4章 会談
4章 会談
ずんぐりむっくりな体に、モジャモジャの髭。
小さいながらも身の詰まった体は凄まじい力を持っている。
デックアールヴと呼ばれる妖精と共に洞窟の中に住み、夜になると外に出て武器を作り始める。
太陽の光を浴びると体が破裂するとも、石になるとも言われていたが、現在は問題無い。
ただ日焼けは彼らにとって不名誉であるだけだ。
●
帝国東部。
ドワーフ達の住処。
荒々しく掘られた洞窟の中にある遺跡が淡く光を放つ。
じわじわと往年の姿を取り戻しては朽ち果てを繰り返している。
その回数は先程から増える一方だ。
魔王ルシファーの力に反応し、遺跡が生き返っているのだ。
悪魔の国、王都では悪魔達の力によって文明の遺跡が朽ちずに残っている否、そのまま使えると聞く。
そのような事を考えながら文官は目の前の鍛冶仕事を眺める。
山の中から発掘された遺跡を流用した鍛冶場は成果を上げている。
地面の中に埋まっていた金属の管。
外に繋がっていたそれを修復し、加工場と繋げているのである。
後で製鉄場も見ておかねば、と考えていると声をかけられた。
作業場で雑用をしているドワーフである。
「ぶ、文官殿、会談は終わっただろうか?」
鍛冶をしているドワーフに聞こえないよう、声を潜めながらコソコソと話しかけてきた。
目が所在なさげに揺れている。
「まだいらっしゃってもいませんが」
「ぬうぅ」
脂汗をダラダラと流すドワーフを睨みつける視線が奥から感じられる。
そそくさと立ち去るドワーフを見送り、苦笑いを浮かべる。
悪魔の国の王、ルシファーはまだ帝国に到着していない。
到着した頃には、もっと多くの遺跡、遺物が蘇っているだろう。
「……公使殿」
「何かね」
焼けた金属が荒々しく水に漬けられた。
らしからぬ態度を受け流しながら文官は水筒を手渡した。
太陽に焼けた肌、盛り上がった筋肉、背後に並べられた斧、
堂々たる髭、鋭い眼光、フシュウ、と吐く息は猛牛の如くだ。
公使、と呼ばれたドワーフは、不甲斐無い醜態を晒すドワーフに苛立ちを隠せないようである。
強奪するように水筒を受け取ると、一気に中身を飲み干した。
「魔王ルシファーともなれば致し方無いのでは」
「勘違いなされては困るな、あれは武者震いである。
かつては遅れを取り日の下へ焼け出されたが次こそは」
「……そうですか」
何も言ってない、とは言わなかった。
今日は外交官ではなく、ただの客人である。
怒りと興奮覚めやらぬ、といった表情だったが、暫くして、
ふむ、と少し考え込み公使が不思議そうに聞いた。
「所で今日は如何した。修理が必要そうには見えないが」
公使の言葉に文官は古ぼけた紙束を出す。
それは遺跡と同じように明滅していた。
「手伝って下さい」
「……」
これは遺跡から発掘された紙束だ。
年月を重ねたことによって文字の判別すら難しい。
だが今なら何が書かれているのか読めるのだ。
文官はまっさらな紙束も取り出す。
藁で作った粗悪な紙だが掘り出された紙よりはマシだ。
実の所、帝国があるこの土地に関する情報は少ない。
今の時代、何が切欠で遺跡が暴発するか判らない。
そして文官の伝手の中で文字が読めるのは公使と使者だけだ。
奴隷商人はまだ店仕舞の最中である。
逃さん。
文官の目はそう語っている。
「武官には使者さんの所に持ってって貰ってます」
「……他の仕事が」
「鍛冶王には許可を頂いてます」
「……そうか」
別室に移ろう。
諦めたような声で公使が言った。
●
悪魔の国から国境を超え帝国に入る。
エルフ、人間、ドワーフ。
敵意混じりの視線を物ともせず、案内されながら森を進んでいく。
赤い甲冑を纏った悪魔人間は、こちらに服従した素振りすら見せず淡々と仕事をこなしている。
悪魔人間。
悪魔の血を継いだ混血児。
強靭な体を得ると同時に悪魔に対する絶対服従を誓わされる種族。
人間や他の種族であれば職名で真名を隠すという手段が、まだある。
かつての大戦争を人類は名前を隠す事で乗り切った。
だが悪魔人間にそれは許されない。
悪魔に出会うか、その時が来れば必然、悪魔の人形である。
であるというのに目の前の男は木偶になる事も無く、ルシファー達を案内している。
勿論、何事にも例外はあり、しかし、ルシファーには心当たりが多すぎた。
森が開け集落が目に入る。
質素な国である、とルシファーは思った。
木と石で作られた建物。
静かな湖面にはささやかな数の舟が浮かんでいる。
隣を歩く男――総代――をちらり、と見た。
耳や首に宝石を着け、自らを飾り立てる男。
この男が入れ込む国にしては随分と質実剛健な国である。
「こちらへ」
男が奥へと進んでいく。
ある種、似つかわしくない石造りの宮殿が見えた。
部屋へと案内される。
簡素な作りながらも、確かな素材を使った調度品が目に入った。
装飾が一切無い、素材の良さだけを活かした調度品と、部屋の設え。
ルシファーはその感性に覚えがあった。
「すぐに飲み物と軽食を持って来ます」
そう言って退室しようとする男にルシファーは声をかけた。
「名は」
ルシファーは目の前を歩く男に興味を抱き、戯れに名を聞く。
職名では無く、真名を聞いた。
男が驚いた風も無く姿勢を正す。
「帝国騎士と申します。魔王ルシファー」
そう言って山羊の角を持った男が跪いた。
目には確かな意志があった。
「……愉快」
そう言ってルシファーは笑った。
●
魔王ルシファーと総代。
西方公と代官。
そして皇帝と騎士。
各自、部下を控えさせ、部屋の中でまんじりと座っている。
給仕の少女が2人、入ってくる。
盆の上に水差しと杯が置かれている。
皇帝は少女の手からそれらを取り上げた。
仕事を急に取り上げられ、少女が不安そうな顔をするが、皇帝は気にせずに言う。
「怖い顔のオッサンが怖い話するから向こうで勉強してろ。
用があるときはこっちから呼ぶ」
「は、はい。失礼します」
そう言って退室する少女達を見送り、椅子へ座る。
「……オッサン」
「オッサン……」
どこかショックを受けたような顔をするオッサン達を気にせずに、水差しから中身を注ぎ一口飲む。
薬草と水で作った微炭酸水、蜂蜜入り。
水差しを騎士の方に向ければ、手慣れたもので、頂戴します、と杯を掲げられた。
中身を注ぐと、礼の言葉と同時に口を付けた。
「皆も」
「では」
そう言えば、まず反応したのは悪魔側。
総代が杯を2つ取り、中身を注がれたものをルシファーの前に置く。
そして自分の分を、とした所で動きが止まる。
代官が同じように2つ、杯を持っている。
「よろしいですかな?」
「どうぞ?」
そのような会話をして、代官は注がれた2人分の飲み物を持っていった。
最後に総代の杯に飲み物を注ぐ。
全員に飲み物が行き渡った。
「さて」
騎士が口火を切る。
「杯も行き渡りました所で始めさせて頂きます。
本日の議題は王国、悪魔両国における一時停戦と言う事で相違ありませんか?」
「相違無い」
「問題無い」
各国代表が頷く。
まずは王国側から代官が説明を始める。
歳の程、30後半程、恐らく騎士と変わらない年齢であろうか。
真面目で実直、土地柄故か、武張った印象が前に出る男だ。
「本日は謁見をお許し頂き光栄の極み、皇帝陛下に於かれましてはご機嫌麗しく恐悦至極に存じます。
さて、一時停戦ですが、我々王国は2年間の停戦を求めるものである。
従って、こちらからは捕虜交換、身代金の支払いを提示したい」
堂々たる口上である。
ルシファー側は涼しい顔で聞いている。
恐らくこの場が出来上がる前にある程度、話は詰まっているだろう。
降伏では無い事、皇帝の所にルシファーからも手紙が来ている事から、互いに停戦を望んでいる状況の筈だ。
そこまで長引かずに終わるだろう。
代官の言葉に答えるのは総代、悪魔側の付き添いである。
「その話、我々にどのような得が有るのか聞いても?」
終わる筈であった。
不意を突かれた代官が切り札と思わしき情報を出す。
「……捕虜の中にはそちらの将官も含まれておりますが」
「ダンタリオン殿の事で? えぇ、承知しています。
その上で、2年、こちらが停戦を呑むに値する理由をお聞かせ願いたい訳です。
こちらでは戦争も商売ですからねぇ」
皇帝は代官の様子を見る。
虚を突かれたような顔に少しだけ朱が注がれた。
「あなたは」
「エルフと人間の混血です。そちらの言う同胞意識などに期待しないで下さい。
悪魔側にも誇りを尊ぶ連中はいますがさておいて、実利の話をします。
戦が止まると色々と止まる訳です、武器然り、奴隷然り。
それらを止めても尚、この協定が結ばれる意味はあるのかと、そういう話でして」
総代の言葉に代官が顔色を変えた。
何故今更。
この場における帝国と王国、共通の疑問であった。
第三者である帝国向けへのパフォーマンスかとも思ったが、それにしては西方公の顔色がいささか良くない。
急いで騎士の耳に顔を近づけ、小声で話す。
「これは」
「……御明察通り、土壇場でひっくり返しに来てます」
「何で」
その言葉に騎士が首を振る。
「判りません、ってかアレは判ったら駄目な類です。
言葉通り商売目当てなのか混乱を楽しみに来たのか。ともかく」
騎士が一旦言葉を区切る。
「何かありませんか、向こうの得になる話」
悪魔から見て協定が得になるか、そうでなければ損してしまう、と思わせる物。
この際、実態は置いておこう。
そうかもしれない、と言うだけで向こうが勝手に考え込むことを期待するしか無い。
皇帝は手元の呼び鈴を鳴らし、少女を呼ぶ。
側に控えていたのかすぐに部屋に入ってきた。
小声で持ってくる物を指示する。
慌ただしくも静かに立ち去る少女に感動しつつ、皇帝はその場を眺める。
ルシファーの顔色は変わらない。
何を考えているのか場を眺めているだけだ。
だが総代の言動を許容している事から、この協定、悪魔側にとってはどうでもいいものだと考えているのは判る。
暫くすると少女が頼んだ物を持ってきた。
再び少女の手から盆を取り上げ、追い出す。
持ってこさせたのは軽食である。
カリカリに焼いた種無しパンで辛く味をつけた鶏肉を挟んだ物。
それに絞った葡萄果汁。
あと、別の杯に水。
経験を積めばもっと上手くやれたのだろうが、今はこれが精一杯だ。
「……天使の国?」
ルシファーが料理を見て不思議そうな顔をした。
種無しパンと葡萄果汁は天使の国で重要な食べ物だ。
先程と同様に皇帝が手掴みで料理を取る。
それに倣って、次々と料理に手が伸ばされる。
口に入れた途端、総代が飛び上がりそうになっていた。
「ん、辛かったか。冷えるので南部風にしたのだが」
「い、いえ、大丈夫です」
水を飲みながら誤魔化された。
常識の範囲内の味付けでは有るが、ハーフエルフにはきつかったようだ。
実の所、この味付けは皇帝の口にも厳しいものがある。
「文明の頃には辛い料理を悪魔風と呼んだらしいな」
西方公が食事を堪能しながら言う。
当然の事ながらこちらの思惑はバレたようだ。
天使の国で重要とされているパンで挟んだ悪魔風と呼ばれる料理。
挟撃の分かりやすい見立てであり、実態を投げ捨てた渾身のハッタリである。
「総代」
「は」
ルシファーが総代に何やら耳打ちをする。
その後、こちらを向き緩慢な動作で言う。
「了解した。我が国はその協定を受け入れる」
その言葉と同時に代官が書類を3部、用意する。
皇帝、ルシファー、西方公が書類に署名、花押を押す。
1部づつ書類を持った所で皇帝は〆の口上を述べる。
「帝国は王国、悪魔両国に敬意を表すと共に、
停戦協定が本日、効力を生ずることを確認する光栄を有する」
こうして会談は終わった。




