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86章 Kontraŭulo malrezone Ĉasisto


 86章 Kontraŭulo malrezone Ĉasisto


 まだこちらの太陽は中天にあらず、だが西の空も白み始めた頃だろう。


 雷が撤退していく化物を撃ち落とした。

 黒焦げの死体が草原に落ちる。

 

 雲に乗ったテュールが化物の首を落とした。

 痙攣する死体に戦士達がとどめを刺す。

 

 真っ黒な化物は日が高くなれば格好の的だ。

 ましてや、日光に弱いのであれば狩らない理由も無い。

 

 引き際を間違えた連中を残らず落とし、深追いをせぬように制す。

 戦士達に暫くの休息を命じ、干城はテュールと並走するように竜を飛ばす。

 

「テュール様、敵が引いております。御休憩なされませ」

「相分かった」

 

 高度を下げ、2人はディヤウスの近くに降りる。

 渋い顔をしたディヤウスが口を開いた。


「近付き過ぎだ、見せろ」

「申し訳ありません」

 

 言われてすぐに治るような過保護なら拗れていなかったのだ。

 戦いに出して貰えるだけ、前進である。

 

 干城は手甲を取り、敵に付けられた痣を見せる。 

 折れてはいないようだな、と安堵の表情で言われた。

 

「お前達は紙でも怪我を負うのだろう。もっと安全を確保するべきだ」

「は……」


 怪我はしますが、そこまで弱くないです。

 そう言いかけたが、怪我を負った身で食い下がるのも違う気がする。

 

「ディヤウス」

「判っている、判っているが……」

 

 干城が言葉に詰まっていると、テュールが制した。

 不機嫌な顔でディヤウスが空を見上げる。

 

「族長はお前に祈っていたのでは無い」

「?」


 何の事か判らずテュールの方を見れば、頭を抱えながらの溜息が振ってきた。


 ●


 滑空。

 蝙蝠のような羽が首元を狙った。

 

 巨鳥が旋回し緑の目がこちらを睨む。

 

 悪寒、吐き気、目眩。

 狩人の足を黒い芋虫が這う。

 

 犬の遠吠えが場を裂いた。

 芋虫が霧散する。

 

 頭上を影が覆った。

 狩人を踏み潰そうとする巨鳥の足を避ける。


 塔に着地した巨鳥が黒く染まり、塔に飲まれた。

 姿形が溶けて無くなる。

 

 背中に冷たいものが走る。

 後ろを振り向くのと、真後ろに巨鳥が現れるのは同時だった。

   

 光弾が頭上から降り注ぐ。

 羽を貫かれた巨鳥が悲鳴を上げた。


 白い羽が太陽に照らされる。

 ラファエルが巨鳥を見下ろしている。

 

 天に向かってラファエルが杖を掲げた。

 ざあ、と地面と顔を濡らす程の雨粒が降り注ぎ、すぐに止む。


 雨に打たれた巨鳥が悲鳴を上げた。

 

 怒り狂った巨鳥がラファエルに向かって飛んだ。

 空に光弾が飛び交う。

 

 それを横目に雫で喉を潤すと頭が冴えてきた。

 狩人は魔術師と、その隣に立つ無貌を見る。

 

 塔自身が甲高く叫び、がなり立て、戦慄いた。

 何本もの黒い柱が頂上を檻のように囲む。

 

 柱から棘が剣のように狩人に向かって来た。

 

 斧で棘を叩き割りながら棘を避ける。

 断面から棘が飛び出し、狩人の目を狙ってきた。

 

 破片を叩き落とし、ケルベロスに飛び乗る。

 

 武器がぶつかり合うような音を立て、何本もの棘が交差し、互いを刺し合い、逃げ場を塞ぐ。

 交差した棘の上に飛び乗り、無貌に向かって走る。


 顔無しの空洞、無い筈の口から雄叫びが出た。

 無貌の腕が伸び、鞭のように振り回される。

 

 棘が砕け、飛び散る破片の断面から棘が襲いかかる。

 破片の少ない方へ逃げようとすると、無貌が立ち塞がった。

 

 上空が光る。

 魔法陣から放たれる光の矢。

 

 頂上に着弾したそれは全ての棘を吹き飛ばす旋風を巻き起こす。

 魔法陣から現れ光に紛れて剣を振るう者が現れる。

 

 木陰が無貌の腕を斬り付けた。

 芋虫がぼとりと床に落ち、無貌が魔術師の側に戻る。


「……」


 何も言わずに全員が構え直した。

 塔が激しくうねり始める。


 ●


 次の準備をせねばならない。

 

 神の杖を。

 更なる攻撃を。


 冒涜を、冒涜を。

 かつて主が他の神々にしたように。


 汚辱を啜り敵を狩れ、全ては主の御下に帰る。

 恥辱を吸い上げ聖絶せよ、全ては神の物である。


 涜神せよ、涜神せよ。

 烙印を積み上げ神聖は地に堕ちる。

  

 次なる神の杖の準備をせよ。

 

「――!?」


 ブツリ、と通信が途絶える。


 ●

 

 雷に闇が切り裂かれ、機体の一部が破損した。

 修復しながら、ニャルラトホテプは突如現れた敵を見る。


 7つの頭を持った馬に乗った茶褐色の肌、髪の男。

 ダイアモンドで作られた奇妙な武器を持っている。

 

 何者かと誰何すれば返事があった。

 

「インドラ。宇宙の、世界の東、其処許の守護神として顕現した」


 声と同時に光が目を刺した。

 雷の槍がこちらに向かってくる。

 

 体の一部が抉れ、焦げる。

 ニャルラトホテプは急いで機械を守るように芋虫を這わせる。

 

 ジグザグと移動しながらインドラに向かって攻撃を仕掛ける。

 長い芋虫が硬質の棘へと変化し、敵を突き刺そうとする。

 

 雷の槍が振るわれ、棘が砕かれる。

 破片から更なる棘が現れ、その後に柔らかな芋虫へと戻る。

 

 インドラの肌に張り付いた芋虫が肉を食んだ。

 閃光の後に全ての芋虫が焼き払われる。


 再び雷の槍が現れた。

 

 だが、並行して次の槍を放つ準備は進んでいる。

 インドラの攻撃を避けながら照準を合わせる。


――この操作はシステムに拒否されました。

 

「……!?」


 どのような操作をしても機械が動かない。

 ニャルラトホテプが取り付いた時点で機械は蘇った、故障は有り得ない。

 

 更に深く機械を侵食する。 

 ただ操作が出来るだけの状態から更に深く、機械と一体化する。


 体の構成を変え、システムと名乗った心臓部に入り込む。

 動かすだけならば弄る必要も無い場所だ。

 

 システムに辿り着き、唖然とする。

 

 いつの間にか堅牢な鍵がかけられていた。

 外からの干渉、上からの命令が下り、機械の使用が不可能になっている。

 

 だが、文明は滅び、機械の上の者など存在しない。

 混乱の最中に声がかけられる。

 

「天之御中主神。宇宙の神として顕現し、電子と現実を跨ぐ者として変生した」


 機械の内部、モニターに黒髪の男の顔が映し出される。

 聞き慣れない名前、おそらくはかつての東方の古い神。


 大戦争の頃、宇宙に逃げた人間も多少は居た。

 彼らの信仰による顕現と生存、それは理解しよう。


 だが、電子と現実を跨ぐ。

 文明と神が入り混じったこの在り方はどういう事だ。

 

「気になるか、なに」

 

 天之御中主神がニャルラトホテプの疑問に笑いながら答えた。

 

「多神教故、余の信徒らは無節操なのだ」

「……一緒にするな」


 ぼやくインドラの雷が機械ごとニャルラトホテプを貫いた。

 体中に赤い亀裂がはしり、砂と化していく。


 音も無く爆発が起こる。 

 地上と宇宙を繋ぐ手段は無い。


 ●

 

 魔術師の咆哮と共鳴し塔が怒りに燃えた。

 炎が棘に纏わりつく。

 

 ギィギィと甲高い鳴き声が周囲を埋め尽くした。

 のたうつ芋虫が敵に向かっていく。


 切断された芋虫がこちらに放り投げられた。

 炎の塊となったそれを避ける。

 体液を吹き出しながら燃える芋虫から異臭を放つ煙が上がる。

 

 目の前の人間がニャルラトホテプと対峙する。

 顔の虚から3本目の腕が吐き出された。

 

 振り回される腕が敵を追い、棘と芋虫が逃げ場を無くしていく。

 光の矢が腕を貫き、斧が断ち切った。

 

 魔術師は光弾を放ち支援する。

 煙に紛れてエルフの男が矢を放ってきた。


 目の前に柱を生やし、矢を防ぐ。

 棘がエルフに向かって飛び出すも、難無く避けられた。


 ニャルラトホテプの体が糸状に解け、魔術師を取り込む。

 炎の熱さに耐えながら意識を一体化させ、攻撃を開始する。


 柱が棘を生やし、芋虫が敵の肉に食らい付く。

 糸が敵を刻み、炎が身を焦がした。

 

 糸を足場にして空中を移動する。

 落下攻撃を仕掛ける際に斧を持った人間と目が合った。

 

 人間が理不尽に立ち向かって行く。

 我々に立ちはだかる。


 糸の足場をエルフが利用し距離を詰めて来た。

 体を解き、矢を避ける。


 悲鳴が耳を劈いた。

 

 巨鳥――シャンタク鳥――が落ちた。

 天使が落としたのだ。


 魔術師の奥歯がぎちりと音を立てた。

 

 今更ではないか。

 この大陸中、どこにでも理不尽は溢れている。

 

 ならば1つくらい起こしたって何の問題があると言うのか。


 徐々に魔術師の目が人間の物へと戻っていく。

 

「どけよ」


 国境の戦争、そして飢饉。

 度重なる災禍に対して、信徒達が得る事を許された知識は余りにも少ない。


 全ては文明の知識として天使達が封じているからだ。

 恐らくは4文字の命令で。

 

 手術、薬草の調合、感染病への対処、応急処置。

 せめて塩か酒精による消毒の知識さえ下知してくれれば。


「どけよおおおおお!」


 死ぬ人間は減っただろうに。


 光の矢と光弾が一斉に掃射された。

 全ての棘が吹き飛ばされ、魔術師に斧が叩き込まれる。

 陶器が割れるような音が何度も発生し、そこら中に響いた。

 

 ●


 塔と、そして魔術師の体に赤いヒビが広がっていく。

 激しい振動の中、魔術師が言った。

 

「最期に魔術師らしい呪いでも吐こうか」

「どうぞ」


 魔術師の目がこちらを見た。

 人の物に戻った目に燃え上がる物は無い。


「お前たちに全ての災いが降りかかりますように」

「任せとけ」


 狩人の即答に魔術師が目を見開く。

 薄く笑った後、さっさと行けと言う風に手を振られた。

 

 足元に魔法陣が展開する。

 それと同時に地鳴りのような音が辺りを揺らした。

 

 塔から少し離れた場所に狩人達は移っていた。

 側にアスモデウスが座り込んでいる。


 視線を追うと、赤い亀裂が全身に入った塔が目に入った。

 空の化け物達にも赤い亀裂が入り、崩壊が始まっている。

 

 地上に砂が降り注ぐ。

 

 塔が粉々に割れ、僅かな残滓が突風に吹き消される。

 一筋の光が宇宙へ向かって行った。


 ●


 戦闘の音が止んだ。


 お針は刺繍の手を止め、外を見る。 

 刺繍枠に取り付けられた白い布には紋様が縫い付けられている。

 

 安全祈願の紋様。

 それはかつての大戦争で燃え尽きた、どの紋様とも違うけれども。

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