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20章 その信仰は何処に


 20章 その信仰は何処に

 

「俺は雑魚相手、お前はあの天使でいいだろ?」

「助かる」 


 蜥蜴のような悪魔人間が悪霊に向かって爪を向ける。

 腕を振るうと何匹かの悪霊が切り裂かれる。

 恐らくこちらは相手にもならないだろう。

 

 悪霊。

 何者にもなれない、ただの靄。

 階級を持たない弱い悪魔、異端の魂。


 悪意こそ有るが力があれば戦士では無い人間でも対処できる程度の存在だ。

 精神が参った人間にこそ覿面だがこの場では枯れ木よりも脆い。


「俺は」

「後ろで座って指揮」


 成程、白い少年、彼が切り札か。

 だが。


 マンセマットはふわりと浮き、正面を見る。

 信仰故に立ち塞がる少年を見据える。

 

「改めて名乗りましょう。私はマンセマット、あるいはマスティマ。

憎悪と敵意の天使。主から人の子を試す事を許された者」


「帝国文官。皇帝陛下の剣。荒野の信徒」

 

 文官が剣を構えた瞬間にマンセマットの背後に魔法陣が現れた。

 目を刺すような閃光と、無数の光弾、弾幕が文官に襲いかかる。

 

 夜であった筈の空間が昼のように明るくなる。

 爆煙を突き破り、少年がマンセマットに斬り掛かった。


 剣が防壁に弾かれ、バチバチという音と共に火花が飛び散る。

 甲高い音と同時に少年が弾かれた。

 猫のようにくるりと回って体勢を整えた後、再びこちらに向かってくる。


 手を掲げ、いくつも光弾を放つ。

 文官がジグザグと移動し光弾を避ける。

 破裂した地面から飛ぶ石に構わず突き進んでいる。   


 ふっと姿が消えたかと思うと背後からの奇襲。

 腕を振り下ろすと剣で受け止められる。

 ガキン、と金属同士がぶつかる音がして剣が欠ける。


 懐に飛び込まれ思い切り突撃を食らう。 

 マンセマットの体が後ろに突き飛ばされるが、向こうもそれなりに衝撃を受けたようで少しフラフラしている。 


 人の形をしていれば当然、斬撃が通ると思うだろう。

 あの悪魔人間の爪や余程の名人、名剣であればともかく、ただの剣であれば斬るどころか傷すら付かない。


 その事実に打ちのめされたかと少年の顔を見る。

 だがその目は相変わらず、真っ直ぐであった。

 そんな事は知っている、そんな目だ。 


 マンセマットの口から荒い笑い声が出る。

 

 大戦争の最中にうんざりする程、見た目だ。

 信仰を持ちながらも天使と戦った戦士達の目だ。


「いいだろう。今までの人間と同じように! 貴様らが脆いものだと知らせてやる!」


 相手が聞いているかも判らない、役目も体面も投げ捨てた叫び声。

 だがその声に文官がニヤリと笑った。


 声と同時に魔術で自身の姿の幻影を幾つも作る。

 5人、10人、15人。 


 全員の羽が同時に広がり、風が周囲を切り裂く。

 文官の顔や体が切り裂かれ血の臭いが風に混ざる。


 トドメにはならず、防壁に剣が叩き付けられる。

 衝撃で欠けた剣の欠片が文官の顔に傷をつけた。

 遂にヒビが入り、ぴし、と嫌な音がする。


 文官がそれに気を取られた隙に光弾を連続して放ち弾幕を張る。

 1つが文官の腹に当たり、吹き飛ばす。

 爆発音が鼓膜を震わせた。 


 もうもうと煙が立ち込め、視界が悪くなる。

 だが、ハッキリと文官の位置は判っている。


「文官!」


 蜥蜴の少年が叫び、白い少年は動かない。 

 もう終わりだ、マンセマットは分析する。

 文官は人の身に過ぎた量の攻撃を食らった。


 剣は刃毀れし、ましてやヒビが入った。

 とても使えたものでは無い。

 この距離では助けが来るよりも早く、文官の首を捻じ切れるだろう。


 何故、白い少年は動かない。

 その理由をマンセマットはすぐに理解する。    


 煙の中で幽鬼のように立つ文官の目から光は消えていない。 

 その目は迷わず本物を見ていた。


 文官が剣を逆さに持ち替える。

 何を、と思う間も無く刀身を握り、思い切り振り下ろすのがゆっくりと見え、鈍い音の後に、衝撃が頭を揺らした。

 剣が折れ、持ち手が遠くに飛んで行くのが見える。


「まだだ――!」

 

 折れた剣を投げ捨て文官が殴りかかってくる。 

 至近距離、余りにも近い距離で防壁が張れず、腕で何とか防御する。  


 隙を突き光弾で再び文官を吹き飛ばす。

 事前に察知していたのか、それを避け、距離を取る。

 最早狙いも無く無茶苦茶に弾を放つ。


 攻撃を喰らった所為で、そして反動で肉付けされた部分から血が溢れ、

天使として主がお作りになった外装にヒビが入り、骨組みが露出する。

 光で造られた部品がギシギシと音を立てる。


 何故、と自問自答する。

 今までマンセマットの試練を自力で乗り越えられた者は居なかった。

 カインは怒りと後悔から堕落し、ノアの子達は自滅し、アブラハムの息子は主の介入によって救われた。


 天使の国の信徒達はマンセマットに言われるがままに堕落し、罰を受けている。 

 そうだ、彼はまだ試練を受けていない。


 試練の紋章は少女の手にある。

 ならば、試練を、最大の試練を。


「ああ、そうだ、そうだ文官! カインのように、ノアの子達のように敬虔な子羊達のように簡単に堕ちてくれるな!」


 叫び、そしてマンセマットは舌を噛んだ。


「なっ……!?」


 驚きで文官が飛び退く。

 それと同時に手の甲に鴉の紋章が刻まれた。

 紋章とマンセマットの血と命で試練の準備は整った。

 

 マンセマットの体はサラサラと光の粒子となり崩れる。 


 ●


 皇帝は場の空気が明らかに変わったのを感じていた。

 ビリビリとした空気。


 この気配は天使のそれでは無く、間違い無く悪魔のそれだ。

 それも、かなり高位の。


「立てるか」 


 武官が文官に手を貸している。

 天使との戦いでボロボロである。

 肩を貸したほうが良いだろうと思っていたら、背負われていたので問題ないと判断する。


「悪霊達は」

「あいつが舌を噛んだ途端、消えた」


 2人も同じように感じているのか焦っている。 

 

「逃げれんのかね」


 皇帝の言葉と同時に目の前の空間が揺れる。

 空気の重さが一層、増す。


「我はモロク、魔王モロク」


 地を這うような声。

 それは暗い所から滲み出てきた。


 炎に巻かれた、長い角の牛。

 それがあぐらをかいて浮いている、そのような悪魔であった。


「天使マンセマットの呼び出しにより参上した」

「魔王モロク? 馬鹿な」


 文官が武官の背中で呻きながら言う。


 モロク。

 文明が出来る前、天使達が崇める神によって悪魔に落とされたかつての豊作の神。

 幼児を生贄に求め、炎にくべる邪神とも言われている。

 その実態はただの火葬、天使達の教義と真っ向から対立する埋葬方法を生贄の儀式と誹謗したのだ。


 つまりは天使達とは敵であり、契約を交わす事などありえない。  

 文官が言いたいのはそういう事だろう。 


「……何故、天使の」


「何だ小僧知らぬか。我は堕天使としての側面も持ち合わせている。

元は人間の創作から生まれた顔であるがそれはそれ。此度は契約に従い参上した」


 文官の疑問を読み取ったのかモロクが答える。

 武官が何も言わずに後ずさった。


「奴が討たれた時、その役目を代行し、報酬としてその人間の魂を頂く、そのような契約だ」


 距離を取る武官を見据え、決して逃がそうとしない。

 互いに睨み合う中、皇帝は割り込み質問をする。    


「何の為に?」

「数を揃える為だ、そして」


 モロクが事も無げに言う。 


「4文字を殺し我らの世界を創生する為だ」


 それは天使の国の神の通称であり、その言葉に皇帝は聞き覚えがあった。

 皇帝と契約した者が呪詛のように呟いていた言葉だ。


 何故か、ある時を境にぱったりと言わなくなったが、心境の変化でもあったのだろうか、と皇帝は内心首を傾げる。

 それに構わずモロクが話を続けた。


「この世界は奴の理によって支配されている。我だけでは無く他の神々も貶され、信仰を奪われた」


 悪魔の国ではよく聞く話題だ。

 文明が出来る前の、神話の世界の話。

 かつて大勢居た神々は唯一神との争いに破れ、悪魔となった、そんな話だ。


「そしてあまつさえ奴は、人の子を肉の体に縛り付け、その進化も止めている、それ故に」


 モロクが言葉を区切る。


「天使を利用してでも人を集めるのだ」 


 モロクの視線が皇帝、武官、文官に向かう。


「これは契約、そして我が意志。抗う事は許されぬ。

……堕ちる事を大いに恨め。その魂が我らの力となる」   

「断る」 


 見事な即答であった。

 沈黙が流れ、何を言われたか判らない、と言った表情をされた。

 2人が諦めと賞賛の混ざった視線をよこす。


「契約者よ、貴様、その身であれば我々、多神の事情も知っていよう。それでもこちらに付かんつもりか」

「当然」


 皇帝は顔色も変えずに返す。


 モロクの事情も理屈も判った。

 だがその理屈には重大な欠陥がある。

 その事を指摘するとモロクが訝しげな声を出した。


「言ったな。4文字が作った肉の体と世界の理で皆が縛られていると」

「そうだ」

「そして、奴を殺して世界が解放されれば人間は更に進化できると」

「そうだ、何が言いたい」


 モロクの怒りに皇帝は答える。


「4文字と同じようにお前らも、人は神の人形だって言ってるのと同義だっつってんだよ。

てめぇ、人の事を欠片も信頼してねぇな」


 成程、神は人を愛しているのだろう。

 慈しんでいるのだろう。

 教えを授け、試練を与え、時に壊し、共に戦う。


 表現方法は様々でも確かに好いているのだろう。

 だがその愛は子離れできない親のそれだ。


 4文字を倒して、誰かが代わりにその座に就く。

 今度はその誰かが倒される。

 次はその倒した者の理が世界を埋め尽くし、人間は風に吹き飛ばされる塵のようにその考えを変えるのか。


 ただの農民であった頃ならば納得しただろう。

 為政者の決定で国は変わる。

 過去に飢え、契約者となった身としては身につまされる話だ。


 だが今は皇帝だ。 

 決して納得する訳にも賛同する訳にもいかない。

 皇帝に何かあった程度で帝国が瓦解すると、そんな弱い国民であると納得する訳にはいかない。 


 何かを感じ取ったのかモロクが唸る。


「であれば何とする」

「お前を倒して証明してやる」


 言うと同時に飛びかかった。

 金属のような液体が皇帝の手の中で剣になる。

 ドワーフ達の最高傑作、持ち主の意思を読み取り様々な武器に変化する金属。


 それを思い切り振り下ろす。 

 刃毀れの心配が無いそれを無茶苦茶に振り下ろす。

 対するモロクは涼しい表情だ。


「この程度で」


 その言葉と同時に辺りを炎が包む。 

 逃げられないように檻のように火柱が上がる。

 向こう側で武官が何か叫んでいる。


「……若いから判らんのだ。あの大戦の時どれだけ嘆き、心配したと思う」

「……役目は役目だ。そうだろ?」


 互いに言い聞かせるように囁いた後、距離を取る。  


 弓に変化させ光の矢を撃つ。

 竜の鱗を貫いたそれをいとも容易く腕で弾く。

 距離を詰められ拳が叩き込まれそうになるのを間一髪で避け、足元を転がりながら皇帝は棍棒を握る。


 拳に叩かれた地面には亀裂が入っていた。

 喰らったら死ぬな、と冷静な頭で考える。


 背後から頭に一撃を入れようとして何やら嫌な予感がした。

 急いで距離を取り、盾を構える。


 モロクが振り向きざま大きく息を吸い、その口から炎を吐き出した。

 炎は辺り一面を飲み込み、火柱と合流して轟々と燃え盛る。

 盾でも完全には防げず炎に炙られ、煙に巻かれながら皇帝は炎の少ない場所へ走る。 


 総代が総力を結集して仕立て上げたこの服は、炎からその身を守っていた。

 それを見てモロクが驚愕したかのように、息も絶え絶えに声を出す。


「貴様、能力は」 

「誰が使うか」


 皇帝は炎を斬りながら宣言する。


 それでは何の意味も無い。

 所詮借り物、人外の力。


 人の力を見せると豪語した口で契約した者の名前など呼べるものか。

  

 その言葉と同時に今度は斧を叩き込む。

 先程よりも確実にその攻撃は通っていた。

 モロクが咆哮を上げ、炎の拳を叩き込む。


 大気がビリビリと震え、割れそうな叫びであった。

 その拳は皇帝に避けられ地面を抉り、黒く焼き尽くす。

 出会った頃よりも遥かに力が増している。


 皇帝の口に自然に笑みが浮かんだ。

 そうでなければ意味が無い。

 偉大な者を乗り越えなければ意味が無い。


 戦闘が始まる前の会話によって皇帝に豊穣神と認識されたモロクは、

本人達も気付かないまま自然を司る神としての一部を取り戻していた。


 自然、それは時に優しく、厳しく、そして理不尽。  

 そして理不尽であるという事は逆にどんな理屈も通るという事だ。


 突撃する。速く速く、どこまでも速く。

 地を跳ね、炎を踏み、煙を切り裂く。 


 剣が皇帝の意思に合わせ細く、鋭くなっていく。

 金属液をさながら舞い散る花弁のように雫を散らせながら皇帝の速さは増してゆく。


 視界は狭くなりただ目の前の敵を、その姿を、そしてその眉間を捉える。

 2人はすれ違い、轟々と炎の唸り声だけが場に響く。

 

「バアル・ハモン」


 声に鬱屈した物は無く、その言葉を聞きながら皇帝は剣を収める。

 貫いた眉間から体中ににヒビが入っていく。


「豊穣の神。天上の主の1人。かつて在った王」

「帝国皇帝。契約者。神々の霊廟の守り手」


 モロクの体が崩れていく。

 暗闇にヒビが入り、光が差し込み、見慣れた帝国の景色が目に写った。


 ●


 闇の中に一筋の光を見た。

 人形のようなものに惹かれ自分自身が集まる感覚。


 決められたように形作られ、そして、自らが何者であるかという意識が芽生える。

 記憶が流れ込み僅かな混乱、そして理解。

 

 風の冷たさで目が覚めるとそこは塔の中であった。

 流れ込んできた記憶が、モロクの敗北と解放を伝える。

 文官は、文官達は試練を乗り越えたのだと理解し、そして笑った。



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