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13章 第9王子 白槍公


 13章 第9王子 白槍公


 王国第9領では第12領から溢れ出る反乱軍の対処にてんてこ舞いになっていた。


 暴徒と化した民衆、契約者、そして鉄の巨人。

 喪に服すという事も知らぬ連中に返礼として剣を叩き込むも、

次々と現れる反乱軍と難民への対応に後手後手になっていた。 


 第9王子こと白槍公は部下からの報告を聞きながら書類を片付けている。


 収穫が近い時期にも関わらず、誰も畑の世話をしないという報告は受けていた。

 奴隷解放の御題目を掲げ、奴隷達を全て逃した為に人が居なくなったのだ。 


 まず農場主、次に自らを売買した商人、そして最後に領主が狙われ、殺害されている。

 そして、王も。


 白槍公はふぅ、と息を吐きながら次の書類に取り掛かる。

 税となる作物が放置され商人や領主の財が無為に流されている以上、

こちらへの返還を前提に略奪を容認しなければいけないのが頭の痛い所だ。  


 傭兵は正直に申告しないであろうがそこは手数料として割り切るしか無いだろう。

 略奪させた作物はそのまま救援物資に回し、こちらが指定した場所で難民の口に入れさせる。

 難民の更なる暴徒化の防止と、人数の一極集中を防ぐ為である。


 そのように手配し、敵陣に攻め込む準備だけは出来ている。  

 出来ているのだが目下の懸念は第9領から第12領へ向かう途中の村。

 補給の都合上、必ず通るであろうその場所には、謎の病と共に1人の男が陣取っていた。


 契約者の能力であろうその病は、恐るべき感染力を持って、年寄りから順番に血を吐いて死ぬ。

 そのような病であった。


「契約者、か」


 その言葉に傍に控えていた騎士が反応した。 

 50歳程の騎士である。


「気になりますか」

「なあ、麦の、先王陛下は何故それ程までに契約者を恐れた?」

「父君は」

「2人だけとは言え今は公務中だ。それに、まともに話した事も無い」


 ふん、と鼻で笑いながら言葉を続ける。


「国境は西方公に守護され自身も多くの兵を持ちながら何をそこまで恐れた?」

「私見ですが」


 麦の、と呼ばれた男、麦の騎士がその問いに答えた。


「やはり、悪魔に対する恐れというものはあったように思います。

私も若い時分には西方公の下で戦いましたが、恐ろしいものでしたよ」


「悪魔が恐ろしい物である事はそれなりに理解している、つもりだ。

成程、確かにそうだろう。だが13年前の饑饉に対する対応が今に繋がっているのだ」


 13年前、凶作と大飢饉が王国を襲った。

 だが先王の執った政策はそれらに何ら対応するものでは無く、

免税すら無く、いつもの様に、南部から国境に食糧を送らせ、西方領はいつもの様に戦を続けた。


 当然のように餓死者が出る事態となり、

市井では豊穣の神を呼び出す儀式が流行り、契約者が現れる。


 だがそれらの儀式は当然、神を呼び出すには至らず、

先王はこれらを悪魔召喚の儀式と定め、禁止し、行った者への処刑を命令した。


「せめて、契約者への迫害は何とかならなかったのか」

「閣下……」


 白槍公は父であった王と、第3夫人の息子である。

 生まれも育ちも南部。


 北部や北西部には行った事も無い身としては、見た事も無い悪魔への恐怖よりも、

こちらの失政の所為で生まれた契約者に対する迫害や刑罰に対する困惑の方が強かった。


 当時、政治を後見人に任せていた年齢であったとしても、

その程度の責任感は持ち合わせていた。


 対して麦の騎士は先王の政策に、納得は行かずとも理解を示していた。

 逃れようも無い魔術で人間を狂わせ、堕落させ、疑わせた悪魔。

 魔術は使えずとも人間よりも強靭な体と衝動的な欲望が入り交じる悪魔人間。


 決して国境を破られてはいけない、そう思わせるには充分な脅威であった。

 2人の考え方の差異は北部と南部の間に横たわる、どう足掻いても埋めようの無い認識の差である。


「いや、詮無き事だった」


 白槍公はそう言って話を打ち切る。

 今は目の前の事に取り組むべきだと、頭を切り替えた。


「それで、あれにどう対応する?」

「あの鉄の巨人を避けるならば迂回でしょうな」

「急げんか」


 噂の段階ではあるが既に王族も捕まっているとの話もある。

 無体だと言われようとも強行に軍を進めたかった。


「文明の叡智に拙速は禁物でしょう」

「そうか。なぁ、麦の。奴らが言ったように、文明には王が居なかったと言うのは本当か?」

「閣下、ああいう手合は自らの信じたい物しか」

「麦の」


 麦の騎士が観念したように言う。


「かつての文明には今以上に多くの国がありました。

その中には王が居ない国もありましたし、望まれて居る国もありました」

「そうか」


「私は、閣下がそのような王になれると信じております」

「……2人だけとは言え公務中だと言っただろう。

誤解されるような発言は慎め」 


 顔が熱くなるのを何とか抑え仕事を続ける。


「しかし、かつての文明の品など、どうやって動かしているのだ連中は」


 戦場で何度か見た巨人には錆など無く、立派に王国の脅威として働いている。

 白槍公も文明の品は見た事が有るが、原型を留めていないか、

使い物にならない観賞用の物しか見た事が無かった。


「これも契約者の力なのか、なぁ麦の」

「……」

「……麦の?」 


 返事をしない事に不信を抱き、声をかける。

 麦の騎士の顔は何かを堪えているように真っ赤であった。

 何事かと近付こうとすると勢い良く後退し、まるで桶の水を撒くかの如く喀血した。


「麦の!?」


 近付こうとする白槍公を押し留めながら麦の騎士が剣を抜く。


「やはり若い方は効きが悪い」


 突如、男の声が部屋に響いた。

    

「何者だ!」


 麦の騎士が血を飛ばしながら一喝する。


 いつの間にか部屋の中に見慣れぬ男が1人いた。

 25歳程の、何の変哲も無い青年である。 

 手の甲に蛇の紋様がある。


「悪魔の大公爵アスタロトが契約者、真名無し。

指導者の命を受け、お前達を殺す者だ」


 白槍公も壁にかけられた自らの槍を手に取る。 

 扉が乱雑に開けられ、声を聞き付けた騎士達が部屋に入ってくる。 

 そして、ある者は倒れ込むように膝を付き、またある者はその状況に困惑していた。


「契約者だ、入ってくるな、病に冒されるぞ!」

「閣下!」


 誰ぞの静止も無視し白槍公は叫びながら目の前の慮外者に飛び掛かる。

 その首を槍が狙う。


 だがそれは割り込んできた2人目の曲者に止められる。

 右手に蛇を撒いた天使のような男の眼前で止められた槍はふぅ、

と息を吹きかけられた途端、穂先が溶け、変形する。


 危機感を覚えそれを捨てると同時に槍は跡形も無く溶け去った。

 腰にかけていた剣を抜き突き付けながら距離を取る。


「麦の! 立てるか! 早く外に出ろ!」 

 

 白槍公は喀血したまま踞っている麦の騎士に向かって叫ぶ。


「ゲホッ……」 


 叫んだ拍子に少しだけ咽る。

 だがそれでも切っ先は逸らさず、2人に向けたままである。

 突如、麦の騎士が立ち上がり、白槍公を突き飛ばす。

 不意を突かれた為、為す術も無く倒れ込む。 


「閣下、こちらに!」


 入り口に立っていた騎士に受け止められ、部屋から連れ出される。


「麦の! 離せ、私は戦える、麦の! 麦のおおおおおおお!」


 自分の体を運び出す騎士達を藻掻きながら押し退けるも、白槍公は外に連れ出されていく。


 ● 


 麦の騎士はふらつきながらも立ち上がる。

 歳の所為か、病を撒き散らす悪魔に対する耐性は見事に無くなったようだ。

 アスタロトと呼ばれていた悪魔が、蛇のような目でこちらを見下ろしている。 


「とんだ、大物が、よくぞこのような辺境に」 


「呼びつけたのはそちらだ人の子よ。

飢えた人間達が病に冒された子供を口減らしの為に私に捧げたのだ。

かの村を滅ぼした病、私に粗末な贄を捧げた怒りと知れ」


 13年前の饑饉で壊滅した村はいくつかあったが、その中には何故か病で滅びた村もあった。

 そう、進軍を躊躇させていた病と同じ物である。


 麦の騎士は真名無しの方を見る。

 粗末な贄と暴言を吐かれながらもその表情に動きはない。

 その口調にも感情は篭っていない。


「指導者は言った、王家を殺す病であれと。

旧弊を殺す病であれと、だから殺す。あの時のように、丁寧に、指先まで蝕もう」


 その声と共にアスタロトが剣を抜く。

 麦の騎士は前に向かって走る。

 突きの体勢で押し進むとアスタロトが応戦した。


 甲高い、金属同士が衝突する音が部屋に響く。

 麦の騎士はアスタロトの突きを避けながら踏み込んでいく。 

 アスタロトの剣は綺麗な剣であった。


 円を描き、一閃し、時には舞う。

 攻めあぐねて切り口を探していると、地面が揺れ、視界が回転する。

 強烈な吐き気と目眩の所為で体が傾く。


 そして、アスタロトの剣はそれを見逃さない。   

 ふっ、と姿が消え、どん、と体が押されるような感覚。 


 ぞぷ、と音を立て、剣が体に飲み込まれる。

 鎧は貫かれ、剣が薙がれ腹が裂かれる。

 飛び散った血が芸術的な絵を描いた。


 アスタロトの口が笑みを浮かべる。

 勝利をを確信した笑みだ。

 麦の騎士も笑った。


 舐められているのならば進むまで。

 最後の力を振り絞るという意識は無く、ごく自然に体が動いた。

 飛蝗のように飛び上がり、不意を突く。


 アスタロトの剣は弾かれ、壁に突き刺さる。

 麦の騎士は只の人間である。

 悪魔のように魔術を使えず、悪魔人間のような強靭な体も持たず、

契約者の青年にすら体力では劣る、老いた只の人間である。  


 だが進む。  

 血で気道が塞がれ、体の痛みが病の進行故か剣を飲み込んだが故か判らなくなっても尚、

麦の騎士は敵を討つべく進む。


「アスタロト!」


 ここで初めて真名無しが感情のようなものを見せる。

 自らも剣を構え麦の騎士の突撃に備える。 


「王国第9領が騎士、麦の騎士……!

病なぞ……、これこの通おぉり!」


 真名無しが雄叫びを上げながら剣を振る。


 体力と力に任せた一撃。

 だがそれは病に冒されたとは言え、王国の騎士を相手取るには余りにも不足していた。

 只の人間でありながら、西方の戦線を生き抜いた男を相手にするには力不足であった。


 何故立てる、などという愚問は互いに浮かばなかった。

 顔に浮かぶ表情が、腹に篭もる熱が、身を焼く怒りを知らしめている。  

 麦の騎士は決して許さない。


 欲望に任せ盗み婦女子に乱暴する事も、王家に刃を向け王を殺した事も、

我らが白槍公を思い煩わせる事も、剣をまともに振れない青年を病と称し先鋒として使う事も何もかも。


 目の霞みはいつの間にか消え、血管がぼこりと浮かび上がり、

頭の浮遊感を地面を強く蹴ることで誤魔化し、血を吐き出すことすら厭わず、

剣戟は肌に感じる風でいなし、背後からのアスタロトの攻撃を気配だけで避け、

欠けた剣の破片を気にも留めず、叫び叫び叫び叫んで、そして、剣は真名無しの心臓に届く。


 粘ついた感触が手に届く。

 真名無しの口から血が溢れ、剣が手から落ちる。

 剣を抜くと湧き水のように血が吹き出し、壁に向かって雪崩込んだ。


 真名無しの目から光と生気が消え、体が床に倒れそうになった所で、遺体が何処かに消えた。

 戦いの熱気が消え病に冒された騎士達の呻き声だけが部屋に充満する。 


「かっ、か」


 麦の騎士の体から力が抜けるが、剣を杖の代わりにして体を支える。

 口から、鼻から血が流れ呼吸も苦しく、荒くなっている。

 瞼が閉じ、年若き公爵の姿が浮かび、そしてそのまま祈るような体勢で動かなくなった。


 ●


 王国の何処かに男はいる。


 高台からその光景を見下ろす隻眼の男は火も焚かずにそこに立っている。

 その青い瞳は戦士達の戦いを見ていた。


 先程までそこにあった戦の狂乱が消え去り、夜が更け、風が地上を撫でている。

 灯されていた明かりは次々と消えていき、何もかもが寝静まっていく。


 星が瞬き、白い月明かりが姿を映し出す。  

 戦場であったその場所には最早何者の気配も無く、屍肉を食い漁る獣も現れなかった。


 ガシャン、と耳障りな音がする。

 赤い光が次々と闇に浮かび上がる。


 何人かの鉄の巨人が高台に登ってくるが男は振り返らない。

 シュウシュウと上がる蒸気の所為で辺りがむわっとした空気に包まれる。


「敵生体発見」


 そう言って歩を進め、巨人が腕に取り付けられた武器を振り上げる。

 そして石像のように動きを止め砂となり崩れ落ちた。

 静寂が再び場に満ちる。


 黄金の鎧を纏った男は戦場であった場所をただ眺めている。

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