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84章 この戦いは各々が役割を果たし、しかして解放されねばならない


 84章 この戦いは各々が役割を果たし、しかして解放されねばならない

 

 戦のどさくさに紛れて、牽引役にはやらねばならぬ事があった。

 指導者の館に残された子供達の救出。


 帝国の戦士達の大暴れに乗っかり、混乱の最中、指導者の館に辿り着く。

 裏切り者だと気付かれていないのか、余程、混乱しているのか誰も牽引役を気にも留めなかった。


「さてどうかね君。私はここで君達の安全を確保しよう。

何なら全部が終わった後、あちらまで送っても良い。

しかし、君達はこの魔法陣に手を出してくれるな、と言えば飲んでくれるかな」


 悪魔の大公爵、バティンが尻尾の蛇を揺らしながら悠然と言った。

 牽引役は子供達を背後に庇い、思案する。

 

 指導者の館、地下。

 血臭と腐臭漂うこの部屋に牽引役は引きずり込まれた。


 床には複雑な紋様が光の線で描かれている。

 だが、その光の眩さとは裏腹に、何やらどす黒く脈打つものを感じる。


 バティンがアンドロマリウスに声をかけた。


「伯爵ー、君からも何とか言ってくれ」

「それで、その契約を結ぶのに何を捧げれば良いんです?」

「はっはっはっは」

「はははは」


 全く笑っていない目で男達が笑う。

 暫くして、そういうのではない、とバティンが言った。


「上の状況を知っているだろう。あの混乱で君達が無傷でここまで来れたのを偶然だと思うかね」

「……」

 

 混乱による猜疑と暴動と粛清。

 ここに到着するまでに見た数は数え切れない程だ。


 アンドロマリウスの方を見る。

 控えめに頷かれては牽引役も納得するしか無い。

 

「……バティンすごい?」

「そうだともそうだとも」


 子供の疑問混じりの称賛にバティンが得意げに胸を張る。

 この状況では戦闘もまともに出来そうに無い。


 だが、気になるのはこの状況に持ち込んだ理由だ。

 あの魔法陣の正体に目星は着いている。

 

 大方、あの塔に関する物だろう。

 何故わざわざそんな物を守りながらもこちらに手を貸すのか。

 

 最早、腹芸は諦めた。

 生まれた疑問を思い切り顔に出すと、バティンは背を反らして笑った。

 

「何故って顔だな。そうだろうな」

 

 主の御心は読めず、我らは天使と争い続け、異教の神々が顕現し。

 そして、悪魔王ルシファーがアッタルに変生して尚。


「それが悪魔の本分だからさ」

「……」


 バティンの言葉にアンドロマリウスが渋い顔をした。


 ●


 絶望侯は軍を分けなかった。

 悪魔の国の中であれば王国の騎士達に土地勘は無い、そう考えた。

 

 どうやら、正解だったらしい。


 悪魔の国、塔の真下。

 化物を吐き出してはいないものの、相変わらず塔は脈打っている。

 

 そして、その足元に陣取る悪魔が1人。

 

 目の前に立つ悪魔は姿を変えながら魔法陣の前に立っている。

 男に、女に、悪魔人間に、服を着替えるように姿を変えている。


 悪魔の君主、ウァサゴ。

 特定の姿を持たぬこの悪魔は、以前、鰐に乗った老人の姿をとっていた。


 過去、現在、未来の出来事に詳しく、隠された物を探し出す能力。

 アガレスと似たような性質を持つと言われている。

 

「……以前、会ったな」


 ウァサゴが絶望侯の姿をとった。

 真正面から互いに睨み合う。 


「真名を抜く事に意味は無い事は承知している。ならば力押しよ」

「一応形式として……、降伏する気は?」

「無い。契約故に、悪魔の本分故に」

 

 ウァサゴが空を飛び、鰐が地上で暴れだす。

 鰐に喰われた部下を尻目に絶望侯は敵から目を離さない。

 

 次が来る、と思った瞬間に光弾が飛んできた。

 左手の手甲で光弾を弾き、跳躍しウァサゴに斬りかかる。


 部下達がこちらに向かってこようとする。


「! 絶望卿」

「お前達はそちらに注力なさい!」

 

 避けられ、塔の壁を蹴り体勢を整える。

 素早く距離を取ろうとするウァサゴを追いかけ、詰めていく。

 

 突如、動きを止め、剣を振り落としてきた。

 その拵えは絶望候の物と全く同じだ。

 

 ウァサゴと目が合う。

 目の前の悪魔はのっぺりした泥のような顔をしている。


 舌打ちをして思い切り胴を蹴り飛ばす。 

 体勢を崩した所に追い打ちをかけようとした所で剣が止まった。

 

 音が止まった、風が止まった。

 部下達と鰐の戦いも、化物と悪魔の国の軍勢の戦いも止まっている。

 絶望侯の動きも、全ての時が止まった。

 

 ウァサゴが何事も無いように動く。

 剣が振り下ろされるのがゆっくりと見える。


「ファラオが命じる、その能力を禁ずる!」


 声と同時に体が動く。

 地面を転がり、剣を避けた。


 嘴のような短剣が太陽の光を反射した。

 隼の仮面を被った青年が空からこちらを見下ろしている。


 ホルス。

 大戦争の時、人間側に付き、そして戦後は悪魔の国に移り住んだ神。

 

 ホルスが絶望侯の横に降りる。

 大事無いな、との言葉に礼を言って立ち上がる。

 

「……私の立場は御存知よね? 出来る事など何も無いのだけれど」

「知っている。が、どうせ目的は一緒であろう? 付き合え」


 化物も、むさ苦しい男共も飽いた。

 

 そう言ってホルスが再び空を飛ぶ。

 ウァサゴが剣を仕舞い、両手を大きく広げている。


「……」

「王に逆らうか? 悪魔にとって階級は絶対と聞いたが?」


 ホルスの言葉にウァサゴが首を傾けた。

 

「さてどうだろう」

 

 ウァサゴのから幾つもの光弾が花弁のように広がっていく。

 真っ黒な塔が、大地が真っ白に照らされた。 

 

「あの戦争、数多の神を撃ち落としたのは我々だと忘れていないかね」

 

 光弾が雹のように降り注ぎ、地面を破裂させていく。

 ホルスが光弾を切り裂きながらウァサゴと打ち合う。


 土煙が巻き上がり、周囲が見えなくなる。 

 爆発音と剣戟が続く中、絶望侯は何も言わずに剣を構える。


 気配を探る。

 音が消える。


 剣をこちらに向けたウァサゴが土煙を破る。

 左手で剣を弾き、突きを叩き込む。

 

 横に避けたウァサゴが首を落とさんと大きく振りかぶる。

 がら空きの胴に攻撃しようとし、真上に剣を構え直す。


 金属音。

 大きく横に振られた剣は軌道を変え真上から振り下ろされる。

 

 鍔迫り合い。

 互いに弾き、距離が空く。


 光弾の雨が再び降り注ぐ。

 土煙の中にウァサゴが再び潜り込む。


 再び土煙が破られる。

 空に居る筈のホルスがこちらに剣を向けていた。

 

「!?」


 偽物だと気付くのと、ウァサゴが剣を振るのと、目の前が眩く光ったのは同時だ。

 

 光の矢が嘴の剣に当たり、砕いた。

 それの軌跡をなぞるように、荒野に植物が生え、育ち、木が生え森と化す。


 事態を理解した双方は再び距離を取り、土煙の中に紛れる。

 絶望侯は光の矢が飛んできた方向を見る。


 悪魔の国の東、山の頂上。

 光の残滓が風に吹かれていた。

 

「変わらんなぁベルンフリート!」


 何かを得心したように、空でホルスが笑った。

 地面、絶望侯の足元で隼の紋章が光り輝く。


 絶望侯の視界が晴れる。

 土煙の中に、再び絶望侯の姿をとったウァサゴが見えた。


「アルバータ=ウエストウィック。我が真名」


 絶望侯は真名の階級名を抜いて名乗る。

 

「こちら側に移り住んだ英雄が、愛した女に与えた名前」


 剣を水平に構え、突きの体勢を取る。

 ウァサゴは能面のような表情で全く動かない。


「貴様! 誰の面で泥のような表情をしている!」


 捉え、吼え、空を裂いた。

 土煙を裂き、ウァサゴの体を貫く。


 絶望侯の言葉に、ウァサゴが不満そうに返した。


「生まれつきだ」

「尚更、許されないわ。……避け得ぬ未来を見てしまうなら、尚更」

「……留意しよう」


 ウァサゴがニヤリと笑う。

 

 赤いヒビ、そして崩壊。

 ウァサゴの体は砂と化し、風が持っていった。

 

 深く息を吐きだし、整える。

 

 鰐も同時に消えたようで、部下達が手当に奔走している。

 指示を出すべく部下達の所へ向かおうとした所で、ホルスが呟いた。


「……こちら側に移り住んだ英雄に与えられた名前?」

「ええ、何か?」 

 

 雷に打たれたような表情をされた。


「……え、嘘? あの時の連中で女っ気のある奴って……、え、嘘?」

「?」


 ホルスが信じがたい物を見るような目でこちらを見た後、納得したように何度も頷いた。

 そして何も言わずに空を飛び、フラフラと危なっかしく自分の部下の所へ戻っていく。

 

 大丈夫か、と聞こうとして、ごう、と強風が吹き付ける。

 空に向かって何かが星のように飛んでいった。


 ●

 

 神の杖。

 かつての文明の頃、4文字を信奉していた国の人間が作った兵器。


 最も、宇宙に浮かぶ機械とやらは別の事に使っていたようで、

この兵器が大戦争で使われた事は無かったようだ。


 だが、存在だけは知っている。


 彼らの言う神は当然、4文字だ、それ以外に有り得ない。

 であるが故に、アッタルは勝利せねばならない。

 

 四文字の名を冠した全てに。

 大地を抉り取る兵器に。

 

 そうでなければバアル・ゼブルを超えるなど夢のまた夢だ。

 

 バアル・ゼブルの死。

 季節の巡り、農繁期と農閑期の循環。

 

 バアル・ゼブルが死んでいる間、王は不在となる。

 その間の王に成らんとし、力不足とされたのがアッタルだ。


 戦神として信仰を集めていたアッタル。

 後に冥界の王となり、その逸話が4文字達の信徒によってルシファーの堕天と変えられる。

 

「下は任せる」

「はい」


 バアル・ペオルに指示を出し、空を睨む。

 忌々しき神の杖。

 

 アッタルは空を飛び、雷のように神の杖に向かっていく。

 高く、山よりも鳥よりも雲よりも高く飛んでいく。

 

 空が青から濃紺に変わる境目。

 赤く光る物が目に入った。

 

 轟々と燃える金属の棒。

 それは落ちていく程に速度と熱を上げていく。


 アッタルも速度を上げる。

 そのまま神の杖の先端に突っ込んで行く。


「……!」


 熱さと痛み、真っ白になる視界。

 ビシリ、と割れた音が遠くに聞こえた。


 衝撃。

 ごう、という音と共に円状に衝撃と風が吹き広がり、そして乱れる。


 各所に暴風が吹き荒れ、風が錐揉み回転する。

 海が荒れ、木が何本も倒れ、脆い建物は崩壊し吹き飛ばされる。

 

 アッタルの体に赤いヒビが入り、しかしすぐに修復される。

 それが何度も、何度も繰り返される。

 

 一瞬の硬直。

 だが、それはすぐに解けた。

 

 互いにぶつかりあった衝撃でアッタルも地上に叩き返される。

 だが、確かに見た。


 神の杖の粉砕を見た。

 小石程の破片は落ちていく途中で燃え尽きるだろう。


 アッタルは落ちながら地上を見る。

 空を見上げながら、塔に向かう人間を見つける。

 

 三首の犬に乗った人間。

 塔についての情報を悪魔の国中にバラ撒いた人間だ。

  

 アッタルは自分の着地する場所が何も無い平地である事。

 そして、人間の進行方向である事を確認する。

 

 ついでだ、と地上に向かって速度を上げた。

 風が唸る音が聞こえたのか人間が三首の犬を止め、衝撃に備える。


 苦しゅうない、とアッタルは体勢を変えた。

 地面に向かって思い切り足から突っ込む。

 

 大地がひび割れ、抉れた地面と対象的に破片と岩柱が天を衝く。

 驚きの表情でこちらを見る人間に鼻を鳴らす。


「早く登れ」


 飛び散る破片と岩柱を指差し、アッタルは言う。

 人間は意図を察したのか頷いて、先に進んだ。


「借りは返したぞ帝国の人間!」

 

 アッタルは人間の背に叫んだ。

 破片を階段代わりに三首の犬が塔を上る。


 ●


 蠢く塔の頂点に着地する。

 黒い巨大な芋虫を密集させたような塔。


 眼の前に立つのは顔が無い何か。

 そして、黒くなった魔術師だ。


「4文字」

 

 ボコボコと魔術師の周りに黒い穴が幾つも空く。

 穴のように黒くなった目がこちらを見た。

 

「これも貴様の掌の上のつもりか」


 憎悪に満ちた声。

 正気なのかそうでないのか、狩人には判別出来ない。

 

 顔が無い何かが魔術師の背後に立った。

 腹から胸が開き、中から這い出る何本もの触手が魔術師を捕らえる。

 

 何か、の腕がバラバラに解け、何本もの鞭のように振り回される。

 先端が鉤爪になっているそれを、ケルベロスがジグザグに動き全て避けた。

 

 塔の心音が激しくなり、表面が沸き立つ。

 ずるり、と塔の壁や床から生み出されたのは、馬の様な頭をした鱗を持つ巨大な鳥だ。

 

 鳥が甲高く鳴き、風が吹き荒れる。

 狩人は動じずに魔術師を見た。

 

「おい、ちゃんと敵を見ろよ」


 ケルベロスから飛び降り、斧で鳥を吹き飛ばす。

 ストールを巻き直す。 

 

「俺は」

 

 地面から黒い棘が狩人を貫かんと飛び出る。

 それを避け、魔術師に向かって走る。


「帝国の勇者だ!」

 

 振り下ろされた斧は芋虫に防がれ、火花を散らす。

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