人体に当たったとは思えない音がする。


「どこから……!」


 いつの間にかその身を影に隠した木陰がどこからか矢を射っている。

 横から、上から、曲線と直線を描くように矢が放たれる。


「この技術、純血のエルフ!?

あはは、今更、私の森の覇権でも奪いに来たのかしら――!?」


 次々と当たる矢に業を煮やしたのか哄笑と共に辺り構わず全てに攻撃を始める。

 バルベロの腕が石畳を貫き、そこから次々と木が生える。

 その根は周囲に広がり、うねうねと、悪意を持って周囲の何かを、猟犬ですらも吸い殺していた。


 3人は急いでその場から走り去る。

 狩人が道を切り開き、人型と太刀持ちが後ろの猟犬をなぎ倒す。

  

 ●


 一行は猟犬達を振り払い、安宿に飛び込む。

 宿の主人も慣れっこなのか特に何も言わず、狩人達を部屋に放り込んだ。


「方針を決めよう」


 その言葉に一同、異議は無かった。

 取り敢えず、と木陰が口火を切る。


「あれと真っ向から打ち合うのはナシだ」


 全員がその言葉に頷いた。


「最悪の事態を考えるとしてー、あれ、追って来るかねー?」

「どうだろうな、これと言って狙われる理由も無いと思うが」

「狙わない理由も無いがな。そういう生き物だろう、アレは」


 木陰と太刀持ち曰く、神とはそういうものであるらしい。


 理不尽で、何をしでかすかわからない。

 ただ、本気で狙われているとなればとっくに追いつかれているだろう、と太刀持ちが言う。


「何というかな、人間であれば法律であったり、

悪魔であれば契約であったり、善悪はともかく、

神にもそういう絶対に逃れられない理のようなものがあるらしい」


 であるならば、今、ここで休息を取れている事が、

狙われていない証明になるのではないか、と太刀持ちは締めくくった。


「あの感じだと目の前にいれば襲う、みたいな感じかねー?

それにしてはあの馬、追われてたけど」


 人型が腕を組み唸る。

 ちら、と木陰の方を見ると寝台にうつ伏せで寝転がり、会話に参加していない。

 先程のバルベロの言葉について聞きたかったが、あまり突っ込まない方がいい話題なのだろう。


 太刀持ちがやけにバルベロに関して詳しい事も気になるが、今は目の前の事を考える事にする。


「んー、何か別の条件でもあるのか……。どうしたものかな」

   

 武勲を上げる、という目標を達成するとしたら国境沿いが1番だ。

 王国の方に向かうか、天使の国の方に向かうか。


 ただ、うっかり顔を合わせてしまいました、追われる事になりましたという可能性も無きにしもあらず。

 それだけは避けたい、それか、何かしらの対策が欲しい。


 狩人は3人にその考えを伝える。

 すると人型が荷物から地図を取り出す。


「ここから西の海岸沿いねー、この辺りは文明の頃の建物が残ってるみたい」

「何か資料が残っているかも、か」


 太刀持ちがふむ、と頷く。

 だが重要な事が1つ。


「誰か文字読める人」


 狩人の質問に手を挙げたのは木陰だけであった。

 手を挙げていない3人は顔を見合わせて頷く。


「よろしく」

「貴様ら正気か」 

「いや、色々あるのは判ってるけど、今それどころじゃ無いじゃん?」

「……」 


 狩人の言葉に木陰が頭を振りながら言う。


「あまり期待はするな。文明の書物は、理解出来ない事の方が多い」

「了解」


 そうなると、移動手段と買い出しの品を考えねば、

と話を振った所でぐう、と誰かの腹が鳴った。


 そして今日の行動を振り返る。

 あれだけ走れば腹も空こうというものだ。


 取り敢えず会議を中断して、何かしら腹に入れる物を荷物から取り出そうとすると人型に止められた。


「夜遅くまで開いてる店あるしー」


 保存食は最後まで取っておこう、と言われた。

 それならば、と狩人は興味津々と言った風に立ち上がる。


「よし、俺が行こう」

「やめろ、や、め、ろ」


 また何か買わされては堪らん、という風に木陰が止める。

 太刀持ちがそういえば、と荷物に目を向ける。


「出る前に陛下から何か受け取っただろう」

「そう言えばそうだな」


 包みを解くと、その中にはパイが入っていた。

 あの時、採ったベリーのパイだ。 

 適当に切り分け、一切れ取る。


 木陰が狩人の後ろから手を伸ばし、パイを取った。

 その様子を見て人型が文句を言う。 


「お前、ベリー摘み行って無いじゃんかー」

「弓代だ、弓代」

「白湯でいいか? 貰ってこよう」


 そう言って太刀持ちが部屋を出る。 


 パイの先を口に入れ齧ると、ベリーを煮た物が口いっぱいに飛び込んできた。

 酸味と甘味の釣り合いが丁度良い。


 太刀持ちが白湯を持って部屋に戻ってくる。

 そのタイミングで再び会議は始まった。


 食べながら会議をするという行儀の悪さだが気にならなかった。

 今日は暫く眠れそうに無いようだ。




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