表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/107

12章 準備


 12章 準備


 ドワーフの洞窟で狩人がおもむろに言い出した。


「そもそも真名を抜かれるってのが判らん」

「……何が判らんのだ」


 黒騎士は発言の意図が掴めず聞き返す。

 装備の点検に来てみれば、めったに見ない顔が屯していた。


 特に話題も無いのでソファーに座って手持ち無沙汰に調度品を眺めていた所、

退屈そうに狩人が先程のように切り出したのである。


「いや、真名を名乗ることって無いじゃん? ましてや悪魔になんか名乗らない訳で」

「そうだな」

「どうやって判るのさ」

「そりゃお前」


 ソファーの後ろから武官がひょいと現れ話に割り込む。


「魔術とか、何か色々だろ」

「色々ってなんだよ。お前知らないのかよ」

「色々は色々だよ。何かこう幻覚見せたりとか」

「それ魔術じゃね?」

「あー、何かあれだよ、何かして吐かせるんだよ」


 ワイワイと騒ぐ2人を眺めながら黒騎士は白湯を口に入れる。

 真名、とは生まれた時に名付けられる名前の事である。


 文官、黒騎士、諸家。

 これらは職業や地位を表す名前であり、それらが変わる毎に変わっていく名前である。


 だが真名はその人物だけが持つ名前であり、

そして悪魔が人間を手駒とする為に奪う物でもある。

 黒騎士に魔術の事は判らないが、それが有るのと無いのとでは色々と大違いらしい。


「ってかお前の手のそれ、まだ治んねぇの?」


 そう言って武官が狩人の右手の甲を指差す。

 そこには三つ首の犬のような模様があった。


「ん? あー、これな」


 狩人が右手に視線をやる。


「エルフでも消せないって言うし、

陛下に聞いたら悪い物じゃないって言うから別にいいかなって」

「ふーん」


「エルフと言えば」


 黒騎士は勇者パーティーの最後のメンバーについて聞く。

 まだ決まっていないエルフの戦士について、返ってきた内容は余り芳しくない物であった。


「誰を出すかで揉めてるらしい」

「ほう」


 武官が思い出すように唸りながら言う。


「何か戦士の適正? とかでどうするかが決まらないとかで?

今決まってるのが狩人、太刀持ち、人型だろ?

ちょっと前のめりな構成なんだよな」

「ちょっとどころか思いっきり前のめりなんだが」 


 あんまりな構成にツッコミ所しか無かった。


 狩人が戦斧、太刀持ちは太刀、人型が徒手空拳。

 後衛がいない。

 狩人が斥候役を兼ねられるだろうか。

 我らが帝国の脳筋具合に頭が痛くなる。


「ま、収穫祭までに決まればいいだろ」

「そうか」

「すげー、武官が武官してる」   

「元からだろ!」


 狩人の言葉に武官が噛み付く。

 ぎゃいぎゃいと騒ぎ始めた2人の声に、部屋に入ってきたドワーフが面食らっていた。


「終わったぞ、見てくれ」

「ああ」


 テーブルの上に、剣と盾が置かれる。


 普通であれば出自を示す紋章が描かれている場所に黒い塗料を塗りつけた盾は、

キレイに磨かれ持ち手の部分も補強されている。

 剣を鞘から抜いて確かめると、見事に研ぎ上げられていた。


「問題無い、代金はいつもの様に」

「ああ、鎧の調整もやっていくか?」

「そうしよう」


 黒騎士が立ち上がると同時に、 

部屋の奥で何やら交渉をしていた総代が疲労が滲み出ている顔を出す。

 挨拶をしないのも失礼なので軽く済ませる。


 どうやら武器取引の話し合いが長引くので休息に来たようであった。

 陛下には銀の取引を持ちかけていたようであったが、

何故、武器の取引をしているのだろうかと内心、首を捻る。


 商人というのはよく判らない生き物だ、と黒騎士は思った。


「そう言えば真名について話していたようですが」


 馬鹿馬鹿しい、と言いた気に息を吐きながら言い捨てる。

 先程まで騒いでいた2人がこちらに顔を向けた。


「高位の悪魔であれば吐かせる必要がありませんね。

悪魔王ともなると、彼が付けた名前が真名であると思い込ませてきますから」

「何それ反則」


 全くもって同感である。


 ●


 暫く部屋に篭っていると思ったら酷い顔で文官が書類に埋もれていた。

 竜騎士は呆れたように机に近付く。

 文官の顔を見ると心なしか痩せたように見えた。


「王国絡みか?」


 先日の孤児の緊急受け入れに関して、ドタバタしていた事は知っている。

 孤児達を連れてきた男は何でもないように装っていたが、

煙の臭いや血の臭いが取れていなかった。


 戦場で拾ってきたのだろうか、とどうでもいい事を考えながら、竜騎士は文官に休むように言う。 


「いや、そっちは終わって……、こっちの計画全部前倒しになったから」 


 文官が手を気怠げに上げ、あちこちを指差しながら説明をする。


「え? 兵舎建設と並行して道路と区画整理?

それに伴った訓練場、盛り場の建設と森林伐採の協定と専門家の招聘と資金調達?

兵の査定基準と内部規律の作成と改定?

あと国民に対する冬季の学習計画? うん、そうか、寝ろ」


「前向きに考えよう。今ならややこしい利権も学閥も無いんだ……。

水利権とか塩利権とか派閥とか……」

「判った、寝ろ」


 平地の政治には明るくないが、そんな物は1日やそこらで出来上がらないだろう。

 軍隊を作るにあたって、最低限の人数を確保できる方法に心当たりがあると報告、

相談に来たのだが、この様子ではそれ所では無い。


 まず、睡眠が最優先である。


 執務室の中にある扉を開けると寝室なので、

文官を無理矢理、机から引き剥がし、遠慮も何もなく寝所へと放り込む。

 寝息を立てたのを確認して竜騎士は扉を閉める。 


「用事があるなら後にしろ」


 そう言って振り返ると部屋の入口に奴隷商人と頭領が立っていた。

 気にせずにソファーに座ると何故か2人も座った。


 起きるまで居座るつもりか、そもそも起こさせる気か、

と叩き出す体勢に入りかけた所で扉がノックされ、2人の少女が部屋に入ってくる。


「文官さーん、飲み物持ってきましたー」

「……?」


 少女の1人が部屋の主の代わりに居座る3人組に首を傾げた。


「ああ、文官なら今寝てるから……。これは俺が貰っておこう」


 先程から盆を持つ手が危なっかしいので、そう言って竜騎士は飲み物を確保する。

 すると少女が慌てたように言う。


「コップ1個しか無いよ?」

「俺だけで飲むから気にしなくていい」 

「いじわるしないの! パンの人と、とーりょーさんの分持ってくる!」


 んもう、と頬を膨らませながら少女が走る。

 転ぶぞ、と声を掛けた後、気になる事を残った1人に聞いた。


「……パンの人?」

「うん、お店に来て初めてパン食べた子がいっぱいいるから、

みんなでそう呼んでたの」

「あ、うん、そうなのか」


 奴隷商人が慌てたように挙動不審になるが無視する。


「そういえばお前達、何処から来たんだ?」 

「んとねー」

「悪魔の国の北部! 悪魔の国の北部ですよ旦那!」

「ん!」


 勢い良く割り込む奴隷商人の言葉に少女が得意気に頷く。


 それと同時に少女がコップを2つ持って戻って来た。

 そして2人はキャピキャピと部屋を出る。


「文官さん寝てるなら違うお仕事行ってくるね」

「仕事?」

「んとねー、騎士さんに文官さんが寝たって言いに行くのー」

「そうか」


 どうやらあちらも同様に忙しいようである、

と竜騎士は少女を見送りながら思った。


 ●


 少女から話を聞いた後、騎士は皇帝に進言する。


「そろそろお休みになられてはいかがですか、陛下」

「まだ文官が働いてる」

「先程、竜騎士により寝所に叩き込まれました。お休み下さい」


「本来なら10年20年30年かける所を春までに終わらせるってんだから、

この程度の無茶は織り込み済みだろうが。違うか、騎士」

「陛下それは壁です」


 あらぬ方向に話しかける皇帝に思わずツッコミを入れる。

 うっかりするとへし折りそうな肩を不敬ながらも掴み、こちらを向かせる。


「前の地震で指揮系統の不備が出てる。

これも直さないと」

「陛下、我々は字も書けませんし読めませんが、

話し合いはできます、今は何も考えずお休み下さい」


 幾分の逡巡の後、こちらが譲らないと悟ったのかフラフラと寝室に向かい始めた。


「終わったら起こせ」

「は」


 これはしっかり話し合わねばな、と騎士は敬礼をしながら考える。

 皇帝の執務室から退室し、会議室へ向かう。

 部屋に入ると意外な顔触れが揃っていた。


「諸家殿と……、処刑人さん?」 


 声をかけると処刑人がヒラヒラと手を振った。

 彼がここに来るのは珍しいな、と騎士は内心首を傾げる。


「それで、何から取り掛かるのかね」


 諸家が面白そうに議題の確認をする。


「冬の学習計画に関しては今やってしまいたいですね。

文官君だけでは出来る事前提に計画を立てかねませんので」


 冬は狩りと雪掻き以外、殆どする事が無い。


 ならば娯楽も兼ねて読み書き計算でも学習させようか、という事になった。

 少女達の教育を始めたあたりから、文字を習いたいと言う人間が増えたので、

その希望を取り入れた結果でもある。


 開口一番、異議を唱えたのは諸家だ。


「農民達に学問が必要かね?」

「広く民衆に知識が行き渡っていない結果が陛下と文官君の徹夜続きなのですが」

「識字率から手を付けよう」


 あっさりと説得された諸家を処刑人がニヤニヤと眺める。

 鬱陶しそうに手を払いながら諸家が溜息をつく。


「まぁ、私とて人の事は言えんがね。

学習中の身で、まだある程度は黒騎士に代読させている始末だ」  


 その言葉に処刑人が訝しげな顔をする。


「何で王国貴族が字読めねぇんだ」

「元だ、元。地方にもよるが、基本的に当主は自分で文字を読まないものだ。

誰かに代読、代筆させるか、計算は会計や妻にやってもらうかだな」

「……何で?」


 ふむ、と少し考え込む素振りを見せた後、諸家が続ける。


「一言で言えば風潮だな。そのような雑務は妻か商人にさせ、当主は判断を下すのみと。

陛下が聞けばそんな贅沢出来るか、と一喝されそうだが」


「目に浮かびますね。というかそれは」

「此度の反乱の遠因と言っても過言では無いな。

まぁ、その話は後でそこの男にでも聞いたら良い」


 騎士の言葉に諸家が処刑人を指差す。


 気になる話題であったが時間が惜しいので話を進める。

 本は高価なので、最低限の数を揃え写本がてら、

書き取りの練習をさせる方針で行こうかと言うと、諸家の目が鋭くなった。


「教材はどうする?」

「何冊か童話の本でも仕入れようかと。今、丁度総代さんが来ていますし」

「何処の童話だ?」

「満遍なく集めたいと考えています」


 エルフにはエルフの、ドワーフにはドワーフの童話が有る。

 天使の国の教えは論外だし、かと言って悪魔の国のかつての教えは余計な紛争を招きかねない。

 それらの事情をを無視して教材を選べば国民からの反発は避けられないだろう。


 諸家が些か不機嫌な表情を見せ、黙り込んだ。

 その場に沈黙が流れる。


「……構わない」

「ではそのように」


 そもそも考えてみれば何故この面子なのだろうか、

顔を見せただけでも打ち首にされかねないのに、

思わずそんな考えが騎士の頭をよぎった。


「次は指揮系統の不備に関してですが……」 


 騎士は自分にできる範囲で仕事をしていく。

 この調子だと皇帝の睡眠時間はたっぷりと確保できそうである。


 ●


「見よ! これが我々が奪還した財である!」

 

 積み上げられた金銀財宝を指差す指導者の声に皆が声を上げた。

 大巨人を目覚めさせ、王を暗殺し、共和国の熱は高まる一方だ。 


「王都には、そして他の領地にはまだ見ぬ不正に蓄財された財がある!

奪われた君達の財がある! 全てを取り戻せるかは君達の戦果次第なのだ!」


 自らの言葉で面白い程に盛り上がる声を背中に受け、指導者は壇上から立ち去る。

 館に戻ると魔術師が出迎える。


「御見事な演説で」

「これ位はな」 


 上着を預けられながら魔術師が着いてくる。

 指導者はついでと言わんばかりに先の事を聞く。

 

「演説をしたはいいが、彼らの取り纏めはそちらに任せて良いのか?」

「そこはお任せを。奴も専門家ですから」

「成程ね」


 確か賈船、と言ったか。

 ある意味、特殊な奴隷商人の1人。

 指導者もその存在は小耳に挟んでいる。


「ふぅん? 彼らは奴隷では無いぞ?」

「はい、指導者」

 

 恭しく魔術師が答える。

 

「奴隷、そして人間を扱う事に関しては、大陸で彼の右に出る者はおりますまい」

 

 そう言って魔術師が頭を下げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ