004. 異世界の仕組み -2-
前話、変な切り方で申し訳ありませんでした。
程よい文字数と話の切り方がいまいちわからない…
「これは……」
「むっ!?」
イリスちゃんとレンさんの唸るような声が聞こえる。
【異空旅来者】という称号によって修得したスキルだけでなく、どうやら僕が修得しているスキルは四つあるようだ。
名前だけでは意味が分からないため、詳細を表示させる。
【成長補正】
スキル修得、獲得熟練度等の成長補正。
【精神適応】
異世界間の差異によって生じる精神的ストレスの安定化。
【暫定未来予知】
刹那的な未来に起こる、自分に対する不穏な行動を感じることができる。
【言語理解】
あらゆる言語を理解できる。
「……何か、どれもツッコミどころ満載なスキルだけど……このスキルっていうのは、結局のところ何なんですか? スキルはその道の専門家がもつ極められた技能っていうイメージなんですが……」
「そのイメージでだいたいあっているが……そうだな、特殊な能力とでも言うべきか。たとえば、こうして私たちが会話が出来ているのは、おまえの【言語理解】というスキルが常時発動しているからだろう」
イリスちゃんが、空中に指を走らせる。
そのなめらかに進む細い指の軌跡が、光の道筋となっていった。何もない空中に見たことがない文字のような紋様が描かれていく。
どことなく筆記体に似ている。
「この文字が読めるか?」
「いや、こんな文字見たことない……ですけど……読めます。ヒロユキと書いたんですか?」
生まれて初めて見る文字なのに、どう読めばいいか分かるし意味が自然と頭の中に入ってくる。不思議な感覚だ。
「そうだ。おそらく、わたし達とおまえは違う言語体系を使っているはずだ。しかしおまえは学んでもいない言語を完全に扱えている。このような特別な能力や専門的な技能を総称して【スキル】と呼んでいるのだ」
なるほど。ということは、さっきレンさんに襲われたときに感じたあの危機感というか映像は【暫定未来予知】というスキルのお陰ということになる。
となれば今後のためにも確認しておかなければならないことがある。
「さっき常時発動って言われてたけど、このスキルっていうのは常に発動しているモノなんですか?」
「いや、スキルには常に効果がある常時発動型スキルと、意識して使う意思発動型スキルがある。そうだな、さっきレンが見せた個体識別情報票の情報隠蔽や情報改竄などは意思発動型スキルの一つなのだ」
無遠慮に重ねて質問をしているが、イリスちゃんは全く邪険にすることなく丁寧に答えてくれる。正直、混乱することばかりだが、ここまで落ち着くことができているのは、間違いなくこの少女のおかげだろう。
「万を超えるスキルがあると言われるほど、スキルは多種多様だ。子どもでも簡単に手に入るスキルもあれば、専門職が何十年も研鑽を重ねてしか得られないものもある。他にも、神々の祝福を受けた恩恵によって獲得できる稀少スキルや、この世に唯一無二の固有スキルもあるしな。貴様のスキルも固有スキルだろう」
レンさんも、表情は厳しく口調はぶっきらぼうだが、丁寧に教えてくれる。
最初に出会ったのがこの人たちで本当に良かったと、会ってまだ少ししか経っていないにも関わらず、僕は彼女たちを信用しつつあった。
「たとえば――」
草原にしゃがみ込んだイリスちゃんは、そこに生えていた花を一輪抜き取った。三枚の花びらがちょこんと咲く白い小さな花だ。
「わたしもレンも、物体の情報を読み取るスキルである【鑑定】を修得している」
その言葉が終わると同時に、鈴の音が鳴り響き白い花の前に光の窓が現れる。情報に目をやると
【ブライダルベール】
ツユクサ科の植物。常緑性の多年草。
と書かれてあった。
シンプルな説明だが、もの言わぬ一輪の花の概要を的確に表していた。
これは、なんて便利なんだろうと感動する。「すごいな……」と思わず感想が漏れていた。
「【鑑定】で調べた情報は本来自分にしか見えないのだが、これは【情報開示】スキルで視覚化をしている。レン、頼む」
「はい」
再び鈴の音が響き、光の窓が開く。
【ブライダルベール】
ツユクサ科の植物。常緑性の多年草。
温度と日照の条件が合えば季節に関係なく一年を通して開花し
花は昼に開いて夜には閉じる。
薬草としての効果はほとんどない。
「情報量が、違う?」
「そうだ。スキルの中には熟練を重ねることでレベルがあがるものがある。レベルによってスキルの効果も大幅に変わる。わたしの【鑑定】スキルはレベルⅠ、レンはレベルⅢだ」
「基本的には一般レベルの能力がスキル未修得状態だ。レベルⅠでその道の専門職の駆け出しレベル、レベルⅡで中堅といったところだ。レベルⅩがスキルの極限と呼ばれているが、そこに到達した者は誰もいない。レベルⅤへの到達も人外の力がなければ不可能だろうな。ちなみにスキルがないとその行動そのものができなかったり、効果が一切生まれないものもあるぞ」
ふむ、つまり例えば【調理】というスキルがあった場合、料理そのものはスキルがなくても出来るが、とんでもなく美味しい料理をつくろうと思えばスキルが必要ということになるわけか。
いや、この場合は美味しい料理をつくるために鍛錬を重ねていって、結果が出るくらいの実力になったときにスキルを修得しているということかな。
なら、可能かどうか分からないが、料理を全くしたことがないのに【調理】スキルを獲得したら、料理の腕前が凄いことになるというわけだ。
一方で、僕のもっている【言語理解】のように、スキルを所持しているかしていないかで自分の存在そのものに変化を与えるようなスキルもあるということか。
「おそらく、異世界召還というあり得ない出来事にも荒廃を来さないのは、おまえの性格的な強さもあるとは思うが【精神適応】が効いているのだな」
自分的にはこの少女たちのお陰で落ち着いていられると思っていたが、確かにそれにしては落ち着きすぎているのかもしれない。
これから先を考えると不安で泣きそうになるが、泣いて解決できる問題でもないのは理解している。ならば少しでもこの世界の理を知り、先に進むしかない。
『先』がどこに向かいどこまであるのか分からないが、立ち止まっているよりは可能性があるだろう。
こう考えることが出来るのも【精神適応】なのか。
「どうやら貴様の反応を見ていると他にも伝えなければならないことがありそうだが、それは後にしよう。イリス様そろそろ」
「そうだな。だが今――」
今までがふざけていたわけではないが、突然に佇まいを正し、イリスちゃんが大きな瞳でこちらを見据えてくる。
その思い詰めたような真摯な瞳に心が揺さぶられる。
「ヒロユキ。おまえに伝えなければならないことが二つある」
「伝えたい……こと?」
「うむ。一つ目は、おまえが疑問に感じていたことへの答えだ」
疑問、というと……少し前の会話を甦らせてみると、確かに僕は彼女たちに疑問をぶつけていた。
イリスちゃんは僕が異世界から来たことを最初から気づいていたかのような言動をしたのだ。『もしかしたらとは思っていたが』……イリスちゃんが言った言葉だ。
「おまえの黒髪。黒髪に近い髪を持つ者は多いが、黒髪の人間はこの世界にはいないのだ……唯一人を除いて」
「一人?」
「この国の初代国皇――オウ・シャナは、おまえと同じ黒髪に黒い瞳を持つ。そして<生命と知恵の樹>によって、遠い世界から導かれたと伝えられているのだ」
「だから、僕も異世界からと?」
「最初は信じられなかったがな。だが、おまえの黒き瞳に不思議な魅力と懐かしさを感じた。言葉を交わすまでもなく得心したよ。おまえが、わたしの運命のヒトなのだと」
「い、イリス様ッ!?」
精神的な衝撃が僕を襲ったのと、レンさんが悲鳴をあげたのが同時。
いったい、この娘は何を言っているんだ。混乱が襲う。
『運命のヒト』って……まさか、僕は今、告白されたのか。
いや、確かにこう凜と堂々としていて、可愛いさも抜群で、気を遣ってくれる優しさもあって、僕の好みのドストライクには間違いないが、やっぱり会ってまだ間もないのに、もうちょっと一緒の時間を過ごしてからじゃないと、でも、断るわけにはいかないよね。と、支離滅裂な思考の渦に流される。
「だからこそ」
しかし、僕の甘く桃色な思考は、イリスちゃんの真剣な――そして悲痛な響きをもった強い言葉に打ち破られた。
「わたしは謝罪しなければならない」
「あ、謝るって……何に?」
「おまえがここに現れる直前、私は伝承を信じ<生命と知恵の樹>と向かい合っていた。しかし、その伝承は間違っていて……」
「い、イリス様、もしかして……神鷲ですか!?」
レンさんの疑問には応えない。それが答えだったのだろう。つまり、肯定。
「おまえがこの世界に来たのは、わたしのせいだ。わたしの願いを神鷲が聞き入れ、<生命と知恵の樹>になる<黄金の林檎>の力でおまえが召還された。だから、心から謝りたい……」
神鷲。
確か、神々と共にこの<生命と知恵の樹>の天辺で世界の理を見守る守護者、だったか。
神のような存在。もし、本当にそんな存在がいるのであれば、世界を越えることも可能なのかもしれない。
「元の世界に還す術はわたしにはない。恨まれ、憎まれ、蔑まれても仕方がない。それはおまえの正統な権利だ。甘んじて受け、可能な限りおまえの希望に応えたい。だが、恥知らずを承知でお願いしたい。わたしの願いを聞いてくれないか?」
淡々と言葉を重ねるが、イリスちゃんの顔は苦痛に歪んでいる。
瞳の揺らめきは、涙を溜めているからだろう。
おそらく自分で分かっているのだ。自分のせいで取り返しのつかないことに巻き込んでしまった相手に、さらに自分の願いを叶えてくれと要求する自分勝手さに。
それがどんなに酷い仕打ちか分かっていながら、それでも頼らざるを得ない状況を小さな身体に抱え、必死になっているのだ。
「――いいですよ」
言葉は簡単に出た。
「え?」
予想外の返答だったか、その表情が驚きの色で固まる。隣にいるレンさんまで、同じ表情をしていて少し可愛かった。
「……いいの、か?」
肯定の返事として、頷く。
答えは最初から決まっている。
確かに僕がこの世界に来たことはイリスちゃんの願いのせいなのかもしれない。
しかし、誰かを困らせたくて願ったわけではないのは、彼女の真剣で一生懸命な姿を見れば分かる。彼女は苦しんでいるのだ。
だったら、僕が出来ることで彼女が救われるのなら、何とかしてあげたい。
もちろん、異世界に独りという状況は怖いし不安だ。
家族に会えないことよりも、残した家族を悲しませていないか、心配かけていなかということが何より心に引っかかっている。
しかし、この世界に召還されたのが<生命と知恵の樹>と呼ばれる樹に関係していることが分かっているのであれば、いずれは還れる方法を見つけることができるかもしれない。
だったら、今、僕がすべきなのは一つしかない。
この世界で今、独りにならずにすんでいるのは、目の前で涙を流す少女の優しさのおかげだ。
その少女が、心からの願いを伝えてきているのだ。
それに応えなかったら僕は一生後悔し続けるだろう。だから、彼女の想いに応える。
「その願い事が、僕に叶えられるかどうかは分からないですけど……僕に出来ることは、全力でします」
爽やかな笑顔を意識して、格好良いセリフで決めてみる。しかし、泣き笑いの表情になったイリスちゃんを見る限り、僕の爽やかスマイルは失敗しているのかもしれない。
「やはり」
ぽそりと、イリスちゃんの声が響く。
「やはり、伝承は本当だったのだな」
「ん? 伝承は間違っていたって言わなかったですか?」
「間違っていたのは、皇家で一番信じられていたものだ。<生命と知恵の樹>と<黄金の林檎>にまつわる伝承にはいくつかあって、わたしが信じているのは――」
そこで、一呼吸あけるイリスちゃん。心なしか頬を桜色に染め、上目遣いで僕を見上げてきた。
「『<生命と知恵の樹>は運命の樹だ。私とソフィアを巡り合わせた樹なのだから』」
何かの詩なのだろうか。唄うように伝承を口にするイリスちゃんは、ベタベタの表現だが天使のようだった。
「初代国皇が皇妃との出会いを詠った物語の一節で、皇家に伝わる伝承の中でわたしが一番好きなものだ。私もどうやら運命のヒトに出逢えたらしい」
「え……」
何も飾らない剥き出しの言葉に、心がときめく。ヒトの言葉には、こんなにも心揺さぶる力があるものなのか。味わったことのない感動が、胸を支配した。
瞬間、澄んだ鈴の音、そしてその鈴の音のような女の人のキレイな声が響いた。
――称号【姫様の運命人】を獲得しました。
「え、称号? 獲得?」
「も、もしかして貴様、称号を獲得したのか!?」
慌てたように、レンさんが滲み寄ってくる。
「え、ええ、と……多分なんですけど……突然鈴の音と、女の人の声が響いて……」
「称号! 個体識別情報票の【称号】を見せろっ!!」
胸ぐらを掴みかかってきそうな勢いで言われると、正直顔が近くなった分ドキドキしてしまう。レンさんも言葉遣いは男っぽいが、髪型もスタイルも顔も、全てが可愛らしい女の子だ。
「は、はいぃ」
慌てて【称号】の頁を開く。焦っていたのが功を奏したのか、個体識別情報票を介さずに直接光の窓を開くことが出来た。
目を通すと、確かに【神継】、【異空旅来者】の下に【姫様の運命人】という称号が増えている。
【姫様の運命人】
アスガルディア皇国第二皇女イリス・シャナ・アスガルディアの運命の相手(候補)。
彼女の運命を変える可能性を持つ。
「そ、そんな……イリス様がこんな訳の分からない男に……」
レンさんはショックを受けたのか、よろよろとよろめいて腰砕けになる。
何かさり気なく酷い言葉を言われた気がしないでもないが、気にしないでおこう。それよりも。
「イリスちゃんは、お姫様だったんですね」
薄々そうではないかとは思っていたが、まさか本当のお姫様に会えるとは。
やはりここは異世界なのだと、変なところで実感してしまった。
「イリス……ちゃん?」
「イリス様を……ちゃん付け……だと?」
そこで気づいた。
「あ……すみません。今更ですけど、自己紹介まだでしたよね。僕は柴田 浩之です……あ、こっちではヒロユキ・シバタになるのかな?」
「ご丁寧にありがとうございます」
突然、今までの仰々しい言葉遣いではないお淑やかな言葉をもって深く一礼するイリスちゃん。
まるで社交場での一場面のような煌びやかな雰囲気が、美しい威厳を放っている。
気づけばごくり、と生唾を飲み込んでいた。
レンさんの強さというか恐ろしさは向かい合ったときにビシビシ伝わってきていたが、目の前のこの少女もただの女の子というわけではないようだ。
「――ふふっ」
しかし、顔をあげたイリスちゃんは、悪戯が成功した子どものような満面の笑みを浮かべていた。先程までの凜とした淑女の雰囲気は完全に消え失せている。
「わたしは、イリス。アスガルディア皇国第二皇女イリス・シャナ・アスガルディアだ。 これから よろしく頼むぞ、ヒロユキ」
「ふん。私はレン・ラブリーバーだ。貴様に気を許したわけではないので勘違いするな。おかしな素振りを見せれば、即斬る」
ショックから立ち直ったのか、自棄糞気味に、そして敵対心剥き出しでレンさんも自己紹介してくる。
「とりあえず、イリスちゃん、レンさんよろしくお願いします」
「イリスだ。その畏まった喋り方もいらん」
お願いしますの言葉は、鋭い言葉で返された。
「え、えっと。イリスちゃん、よろしくね」
「イリスだ」
「い、イリス、よろしくね」
その言葉に、にっこりと笑顔になるイリスちゃん――ではなく、イリス。この笑顔を守りたいな。
ふと、心にそんなクサいセリフが浮かぶが、それを恥ずかしいと思わなかった。
自分にどれだけのことが出来るか分からないが、とりあえずまずは、イリスの笑顔を守ることから始めよう。
「……私はレンさんと呼べ」
「……はい」
読みやすさ等含めアドバイスありましたら、よろしくお願いします。