005. 能 力
そもそも、この<生命と知恵の樹>があるこの場所は皇族しか入れないようになっており、さらにイリス達皇族であっても全ての皇族が自分の都合で自由に出入りできる場所ではないようだ。
なんでも、<生命と知恵の樹>自身が許可しなければ結界内に入ることが出来ないらしい。
結界とは様々な種類があるらしいが、この<生命と知恵の樹>が張っている結界は<生命と知恵の樹>が認めた者しか入れないというものらしい。
『樹が認める』という状況がいまいちわからないが、人間を世界移動させる力があるのであればそんなことも可能なのだろう。
<生命と知恵の樹>が設置した結界を取り囲む形で、イリスの国であるアスガルディア皇国の都やその皇族が住む皇城がつくられているそうだが、この結界内はとにかく広かった。
見渡す限りの緑の絨毯を皇城に向かって早足で向かっているが、かれこれ三十分程歩いているにも関わらず薄っすら城の輪郭が見え始めたくらいで、辿り着く気配が全く感じられない。
後ろを振り向けば、依然として巨大樹が天高く見える。遠近感が狂ってしまいそうだ。この広さを取り囲むように皇都があるというのだから、皇都自体もとんでもなく広そうだ。
■
ここまで、小走りと言ってもいいくらい結構早いペースで歩いている。それなのに、なぜか全然疲労感が出てこない。
レンさんの攻撃を避けた時からおかしいとは思っていたが、どうやらやはり身体能力がとんでもない発達を遂げていることに間違いないらしい。
身体は異常に軽く感じるし、世界は明るく近く明瞭に見える。
その発達は身体だけでなく、動体視力、反射神経等の知覚や認知能力、記憶力といった脳の機能にも影響を与えているようだ。
視力や聴力の向上だけでなく、記憶から忘却されていた、昔一瞬聞きかじったような言葉も明瞭に思い出せる程の記憶力、想起力が高まっていた。
しかし、残念なことに、一般に言われる『天才』のような素晴らしい智恵や発想、とんでもない発明が出来るようになったわけではなさそうだ。あくまでも記憶に関わる部分だけらしい。もう少しサービスしてくれてもよかったのに、とも思わないでもない。
もともとスーパーアスリートでも学者でもない一般的な平凡男だったのに、この超人的な力はなんなのか。
そのことを歩きながらイリス達に相談してみると、称号――【神継】が影響を与えているのではないかということだった。
この【神継】という称号は、称号の解説を読む限り<黄金の林檎>を宿す者に付与されるらしい。
<生命と知恵の樹>に住む神鷲には、<黄金の林檎>に人を英雄化する力はないと言われたそうだ。
しかし、それでも<黄金の林檎>に宿る力には無限の可能性があるとイリス達は信じている。だから、異世界移動を為した<黄金の林檎>によって、その過程の中で力を得ることになったのではないかということだ。
ただ、あくまで推察であって、原因が何であるか確かな答えは出ない。
なら、どれくらいの力を得ているのか確認してはどうでしょうと、レンさんからの提案があり、イリスが多いに興味を持ち、個体識別情報票の能力をチェックすることになった。
能力。
ゲームでは馴染みの深いキーワードだが、まさか現実にそれを確認することができる日がくるとは思わなかった。
この世界では、大まかな個人の能力を数値化することができるらしい。ただ、表示できる能力はあくまでも「現時点」の身体能力や知的能力、魔力等であって、将来的な伸び代や向き不向き、才能、限界が見えるわけではない。あくまでも参考的な数値でしかないようだ。
個体識別情報票の能力に表示できる能力の項目は、体力、筋力、智力、敏捷、器用、魔力含有、魔力素質、頑強、耐性、総合値の全部で十ある。
体力はスタミナや病気、怪我への耐久力の総合値、筋力は物理的な攻撃の総合値、智力は魔法に関する総合値、敏捷は素早さや反射力の総合値、器用は細かな作業や"技"と呼ばれる特殊なスキルに関する総合値、魔力含有は自分が有する魔力の量、魔力質素は魔力の質、頑強は防御力や打たれ強さの総合値、耐性は火や水といった属性、毒などの心身異常に対する抵抗力の総合値ということだ。とことんファンタジーな用語に溢れていて、正直ワクワクしてしまう。
これら以外にも表示されない能力があると考えられているようで、表示されない能力を含めた様々な能力を総合的に評価したものが総合値となる。
これらの数値には、E・D・C・B・A・Sといった評価が付与されて表示される。
これらの能力はこの世界の神の一柱である数の神フカセツと、真実の神トラスティによって評価されているとのことだ。
自らのもつ魔力を使い、それらの神の声を聞くこと――それが、個体識別情報票に能力を表示させる術らしい。だから、魔力が薄かったり無い人は、<分析士>や<鑑定士>に頼むことで表示させることが可能になるそうだ。
こうやって神という存在が身近に存在しているのが不思議だが、逆にだからこそいろいろなことが可能になる世界なのかもしれない。
とりあえず、僕に能力を表示させるほどの、つまりは神々と交わる魔力があるのかどうかは分からないが一度表示を試してみようということになった。
イリスは絶対にできる、となぜか自信満々で言ってくれていたが、正直僕に表示を成功させる自信はない。
だが、イリスもレンさんも能力を解析することができるスキル【分析】というのをもっているそうなので、最悪それに頼れば良いだけの話だ。
いざ表示させる段階になって、レンさんが少し勝ち誇った表情で自慢気に「能力の数値だが人によって得意分野は違う。例えば剣士なら筋力が高いし、魔術師なら魔力含有や智力が高い。まあイリス様や私は全体的に高いがな。ふふふ」と言外に、お前には負けねーよというニュアンスを感じる言葉を投げかけてきた。
理由は分からないが、なぜかレンさんには敵対視されているようだ。
だが、棘のある言葉の中には、同時に心惹かれるワードが出てきていた。魔術だ。どうやらこの世界には魔術と呼ばれるものが存在しているらしい。落ち着いたらしっかりその部分についてもじっくり聞いてみようと心に決める。
「じゃあ、やってみるよ」
足を止め、軽く想う。同時に小さく鈴の音が響き透過性のあるウインドウが目に前に開いた。
――スキル【分析】を獲得しました。
称号を手に入れた時と同じように響く声。
どうやら自分の能力を確認しようと試みたことで、そのためのスキルを習得できたようだ。
スキルってこんなに簡単に習得できるものなのかという疑問が生まれるが、二人が背後からウインドウを覗き込む気配を感じたことによって意識がそちらに流れた。
開かれたウインドウ上部には【能力】と表示されている。続けて下に目をやると、無事にいくつもの能力値とアルファベットが表示されていた――が。
「なんだこれは?」
レンさんの疑問の声が上がり、む、と小さくイリスが唸る。
【体力】253G Ex
【筋力】234G Ex
【智力】198G Ex
【敏捷】246G Ex
【器用】227G Ex
【魔力含有】219G Ex
【魔力素質】242G Ex
【頑強】187G Ex
【耐性】231G Ex
【総合】250G Ex
高いのか低いのか相場が分からないために何とも言えないが、どうやら魔力の力もきちんとあるようなので、これはもしかしたら魔法が使えるのかもしれない。
思わず顔がにやけてしまう。
数値の後に付いている『Ex』は評価というものだろうか。
だがそれはEからSまでの六段階と聞いていたが、これはいったいどういうことだろう。
「この数値の後のGとかExとかはどんな意味なの?」
「ジー? イーエックス? その言葉が何を意味しているか分からないが、ヒロユキおまえには数値が見えているのか? わたしには数値が全く見えないぞ。ノイズになっている」
「イリス様、私もです。貴様、一体何をした? 貴様にはどう見えているのだ?」
「いや、どう見えてるって普通に数字が見えるけど……」
項目名と数値、評価をそれぞれ伝える。
「ほ、ほう。一般人にしては、なかなか高いな。ま、まぁ、私の方が高いがな」
語尾がどんどん薄く消えていって、最後はもうほとんど聞こえない声になっていたが、僕の発達した聴力はしっかり聞き取っていた。
どうやら、魔力関連の数値は僕の方が上回っていたらしい。僕のこの能力は努力や修練で身に付けた能力ではないため、申し訳ない気持ちになる。
「だが、なぜわたし達には数値が見えないのだ……まさか」
「イリス様?」
僕とレンさんのやり取りには興味を示さずブツブツと思案顔に沈んでいたイリスは、ふと何かに思い至ったのかレンさんを見上げる。
「レン、衛兵が修練用の時に使う剛力岩を作れるか?」
「え、ええ。ここの土は上質ですので硬度の強いものが作れると思いますが……今作るのですか?」
レンさんの戸惑いの声に頷いて見せるイリス。その眼差しは強い意思を秘めていて、断ることは許されない雰囲気だった。
「わかりました。イリス様離れていてください。貴様もどけろ」
扱いの差が果てしなく酷い気がするが、レンさんはそんなことを気にするでもなく瞳を閉じ集中し始める。
彼女を取り巻く空気が動くのがわかる。空気が鼓動する感覚と言うべきか、彼女を中心に、大気を構成している一つ一つの粒子がエネルギーを放っているようだ。
「――土よ。硬くあれ。塊となれ」
詠唱だ。空気の変化に気を取られていて、そのほとんどを聞き逃してしまっていたが、レンさんの口から漏れる言葉は厳かな詠唱だった。
「硬固土創造!」
その言葉が解放の鍵となっていたのか。レンさんを取り巻いていた力を溜めていたような空気が一気に凝縮し、それが破裂した。
それに合わせるようにレンさんの足元の土が盛り上がり、一メートル四方の塊となった。
土の塊のはずが、その表面はつるつるの滑らかさをもっている。緑の草を巻き込みながら塊になっていったはずなのに、その色は薄茶色で統一されていた。
土であったモノがその在り方を完全に変異させていたのだ。
これが魔法か。
炎が出たり嵐が巻き起こったりしたわけではない。
ある意味失礼かも知れないが、地味と言ってもいい感じの魔法だった。
しかし、初めて目にしたその奇跡に本当に感動した。信じられない出来事に、心が躍る。子どもの頃感じていた、初めての衝撃への期待感と好奇心、それらが混ざり合ったわくわく感がどんどん生まれて動悸が早まる。
同時に、やはり異世界に来たんだという実感が湧く。嬉しさと喜びと不安とが混じり合って変な気持ちだ。
「さすがレンだな。素晴らしい練度だ」
「ありがとうございます」
コンコンと出来た土の塊を叩いて、満足顔で頷くイリス。褒められて心から嬉しそうなレンさん。騎士のようにキザっぽく一礼する姿は凄く様になっていた。
「じゃあヒロユキ。これを叩いてくれ」
「は?」
当たり前のように言ってくるイリスの言葉の意味が分からない。この硬そうな岩の塊を叩けということか。
うん、本気で叩いたら確実に僕の手の骨が折れると思う。
試しにイリスと同じようにコンコンと感触を試してみるが、硬いという次元を超えている。ダイヤモンドのようだ。
もちろん、ダイヤモンドを叩いたことはないから想像上の話だけれども。
「無茶です、イリス様。魔術強化を施したとしても素手ではこの石を砕くことはできません! 間違いなく本気で叩くなど怪我をしてしまうかも……」
「大丈夫だ」
珍しく僕を心配してくれたレンさんを、ただの一言で切り捨てるイリス。
こちらを見上げてくる視線には期待と、信頼がこもっていた。
お前なら大丈夫だと、心の声が聞こえてくる。不思議な瞳だ。無茶を言われているにも関わらず、なぜかやってやろうじゃん、という気持ちになってくる。この娘の期待に応えてやりたい想いが強まるのだ。
「平手でもいい?」
ただ、拳で叩くのはやはり怖い。
子どもの頃冗談半分で大木を殴って、手の甲をズル剥けにして母親から叱られたのはいい思い出だ。
だが、立ち向かわないという選択肢は僕の中に既にない。だから折衷案として、平手で突くことにする。思い切り突かない限り、橈骨骨折もしないだろう。
イリスが頷いたのを確認して、岩と向き合う。ふっと軽く息を吐き、怪我をしない程度の力でその岩を平手で突く。どすこい、と言わなかったのは僕の小さなプライドか。
その突き出した平手は、ほとんど抵抗を感じることなく岩を突き抜けた。まるで水の中に腕を突っ込んでいく感覚だ。
突き抜けたと感じた後、一瞬の間も置かず岩が粉々に破裂する。
「え?」
「なっ!?」
「やはりな」
手を突き出したままの姿勢で固まる僕と、間抜けな顔で驚きの表情をつくるレンさん。一人、イリスだけが納得したようにしていた。
「そ、そんな……筋力は私の方が上のはず……な、なぜ?」
「おそらくだが。能力の表示でヒロユキには数字が見えているのに、わたし達には見えなかっただろう? これは個体識別情報票が表示できる数値には限界があり、そのせいでわたし達には数値が読み取れなくなってしまう。しかし、ヒロユキの世界ではわたし達の知らない数値の表し方があるのだろう。だからヒロユキだけには見えるのだ。語尾の『ピー』というのは、なにか数値が短縮された表示なのではないか」
つまり、カードが表示できる桁数が四桁までと決まっていた場合、一〇〇〇〇という数字は五桁なので表示がバグってしまうが、僕の世界では一〇〇〇〇を一万としたり、一〇Kとしたりと、語尾に『万』とか『K』とかの接頭語を付けることで、桁数を短縮して表すことが出来る。
今回の僕もこのパターンではないかということか。そのことをイリスに伝えると、やはりなと頷いた。
「だから、ヒロユキの表示されている数値は、本来の数値とかなり乖離しているはずだ」
そう結論づけた。確か『G』という接頭語は『K』『M』に続くものだったはずだ。
レンさんはショックを受けたように意気消沈している。
自分で勝っていたと思っていたことが、圧倒的な差で劣っていたと分かってしまったのだ。その気持ちは痛いほど分かる。
ただ、これについて僕は悪くないと思う。が、罪悪感は大きく感じてしまう。
「でも、あれですね。いくら能力高くてもそれを使いこなせなくては意味ないですもんね。やっぱ、レンさんのように実践で培った経験値がないとダメですよね」
できる限り嫌味にならないように、口調に気をつけて言う。
一歩間違えたら間違いなく嫌味なセリフだが、レンさんは僕の気持ちを汲み取ってくれたのか、少し逡巡した後、笑顔を見せてくれた。
「ふん、その通りだ。貴様にしては良いことを言うな、ヒロユキ」
そう言って、立ち止まっていた歩を進め始めた。イリスと顔を見合わせて、お互いに口元を綻ばせ、レンさんを追いかける。
目指す皇城は、まだ先だ。薄っすら見える城の向こう側には、二つの月が青空のなかで輝いていた。
読んで頂きありがとです(ノ´∀`*)
設定話が続いていましたが、次話からはストーリー進むと思います。