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10章 立志


 10章 立志


 帝国の北東、中心地から少し離れた場所には病院がある。

 怪我や病気ならばエルフ達の治癒能力の領分であるし、それ用の建物が西にある。

 こちらの病院は精神的な物を扱う物である。


 ●


 狩人は病院の中にいた。

 木で出来た大きな建物の中を進み、目的の部屋へ向かう。


 何度も通った道なので、案内は必要無い。

 ある扉の前で立ち止まり、深呼吸をする。 


 狩人は扉をノックして少しだけ開ける。

 入り口に背を向けて中を見ないようにしながら声をかける。


「や、お針さん、調子はどう?」

「あら、狩人君、元気にしてた? 今日は少し元気よ」


 陰りのある女の声。

 部屋の主――お針――が笑いながら話しかけてきた。


「うん……。あ、これ親父から。

いつもみたいに置いとくから」


 そう言って、部屋の中に瓶を幾つか差し入れる。

 その際もお針に自分の姿を見せないように気をつける。


「あらあらあら、ジャム?

村長さんのジャム、評判いいのよ、ありがとう」

「そう、よかった」


 どうやら今日は本当に調子がいいようだ。

 狩人はほっと一息付く。


「そう言えば、遺跡に行って倒れたんだって?」

「え」


 思わぬ質問に言葉が詰まる。 


「無茶したら駄目よ?」 

「はい」


 思わず素直に返事をしてしまう。


「い、いや、その獣を狩るのとそう大差無い程度だから、うん、大丈夫」

「そっかぁ、狩人君も強くなったなぁ」

「……」


 お針がしみじみと懐かしそうに言う。


 過去に何があったのかはあえて聞いていない。

 ただ、幼い頃には何の変哲も無い近所のお姉さんであったのが、

狩人が15を超えた頃に顔を見られると錯乱するようになった。


 彼女がそういう病であると聞いて大体の事情を察し、

そして胸に秘めた思いは表す事を許されなくなった。


 よくある話である。

 感傷に耽っていると控えめな足音が扉に近づいてきた。


「これね」


 お針がそう言って扉から何かが差し出される。

 それは手織りのストールであった。


「これから寒くなるから」

「……ありがとう、もう行くよ」

「そう、気を付けてね」 


 ストールを羽織り、その場を後にする。

 外に出ると強い風が顔に吹き付けた。

 近くの切り株で太刀持ちと人型が少女達と談笑している。


 あの少女達は確か文官が買ってきた文官見習いだった筈だ。

 一体何をしているのかと、狩人は近付く。


「今日は仕事は?」

「なんかむつかしい話するんだって」

「今日はお勉強お休みだからご飯取りに行くのー。

みんなびっくりさせるの」


 そう言う彼女達の手には籠があった。


 どうやら今の言葉を聞くに子供だけで来たらしい。

 茸ならば判別しなければいけないし、動物も居るので自分も付いて行くべきだろう、

と狩人は何を採りに行くのかを聞く。


「村にいた頃、あたし芋虫とかバッタ採るの上手だったの!」

「あたしネズミー」

「芋虫!? 飛蝗!? 鼠ぃ!?」


 得意気な少女達に、それは採らなくていいと伝える。


 不作が予想されているが、そこまで困窮していない。

 じゃあ何を採るの? と首を傾げる少女達に、ベリー摘みに行きますと言い、引率する。

 山に行く道すがら、太刀持ちと人型に何か用事でもあったのかと聞く。 


「あぁ、俺は頼まれていたナイフを」 

「おお! わざわざ昼に悪いな」


 そう言って太刀持ちからナイフを受け取る。

 鞘から抜いて見ると、随分と切れ味が良さそうであった。

 上から太刀持ちの溜息が聞こえる。


「昼に出るなと年寄りはそう言うがな」

「あー、若いのはそうでもない感じー?」


 人型の質問に太刀持ちが頷く。


「ま、そんな感じだ」

「人型は?」

「暇潰し。ちょっと今あっちの方が怖くてね」


 人型が陛下のおわす宮殿の方を見た。

 釣られて狩人もそちらを見る。

 先日起きた騒ぎについて議論しているのだろう。


 狩人には難しい話である、と天を仰ぐ。

 天気は曇り、スッキリしない天気である。


 ●


 皮マスクを外した奴隷商人の表情は伺えない。

 文官は注意深くその挙動を観察している。


「お初にお目にかかります皇帝陛下。

本日は御目通りが叶い光栄の極みにございます」

「ああ、楽にしろ」


 奴隷商人が全ての支度を整え帝国にやって来たのは、

訃報を受け取ってから数日のことであった。


「で、後ろの2人は?」


 奴隷商人の後ろに2人の人間が控えている。


 1人は鍛え上げられた肉体を持つ男。

 そこら辺にいる平凡な男に見えるが、何故かやたらに記憶に残りにくい男だ。

 仕事柄、人の顔を覚えるのは得意なのだが、と違和感を覚えつつも文官は3人目に目を移す。


 フードを被っていて顔が見えない。

 小柄である事と香草の様な甘い匂いが微かにする事しか判らない。


 ここが王国であればフードを外すように言われるであろうが、帝国では珍しくもない風景だ。

 暴力、性暴力、異形、フードを外したくない人間は大勢いる。


「南部から連れてきた情報提供者です」 

「南部から……」


 皇帝が考え込むような仕草をしていると男の軽い声が上がる。 


「へぇ、南部の何処出身だ? 俺も南部出身でな」


 年は30代後半。

 何やら底知れぬ雰囲気を持つ男。 

 この国で処刑人と呼ばれる男が声を上げた。


 処刑人の尋問に奴隷商人が答える。


「この者達は」    

「テメェじゃねえ、黙ってろ」


 んぐ、と奴隷商人の喉が鳴り、ビリ、と空気が張り詰める。

 後ろの2人は何も言わない。


「言えんのか? それとも俺が言ってやろうか?」


 処刑人が剣に手をかける。

 場の緊張が高まり、誰も動けない。


「処刑人」


 2人のやり取りに皇帝が割り込む。


「座ってろ」

「……」

「座ってろ」


 不承不承と言った風に処刑人が玉座の横、皇帝の足元に座る。

 先程の態度とは打って変わって借りてきた猫のように大人しくなる。


 音も立てずにフードの人物が前に出る。


「その質問には私が」


 そう言ってフードの人物がそれを取った。


 年は17かそこらだろう。

 それなりに整った顔の女性だ。

 だがその額には酷い火傷の痕、否、焼き鏝によって付けられた模様があった。


 一同がハッと息を呑む。

 再び張り詰めた空気を気にも留めず、女性は続ける。


「私は生薬。私達は反乱の起きた第12領の隣の領に住んでいた者です」

「隣……? 第7領か?」

「はい、先日の首都への攻撃の直後に彼らは各地に侵攻を始めました」


 そう言って生薬がそのまま話を続ける。


「何百もの鉄で出来た人形で押し潰す戦術で、相手の指揮官も見当たらず」

「膠着状態?」

「はい」


 皇帝の問いかけに生薬が頷く。


「詳しいな、どの辺に住んでたんだ?」

「私達の里は国境沿いに有りました」

「そうか」


 皇帝がまだ腑に落ちない、という声で質問を続けようとするのを文官は遮る。

 少なくとも皇帝がする質問では無い。


「その傷は何だ? 連中は何の目的で?」


 不躾な質問に騎士がぎょっとした顔をした。

 だが敢えて文官はこの場の誰もが気になっていた事に触れる。


 火傷では無く、焼き鏝、ともなれば相当に相手を貶めたい意図が働いているのは一目で分かる。

 触れたくも無い話題であるが、今はどんな情報でも欲しかった。


「私達は、いえ、我々の里は」


 その質問に男が絞り出すような声で答える。


「王家に仕える諜報の里でした」

「頭領」


 生薬が男の方を気遣うように見た。


「里は焼かれ、今は2人しか残っておらず、人形が立ち去った後、奴らに捕らえられ」


 そう言って頭領が生薬の顔を見る。


「税を貪る堕落の象徴として処刑されかけた所を逃げ出してきました。

その後は傷の手当と引き換えに奴隷商人殿に連れられこの国に」


 その言葉に続き、生薬が自分の額を指差す。

 薄っすらと浮かぶ表情は自嘲であった。


「これは豚の証だそうですよ。彼らの目的は、その、推察しかできませんが」

「構わない」


 文官はその先を促す。

 この話題から逃れられるなら何でもよかった。


「彼らは自らを共和国政府と名乗っていました。

よく判りませんが、行動から察するに王家に関係する全てを壊して、

新しい国を作るのが目的ではないかと」


 場がシーン、と静まり返る。

 武官は理解できないという風に唖然とした顔をしており、

騎士は頭が痛いという風に眉間を指で揉んでいる。


 処刑人の周りからは軽薄な雰囲気は消え失せ、諸家ですらいつもの薄ら笑いを浮かべていない。

 ただ1人、皇帝が何を考えているのかは判らなかった。  


「集めた情報はそれで全てか?」

「はい、皇帝陛下」


 皇帝が玉座から立ち上がり3人の前に進む。

 羽織っていた外套を生薬の頭から被せ、に、と笑みを浮かべた。


「大儀である。……侍従長」


 その呼び掛けに侍従長が慌ただしく近付く。

 感情を抑えているのかその顔はぎゅう、と強張っていた。


「案内してやれ」

「は」


 侍従長が先導し、生薬が退室する。

 エルフの治療で顔の傷は綺麗に無くなるだろう。

 その様子を腕を組みながら皇帝は見送り、頭領に話しかける。


「妹か?」

「は、御明察通りでございます」

「そうか、褒めてやれ。仕事を果たしたからな」


 頭領の目が見開かれた後、何とも言えない表情が浮かぶ。

 戸惑い、葛藤、誇らしさと困惑、そう言ったものが巡り巡ったような表情であった。


「俺もそうする」


 頭領が黙って頭を下げる。


 皇帝の顔はヴェールに隠されている。

 挙動はいつも通り憎たらしいほど自信満々で傲岸不遜だ。

 だが、その白い手がギリギリと腕に食い込んでいるのを見て、文官は目を伏せた。


 ●

 

 ドワーフ達が武器を作っている。

 金属が叩かれる音が洞窟内に響く。


 赤く錆びた鉄が炉の中に投げ込まれている。

 幾つもの手甲に黒錆の塗料が塗られていく。

 

 寸法を測られながら狩人は文官の方を見た。


「それで? 何がおすすめ?」

「……戦斧かメイス、見栄えと使い勝手の両立なら戦斧」

「成程、斧なら俺も使い慣れてるしな」 

 

 計測はすぐに終わり、狩人は文官の隣に座る。

 火の近くで書類を見ながら文官が口を開いた。

 

「……やる気だな」

「あれを見たらね」

 

 額を指で叩きながら吐き捨てるように言った後、工房の中を見る。

 様々な戦士達が武器を修理に出しに来たり、逆に修理した物を引き取りに来ている。

 戦士達に関して狩人は明るくなく、それぞれがどのような戦士かを文官に聞く。

 

「では見回りに行ってくる」

「そう言って貴様、底に行くつもりだろう」

「あれは?」

「ただの帝国民」


 鎧の調整を終わらせたと思わしきドワーフ達が殴り合いをしている。

 あれは確か鍛冶王に仕える側近達では無かったか。

 今日はいい酒が入ったと聞いたのだとか聞こえたが、狩人は見なかった事にした。


「さて、人の子らの様子を見に行かねばな」

「待て、貴公は昨日行ったではないか。今日は私の番だ」

「あれは?」

「ただの帝国民」


 剣の研ぎが済んだのであろうエルフ達が蹴り合いをしている。

 あれは確か妖精王に仕える兵士達では無かったか。

 永遠の若者を漁って何が悪いとか聞こえたが、狩人は見なかった事にした。


「今日、見習いちゃんに報告書を渡すのはこの俺だあああ!」

「抜け駆け野郎だ殺せ!」

「あれは?」

「ただのロリコン」


 目や口元を布で覆い、ボロ布を纏った人間の戦士達が歓声と悲鳴を上げている。

 あれは確か国境警備の戦士ではなかったか。

 狩人は見なかった事にした。

 

 文官が書類から顔を上げる。

 まともに目が合い、思わず顔を反らした。


「気になるか」

「と言うより諸家さんが俺を選んだのが意外って感じ、て言うか」


 狩人はちら、と戦士達の方を見る。

 人格はともかく、彼らは優秀な戦士である。

 

 狩人が生まれる遥か前から戦いに身を投じているエルフやドワーフ。

 そして国境警備の戦士達。


 悪魔の国から逃げ出した難民ではなく、すり鉢に生まれ、戦士として育てられた原住民。

 神々の霊廟の守り手。


「あれを差し置いて勇者を名乗るのが凄いあれ」

「あんなんを国の名前を背負う選ばれし者に出来ると思うてか」


 無理です。

 狩人の声は洞窟に消えた。


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