14章 共和国
14章 共和国
元、王国第12領。
現在、共和国。
鉄の巨人が闊歩し、処刑台からは毎日のように悲鳴と歓声が上がる。
捕らえられたかつての貴族は全員処刑されたり、
奴隷商人の真似事をする男達に取引されたりしている。
王国が作った建物、例えば病院は税金の無駄遣いの象徴、
効きもしない医療を施し、娼婦や売女に税金を使う堕落の象徴として取り壊された。
王国の遺跡は悪しき歴史を伝える建物として破壊されている。
孤児院から連れてこられた子供達は指導者が推し進める教育を受けている。
彼らが共和国の尖兵となるのも時間の問題だろう。
皆が金貨を使い、鞭をくれる領主も居らず、
辛い畑仕事に従事する必要も無くなり、町は異様な熱気に満ちている。
歯車の騎士はそんな町中から外れ、誰もいない平地へと向かう。
「おい出てこい、いつまで付け回す気だ」
「はっはっは、気付いていたとは流石とうあああ!?」
出てきた所目掛けて剣を振るう。
恐らく20歳程の男だろうか。
手の甲に獅子の紋様、武器は棍棒。
「待った待て待て待て! お前も契約者だろ!? だったら同胞の好で指導者に取次を」
「そうか死ね」
「さ、さ、さ、さ、サブナアアアアック! 助けてサブナック!」
情けない声を出しながら男が距離を取る。
いつの間にか現れた獅子の頭を持つ、青褪めた馬に乗った兵士がこちらを睨む。
「悪魔の侯爵、サブナック、参る」
腕に急な痛みが走る。
手甲を外してみればいつの間にか傷が出来、蛆が湧いていた。
「ほぉ」
次々と出来る傷に現れる蛆。
それらは徐々に体中を覆っていき、異臭が鼻を突く。
「フハハハハ、どうだサブナックの力は!
その腐った傷は何日も治らないぞおお! 謝るなら今の内だぜぇ!」
男が得意気に高笑いをする。
「ってか殴り合いとかホント無理なんでぇ!
ただの農民だから! 戦とか無理だから! そういう訳でもう引き分け! 引き分けにしようぜ!
あ、俺、サブナックの契約者の靴べらです!」
「何なのお前、ホント何なのお前」
あまりの醜態に頭痛がする。
サブナックと呼ばれた悪魔も呆れた顔をしている。
戦う気は削がれたがやられっ放しというのも面白くは無い。
歯車の騎士は契約する悪魔の名前を呼ぶ。
「ベルゼブブ」
傷に湧いた蛆が成長し、蝿になる。
そしてその蝿はこちらの手駒だ。
ブブブブと羽音が辺りを埋め尽くし、渦となり、空が黒くなる程の蝿が現れる。
「うぇっぺ! 蝿が……!」
「ああ、これはいかん、相性が最悪だ」
ぼやくサブナックに一撃を叩き込むがいなされる。
流石、悪魔といった所か、この蝿を物ともせずに動いている。
馬の突撃を避け、地面を転がる。
体勢を立て直し立ち上がると、再び馬上からの攻撃が降り注いできた。
重く速い一撃を頭上で受け、ギリギリと踏ん張る。
ふん、と一瞬だけ力を入れ剣を弾き、体勢を崩さないように馬の横腹を蹴る。
それと同時に剣がギロチンの刃ように振ってくるが受け止め堪える。
馬がサブナックの命令を無視して走り出し、距離が取れた。
「そこま、うえ、そこまで! 2人共、そこまで、ぺっ!」
その瞬間、蝿を吐き出しながら靴べらが間に入る。
話が進まないので、蝿を顔の周辺だけ避けてやる。
「俺は第9領の村からの使いだ! 降伏するから支配下に入れてくれってな!」
「何?」
靴べらが懐から紙の束を取り出す。
歯車の騎士は文字が読めないが、確かに取り次ぐべき案件に思えた。
「第9領は徹底抗戦すると聞いていたが」
「お上はな。下々は死にたくねぇもんよ」
「そんな物か」
靴べらが味わい深い表情で言う。
「そんなもんだ。王国が勝てば王国旗、
そっちが勝てばそっちの旗を掲げるのが賢いやり方だろ」
「それでお前は何だ?」
契約者は常に追われる立場である。
村の住人でない以上、どう言った理由で使者など任されたのか、聞いておく必要があった。
「うん? あぁ、共和国では契約者が大手を振って歩ける、
って噂が流れててな、傭兵を装って向かってたら任された。
ほら、俺、律儀だから金貰ったらやるしかねぇし?」
「そうか」
歯車の騎士は剣を降ろさずに話を進める。
「それで、我々は取り次いで貰えるのかな?」
馬を宥め、サブナックが割り込んで来た。
「わざわざ俺に言わなくても勝手に入ればいい」
「所詮、敗者が礼を尽くすのは当然だろう」
「ふん」
舌打ちし、剣と共に蝿の軍勢を収める。
傷は全て消えていた。
「いいだろう、ついて来い」
歯車の騎士は口元を撫でながら、苛立ちと共に歩を進める。
●
適当な部屋に靴べらを待たせ、歯車の騎士は指導者の部屋へ向かう。
公爵の館は最早、乱痴気騒ぎの為の場となっている。
かつての公爵、今は指導者と名乗る15歳程の少年は、
玉座――王が居ないのにこう言うのも妙ではあるが――に踏ん反り返り、
愛人を侍らせている。
ちら、と指導者が部屋に入った歯車の騎士を見る。
「何処に行っていた?」
「町に」
「ふぅん」
目の前の女にしか興味が無いのか特に言及もされずに終わる。
豪奢な衣装に箱のような靴。
聞こえてくる声は甲高く何かを孕んでいて耳障りだ。
「第9領の村が1つ降伏するとさ。どうしたらいい」
そう言って靴べらから受け取った書状を投げ渡す。
指導者が御座なりに目を通し、再び女と向き合った。
「うん? そうだな、機械兵に治安維持させた後、
適当に人を遣ろう。ある程度の教育は終わっている筈だ」
「そうか」
その人と言うのは恐らく、この部屋の中にいるような連中だろう。
部屋の中には武器を持った11から15歳程の少年達がずらりと勢揃いしている。
先進的な教育を受け、指導者の側にいることを許された精鋭達。
靴も履かず、服も薄汚れており、装備はてんでバラバラだが急拵えの部隊ならばこんな物なのだろう。
老害達を一掃し、新たな人材を投入する。
それは内政においても同じなようで、これからはそういった子供が代官や領主になるという。
そのように歯車の騎士は聞かされている。
「そうだ」
何かを思いついたように女が、
くるくると踊るように回りながら高らかに提案をする。
「劇を公演しましょう、指導者様。
皆に伝えるの、指導者様がどれだけ素晴らしいお人で、
如何にして文明の叡智を得たか、そしてそれを理解できない頭の固い連中の圧力がどれだけ厳しいかって」
女の言葉に指導者が眉を顰めた。
「素晴らしいは言いすぎだろう、まだ道半ばだ」
「奴隷だった私を綺麗にしてくれたのは指導者様だもの」
正妻の様な顔をして、しなを作る女に鼻の下を伸ばす指導者を見て、ふと、疑問が浮かんだ。
「そう言えば嫁はどうした?」
聞くついでに、部屋にいる少年達を部屋から追い出す。
どうでもいい事であったが彼らが部屋から離れるまでの時間稼ぎだ。
歯車の騎士の言葉に暫く考え込んだ後、指導者が思い出したかのように外を指さした。
その方向には処刑台があり、今尚、悲鳴と絶叫、歓声が上がり続けている。
「そうか」
付き合っていられないので部屋を出る。
ガシャンガシャンと鉄の巨人、機械兵が庭を見回っている。
手入れをする人間が居なくなった庭は、ここに傭兵として呼ばれた時よりも荒れ果てている。
誰もいない廊下を歩いていると目の前の影が蠢く。
ぬる、と影から出てきた男はこちらに気付くとニタリとした笑みを浮かべた。
「魔術師」
「やあ、歯車の。壮健か?」
「ああ」
相変わらず手の甲にはよく判らない紋様が沢山、描かれている。
誰の契約者かは判らないが、魔術師と呼ばれるのも納得の風体だ。
「それで」
「うん? 指導者様にご報告が」
会話を遮るように女の甲高い声が耳を刺す。
それを聞いて魔術師が肩を竦めた。
「……ああ、うん、やめておこうか。急ぎでもないしな」
「そうか」
「アミーの契約者が先程、第9領に発った報告をね」
聞いてもいないのだが何故か話しかけてくる。
肩を抱かれ、場所を移すように促される。
魔術師がそのまま話を続ける。
「アミー」
「炎の悪魔、相手を誹謗する事に長けた悪魔だ。武張った君には物足りないか」
ぐい、と魔術師の顔が近付く。
何かを確かめるように瞳を覗き込まれる。
魔術師の瞳に映る歯車の騎士の右目は赤く光っていた。
「なんでもいい」
口から漏れ出す声は地を這うように低い。
そしてその言葉に魔術師の笑みが深くなる。
「王国が壊れるならなんでもいい」
歯車の騎士はいくつも有る口の傷を撫でながら言った。
右目から炎のように赤い光が溢れ、真っ暗な廊下を不可思議に彩った。
●
例えば、貴族が税金の無駄遣いをしたとか、賄賂を受け取ったとか。
王族の女遊びが激しいとか、その御相手は血の繋がった身内であるとか。
例えば、自分は強い力に見出された存在であるとか。
絶対的な正義がここには在るとか。
誰かが、敵がそうだったら良い、という暗い願望、そうであるに違いないという思い込み。
自身がそう在りたいという理想、住まう場所に対する夢。
例え殆どが嘘でも、真実が混ざっていれば人間は簡単に信じる。
そして、悪評は雷よりも早く広がっていく。
女の井戸端会議、男達の酒場。
時には大商人の社交場にさえ入り込み、噂を広めていく。
じわり、じわりと広めていく。
まだ共和国に着かない民衆が、王族達の背を刺すその時まで広めていく。
この行動は逃亡生活の延長線上に過ぎない。
顔を変え、姿を変え、言葉で王国民、王国騎士達の目を欺き続けてきた。
眼の前の小さな炎が部屋を照らす。
暫くすると炎が長槍と生首を持った男に変わった。
悪魔の大総裁、アミー。
その契約者、遍歴者は今日もまた顔を変える。
●
城の一室にて、少女は目が覚める。
プルプルと頭を振り、眠気を覚ます。
ベッドの上から降り、帝国に連れて来られる際に貰った靴を履く。
帝国人は靴を履く、とブツブツ呟きながら文官が編んだそれは、少し小さくなっていた。
むぅ、と不服げに口を尖らせた後、少女は服を着る。
これも文官が縫った物だ。
帝国人は服を着る、と厳しい顔をしながら縫っていたのを思い出す。
そして、その話を竜騎士にすると盛大に吹き出していたのも思い出す。
大人はよく判らない、と少女は思った。
部屋から出ると、まだ誰も目が覚めていないようで、辺りは静かであった。
しーんとした廊下を走り、少女は支度をしようと井戸に向かう。
いつも陛下が仕事をしている部屋の前を通り、竈がある炊事場を通り抜ける。
外に出ると日が昇り始めた所であった。
山の頂上がじんわりと赤くなっている。
僅かな光に照らされて麦が金色に輝いていた。
一緒に連れてこられた少女達と、食べ物がいっぱいあるとはしゃいだのを思い出す。
ぴゅうと寒風が吹き付けた為、急いで顔を洗おうとする。
風に混じって少し煙の臭いがした。
井戸から水を汲もうとすると目の前に桶が突き出された。
ホカホカと湯気が出ている。
桶を突き出しているのは文官であった。
「ありが」
礼を言う暇も無く、文官が井戸から水を汲み上げ顔を洗い始めた。
手渡された桶の中にはぬるま湯が入っている。
手で掬い、顔を洗う。
かじかんだ手が暖められる。
ふぅ、と息を吐き、タオルで顔を拭く。
朝御飯の時間まではまだ暇があり、どうしたものかと考える。
少女は少しだけ空腹であった。
ふと、視線を感じ、見上げると文官がこちらを見ている。
その顔はなんだか土のような色だった。
何か粗相をしてしまっただろうか、と考えたが、目は怒っていないように見えた。
文官は何日も寝ていないと侍従長が言っていたのを思い出した。
「靴が」
それだけ言って文官がビシャビシャと顔を洗う。
袖で顔を拭くとさっさと歩き始めた。
少女は急いで文官の所に向かう。
お腹が空いていたのもあるし、何か用事がある訳では無いがそうしたかったのもある。
「文官さん、あのね」
その声に僅かばかりに緩くなった歩調に少女はついて行く。
日は昇り、帝国の朝が始まる。




