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15.5章 朽ち果てた断頭刃


 15.5章 朽ち果てた断頭刃

 

 今日は山や森に誰も入っていないようで、随分と静かだ。

 いつも聞こえてくる獣の鳴き声や男達の雄叫びが聞こえてこない。

 ならば、と処刑人は普段では出来ない作業をする事にする。

 

 獣油の匂いが鼻を突く。

 生木を使って作られた壁には沢山の隙間がある為、そのうち換気されるだろうと気にしない事にする。

 寝室と台所を一纏めにした小屋の一角で、処刑人は作業を始める。

 

 床にむき出しで置かれた処刑器具の手入れを始める。

 王国から帝国に――当時はただの集落だったが――来る際に持ってきた物だ。

 現状、使う事は殆ど無い。

 

 処刑人はナイフの手入れを始める。

 何の変哲も無いであろうそれを念入りに研ぐ。 

 金属である筈のそれを持っていると、常にどくどくと脈打っているような錯覚を覚えた。


 13年前、南部を、大陸中を襲った大飢饉。

 その際に流行した、悪魔を呼び出し契約する儀式。

 このナイフはその時に使われた物だ。

 

 研ぎ終えたナイフを鞘に仕舞い、立ち上がる。

 黒騎士と見回りでもするか、村長と農作業でもするか、と小屋から出ると、入口付近に皇帝が立っていた。

 処刑人の姿を確認した途端、凄まじい速さで纏わり付き始める。


「構えーっ!」

「仕事は?」 

「文官に投げたっ!」  

 

 処刑人は頭を抱える。

 瞼に文官が呪詛を吐いている光景が目に浮かんだ。

 今、絶対に宮殿には近付かないと心に決め、処刑人は溜息を吐く。

 

「構えって、何がしてぇの、お前さん」

「お前に引っ付いてようとしか考えてなかったわ」

「……見回りと農作業どっちがいい」

「農作業。黒騎士と一緒だとほら、諸家に気使うじゃん?」 


 もじもじと恥じらう皇帝を見て、その気遣いをこっちにもしてくれないだろうか、と考えた後、自嘲する。

 そもそも気遣われる資格など無いというのに。

 

 愚かな考えを振り払い、処刑人は皇帝を連れて歩き始める。

 文明の遺跡の中に皇帝の騒がしい声が響く。

 チョロチョロと忙しなく左右に動き回る皇帝が湖の方を見た。

 

「農作業終わったら魚捕りに行こうぜ。そろそろ潜ってもいい頃だろ」

「お前この前、湖に飛び込んで寒い寒い言ってなかったか」

「気の所為」

「気の所為じゃねぇよ」 

 

 処刑人の言葉に、皇帝がちぇーと口を尖らせる。

 太陽の光を反射し、青く光る湖は見るからに寒そうだ。

 処刑人自身、もう若くは無いし、ましてや皇帝が飛び込むなど、何としてでも止める場面だ。

 

 畑に到着すると、村長と男達が農作業をしている所であった。

 作物はのびのびと育っており、不作になりそう、と言う言葉は外れたようであった。

 皇帝が村長の所に、仕事を寄越せと突っ込んで行く。

 

 皇帝の声を遠くに聞きながら、ふと、鞘の上からナイフに触れる。

 異様なまでに脈打っていた筈の刀身は、何事も無かったかのように手に硬さを伝えた。

 

 地面に魔法陣、祭壇の上に生贄。

 そして生贄を生きたまま切り刻む。

 かつて南部で流行し、そして処刑人自身が手掛けた、悪魔を呼び出す儀式の方法だ。

  

 不作故に食べ物は無く、虫や木の根すら食べ尽した村民達に捧げられる物は1つしか無かった。

 口減らしと豊作祈願を兼ねて選ばれた人間。

 処刑人が目を裂き、耳を切り、舌を貫き、そして腹を割いた子供は皇帝としてこの国を治めている。

  

「処刑人?」

「……今行く」 

 

 農具を振り回しながら皇帝が叫んでいる。

 処刑人は返事をしながら畑に入った。

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