17章 喪明け
17章 喪明け
東方公、第2王子が書類に署名をする。
各王子達に渡す分、全部で11枚の書類に署名をする。
順番に、番号順にそれらの束は移動させられ、署名が終われば次の王子に渡される。
白槍公の手元に書類が差し出される。
それを見て握り潰しそうになるのを白槍公は堪えた。
自身の番号、職業名、そして真名。
全員の名前が署名された後、再び第2王子の下に書類が集まり、花押が押される。
それが終わると、今度は1枚ずつ書類が各自に手渡された。
第2王子が満足気に頷く。
「では、此度の協定の結びを閉会の挨拶とする」
は、と皆が揃って返事をし、会議は終わる。
●
王宮の中。
会議を立ち聞きしている者が居た。
騎士の鎧、小間使いの服、貴族の服。
手を変え品を変え、会議の内容を聞き取っていく。
王族達は一丸となって対処せず、南部に任せる。
皆、突然の事に対応出来ていない。
次に流す噂はこのようなもので良いだろう。
遍歴者は王宮から出て、市民の服に着替える。
王族達は放蕩にかまけて反乱に対応しない。
疑惑と悪意に膨れ上がった噂が耳に入ったのは次の日の事だ。
●
国王即位は反乱軍首魁を討ち取ってから。
その報せが入ったのは朝、起きたばかりの頃であった。
人物の好悪などと言っている場合では無いと、文官は諸家の屋敷の扉を叩く。
まるでそうなる事が判っていたかのように迎え入れられ、応接間で互いに向き合っている。
分厚い雲が空を覆っているのが見える。
今日の天気は最悪の方向へ向かいそうだ。
「さて」
勿体振って諸家が口を開く。
「何が聞きたい?」
「王家の内情、どうしてこうなった?」
「そうだな」
少々、込み入った話になる、と長椅子に座るように言われる。
文官が腰掛けたのを確認した後、諸家が黒騎士に言い付け、地図を持ってこさせる。
する、と諸家が隣に移動し、もたれかかってきた。
テーブルの上に置かれた地図の中の首都を指差しながら諸家が耳元で囁くように説明をする。
「まず、反乱軍によって先王陛下と第1王太子殿下が討たれた」
次に指されたのは西と東の国境。
「東方公と西方公……、第2、第3王太子殿下は動かせない」
国境警備に混乱を生じさせない為だろう。
そこまでは文官にも判る。
「そして南部の王太子殿下達は必然継ぐ目が無い」
「……何故だ? 継承権は」
思わず勢い良く諸家の方を向くと、ぶつからないように避けられ肩を竦められた。
「ある。だが周りの目がそれを許さない」
「領が近いから共謀していると? 現にあそこは戦争状態だろ?」
「そうは考えない人間もいる。
否、むしろこの処置は南部の忠誠心を図る為の物だろう」
南部の公爵達が積極的に反乱軍を討ち取ればそれで良し、加担するようであれば両方、討ち取れば良し。
第12王子の反乱により宮廷は疑心暗鬼を生じている、という事なのだろう。
「忠誠心」
諸家の香水の匂いを手で振り払いながら話を続ける。
そんな物をどのように図るのだろうか。
口に出す前に諸家が答えた。
「そうだな、具体的には首魁、今は指導者と名乗っているのだったか。
彼の首か、それなりの首級を上げる事。まぁ、防衛でも構わない」
「南部の事情は判ったが……」
即位しない理由が判らない、と言いかけると諸家の顔がずい、と近づいてきた。
「残りの継承権を持つ王太子は?」
「……4、5、8、11」
「君は彼らに関して何を知っている? 何でも良い」
少し考えて何も思い浮かばなかった。
悪魔との対決も無く、遊牧民との対決も無く、
今回の反乱ですら、現状直接は関わらない位置だ。
大街道における輸送の中継地、兵の保養地、食糧の生産地。
どれも重要な事だ、だが。
「裏方だ」
「そうだ」
民衆や兵から見て地味過ぎる。
いつぞや妖精王が言っていた理解されない戦いと言うやつだ。
ましてや今は強い王が求められる時期、時代である。
武勲の1つも無い王に兵が付いて来ない。
「そうすると」
「王の下で、では無く、一丸となった王家の下で、という名目で士気を上げ、
反乱制圧の武勲を持って即位する、そういう流れだろう」
諸家はそう締め括り、黒騎士に飲み物を持ってこさせる。
それを手に取り、思い出したかのように口火を切る。
「武勲と言えば彼らの出立を早めると」
「契約者対策が急務だからな」
距離を考え、ここまで攻めて来ないだろうと後回しにしていたのが裏目に出た。
結果的に何事も無かったものの、被害が出ていたらと思うとゾッとする。
「エルフの戦士も選出が終わったらしいし、
さっきの話じゃないが付いて来させる英雄を作るのは早い方が良いしな」
そもそも何故、人間を警備に当てなかったのか。
人手が足りない、それはもう絶望的なまでに足りない。
具体的には畑で手一杯、人手を分けると飢える程に足りない。
「急いで数を増やす。帝国の南は暫くドワーフに任せる」
「増やす兵の構成は」
「人間だよ、良かったな」
「それは結構」
ははは、と嬉しそうに笑う諸家に気付かれないように溜息を吐く。
こいつの人間至上主義は理解出来ない、と、文官は痛む頭を押さえる。
どう場を保たせたものかと考えていると、扉がノックされ、諸家が入室を許可した。
「失礼します、文官、お前に」
「僕に?」
黒騎士に連れられて部屋に入ってきたのは奴隷商人であった。
今日は馬のマスクである。
「スミマセンねお話中、今、少しお時間お有りで?」
「今、丁度終わった所だ。どうした?」
「それが」
奴隷商人の様子は、ただただ驚いている様子だ。
「賈船が共和国と手を組みました」
「……っ!?」
思わず右の鎖骨を庇う。
賈船、前の名前は呼び屋。
文官が奴隷であった頃の持ち主、俗に言うご主人様だ。
「情報の確度は」
「陛下の所の、侍従長さん? でしたっけ? 彼女が妖精から聞いた話だそうで」
「諸家」
「商人の内情までは判りかねるな。その内、総代が慌てて説明に来るだろう」
諸家が涼しい顔で返答した。
文官は鈍る頭を回転させながら次の質問をする。
「今のあいつ商会の規模は」
「奴隷の脱走でガタついたとは言え、元が大きかったですからねぇ。
私設の傭兵団は健在ですよ」
「傭兵団と言うか、あれは手持ちの奴隷の中から見繕った武装隊だ。
傭兵みたいに金を払ってる訳じゃない」
「おや、覚えておいでで、と言うかよくご存知で」
大げさに驚く奴隷商人を睨みつけながら文官は続ける。
「読み書きが出来た事が知られてからやけに教えてきたからな。
商品の調達に扱い方、商売のやり方。
市場にも連れて行かれてる。だからお前も僕の事を知ってたんじゃないか」
王国の宿屋の交渉を思い出し文官が当て擦るように言うと、奴隷商人のマスクが揺れた。
「はは、バレましたか。あんな所で売り物でない子供が歩いてると目立ちますからね」
「ふん」
諸家がよく判らない、という風に聞いてくる。
「……私はその賈船と言う商人を知らないのだが、
彼は奴隷に奴隷を管理させるのか?」
それに奴隷商人が、あっしもよくは知らないんですが、と前置きして答える。
「奴隷の中であえて上下関係を作る事で人を雇わなくても管理できるとか」
「ふぅん」
読み書きができた文官が覚えさせられたのは鞭の使い方からだ。
武装隊に選ばれた人間に鞭を振るい、文官には賈船の右腕としての自覚を、
彼らには武装隊としての自覚と上下関係を覚え込ませるのが目的だった。
共寝の際に御伽噺の代わりに語られたのでよく覚えている。
商隊が悪魔の襲撃を受けた際、どさくさに紛れて逃したが、捕まってしまったのか、それとも違う人間が選ばれたのか。
忌まわしい記憶に沈んでいると、ぐい、と諸家が顔を近づけてくる。
「顔色が悪い」
耳元で囁いた後、諸家が身を離し文官を見下ろす。
見透かされているようなのと、弱みを見せたくないのとで思わず目を逸らす。
「問題無い」
「君が私を好いていないのは知っているし、
私もあえてそれを煽っている面はあるが、それでも今は休み給え」
「……いい性格してる」
苦し紛れに悪態をつくが事もなさ気に流された。
黒騎士に抱えられ、寝台に放り込まれる。
目眩はするものの眠気は来ず、ぐるぐるとした感覚に苛まれる。
ざあざあと叩きつけるような雨が降る。
●
バチバチと雨が弾けている。
皇帝はそれを眺めている。
玉座の間では無く、バルコニーの出入り口に体を預け、外を眺めている。
冷やされた空気が足元を撫で纏わり付く。
水が小さな川を作り、少々大仰に音を立てている。
「いかにお若かろうと、あまり冷やしては御風邪を召しますよ」
声のした方に顔を向けると、白髪が目立つ、柔和な男が前にいる。
見た目、65歳程のエルフだ。
どうやら雨に降られたらしく、少し服が濡れている。
「それとも」
エルフ至上主義者、翁が油断の無い目でこちらを見つめる。
「この冷雨でも冷めやらぬ火照りを持て余していらっしゃる?」
「ま、似たようなもんだ」
そう言いながらちら、と翁の持つ剣に目を向ける。
鞘に収められたそれは、その気になれば音も無く皇帝の喉元を切り裂くだろう。
ともすれば侍従長を超えるエルフの戦士が翁だ。
「それで、いかなる事情が御身を焦れさせるのです?」
「何、人を集めるのは良いが指揮官のアテが無い。こういうのは強面の方がいいだろ?」
「あぁ、陛下はたおやかでいらっしゃるから」
「お前もそう思うか」
最早、小娘扱いだな、と内心苦笑する。
皇帝は翁の眼下まで近付く。
ポケットからハンカチを取り出し、翁の外套の水気を払う。
「この老骨に寝物語を囁かれているようでは」
「そうは思わねぇが」
「……体面という物があるでしょう」
そう言って翁が皇帝の手を取り、ハンカチを取る。
この男に上下を弁えさせ、軽口を諌める事こそ愚かだ。
皇帝とて自らの実力、剣才は理解していた。
契約者とは言え所詮、南部の農民の出、剣技など学んだ事の無い小僧、
負い目は無いが不足である事は承知している。
これ以上は埒が明かないと踏んだのか翁が咳払いをして話を進める。
「今日は紹介したい人間がおりまして」
「何だ、睦言はもう終わりか?」
「えぇ、これ以上は目付け殿達が怖いので……、こちらに」
風と共にフードを被り、口元を布で隠した青年が現れる。
見た目の年齢は皇帝と同じ、18歳程だろうか。
翁と同じ意匠の剣を腰に携えている。
「木陰と申します」
青年が跪き名乗る。
声をかける前に翁が紹介を続ける。
「我々の中でもそれなりの人材であると断言しましょう。口先だけでは無いとね」
「成程?」
それはエルフ全体、妖精王配下、では無く、エルフ至上主義者の中でそれなりである、と言うのと同義だ。
彼らを構成する人員は主に妖精王の親衛。
翁は親衛隊の隊長だ。
改めて皇帝は木陰に声をかける。
「何が出来る?」
「エルフの戦いが出来ます」
「望みは?」
「我が種族を頂点に」
「そうか」
下克上の願望を隠そうともしない。
これくらい判り易い方が話していて楽しい。
皇帝は、ニヤリと笑って言葉を続ける。
「狩人達と合流して出立の準備を進めろ。期待している」
「はっ」
木陰が返事と同時に頭を下げる。
それをみる翁の目は外の空気よりも冷え切っていた。
「どうした、事が済んだかのような顔をして」
「……いえ、何も」
翁が柔和な表情に戻り、礼を崩さずに返す。
どうやら、何かが彼の意表を付けたようで、得意気になりそうなのを抑える。
雨足が少しだけ弱くなっている。
それに気付いたのか翁が退席を願い出た。
「陛下、我々はこれで御暇したく」
「止むまで待ったらどうだ」
「そうも行きませんで、……これはまたいつか」
翁がハンカチを懐に入れると、バルコニーから風が吹き込み、2人の姿は消えていた。
玉座の間に戻るか、と皇帝が歩き始めると、騎士が慌てて駆け寄ってきた。
「陛下」
「何かあったか」
「いえ、そうでは」
騎士が言い辛そうに口籠り、意を決した様な顔をして言う。
「何かあったら切り捨てようかと」
「……」
皇帝は黙って騎士の頭をわしゃわしゃと撫でた。




