11章 各国動静
11章 各国動静
窓から見下ろす王国では誰もが喪に服していた。
文明風の建物の最上階。
かつての言葉で言うならモダンテイストな部屋の中で、
机の上の書類を片付けながら、総代はチーズを摘む。
普段であればワインと共に楽しむが、今はそんな余裕など微塵も無かった。
部下の目があるため、最低限の宝石は身に付けているが、
それすら外してしまいたい程にピリピリしている。
今は先日から続いている奴隷殺害事件についての書類を片付けている。
当初は檻の外から奴隷の首を切るだけで済まされていたのだが、
最近は、見せつけるかのように凄惨さを増している。
遺体が檻の外でも見つかった事から犯人は奴隷の購入者、
だが周辺で見つかった靴の跡により捜査は遅々として進まない、
と言うより進めたくないのだろう。
サンダルではなく靴。
箱を履いていると言われようとも靴というのは高級品だ。
それを履ける人間は少ない。
まぁ、その内、貴族の席が幾つか空いて終わるだろうと見切りを付け、
書類の内容を確認して署名をし、封をする。
ふと、靴に関連して思い出したので別の資料を引っ張り出す。
陛下も成長期である事だし、冬も近いので改めて服を仕立てるように勧めるべきかと今扱える商品を確認する。
箱などとは言わせない、鎧と靴を両立したヒールの高いデザイン、靴底には滑り止めと装飾を兼ねた刺繍、
御御足に合わせて仕立てさせたそれは王国では売れない代物だ。
物が悪い訳では決して無いのだが、こちらでは伝統と政治が新商品の開発を妨げる面が多々ある。
その点、帝国は実験的な商品を売れるので、ある意味良い客である、
とウキウキしながら資料に目を通しかけた所で扉がノックされた。
「総代、ちょっといいですか」
「何です」
入ってきたのは総代の部下である。
八つ当たりのように声をかけるが、報告された内容は見過ごせないものであった。
「金の値段が下がっています」
「他の商会は?」
「様子見です」
そこまで聞いて部下を下がらせる。
総代は部下が持ってきた資料に目を通す。
今、起きているのは恐らくこういう事だ。
反乱軍が領主館や商会を襲い、奪った物を山分けする。
その中には当然、溜め込まれた金貨や、本来なら市場に流れない骨董品、下賜品などがあるだろう。
それらが市場に流れ込んだ故の金貨の暴落。
他の商会の様子を見るに、ある程度、値段を釣り上げた所で一気に銀売、金買いで回収するつもりだろう。
であれば今出来る事はあまり無いのでこちらも放置だ。
総代は長い髪を掻き揚げ次の報告書を読む。
食糧の高騰について書かれたそれを机の上に投げ出す。
間違いなく死者が出る、と天を仰いだ。
ああ、全く儲からない、と嘆息しながら呼び鈴を鳴らし、部下を呼ぶ。
暫く不在にすると告げ、指示を出す。
総代はいつもの様に宝石をジャラジャラと身に着け、南部へ向かう。
●
南部、第9領。
反乱の起きた第12領の隣であり、平地が多い領である。
大街道が通るこの領地は農地が多く、
そして海に接している為、海産物と農産物、両方を市場に流している。
南部らしく王国の食料庫の一端を担う領地と言える。
総代は2つの領地の境界にある森の中に居る。
今回は悪魔の国でやったような話の聞き方ではなく、視界を繋げてこの目で直接見ることにする。
目の前を飛ぶ丸い光に手をかざし、反対側の手で目を覆う。
視界が真っ白に光った後、瞼の裏に写った光景は畑である。
どこまでも続く麦畑、不作だと予想されていたが、豊かに実っており、黄金色の頭を垂れている。
風が吹き、さらさらと麦を揺らす。
聞こえてくる音はそれだけである。
奴隷に命令する地主の声も、鞭打たれる奴隷の悲鳴も、収穫を喜ぶ誰かの声も何も無い。
その畑には誰もいなかった。
目を開け、別の妖精を捕まえ、同じように話を聞く。
だが見える光景は同じような光景であった。
畑はあっても収穫する人間がいない。
船があっても漁に出る人間がいない。
燃え尽きた領主の館、商会の建物。
無人の粉挽き所。
次の光景を見ようとした所でけたたましい音が耳に入った。
妖精を新たに捕まえ音の正体を探る。
道を走る馬の群れ。
それに乗っているのは大勢の男達。
垢抜けず、戦慣れしているようには見えないが、
ギラギラとした目をしており、全員が武器を携えていた。
向かう先には確か国営の孤児院があった筈だと、総代は妖精に聞く。
男達が喧しく大声で話している様子なのでそれを聞こうとした所で、ビュッと何かが頭を掠める。
飛んできた方向に身体を向け、警戒の体勢を取ると、茂みの中から男が1人現れた。
年は40程であろうか。
ある種、この場にそぐわない男であった。
盛り場で女と遊んでいるような見た目の男は、
ゆとりある表情で幾つかの小石をジャラジャラと手で弄んでいる。
手の甲には三角形の図形が描かれていた。
「それが噂に聞く妖精達との会話かい」
奇妙な程に紳士的に男が声を掛けてくる。
その目は何も写していないように見えた。
「私達に何か用事かな」
「私達……?」
総代の態度に、はて、という風に表情を変え、男が続ける。
その表情すらどこか虚ろであると、総代は思った。
「共和国の、ああ、うん、反乱軍の方が判るかね。まぁいいや、それで何か用事かな」
「たまたまですよ、商売に関わるので見に来ただけですから」
「商人? その若さで、あぁ、うんエルフなのは判るが」
「そちらは、と言うかあの軍は何です」
それを聞くと男が困ったように考え込む。
冗長な話を遮り、聞きたい事を聞く。
何となくだがこの男と長く対峙していてはいけないと、総代の勘は言っていた。
「何というかな、洗脳から解放するんだそうだ」
「はぁ」
確か、と総代は第9領に卸した商品を思い出す。
食糧、初歩的な教本、纏まった数の子供服、廃墟の建て直し手配と中古家具。
「向こうに孤児院があるだろう、国営の」
第9領は、南部にしては珍しく口減らしの為の奴隷売買が少ない領だ。
その代わりに孤児院が多く、そこで子供を引き取っていたりする。
「教育の為にこちらに連れてくるんだ。教師はいらないから処刑するけどね」
「……は?」
総代は思わず体面を投げ捨てて聞き返す。
「革命の理由は彼らが抱えてきた不満だ。
税は取られる、饑饉の時に碌な対策も取れない、
一生懸命作った作物は軍需として国境に送られる。
その癖、悪魔の国との戦争は終わらずダラダラと続けている。
綺羅びやかな首都を眺めながら自分達は一生、この土地で生きていく。
そんな不満だ」
何も言わない事をいい事に男がべらべらと話す。
「それは良くないと指導者は仰ったから革命を起こしたんだ。
そして彼は言った、この不満を子孫に伝えてはいけない。
だから、ちゃんと教育し直さなくてはと」
「指導者」
「第12王子、うん、元が付くけどね」
鼻で笑いながら総代は見たままをぶつける。
「その結果があの畑ですか。
世話をする人間も収穫する人間もいない。
あのままでは早晩、南部は13年前の焼き直しでしょうよ」
「したくない仕事を無理やりさせる事は出来ないだろう?
彼らは仲間であって奴隷じゃないんだ、
……ああ、そうか、安心すると良い、南部だけじゃなく皆、飢える。
だって、人間は皆、平等だからね」
何かを得心したような表情をした後、見当違いの答えを叩き出し、
目の前の男は薄ら笑いを浮かべる。
そして手の甲を掲げ、名乗りを上げた。
「悪魔の大侯爵シャックスが契約者、呼び掛け人」
黒い霧と共に貴族の服を着たコウノトリのような悪魔が背後に現れる。
その目を見た途端、体中に悪寒が走る。
じわじわと冷たい物が血管を通るような感覚。
胸が締め付けられるような何らかの渇望に襲われる。
あの時とは比ぶべくも無いがこの感覚に覚えがあった。
「君はまだ若いから道を踏み外さずに済む。
今からでも指導者の話を聞いてみるといい」
耳に、頭に、声が違和感なく入ってくる。
思わず頷きそうになるのを堪える。
この感覚はまるで、そう、まるで悪魔王に魔術を使われた時のような感覚であった。
思い至れば行動は早かった。
「お断りですよ」
そう言って耳の宝石を外し、指で呼び掛け人に向かって弾く。
愕然とした顔に叩き込まれた宝石は魔力の開放と共にその頭蓋を打ち砕き破裂させる。
壊れた頭部から噴出した血や脳漿はそこら中に散らばり森を汚し、
その持ち主であった人間は1度だけ痙攣した後、珍妙な踊りを踊った後、
もんどり打って倒れた。
総代はすぐに距離を取る。
悪魔と正々堂々、一騎打ちなどする気はない。
「待ち給えよ」
その声に体が止まる。
シャックスが遺体を見下ろしながら話しかけてくる。
声に込められた感情は読み取れないが、
ジリジリとこちらを狙っているような様子が伺えた。
暖炉の火に近付きすぎたかのように肌がピリピリする。
「随分と魔術慣れしているじゃないか。
大体は、あっちで暴れようとしている連中のようになるんだが」
「洗脳したきゃ悪魔王3人くらい持ってきて下さい」
「……ゲェェッ! 君、あそこの関係者かグェェ」
シャックスが勢い良くこちらに振り返る。
罠に掛かったような声に構わず、総代はシャックスの首を掴み尋問する。
「何で王国、しかも反乱軍に?」
少し力を入れると凄まじい勢いで喋り始めた。
「いやいやいや、彼との付き合いは長くてね、
ほら、13年前の饑饉、あの時からの付き合いなんだ。
妻と子供を亡くしたこの男が最後に縋ったのが私さ。
あの時はよくあった話だろう?
饑饉が落ち着いた後、契約者達は皆、迫害され処刑されかけた所を逃げて、
泥水を啜りながら生きていたんだ。
悪魔との契約者は危険だという事でね。
元はと言えば王国の失政の所為だろうに酷い話だ。
そんな人間に仕えてこそ悪魔冥利に尽きるじゃないか、ねぇ?」
胡散臭いほどに早口で捲し立て哀れみを出すシャックスを見て総代は言う。
「で、その与太話で茹で上げたのは何人目です」
「人聞きの悪い、勝手に茹で上がっただけだよ」
先程の哀れっぽさなど何処へやら、シャックスがケロッとした顔で言った。
これはまともに話していると頭が痛くなる手合である、と総代は見切りを付ける。
「それで、これからは? あちらに戻るのなら送りますが」
「いやぁ、自分で帰れるさ。あぁ、最後に」
シャックスの雰囲気が変わる。
「与太話というのは良くない。この男は私の三角形だ」
真面目な声と同時に、ごう、と突風が吹き付け、目を閉じる。
目を開くと遺体と共に締め上げていたシャックスの姿は消えていた。
風に乗って罵声と悲鳴が聞こえてくる。
火を放ったのかきな臭い臭いもする。
「三角の中では嘘を言えない、成程ね」
そう言って総代は孤児院に向かって走る。
●
孤児院に向かった後は特筆すべき出来事は無い。
いつもとは少々勝手が違うものの、特に何事も無く、
孤児達を買い上げ、そのまま帝国に連れてきただけである。
国営である事で何かしら横槍が入るかと思われたが、
恐らく、あの様子では領主に報告すらしていないのだろう。
孤児院の責任者はホクホクとした顔で銀貨を受け取っていた。
そして今、総代は陛下に謁見を許されている。
宮殿の外は俄に騒がしい。
女達が湯を沸かし、連れてきた孤児達を布で拭いている。
少女達があちこちを駆け回り、侍従長があれこれと指示を出しながら動いている。
目の前の陛下は何かを考え込むかのように黙り込んでいたが、
考えが纏まったのか、微笑みながら総代を呼んだ。
「総代」
「はい?」
「用意させるから入ってきたらどうだ」
「……後で頂きます」
一瞬、何の話かを考え、風呂の話であることに気付く。
気遣いは嬉しかったがそれ所では無かった。
「それで」
諸家がこちらに薄ら笑いで問いかける。
「何故こちらを? こちらとしても余裕は無いのだがね」
「こちらが避難先としては最優との結論に達しました」
「首都ではいけないのかね」
「目がありません」
「ほう?」
諸家が片眉を釣り上げる。
「反乱軍は畑を放棄し、魚も採らず、猟や採集すら行いません。
あれでは冬に王国軍に囲まれて飢えるか、
包囲を破り首都まで略奪をしに来るか。
大人はともかく子供は引き取り手が有りません。
ならば最初からここに連れてくればまだ、商売の目があります。
まぁ、今回は迷惑料と言う事でお代は頂きませんが」
総代の言葉に諸家が平然と質問をする。
「……畑を放棄? 彼らの兵糧はどうしているのだ」
「略奪で」
それ以上は言うなと手の平をこちらに向けられた。
「長くは持たねぇな」
陛下の言葉に一同が頷く。
第12領だけで王国全てを敵に回すことは不可能だ。
数の有利で囲んでしまえば外に出られずに飢えるだろう。
ただ鉄の巨人という物がある以上、戦況に過信は禁物であるし、首都を攻撃した武器もある。
そして、悪魔の契約者もいるだろう。
「問題は冬から春か」
「はい」
食料が尽きた時、彼らがどうなるか。
それが状況の決め手だ。
「文官!」
「はっ!」
返事をした後、文官が慌ただしく退室する。
恐らく、関係各所に話を回しに行くのだろう。
計画の何もかもが前倒しになる筈だ。
「陛下」
ならば、と総代は腹を決めて戦争の提案をする。
こちらの得意な、絶対に儲ける戦争だ。
「銀の相場取引にご興味は?」
そう言うと陛下が虚を突かれたような表情をした後、ニヤリと笑った。




