9章 武勲と波乱
9章 武勲と波乱
目が覚めたのは次の日の朝だった。
見慣れた天井と、寝台。
ここは狩人の家であった。
何故、自分がここにいるのか理解できず混乱する。
試験の合否もそうだが、あの犬についても知りたかった。
狩人は身支度を整え、文官の所に急ぐ。
外に出ると太刀持ちと人型が待っていた。
「よー」
「……」
何を考えているのか判らない顔をしている人型とは対称的に、
太刀持ちの表情は苦味走っている。
「ど、どうした?」
「いや……」
どう見ても、何事も無いです、という表情では決して無い。
道すがら聞こうと思い、進むように促す。
歩いていると、人型がいきなり切り出してきた。
「いやねー、今回の調査って何もいないからしようぜ、って話だったじゃーん?」
「ん? あー、言ってたな。何もいないって」
「……いい、自分で言う」
太刀持ちが割り込んできた。
「その、何だ、何もいないと報告を上げたのは我々、ドワーフでな」
「まぁ、洞窟の事だとそうなるか」
そう言えばあの時の諸家の質問は変な質問だったなぁ、
と、呑気に考えながら返事をする。
目の前にドワーフがいるならば聞いてしまおう、と質問をする。
「洞窟が生きてるってどういう事?」
「言葉通りだ。あの遺跡も生きていれば、明かりが勝手に灯り、
夏は涼しく、冬は暖かくなり、あの奇妙な箱からは様々な知識が得られると伝えられている。
それらを動かすのは我々の知らぬ妖精だと思われているから」
「あぁ、それで生きてる」
太刀持ちが頷いた。
そして、言い辛そうに先程の話に戻る。
「うん、それでな、あぁ、率直に聞こう。何が欲しい?」
「……はい?」
思わず足が止まった。
報酬なら文官から貰う筈だが、どういう事だろうか。
「先程言った通り、何もいないと報告を上げたのはドワーフだ」
「うん」
「だが、いただろ、大きいのが」
「あっ、あー、えー……」
つまり、追加報酬は何が良い? という話か。
狩人は少し考え、結論を出す。
「あの犬が何か、次第だなぁ」
「そうか、そうだろうな」
納得したように太刀持ちが息を吐いた。
あくまで見えた範囲ではあるが、埃の上に足跡は無かった。
つまり、見張りの目を掻い潜って入った訳では無く、ましてやあの部屋にずっと居た訳も無く。
首が3つ有る犬が居るとしたら悪魔の国だろうか、狩人は西の方に目を向ける。
その後、手の甲に現れた奇妙な印を見て、そしてある事を思い出した。
「あ、ナイフ駄目になってそう」
「それを言うと無礼になるからもっと貰っていいぞ。無論、手配はするが」
そう言って3人は再び歩き始めた。
●
部屋に入ってきた3人を見て文官は本のようなそれを机の上に置く。
ソファーに寝転んでいた竜騎士を退かせ、3人に座るように促す。
「太刀持ちから聞いていると思うが」
「ああ、追加報酬だろ?」
文官は頷き、話を進める。
太刀持ちが気不味そうな顔をしている。
「その前に例の犬が何なのか聞きたい、そういう事か?」
「ああ」
「長くなるんだが」
咳払いをして最初から説明する。
「まず、天使の国と悪魔の国、この呼び方自体が天使側から見た物であると理解して欲しい」
「うん?」
狩人がいまいちよく判らない、という表情を浮かべる。
「天使の教えというのが自分達の神以外とそれに反する者は全て悪魔、
という前提に立っている為、このような呼び方になった」
人型が忌々しそうな表情をする。
悪魔人間は最も天使から敵視されているからだ。
だが、今はそれに触れず話を続ける。
「その為、悪魔の国には本物の悪魔と、そうでない者、つまり異教の神や関係者がいる。ここまでは?」
3人が頷く。
「あの犬はその異教の関係者だ」
「じゃあ、あの遺跡には」
「全く関係無い」
持ち帰られた資料は解読したが、三つ首の犬の記述やそれに関する記述、図解は見つかっていない。
その事を伝えると狩人は混乱しながら質問をしてきた。
「え、じゃあ何であそこに?」
「彼らがどういった理由で人に接してくるのかは判らないし、いつ、どうやって現れるかも判らない。
ただ、この大陸には沢山の異教の関係者が隠れていて」
文官は唇を舌で舐める。
「必要とあらば襲い掛かってくるんだそうだ」
そこまで言うと狩人は察したようであった。
頭を掻きながら、困惑した表情を浮かべている。
「あー、犬の事は誰も予測できなくて悪い人はいないんだけど、
そういう訳にも行かないので追加報酬渡して後は何も言わないと」
「そうだよ」
やけくそ気味に事実を認める。
「詫びと取るか武勲と取るかは各自勝手に考えろと」
「そうだよ」
あまりにもひどい現状に文官は自分の表情が固くなるのが自覚できた。
恐らく引き攣った笑みになっているだろう、と内心自嘲する。
狩人が困ったような顔をしながら言う。
「……それって急ぎ? 今、駄目になったナイフくらいしか思いつかねーの」
「取り敢えず手配させる。1週間後位したらまた聞く」
「判った」
場合によってはある程度こちらで選ぶ事になりそうだ。
ドワーフが作れる品の確認をしなければな、と文官は狩人の顔を改めて見る。
少したじろいだようであったが構わずに続ける。
まだ重要な事を聞いていない。
「最後に確認したい」
一旦区切る。
「実際戦ってみてどうだった? 今ならまだ辞退できる」
狩人の目が見開かれる。
顔を見ながらそのまま言葉を続ける。
「今回は突発的だったとは言え、これからこういう事が続く。それでも勇者になるか?」
「それは」
狩人が返事をしかけた所でいきなり外が真っ白になった。
入り込んだ光が目を刺す。
少し遅れてどぉん、と雷のような音がした後、地響きが立ち、地面が縦に揺れる。
文官の体が傾き、後ろに倒れそうになるが、人型が腕を掴んで事無き事を得る。
ガタガタと揺れるせいで机上の物が振り落とされる。
本棚からは本が飛び出し、こちらに飛んでくる始末だ。
「うおおお?! まずいまずいまずいまずい!」
「頭! 頭守れ頭!」
「おい、そいつ本棚から離せ」
「あいよー」
「えっ? ……うひょああああ!?」
人型が文官を放り投げ、それを悲鳴と共に竜騎士が受け止める。
竜騎士の鎧に強かに色々な場所をぶつけ、痛みに悶える暇も無く庇われた。
家具が倒れる音、何かが割れる音、そして外から悲鳴が聞こえる。
それ程、時間も経たずに揺れが収まるが、耳の中に轟音が残っている。
目に異常は無い。
魔法では無くただの光であったようだ。
「な、何が」
「お前ら怪我は」
狩人がふらつきながら立ち上がる。
太刀持ちが狩人の手を取りながら周囲を見渡す。
部屋の中は壊滅的に散らかっているが特に危険は無さそうだ。
「勇者の話は後だ」
そう言って部屋にいる男達に宣言する。
「帝国文官の名で命ずる!
狩人、太刀持ち、国中走って被害報告纏めて来い!
特にドワーフ! 作業場の崩落と火事の対処急げ!
僕はエルフに土砂崩れの対策と治療体制の準備させてくる!」
「了解!」
種族を超えた横紙破りだが気にしている暇は無かった。
バタバタと飛び出す2人を見送らずに次の命令を出す。
「竜騎士はここで待機。誰か来たら建物の崩落に巻き込まれた人間の救助の指示出して!」
「判った」
人型に指示を出そうとした所で、ノックと同時に皇帝が部屋に入ってきた。
「南」
「陛下!?」
「今から見てくる。必要があれば騎士に報告相談、権限は全部投げてある」
返事も待たず、そう言ってスタスタと皇帝は供も連れずに行ってしまう。
小言の1つでも言いたかったが言及している時間は無い。
「人型は今、動かせそうな悪魔人間呼んできて」
「了解!」
最後の指示を出し、文官はエルフの居住区へ向かう。
●
指導者の声と共に一筋の光が首都に突き刺さる。
僅かに遅れて轟音が全てを揺らす。
爆裂が目標を破壊し、爆炎が空を赤く染めた。
王城が瓦礫と化し、ガラガラと砂城のように崩れる。
もうもうと汚らしい土煙が上がる。
突風がこちらに吹き付け、ベタベタと引っ付いていた女が腰を抜かす。
哄笑が腹から湧き出る。
選ばれた者が持つ力の大きさに歓喜する。
振り返り、新たに得た力を見る。
どの機械兵よりも巨大な山のように大きな体躯。
大陸を見下ろす宝石のような目が光っている。
未だ上半身しか復活していないその機械兵は口から蒸気を漏らしている。
しゅうしゅうと音を立てている様は敵を威嚇しているようで頼もしい限りだ。
この口から光が放たれ、首都を破壊したのだ。
指導者は民衆に呼びかける。
「見よ、民衆達よ! 鉄槌は下った!
機械兵が、文明の全てが我々の味方なのだ!
王家の打倒はすぐそこである!」
歓声の嵐が巻き起こる。
これを切欠に民衆から搾取していた領主や商人の処刑が進むだろう。
旧来の文化は全て破壊され、新たな文明が大陸に築かれるのだ。
指導者は背後に控える魔術師に話しかける。
自身が力を手に入れた遺跡とはまた別の遺跡からこの機械兵を持って来たのはこの男であった。
「これはいつでも使えるのか?」
「いえ、再装填に時間がかかります」
「どれ程?」
「そうですね、最低でも3ヶ月はかかるかと」
「春までは使えんか」
これ程の大型兵器ともなれば取り回しが効かないのが常か。
だが他の、小型の機械兵も居る。
取り立てて不便は無い。
強いて言うならば隣接する領地の公爵達の、小賢しい戦法に気を付けるべきだろう。
「契約者、いえ、悪魔が集まれば早まるでしょうが」
「ほう?」
詳しく聞こうか、と指導者は笑った。
●
「よ」
「何で最高責任者が前線出てくんの? 馬鹿なの?」
「ばっかお前こういうのを視察って言うんだよ、武官君知らないのー? 怪我人は?」
「テメェいつかいじめてやる。いない」
武官の声を無視して南の見張り台から眺望する。
普段は遠くまで見渡せ、天気が良ければ海まで見えるいい場所なのだが、
それは首都から上がる煙と砂埃で妨害されていた。
「何があった?」
「判んね、俺も今着いた所なんだよ。
飛べる奴に見回りさせてる所でもう少しすりゃ詳細な報告が、って嗚呼うん聞いちゃいねぇ」
武官が憮然とした表情で頭を掻きながら言うので、ならば丁度いい、と見張り当番であった悪魔人間を呼ぶ。
体が岩で出来ている男が重苦しい声で報告する。
悪魔人間にしては珍しく固い喋り方をする。
「あちらの方、海が光った」
2人は男が指差す方へ視線を向ける。
皇帝の目には何も見えず、武官の視界は上がっている煙の所為で塞がれている。
「その後は?」
「首都の方から土煙が上がってこの有様だ。追撃は無い」
暫くしたらまた見に来るべきか、
と考えていたのがバレたのか武官から安全確認後、少しだけなら許可、と釘を刺された。
「チッ」
「舌打ちすんな! それで、警備の配置は」
武官の問い質しに手をひらひらさせながら確認を進める。
「国境を超えようとした人間は?」
「おい」
武官が男に目配せをする。
「今の所は来ていない」
「だとさ」
その報告を受け、皇帝は少し考え込む。
北、西の警備を薄くするのはありえない。
だがこの事態だ。
首都から離れようと、国境に人間が押し寄せてくるだろう。
「東から少し借りて来い、恐らくこっちが忙しくなる。
場合によってはエルフ辺りから貸し出させる」
「りょーかい」
難民を受け入れる気は毛頭無いので警備を厳重にするよう、指示を出す。
男がそれを聞き、退室した。
足りない人手で何処まで出来るか、冬になるまで何とか凌ぎきらなければと、皇帝の頭が回転する。
人手を得る為に何が必要か、と言われればこのご時世、最低限の安全が真っ先に上がる。
そして現状、それを得る為の人手が足りず、軍を作った所で兵糧が足りず、
食糧を得るには開墾が進まず、開墾を進めるには人手が足りない。
そして人を得る為には、と堂々巡りである。
帝国が盆地である性質上、人を選ばないという人事は選択肢に無い。
「冬か」
騒ぎも収まり、何処の国も動かなくなるだろう。
何かするとしたら冬しか無い、と皇帝は濁った空を見上げた。
おい、と武官がやる気のない声を出す。
「先の事はともかく、今の事考えろよ。
見えるか? 土煙上げて潰れた果物みてぇになってんの王国の城だぞ」
「見えてたまるか、うっそだろお前」
諦めろ、という表情で武官が乾いた笑いを出す。
文官が悪い意味で味わい深い表情になりそうな情報である。
見張り台の下から声がかけられる。
武官が音も立てずに降りたと思ったら、すぐに戻ってきた。
手に持った盆には水差しとカップが2つ。
武官が臭いを確認しながらそれを注ぎ、口を付け、皇帝へ差し出す。
礼を言って受け取り、白湯を飲み暖を取る。
一息ついた所で、武官が王国を睨みながら言う。
「犯人はやっぱりアレか?
何がどうなってああなったかはともかく」
「ま、十中八九、反乱軍だろ」
皇帝はほう、と息を吐きながら言った。
反乱軍の犯行声明と、王国、国王崩御の報せが入ったのはその日の夜の事であった。




