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序章(3) 生き残った人類


 序章(3)生き残った人類

 

 我々は全てを焼き尽くす。

 英雄の居ない国に死と屈辱を。

 

 ●


 大陸の南。


 王国と呼ばれる国の南部。

 石と煉瓦で作られた建物が爆音と同時に崩れた。


 異常を感知した街がにわかに騒がしくなる。

 平原を金属で出来た巨人が蒸気を噴きながら進行する。

 その歩みは遅くも確実に敵を追い詰めていた。


 それは悪魔でも天使でも無い。

 蘇った文明の叡智、選ばれた人間だけが持つ力。

 海の中で眠っていた巨人達を蘇らせたのは男――この国の第12王子――であった。


 何事かとこの街を守る騎士達が駆けつける。

 男が指示を出すと巨人の腕から撃ち出される鉄の礫は騎士達の鎧を貫き、血をぶち撒ける。

 傭兵も、騎士も、騎兵も、建物の中に居た伏兵ですらも、巨人達はその手で肉塊に変えていく。


 その様子を満足気に見つめ、傍らに立つ女を腕に抱えながら男は確信を深めていく。


 そう、私は選ばれた。

 海の中で巨人達を発見した事も、彼らを問題無く動かす為の手段が手に入った事も、

そしてかつての文明の知識を手に入れ、巨人達の主人となった事も。


 全ては自らが選ばれた存在であるからと男は確信していた。

 無駄に命を散らす戦士達の死体を踏み越え、革命軍の同士達が進んでいく。


 彼らは真っ先に自らを虐げていた商人や領主の所に走っていく。

 そして税金と称して奪われていた金、

存在は知っていても触れさせてすら貰えなかった商品、自らの手で作った作物を取り戻していく。


 誰かが火を着けたのか、どこからか炎が上がり、忌まわしい金持ち達の悲鳴が上がる。 

 その声を聞きながら男は思案に耽る。


 文明の遺跡で見た全てが理想であった。

 かつてあった高度な技術、高い知能、高度な国家経営の手法、王家が存在しなくとも立ち行く国。


 第12王子ともなれば継承権はあっても実際に継ぐ目は、余程の事態が起こらない限り無い。

 決められた婚約者と馬のように交配し、南部の片隅で武勲を立てる事も無く一生を終える。


 その筈であった。


 海の底に沈んでいた遺跡の知識を得て男は思った。

 何故、かつて出来ていた事が出来ないのか。


 それは今の支配者、王家が無能だからだ。 

 現にこんなに多くの人間が不満を抱え、賛同しているではないか。

 ならば知識を得た自分がやる事は1つだ。


 領主の館が落ちたぞ、と誰かが叫び、思考が引き戻される。

 引き摺り出された領主が民衆に打ちのめされ、原型を留めなくなっていく。

 男は士気を上げる為に声を張る。


「いいぞ、奴らに見せつけてやれ! 

今まで踏みにじってきたものが何なのか、

我々が行う革命とは何か! 奴隷解放、王家滅亡、新世界創立!

お前達の性器をねだっていた淫売の王家が滅び、

文明のヴェールで顔を覆った貞淑な女を犯せるようになるのだ!」


 同士達が雄叫びを上げながら、奪われた物を全部取り返すべく奔走する。

 そこで男は大事な事を思い出した。


「そうだ、名前を決めないとな」 


 奴隷を開放し、王家を滅ぼし、皆、平等な国を作る。

 今日はその偉大な使命を果たす第一歩を踏み出した日だ。


 であるならば自身も新たな名前を名乗る必要がある。

 王家は滅ぶのだから。


 その言葉を聞いた女がそうねぇ、と考え込む。


「あなたが文明の知識で人を導くのでしょ。

文字も読めない、計算も出来ない、何も知らない。

男は一生鞭で打たれて、女は精液に溺れて捨てられる筈だった。

そんな私達を教え、導くの」


 見目だけで解放した女にしては良い所を突く。

 導く、と呟きながら名前を考える。


「ふむ、そうすると」


 指導者。

 口に出してみるとしっくり来た。


 どうかな、と顔を見ると、女が素敵、としなだれかかってきた。

 指導者様、指導者様とうっとりしたように何度も名前を呼ぶ。

 従順で可愛い奴だと頭を撫でていると、こちらに近付く足音が聞こえた。


 そちらの方に振り返ると身なりのいい男――魔術師――と巨大な蝿を従えた剣士が立っている。

 指導者は鼻を鳴らしながら声を掛けた。


「ああ、お前達か。どうした」


 その問いに身なりのいい男が答える。


「いいえ、我々の仕事はもう無さそうなのでどうしたものかと」


 戦況を見ると確かに、これ以上の戦力投下は必要無さそうだ。


「ああ……。そうだな、この様子だと君達の出番はもう少し後になりそうだ。

どこかで英気を養っていてくれ」

「そのように」

「……」


 愛想の良い男とは対称的に剣士は何も言わない。 

 では失礼、と男が言って2人が立ち去る。

 後ろを向く剣士の右目から炎と見紛う赤い光が溢れた。



 ●

 

 13年前、この大陸は大規模な飢饉に見舞われた。

 それは王国も例外では無く、幾つもの村が飢え、滅んだ。

 

 作物は実らず、森の中の木の根すら食べ尽し、人肉に手を出し始めた頃、市井に流れた噂があった。

 儀式を行えば、豊穣の悪魔が食べ物を恵んでくれると。

 

 目を捧げた、舌を捧げた、手を、足を、内臓を。

 儀式は成功する事もあれば、失敗する事もあった。

 契約した悪魔によっては食料を生み出せぬようであったが、それは仕方の無い話だろう。

 

 成功した人間は悪魔と契約し、契約者と呼ばれた人間達は村人に食料を分け与えた。

 そして冬を超え、飢饉が落ち着いた頃。

 契約者達を、王国は捕らえ処刑した。

 

 そこに自らの失政に対する反省は無く、王国の理念――悪魔を国に入れてはならない――を実現させるべく、

役人達は契約者達を捕らえ、処刑した。

 

 今、指導者達に付き従っている契約者達は、王国の追ってから逃れ、

隠れ潜んで生きていた者達だ。

 そして今、王国を破壊するべく動いている。

 

 ●

 

 街の狂乱を背後に、男は大街道に目を向ける。

 文明の頃、首都を中心に蜘蛛の巣状に造られた、この道路は今でも現役だ。

 

 その道路を多くの馬が走っている。

 乗っているのは全身鎧に身を包んだ騎士だ。

 こちらの異変を察したのか、武器を持ち馬を走らせている。

 

「ベルゼブブ」

 

 傍に控える蝿の王の名前を呼ぶ。

 蝿の王が手をかざし、騎士達の方へ向けた。

 

 空に黒い雲、否、蝿の大群が現れる。

 それは鎧の隙間、兜の隙間から入り込み、肉を食い千切る。

 

 濃い血の臭いが鼻を付き、蝿達の動きが更に活発化する。

 悲鳴を上げ、たまらぬ様子で兜を脱いだ騎士は呆気無く蝿に窒息させられた。

 もがき苦しんだ後、軽く痙攣し動きを止める。

 

「上手い、上手い」

「……」

 

 子供をあやすように声を掛けてくる魔術師を無視して、男は剣を抜く。

 乱暴に首鎧を取り去り、止めを刺した。

 

 首から吹き出す血と、赤い目の光が炎のように地面を舐めた。

 



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