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83章 この戦いは閉塞を打ち破りしか


 83章 この戦いは閉塞を打ち破りしか


「おなかすいてないか、篝火公、宝剣公」


――ある日の追憶。


 ●


 その日は昼間であっても暗い、分厚い雲に覆われた日であった。

 

 白槍公が叱責を受けた日。

 王の資格無しと貴族達の衆目に晒されながら叱責を受けた日。

 

 税や食料を盗難された事にして、民に返還する。

 飢えた領民達を救う為に取った手段を先王は大局を見ていないと詰った。

 

 白槍公は盗難されたとしか報告を上げていないが、口振りからして全て判っていたのだろう。

 他の公爵達は何も言わずに白槍公を見ていた。


 王たる資格無し。

 宮中ではそのような事になった。

 

 国境が最優先、悪魔と悪魔の血を引いた者をこの国に入れるべからず。

 理解は出来る。

 

 だが。

 

 指導者は戦場を、王国を見下ろす。

 

 塔から来る化物から逃げ惑い、嘆くだけの人間。

 何も考えずに指導者に付き従い、気ままに暴れる人間。

 

 黙って見過ごし、そしてあからさまに白槍公から距離を置いた貴族。

 先王の言葉を是として英雄を蔑ろにした公爵。


 足元を飛び回る名も知らぬ英雄。

 他国の英雄達。

 

 何故、第9領の騎士だけが戦っている。

 何故、他の公爵達はこちらに軍を寄越さない。

 

 白槍公は王にならない。

 知っている。

 

 私は選ばれた訳では無い。

 知っている。


 だが――!

 

「そういう事になるんだよぉ――!」


 硝子でない何かになった指導者の目が閃光を放つ。


 ●


 この男は閣下のお傍に居てはならない。

 忠義の騎士はそう確信する。

 

「成程、確かに貴様はここで処分せねばならんらしい」


 忠義の騎士は復讐の騎士を見て言った。

 血塗れの装備そのままに襲いかかってくる姿は獣と変わらない。


「民を憎み、鏖殺したいと考えるのは騎士ではあるまいよ」

「だろうよ」


 指導者の声が大地を揺らす中、2人の騎士が森で戦う。

 血臭の中、剣戟を振るう音だけが響く。

 

 拮抗。

 押しては返し、押しては返しの繰り返し。 


 戦況は刻々と変化し、状況は変わっていく。

 このままでは不味い、と忠義の騎士が焦り始めた時だ。

 

 ぺきり、と枝が踏み折られる音が聞こえた。

 ガサガサと茂みが揺れる。

 

 のそりと、木陰から現れたのは熊だ。

 気が立っているのか、唸り声を上げながら腕を振り上げた。


「!」


 血の臭いに引き付けられたのか、熊が復讐の騎士に襲いかかる。

 どうやら忠義の騎士には目もくれていないようだ。


 忠義の騎士は背を向ける。

 言葉にならない叫び声が背中に投げつけられた。


「クソ、時間を無駄にした……!」 


 獣達の声を背に忠義の騎士は走る。


 目にせねばならない。

 あの時、閣下は英雄になった。


 誰もが木の根すら食い尽くしたあの飢饉の中。

 王族ですら見栄と体裁を保つ為の最低の食料しか口に出来なかった時の最中。

 

 そして再びこの戦の中で。

 閣下が英雄になる時を目に焼き付けねばならない。


 ●


「……」


 叫びが耳を貫いた。

 白槍公は竜の上でじっと指導者を見る。


「白槍公」

「……何か?」

「王になりたまえ」


 風を切る音の中、族長の声がはっきり聞こえた。

 明らかな内政干渉に口を噤んでいると族長が言葉を続ける。


「……」

「余は何も知らんよ」


 族長が地上を見下ろしながら言った。

 帝国の戦士が与えた混乱は未だ場を支配している。

 

「だが、貴殿がやりたい事をやるにはそれが手っ取り早い」

「……」


 やりたい事。


 この戦いを止める事。

 国民達の間に軋轢が残らないようにする事。

 

 そして。

 

「私に」

「うん?」 

「王の資質は無いと言われた事があります」

「だろうなぁ、真面目で素直すぎる」


 白槍公の反論になっていない言葉に族長が笑う。

 好き勝手な事を言う族長に思わず呆れる。


「だが不真面目で捻くれているよりは良い。先陣を切れる男はもっと良い」

「……」


 白槍公は腰の剣に目を向ける。

 麦の騎士の剣、形見。


 悪魔とその契約者と相打ちした男。

 白槍公が王になる事を望んでいた男。


 最も信頼していた部下。

 

「取りに戻りたい物があります。館の屋根に」

「判った」


 指導者の体をすり抜け、竜が館の屋根へ向かう。

 はためく国旗を1枚取り、外套のように背中に巻いた。


「あにう……、白槍公! 族長殿! お戻りを!」

「!」


 バルコニーから宝剣公が叫んでいる。

 ふむ、と少し考え込み、白槍公は叫び返した。


「そうもいかん、事になった!」

「!」


 白槍公の言葉に何かを察したのか、宝剣公が動きを止めた。

 そして見事な一礼を執る。

 

 それを受け、竜が大きく羽ばたいた。

  

「あそこに」

「うん」


 白槍公は辺りで1番高い塔を指す。

 族長が頷き、竜が塔へと向かう。


 ●


 ずるずると体を引きずりながら歩く。

 熊にとどめを刺した後、復讐の騎士は忠義の騎士を追いかけていた。


 血の足跡。

 徐々に消えていくそれを追いかける。

 自らの血で川を作りながら追いかける。


 足跡が霞み、完全に消えた頃。

 狂気に満ちた声が聞こえてきた。


 一歩、近付く。

 声は大きくなる。


 また一歩、近付く。

 忠義の騎士は気づく素振りを見せない。


 そしてまた一歩。

 それと同時に、忠義の騎士が戦場へ向かおうと足を踏み出した。

 

「英雄に、閣下を英雄に……!」

「貴様は英雄を見ない」


 永遠に。


 背後から襲いかかり、鎧の隙間に剣を突き刺す。

 忠義の騎士の叫び声が上がった。

 

「貴様……!」 


 こちらを攻撃しようと振り返りかけた所で剣を捻る。

 血溜まりが大きくなり、その中に忠義の騎士が沈む。


「こ、の、こっの……!」


 意味の無い罵声を吐きながら忠義の騎士がもがく。

 こちらを押す腕を振り払い、忠義の騎士の体を起こす。


 兜を脱がせ、髪を掴む。

 剣を首筋に当て、切った。

 

 血飛沫が上がり、忠義の騎士の首が落ちる。

 最期の言葉は聞こえなかった。

 

 荒い息を吐きながら復讐の騎士も血溜まりに沈む。

 体が冷え、目が霞んでくる。

 

 死んだばかりの忠義の騎士で暖を取れるかと思ったが鎧で阻まれた。

 これならばすぐに動いた方がマシだろう。

 

 戦況は混乱の最中にあるようだ。

 今なら多少は多く道連れに出来るか、と剣を杖代わりに立ち上がろうとする。


 ばさり、と羽音が耳に入った。

 思わず空を見上げる。


 1匹の竜が、辺りで1番高い塔に降りた。

 白槍公が降り立つ。

 

 背中に羽織った国旗が風に揺れる。

 目が合った。


「……あ」


 決意なされたのですね。

 

 もう悔いは無いと体から力が抜けた。 

 視界が暗くなる。

 

 ●

 

 2人の騎士の決着が見えた。

 最期を看取り、指導者へと向き直る。

 

 背中の国旗が風に煽られる。

 突如、竜を降りた白槍公に指導者が動きを止める。


 朽ち果てた塔。

 その屋根の上。

  

 右足を後ろに。

 被り物を持った左手を胸に添え、右手を伸ばし、礼をする。


「……?」 


 意図の読めない行動に指導者の動きが止まる。

 白槍公は構わずに名乗りを上げる。

 

「改めて挨拶を、指導者。私は白槍の公爵、白槍公。

王位継承権第9位、王国第9領の主」


 背筋を伸ばす。


「部下の敵を、此度の件に決着を。そして」


 槍を持つ。


「王位継承の糧とせん」


 静寂。

 戦場の誰もが白槍公の言葉に動きを止めた。


 槍を投げ、指導者の顔に向かって走り、塔から飛び降りる。

 指導者が槍を手で振り払う。


 落ちながら被り物を身に着け、族長に竜の背中へ引っ張られる。

 急降下の後、急上昇。

 速度を上げ、吹き飛ばされた槍を回収する。


 それはいかなる吠え声かも判らない。

 大地と大気が揺れる。


 背後で塔が崩れる。

 指導者の手で遺跡が破壊されていく。

 

 破片と攻撃を避け、竜が再び急上昇する。

 指導者の眼前に陣取り、族長が槍を投げた。


 虫を払うように槍が弾かれる。

 それを見て族長が冷めた声で言った。

 

「そこか。お前の弱点はそこか」

 

 顔、厳密には眉間。

 硝子ではない何かの板の向こう側。

 目を凝らせば、齧り取られた指導者の上半身が見えた。


 沢山の管に纏わり付かれたような姿。

 あれでどうやって生きているのか。


「……成程な」


 族長が何かを考え込むように呟いた。

 だが、すぐに切り替え、戦闘に戻る。


 地上の混乱が一層極まっている。

 空の化物が竜の戦士達によって屠られ、落ちていく。

 

 死体を避けながら指導者の隙を伺う。

 一度でも喰らえばそれで死だ。


 指導者の剣が振り回され、遺跡が次々と砂塵と化す。

 足元の事など気にも留めず、竜を、白槍公を狙う。


「埒が明かん。白槍公、正面突破は好きか」

 

 族長の言葉に白槍公は地上を見る。

 奮起する帝国の戦士、空を舞う竜の戦士。


 そしてこちらを見上げる第9領の騎士。


「はい!」

「良し!」


 ぐん、と竜が高度を上げた。

 指導者の手がそれを追うも、すり抜けていく。


 ただひたすらに昇り、そして真っ直ぐに降りる。

 指導者の顔面に向かって一直線に降りていく。


 ぎしり、と嫌な音がした。

 指導者の背中から蜘蛛のような、先の尖った手が生える。

 

 竜に向けられた腕。

 振り切られ、鳥籠のようになったそれを背後に、懐に、顔面に飛び込んでいく。


 誰のものかも判らぬ咆哮。


 残っていた最後の腕がこちらを刺し殺す前に、竜が指導者の顔に火球を放った。

 炎による目眩まし。

 

 それに合わせて槍を投げる。

 火球の背後に隠れるように投げられた槍は追い越し、貫く。


 目眩ましに気を取られ、指導者の防御は間に合わない。

 眉間、指導者を守る板に槍が向かう。

 

 魔力も何も込められていない、ただの槍。

 対して向こうは悪魔の力と文明の叡智の合わせ技だ。


 それがどうした! 


 槍が吼えて貫いた。

 硝子ではない何かの板が貫かれ、割れる。

 

 板の向こう側。

 指導者の頭の中が血で真っ赤に染まった。

 

――内緒だぞ。3人で分けよう。


 一瞬の追憶の後、指導者が鉄の体で礼を執る。

 赤いヒビが全身に広がり、崩れていく。


 砂と破片が地面に落ち、轟音と共に砂柱が上がる。

 全て崩れ落ちる前に内側から破裂した。


 目を開けていられない程の突風と閃光。

 風が吹き去り、光が消える頃、指導者の姿は消え去っていた。


 白槍公は竜の上から大地を臨む。

 太陽が王国を照らす。


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