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16章 帝国の夜


 16章 帝国の夜


 綺麗な満月である。

 ざぁ、と水面が揺れている。

 生薬は誰も居ない湖畔を眺めている。


 山の向こう側の王国を見る。

 喪が明ければ次の王が決まり、自分達は王家の下に帰る事になるだろう。

 そして、共和国を名乗る反乱軍を打ち倒す力となる。


 頭領、兄と2人だけでどこまで出来るだろうか、と不安になった時に、

水面を見ていると気分が落ち着いた。


 右手には小さなナイフを握り、水面を見つめている。

 足音が聞こえ、そちらに目を流すと、処刑人がこちらに近付いていた。 


「自殺するなら凍死がオススメだ。寝てる間にゆっくり死ねる」

「……えっ」 


 予想外の言葉に生薬は唖然とする。

 その様子を見て処刑人は首を傾げた。


「ん? 世を儚んでとかそんなんじゃねぇの?」

「違います!」


 とんでもない誤解を慌てて解く。

 確かに水辺でナイフを持っていればそう見えかねないのは事実だが、そうでは無い。

 じゃあ何だよ、と目が訴えかけてきたので、外に出た理由を話す。 


「何か、嫌な感じがして」


 チリチリと逆立つうなじを手で擦る。

 刃物を握る手に力を込める。


 四方が他国に囲まれている国だ。

 特に西側、悪魔の国側では毎日のように戦闘が起きている。

 

 その所為で気が立っているのだろうか。


「……ふーん」 


 処刑人がそれだけ言って黙ってしまう。

 気不味くなり、ふと、前から気になっていた事を聞いてみた。


「そう言えば、御前で対面した時に、私達に気付いたのは何でです?」

「……?」 

「えっ」


 本気で判らなそうな顔をされた。

 暫く悩んだような素振りを見せた後に、あの時か、と処刑人が思い出したような顔をした。

 本気なのか遊ばれているのかイマイチ読めない。


「匂いが」

「匂い?」


 思わず体臭を確認する。

 そうじゃなくて、と処刑人が続ける。 


「そうは見えないのに殺人犯と処理された囚人、

文字も読めないのに政治犯と称された罪人、判決文に不穏な理由がちらつく死刑囚、

……そいつら同じ匂いだ、嫌でも気付く」


 底冷えするような声で淡々と語る。

 処刑人が言っているのは恐らく、里でよく使われていた薬の事だろう。

 身体能力の補助に使う、少し甘い匂いのする薬だ。

 風でも吹けば消えてしまう程の匂いの筈なのだが、と生薬は内心で冷や汗をかく。


 里の人間が処刑された事に関しては特に何も思わなかった。

 目の前の男はそういう仕事の人間なのだ。


「ま、そういうこった」

 先程とは打って変わって、明るい声で話題を打ち切られた。


「……参考にします」 

「おう」

「あ、生薬と処刑人だ」


 突如現れた声に勢い良く振り返る。


 いつの間にか陛下が近くに立っていた。

 跪こうとするとやはり止められる。


 陛下が生薬と処刑人を交互に見た。

 そして一言。 


「邪魔?」

「お前は何を言っているんだ、単にコイツが世を儚むのを止めようとしただけだ」

「だから違いますって……」 


 処刑人も陛下の前では何故か調子が出ないようだ。  

 それはそれとして重要な事は忘れないようである。


「そっちこそ、何夜中に出歩いてんだ」

「んー、ちょっとあっちの方が」


 そう言って陛下が、今いる場所とは反対側の湖畔を指差す。

 その言葉に処刑人の顔が引き締まる。


「ついて行くか?」

「いや、いい。すぐ終わる。そいつ送ってって」

「そうかい」


 流石にそういう訳にも行かない、と生薬は慌てて口を挟む。


「陛下、国の偉い人は1人で出かけないんですよ?」

「王国の冗談は面白いな!」 

「えぇ……」


 笑いながら目的地に向かう陛下を止めるべく、

助けを求めて処刑人の方を見るが、諦めろ、と帰宅を促された。


 ●


 悪魔人間というのは悪魔と人間の混血である。


 その子供には強靭な体とそして強制的な半隷属がもたらされる。

 理解できる言葉で言うならば血、文明の言葉を借りるならば、細胞、と言った物が服従を強いさせる。


 体が悪魔に奪われるか、理性が悪魔に奪われるか。

 その体の半分を作る何かが悪魔の所要物である以上、いつか迎える出来事である。


 先王やその前の王が悪魔人間を入国禁止にした理由がこれだ。


「って聞いてたんだけどなぁ。おたく、なんで動けてるわけ?」

「ま、何事にも抜け道はあるって事でね」


 帝国と王国の国境線。

 それを見張る砦の1つ。

 

 人手の入っていない森の中で2人の男が只ならぬ気配を纏っている。

 

 武官は突然、寝入ってしまった悪魔人間を隅に寄せながら答える。

 国境線を超えてきた男の手に兜の紋章を確認する。

 

 悪魔との契約者。

 警備をしていた悪魔人間が気絶するように眠ったのは、この男が原因だ。

 

「うーん、こっそり行きたかったけどなぁ」

「はーい、身元確認するから名乗ってー。確認できる物があれば出してー」

「共和国所属、夜の役人。確認できる物って言われても……」

「無かったら無かったで首切って各所に確認するんで問題無いっすー」

「問題しか無いですー!」

 

 夜の役人と名乗った男はヘラヘラと武官に応対している。 

 奇妙な職名に武官は首を傾げた。

 

「夜の……、って何? 風俗街でも取り締まってんの?」

「ま、似たようなもんよ。暴れたい野郎連中が戦場に出たらどうなるか判るだろ?」

 

 武官も男である、その辺りの事情は理解出来た。

 であるが、生薬の扱いを見るに、その仕事は全うされていないのか人手が足りないのか。 

 余り言うと自身に返ってくるので口を噤む事にした。

 

「でさー」

「何だよ」

「居るんでしょ? 返してよ、王族の隠密」

 

 砕けた雰囲気から一転、場の空気が張り詰める。

 武官は夜の役人の挙動を見逃すまいと警戒する。 

 

「……あの焼き印はお前か?」

「違うって言っても信用されるかどうか。違うけど」

「ほー」 


 どうやら嘘でも無い。

 焼印を付ける程の執着心と言う物が全く感じられない。

 ならば何故、こんな所まで追いかけてきたのか、と武官は考える。


「成程、ただの馬鹿でもねぇ訳だ」

「そりゃそうよ」

 

 共和国に占領された帝国と共和国。

 両国に挟まれる王国。


 共和国としては、その状況に持ち込みたい。

 その為の布石として捕虜返還の要請をしてきた。

 断れば開戦である事は言うまでも無い。

  

「1人で突っ込んで何とかなる目算もあると」

「当然」

 

 得意げに笑う夜の役人の紋章が光る。 

 

「悪魔の大公爵、ゼパル」 

  

 赤い甲冑、装束を身に纏った兵士。

 ただそれだけの見た目の男が闇から現れた。

 

「俺の悪魔は最強なんだよ」

 

 だが、醸し出す空気は冬の山頂より冷たく、死を感じさせる物だ。

 鳥が狂ったように喚き散らし、羽音がけたたましく降ってくる。

 

 夜の役人が短刀を構えた。

 あまり研がれておらず、光を反射しない刃物だ。


 身に付けているのは革の防具。

 森の中で戦う準備をしてきているようだ。 

 

 武官は自身の爪を敵に向ける。

 自身の黒い体を木々に隠れさせ、撹乱の動きに入ろうとした時だ。

 

「皇帝からの返事だ、よく聞け。俺達は庇護下に置いたものを見捨てねぇ」

 

 暗闇の中に青い光が浮かんでいる。

 ゼパルが光に向かって剣を振るのと、暗がりから皇帝が飛び出すのは同時だった。

 剣を避け、皇帝の手に短刀が現れる。

 

「そっちの偉いのに伝えな。それとも最初から見てるのか?」

「……」


 その言葉に夜の役人は答えず、武官は視線だけを動かす。

 月明かりだけの森の中。

 殺気で全ての鳥が逃げ出した筈の場所に1匹だけ、悠然と木に止まっている鳥が見えた。

 

 あれか、と叩き潰すか悩んだ所で夜の役人がこちらに向かってきた。

 その顔に先程までの軽薄さは無い。

 

 いくら鱗に包まれているとは言え、刃物を突き立てられれば怪我くらいはする。

 ましてや研がれていない刃物など、怪我の治りが遅くなる。

 ゼパルの相手は遺憾ながら皇帝に任せ、武官は目の前の男に集中する。

 

 影の中を縫うように動き、ひたすら暗闇と同化する事に注力する。

 凄まじい剣戟の音が焦りを募らせる。

  

 だが、武官は闇に紛れる事をやめなかった。

 夜の役人の目が闇に慣れたのか、遠慮無くこちらを追ってくる。

 

 手や尻尾で腕を振り払い、攻撃を避ける。

 木々が密集しているおかげで、攻撃が突きばかりになるのも功を奏した。

 

 人手の入っていない森は闇の塊だ。

 月光が差し込む隙間がほぼ無い場所も多々ある。 

 

 ひっそりと、音を立てずに武官は木に登る。

 見下ろすと松明などの明かりを全く使わず、夜の役人は周囲を警戒している。

 

 月を背に木から飛び降りる。

 わざと立てられた大きな音に夜の役人が天を仰ぐように、こちらを見た。

 

 夜の役人の瞳に月が映り込む。

 眩さに目が眩んだのか目を庇うように手を挙げる。

 

 音も無く地面に伏せるように着地し、腕の隙間を縫うように爪を振るう。

 武官の爪が夜の役人の腹を防具ごと引き裂く。

 少し遅れて、血の臭いが辺りに充満した。

 

「チッ、すまねぇゼパル。俺が最強じゃなきゃ意味ねぇ」

 

 血を吐きながら言うと同時に夜の役人が膝を付く。

 完全に地面に倒れ込む直前に突風が吹き、思わず目を閉じる。

 

 目を開くと皇帝がこちらに近付いていた。 

 どうやら互いに戦闘は終わったようだ。

 

 ●


「という訳で、私は仲間と捕虜を回収出来れば良い訳だ」

「それはそれは」


 お疲れ様です、と騎士は慇懃に返す。


 魔術師とだけ名乗った男が見張り台に現れた途端、そこに居た悪魔人間達は皆、睡魔に倒れ、

騎士は男の首に剣を落とした筈であった。

 だが、首を切られた筈の男はピンピンしている。


 帝国南部。

 王国との国境付近。

 武官が警戒している砦とはまた別の砦。

 

 月明かりで辺りを見ながら騎士は尋問を続ける。

 目の前の男は騎士の放つ剣呑な空気に動じず口を開く。

 

「それで、私は入れてもらえるのかな?」

「いえいえ、こちらの失態の尻拭いまでさせてしまっては面目が立ちませんので、

その方はこちらで回収しますのでお引き取りを」

「そう悲観する事もあるまい? 君達が悪魔に逆らえないのは周知の事実だ」

「何人たりとも陛下の許可無く入れるなとの命令でして」


 1人、入り込まれてしまった事は大失態であるが、そちらは誰かに任せるしか無い。

 時折聞こえてくる戦闘音に焦ってはいけない、と自制する。

 

 魔術師は無理矢理にでも入ってくるであろう姿勢を見せているし、

何より、この男は入れてはいけないと騎士の勘が告げている。


 ならば、目の前の事に集中するべきだと騎士は剣に手をかける。

 魔術師がそれを見て薄く笑った。


「……帝国とて我々と戦をする手はあるまい?」

「そうでもありません」


 騎士は柔和な姿勢を崩さないまま剣を振る。

 振るった剣は鋭く樹々を切り倒す。

 騎士は倒れる木を薙ぎ払いながら余裕綽々と言った風に押し通る。


「兵糧、距離、そして地形。こちらから攻めることは有り得ません、ですが」 


 魔術師の手から光の玉が打ち出される。

 魔法。本来、人間が使えない筈のそれを見ても尚、騎士の顔色は変わらない。 

 片目を閉じながら軽々と剣を振る。


「そちらから攻め込まれる分には充分に手があります。このように!」


 剣を振ると魔法は断ち切られ爆発が2箇所で起きる。

 両目を開け、明暗に目を慣らす。

 そして再びその首を、と更に突き進んだ瞬間。


「アガレス!」


 魔術師が何者かの名前を呼ぶ。

 声と同時に地面が大きく揺れ、思わず体勢を崩す。

 受け身を取りながら地面を転がり、距離を取った。


 ざわ、と森が騒ぎ、動物の騒ぐ声が辺りを埋め尽くす。

 全身が総毛立ち、身が竦みそうになるのを堪え、更なる攻撃を加えようと足を踏み出し後ずさる。


「……」


 悪魔の能力か、と金属を背負ったかのように重くなった体を引き摺り、木の陰に隠れようとする。

 だが隠れようとする体は逆に敵前に向かってしまう。

 無言のまま、再び剣を木に向かって振る。

 

 振るのも一苦労、というふうに剣筋は鈍く、のろまになっており、

大木を難なく切り裂いていたはずの剣が、カツン、と音を立てて浅く木にめり込んだ。


「……ああ、もう、これだから悪魔なんて連中は」


 意識的に真逆に動くように努め、木陰に隠れた後、

ガチャガチャと鎧を脱ぎ捨てながら冗談交じりに騎士は吐き捨てる。


「身に余る力は碌な事にならないと思うのですが、

そこの所どう思います? 悪魔の大公爵閣下?」


「さて、それは契約者が決める事よ。高貴な血を引く者」


 何も無い空間が水面のように揺れ、鰐に乗った老人が現れる。


 悪魔の大公爵、アガレス。

 職能は、力と時間の支配。


 それらを変化させる能力から着いた名前が、変化の侯爵。

 そして力と強さの支配。


「素晴らしい、これが帝国騎士!」 

 

 魔術師の高笑いが闇を裂いた。

 鞘から抜かれた剣先が月明かりを反射する。


 荒々しく樹々を斬り倒す剣先は、魔術師のそれでは無く騎士のそれだ。 

 騎士は剣を捨て、前進する光景を脳に浮かべながら後退する。

 背丈の関係上それなりに走れはするが、良くも悪くも只の人間の成人男性並だ。


 やたらめったらに剣を振り回しながら突進してくる魔術師を何とか避ける。

 まともに受ければ手甲があっても重症は避けられないだろう。


 力が逆転させられた現状、只の人間と悪魔人間、それも帝国最強と自負する男の、

真っ向からの力のぶつけ合いである。

 このままでは為す術も無く、ただ、挽肉にされるだけであろう。


 という事も無い。

 騎士は剣を避けた後、音も無く踏み込む。

 腕を掴まない想像で腕を掴み、胸元を掴まない想像で胸元を掴み、

そして、突進による勢いと円の軌道を利用しないと思い込みながら魔術師を投げる。


 投げた先は湖に繋がる大河だ。

 静かな水面にドボン、と水柱が上がる。

 勝敗が逆転したのであれば確実に負ける手段を取る、ただそれだけの事だ。


「疲れますねぇ、これ」


 ふー、と溜息を吐きながら騎士は水面を見る。

 泳げなければこのまま死ぬだろう。


 そう思って待っていると、ざぶ、と音がして、魔術師が岸に登ってきた。 

 剣は河の中で落としたのかその手に無い。

 ゲホゲホと水を吐き出し髪をかき上げる。


「ゼパル……! 負けただと……!」


 水と一緒に吐き捨てるように魔術師が言うと、手足に力が戻る。

 能力を解いたようだ、と理解したのと、魔術師がこちらに背を向けるのは同時であった。


「帰る。そちらの陛下の御言葉も伝えねばならんしな。……ああ、遺体の回収は結構、どうせ持って行かれた」 

「そうですか」


 魔術師が言葉少なく、不機嫌を隠そうともせずに地面に現れた魔法陣に乗る。

 閃光が辺りを刺し、そしてその姿が消える。


 暫く警戒していたがどうやら本当に帰ったらしく、再び、動物の鳴き声が聞こえてくる。

 ふー、と息を吐きながら奇妙な使い方をした体をほぐす。

 

 騒がしくなった森を歩き、剣と鎧を回収する。

 見張り台まで戻るが、他の悪魔人間はまだ夢の中に居た。


「こら君達、起きなさい」

「うがっ」


 近くに居た悪魔人間を小突くと、奇妙な声を上げながら飛び上がる。

 忙しなくキョロキョロとあたりを見渡した後、慌てて配置につき直した。

 1人、先程あった出来事を言い含め、使いに走らせる。 


 ふと、ゼパルの能力は確か、と思い出した後、むぅ、と顔を顰める。

 明日、陛下になんと説明したものかと頭を抱えた。

 

 ●


 指導者の館の廊下をフラフラとしている不審な影があった。

 歯車の騎士は足音を抑えながら、剣に手をかける。


「……やあ」

「何してる」


 壁に体を預けている魔術師が居た。


「あぁ、ちょっと用を済ませて」  

「何があった」  


 王国との戦いで怪我でもしたのかと、近付くが血の臭いはしない。

 目を泳がせながら魔術師が渋々、言う。


「筋肉痛で」

「は?」


 歯車の騎士はよくわからぬまま肩を貸した。



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