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22章 悪魔の国


 22章 悪魔の国


 出立は朝早く、日が昇るか昇らないか位の時間である。

 ベッドから出ると父親が村長の仕事をしていた。

 慣れない文字を使ってうんうん唸っている。


「親父ー?」


 声をかけると黙って台所の鍋を指差された。

 違う、そうではない。  


「何?! 旅立つ息子に何か無い訳!? 具体的には小遣いとか!」

「そんな暇も金もあるかアホめ、適当に猪狩って何とかしろ」

 

 狩人は鍋から直接食べつつ軽口を叩く。

 えらく塩辛い。


「……親父、これ味見した?」

「水入れろ水」 


 仕方がないので水を入れて温め直す。

 黙々と食事を終えた後、狩人は改めて荷物を確認する。


 お針から貰ったストールを首に巻く。

 縄、ナイフ、保存食、火打ち石、薬、着替え、毛布、鍋。

 そしてドワーフ特製の戦斧。


「んじゃ、行ってくる」

「おう」 


 何も無く家を出る。

 これから冬が明けるまでここには戻らない。


 扉を開けると、家の前の切り株に腰掛けている太刀持ちが目に入った。


「よ」

「ん」


 薄明るい中に赤毛が映えている。

 のっそりと立ち上がりこちらを見下ろす表情は相変わらず固い。


 挨拶を交わした後は何も言わずに黙って西に向かって歩く。  

 ガチャガチャと鎧の音だけがする。 


 宮殿の前に人型が居た。

 普段と違い、仮面の色と合わせた動きやすそうな服だ。


「どうする?」

「いや、忙しそうだしな」


 こんな時間から明かりが灯っているのが見えた。


 出立する事は伝えてある。 

 仕事の邪魔をする事は無いだろう。

 そう言って再び西に向かう。


 森の前にエルフが立っている。

 フードを被り、口元を布で隠したエルフだ。

 弓と剣を持っている。


「……アンタが?」

「……木陰だ、よろしく頼む」 

 そう言って共に森に入った。


 狩りでよく走り回る森を超え、山を登れば国境だ。

 国境沿い、山の頂上に建てられた見張り台を超え、山を降りればすぐに悪魔の国に到着する。

 頂上に建てられた山小屋に目もくれず、警備の悪魔人間達に挨拶をしながら国境を越えようとする。


「おい、アホ共」

「……うぇ!?」


 見張り台から声がする。

 見上げると陛下がこちらに手を振っていた。

 人型が口を塞ごうとしたが既に遅く、珍妙な悲鳴を上げてしまった。 


「おい何だその反応」 

「な、何でもないです」


 暫くこちらを見ていたが、まあいい、と鼻を鳴らされた。

 それと同時に騎士がどこからか現れ包みを狩人に手渡す。


「持ってけ」

「えーと」

「ベリー摘みに付き合ったんだろ」


 芋虫、飛蝗、鼠。

 彼女達の衝撃的な食糧事情を知った時と、その後、ベリー摘みに付き合ったことを思い出す。

 これはその時のベリーを使った物だと説明された。


「ありがたく」

「おう」

「……お気をつけて」


 騎士が微笑みながら言った。    

 2人が帝国に戻るのを見送った頃には、こちら側にも太陽の光が届く頃であった。 


 朝日が4人を照らす。

 雑多な文明風の建物が照らされている。


 ●

 

 悪魔の国。

 王都から離れた森の中の廃墟。

 かつて、教会であった場所。


 おぞましく爛れた森の中で祈りの声が響き渡る。

 人間や悪魔人間達が大樹に祈りを捧げている。

 

 いあ! しゅぶ=にぐらす! 森の黒山羊に千人の若者の生贄を!

 いあ! しゅぶ=にぐらす! 森の黒山羊に千人の若者の生贄を!


 魔術師はそれを教会の入口から眺めている。

 祭壇の前に、書物を持った男が居る。

 

 礼拝が終わり、男がこちらに来た。

 魔術師は早足で男の所に向かう。

 

「やあ友人、教祖の仕事はどうだい」

「良くない、良くないよ。ここに来る人達は日々増えている」

 

 悲痛に顔を歪ませながら男が言う。 


 60程の老人。

 緋色の礼服を着た聖職者。

 

 教祖様、と呼ばれていた男が柔和な笑みで魔術師を迎えた。


「天使と悪魔の戦争、王国と悪魔の戦争、どちらも激しさを増すばかりだよ」

「……そうか」

 

 どうやら共和国の影響はまだ、ここまで届いていないようだ。

 ならば、と次の一手を打つ為に魔術師は教会の中を見回す。


「ところでで聖母は何処だい? 御姿を見ないが」

「君と一緒じゃないのかい?」 

「そんな訳無いだろう、私は今まで王国に」


 言いかけて口を噤んだ。

 最悪の事態が脳裏に浮かぶ。

 

「……行き先を聞いて無いのかい?」

「え?」

 

 我らが聖母が行先を誰にも告げず単独行動をしている。

 そんな事は無いと思いたい、と魔術師が教祖の顔を覗き込む。 

 

 教祖が首を傾げながらもう一度、声を上げた。

  

「えっ」 

「……え?」 

 

 ●


 森の中をおぞましきものが駆けている。

 ズルズルと這うような音をさせていながらも、その動きは俊敏だ。


 それは徐々に地面に落ちている小枝すら侵食していく。

 ドロドロと侵食された部分が溶けていき、それと1つになっていく。


 自分を追いかける女の声が森中を揺らす。

 慈愛に満ちた、全てを包み込み許すような声だ。


 何匹もの猟犬が自分を追いかけてくる気配がする。

 それは後ろにも居るし前にも居る。


 仲間は皆食われ、自分だけが生き残った。

 誰かにこの惨状を伝えねばと男は走っている。


 悪魔の手から逃れられる手段がある。

 悪魔人間である男達にとってその報せは福音であった。


 どこから流れてきた話か判らないが、

本当であればあの忌々しい悪魔達と縁が切れると喜び勇んでいたのが今朝だ。


 全ての悪魔人間が悪魔を恐れている。 

 一目睨まれれば使役させられ、相対しなくてもいつか魂か体か、

あるいはその両方が乗っ取られる。


 悪魔の愉しみの為に家族、恋人、仲間を自らの手で殺す事になる。 

 それ故に男達にとってその手段は何としても手に入れたい物であった。

 だからか細いツテを辿り、情報を集め、あの女に会い、そして――。


 木の根っこに蹴躓き、地面を転がる。

 長く走っていた所為で足は棒のようだ。

 勢い良く起き上がり男は周りに誰も居ないのを確認して息を整える。


 王都の明かりが森の中に差し込んでいる。

 もうすぐ人のいる場所に出るだろうと安堵の表情を浮かべる。 


 シュウシュウと音がする。

 白い煙が目に入る。

 刺激を伴った悪臭が鼻を突く。


 男は勢い良く振り向く。

 森の奥、暗闇に何かの気配を感じる。


 枝の分かれ目から犬のような生き物の頭が這い出る。

 奴の、聖母の手下だ。


「ひぃっ……!」

 

 悲鳴を上げながら男は人が居る所に向かっている。  


 ●


 ここは王都、悪魔の国の中心地。

 炎では無い明かりと継目の無い石畳。


 硝子がはめ込まれた奇妙な塔では高位の悪魔や人間達が毎晩贅沢をし、

その下では血気盛んな者達が悪徳の限りを尽くす。


 文化、奴隷、経済、戦争ですら全ては悪魔の意のままだ。


 ●


 切っ掛けは太刀持ちの言葉だ。


「悪魔人間を悪魔から解放する方法?」


 狩人達はキャバレーと呼ばれる酒場で次の行動に関する話し合いをしていた。


 王都の夜は雑多で淫猥である。

 ガラの悪い男達、露出の多い女性、何やら白い粉を売る押し売りもいた。


 人型と木陰は歩き慣れているのか何と言うことも無さそうだったが、

狩人と太刀持ちは2人について行くので精一杯であった。


 腹も減り、丁度いい時間だという事で適当な店に入ると、

これまた手慣れた様子で席に案内され、注文した食べ物を待っている所だ。


 派手な衣装の女性達が踊り、どういう仕組みか、けたたましい音楽が鳴らされている中、

4人は箱のような座席で身を寄せ合って話し合いをしている。


 胡散臭そうに身を捩ったのは人型だ。


「どうせあれだろー、何かアレな薬吸った奴が言い出したんだろー。

今、狩人が持って、る、よう、な……」


 硬直する人型の目線の先、狩人の手の中に今言葉に出た代物があった。

 人型が笑顔を引き攣らせる。


「それはどうしたのかなー?」

「押し売りがしつこいから銅貨1枚で買ったけどこれ何? どうすんの?」

「捨てろ、いや待て俺が捨ててくる」


 お前に任せると間違って吸いかねん、

と木陰が狩人の手から白い粉の入った袋を引ったくると音も無くその場から消え、すぐに戻ってきた。

 それと同時に注文した料理が届く。


「それで? 中毒者の妄言がどうかしたか」

「どう思う?」  


 太刀持ちの言葉を受け木陰が考える。


「今更、出来るなら誰かがしていると思うが」

「だろうな、馬鹿な事を言った」


 そう言って太刀持ちが注文した料理に手を付ける。


 蒸した魚と野菜に腸詰め、そしてパン。

 飲み物はエールと蒸留酒、狩人だけは何故か水にされた。


 熱々の料理を好き勝手につまみながら会話を続ける。

 蒸した魚は香辛料がきいているのでパンと一緒に食べる。


「何か気がかりでもあるのか?」


 狩人が聞くと太刀持ちの表情が困惑で渋くなる。

 前に話したと思うが、と前置きをされた上で話が続く。


「ドワーフは土の妖精と会話出来るというのは覚えているか」

「ん? ああ」


 王都に入ってから1回だけ、土の妖精に話を聞いたそうだ。

 その言葉に木陰の眉が顰められる。


「中毒者だけじゃない、割と頭がしっかりしてる連中も噂を探ってるらしい」

「何故先に言わない」

「探ってるだけでそれを見つけた奴は居ない。あまりにもその、あやふやすぎるだろう」

「……それもそうか」


 鼻を鳴らしながら不服そうに口元の布を下げ、腸詰めを噛みちぎる。

 それに合わせて狩人も食事を進める。

 

 しかし、この腸詰め、酒に合わせて味を着けている随分と塩辛い。

 仕方がないのでパンで包んで食べる。


「人型はどう思う?」 


 ある意味、この話の中心人物である人型が何も言わない。

 気になって顔を向けてみると、その表情は深い悩みで覆われている。


「俺? 俺はね……」


 言い辛そうに言葉を濁した後、思い切ったように言う。


「出来るなら、探ってみたいかなぁ。やっぱ気になるし」


 うん、うん、と何度も頷きながら言う。


「うん、やっぱねぇ、足手纏になる可能性はある訳じゃん」


 いつか悪魔に体を乗っ取られれば。

 そんな恐怖が常に悪魔人間達の間にあるのだろう。

 だから人型は武器を持たないのだ、と笑いながら言っていたのを思い出す。


「ま、ここに来てアテがある訳でも無し、どうせなら探ってみるか。他人事じゃないんだ」


 狩人は重くなった空気を吹き飛ばすように言う。

 それに、そんな方法が見つかれば帝国でも役立つだろう。


 異議は無いようで、皆それぞれ同意を示す。  

 明るさを取り戻した人型がじゃあ、とはしゃぎ始める。


「折角だし今夜は遊んで」

「今日はもう夜も遅いし宿に戻る」

「……そうだねー」


 何やら生暖かい目線で人型が視線をよこしてくる。

 それはまるでまだ起きていたいと言う子供のような目線だ。


「今日は移動で疲れただろ」

「はい」


 しょんぼりする人型の肩を太刀持ちが叩いた。


 退店しようと立ち上がった所で、バタン、と扉が荒々しく開けられ、何者かが乱入してくる。

 その騒がしさに店の中の音が全て消えた。


 入って来たのは1人の男だ。

 馬の頭を持った悪魔人間。

 血塗れで、何か恐ろしい目にあったのか、呼吸は荒く、所在無く辺りを見回し叫ぶ。


「たったた助けてくれ、追われてるんだあんな噂信じたのが間違いだった、

頼むよ少しだけ匿って」


 男が黒い服を来た警備の人間に羽交い締めにされる。

 暴れる男を更に屈強な男達が外に放り投げた。


 恐らく、先程から聞く中毒者か何かだと思われたのだろう。

 狩人には当然、先程の白い粉が何なのか判らない。

 3人共、それについては口を噤んでしまうからだ。


 ただ話に聞く限り酔っぱらうような効果がある事は察した。

 であるならば、だ、と狩人は男の様子を思い出す。


 先程の男は酔っ払っているように見えなかった。

 何かを見て、恐怖しているように見えた。


 狩人は皆に目配せをする。

 人型が頷き、太刀持ちも同様にする。


「銀貨5枚だとさ」


 先程、木陰が席を立った時に会計を終わらせていたようで、口元の布を再び上げる。


 店を飛び出し、4人は急いで男を確保する体勢に入る。

 外には人の気配が無く、静かだ。 

 異常なまでに。 



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