027. 試行依頼
控室として案内された小部屋でつくられた久しぶりのイリスとの談笑の時間を打ち破ったのは、どたどたと騒がしい足音だった。
自分の話、趣味の話、この一週間の話、話し尽きることのない至福の時間だったのに。
いや、待てよ。
久しぶりの談笑と言ったけれど、よくよく考えれば、ここまでゆっくりと二人きりで話したことはなかったのではないか。
出逢ったその日はとても濃いイベントの数々で、ゆっくり話をする時間がなかった。しかもほぼ半日しか一緒にいることができなかったのだ。
それなのに、ここまでイリスの存在が大きくなるなんて、人の出逢いや想いは本当に何が起こるか分からない。改めて深く感動が生まれた。
「ヒ、ヒ、ヒロユキさんッ!?」
勢いよく開かれたドアから飛び出してきたのは、焦っているのかメガネがずれたサンマルクさんだった。よほど慌てているのか、声も裏返っている。
「ど、どうしたんですか?」
「どうしたもへちまもありませんっ!! このステータスいったい何事ですか!?」
入ってきた勢いのまま、つんのめるように椅子に座りこんできたサンマルクさんは、持ってきたウインドウを広げて見せる。
小さく揺れる机をさり気なく押さえながら、ウインドウは持ち運びもできるんだな、と場違いな感想を抱いていた。
「こんな数値、人間じゃありませんよ! 伝説の冒険者……英雄、軍神とも呼ばれた初代アスガルディア皇を遥かに上回るこの数値……ありえません……」
半ば涙ぐみながらの言葉に、申し訳ない気持ちが生まれる。だが、どうしようもできないので、視線を逸らすようにウインドウに目を落とした。
【体力】253646116587 評価:Ex
【筋力】233946215428 評価:Ex
【智力】198185664825 評価:Ex
【敏捷】245454987456 評価:Ex
【器用】227413279654 評価:Ex
【魔力含有】219025454125 評価:Ex
【魔力素質】242258641557 評価:Ex
【頑強】187412589961 評価:Ex
【耐性】231000542356 評価:Ex
【総合】250000000000 評価:Ex
「これは……確かに……ありえない数値だな」
隣で見ていたイリスも息を吐く。
僕の能力を既に知っていたはずだが、こうして改めて数値として確認してみると、感じるものがあるのだろう。
「これは、故障じゃないんですか?」
しかし、いつまでも呆けているわけにはいかない。僕としては登録をささっと済ませて、イリスとの時間を楽しみたい。
いや、それか、一緒に依頼を受けてファンタジーな世界を満喫するのもいいのかもしれない。この世界に触れていけば、僕のしたいことの実現方法が見えてくるかもしれないのだ。
「いや、故障はありえないはずです……」
「じゃあ、もしかしたら僕の体質的に、情報集合体結晶との魔力反発が起こって、上手く動作しなかったのかもしれませんね。僕が依然【分析】を受けた時には、この数値よりも桁数ははるかに少なかったですよ」
「魔力反発……これまで起こったことはないが……いや、だが、この数値を信じるよりは現実的か……」
嘘が入り混じった無理矢理のこじつけ感ある言い訳だが、サンマルクさんは「なるほど」と納得し始めていた。
信じられないことが起こった時には、それよりも多少現実的なヒントを出すことで、自分なりに納得できる答えを作ってくれるものだ。人間が自分の脳を守るための防衛機構だと、どこかで習った気がする。
「わかりました。この数値については調査をいたします」
幾分落ち着きを取り戻したサンマルクさんは、メガネのずれを直しながら高級そうなハンカチで汗を拭っていた。ギルド職員って結構儲かる仕事なのかもしれない。
「調査ということは、それが終わるまで登録はできないんですか?」
「いえいえ。登録自体はすでに終わっていますし、銀行口座の作成も完了しております。ギルドがあなたのステータスを参考にすることが出来ないだけですので、冒険者としての活動は始めることができます。そうですね、では早速説明を再開しましょうか」
さすがプロだ。すでに落ち着いた声色と表情を取り戻していた。
一切のぶれなく、慣れた手つきで机の上に置かれてあった小型の装置を操作し始める。一見、黒いペンケースのような装置の先端が、サンマルクさんが手を触れたことにより、輝き始めた。
「それでは、これから試行依頼を始めたいと思います」
「試行依頼?」
「ええ。冒険者ギルドでの活動を、実際の依頼を通して学んでもらおうというものです。
こちらでいくつか【入門階級】の方でも達成可能な依頼を選別しております。その中から一つ選び、ギルド職員と一緒に試行してもらうわけです」
なるほど。まさにゲーム等の序盤であるチュートリアルをリアルに実践するわけだな。
一人うんうんと納得している間に、サンマルクさんは机上の装置からいくつかのウインドウを表示させていた。
「こちらは、情報集合体結晶と直結している魔法具――携帯式依頼掲示板です。ホールにあった依頼掲示板の個人用ですね。
依頼掲示板に表示されているのは、表示限界数の都合で全依頼のうちの一部でしかありません。詳細や掲載されていない依頼について確認等必要なときは、携帯式依頼掲示板がロビーにいくつか置かれてありますので、依頼受注の際にはぜひご活用ください」
そういえば、全世界の情報を管理できていると言っていたな。そう考えれば、あのだだっ広いホールの掲示板であっても、表示できるのは一部しか無理だというのも納得できる。
ちなみに『魔法具』とは、魔法元素結晶を核に作られた、魔力を動力にしている道具の総称だ。ランプや掃除器具等の生活用品から、剣や鎧などの武具まで、その種類は多様だ。
しかし、このギルドに存在するいくつもの魔法具は、世間の文明レベルを遥かに凌駕している。むしろ僕のいた世界水準で考えても、高度な技術レベルと言えるのではないだろうか。どこかアンバランスさを感じる世界だ。
「この携帯式依頼掲示板は、なかなか高機能でしてね。いろいろな検索条件を設定することができるんです。今回はその検索機能を駆使し、最適な依頼を三つピックアップしました」
そう言って表示された三つのウインドウを、僕たちに提示してきた。
さっと目を通してみると、なるほど、結構詳細に依頼情報が書かれている。依頼の表示についてはテンプレートが決められているようだが、それが結構センス良い。それだけでワクワクを感じるのは、僕がデジタル好きだからだろうか。
提示された依頼は三つ。
順にタイトルを読むと、【食材集め】、【シャノワールの散歩】、【害虫駆除】とある。
食材集めは、【陽だまり亭】というレストランのシェフからの依頼で、近郊の草原に生息する【マテタケ】と呼ばれるキノコを採集してきてほしいという内容だ。
シャノワールとは、この世界でペットとして愛される愛玩動物だ。見た目はちょっと体格の良い黒猫で、元の世界同様猫らしい気まぐれさをもっている。ただ、一つ大きく異なっているのが、背中に羽が生えていることだ。めったに飛ぶことはないが、時々優雅に舞っていたりもする。
害虫駆除では、アリントと呼ばれる害虫を一定数駆除することが求められる。アリントは、一言でいえば体長三十センチ程のアリだ。しかし、元の世界にいるアリほどの咀嚼力があるわけではない。人畜にはほとんど無害だが、農作物には結構な被害を与えるため、定期的な駆除が必要と言われていた。
ちなみにこれらの知識は、依頼を解説してくれたサンマルクさんの受け売りだ。
「どれがいいのかなぁ……」
こう見えて、僕は結構優柔不断だ。他の誰かの何かを決める時には結構良い感じな判断でビシバシ決断していけるのだけれども、自分に絡むことになるとなぜか決めてを欠いてしまう。今回もその悪い部分が出てしまっていた。
「ヒロユキ、アリントは結構えぐいぞ」
これまで静観を決め込んでいたイリスがぽつりと漏らす。聞けばどうやら、アリントと呼ばれる害虫は外観が気持ち悪い――そもそも僕は虫は大の苦手だった。小さな虫でも心の底から嫌悪感と不快感が湧き出てくるのだ――だけでなく、死体が発生させる匂いがかなりキツイそうだ。
うむ。この選択肢は確実に除去だ。
「んじゃあ、僕はどちらかというと猫より犬派だから、こっちの食材集めにしようか」
巷では猫こそ正義みたいな風潮だが、敢えて言おう。犬こそ至高にて究極の愛玩動物だと。犬可愛いよ。
「分かりました。実際には依頼受け付けカウンターでどの依頼を受けたいかをお伝えいただくことになるのですが、今回は試行依頼ですので、こちらで受付をさせていただきますね」
そう言って、表示されていたウインドウのうち食材集めのウインドウだけを残し、他のウインドウを消したサンマルクさんは、ぱぱっと慣れた手つきでウインドウを操作した。すぐに少し暖かみのある電子音が響いた。
「はい、これで受託完了です。確認のために、個体識別情報票を出していただけますか?」
指示されたとおり、個体識別情報票を取り出す。もうこの操作には慣れたもので、軽く意識するだけでぽんと出せるようになった。これだけでも結構快感だったりする。
「では、新しくギルドのページが出来ていると思いますので、それを開いて貰えますか? そう、そこです」
「おっ、これは?」
新しく【ギルド】というページが出来ており、そこを開いてみる。ウインドウの左側には依頼履歴、討伐魔物、採集物、獲得素材等々いろいろな項目があり、ウインドウ中央にはパソコンのログのように『冒険者ギルド登録』、『【食材集め】受託』と列に並んで表示されていた。
何気なしに【食材集め】という文字に意識がいったのか、新たなウインドウがポップアップし、先程見た依頼内容がそのまま映し出される。
【食材集め】
依頼主:【陽だまり亭】オーナー兼シェフ レミー
概要:新しい料理に挑戦するため、マテタケを最低10本以上採集を希望。
最大50本まで別途買い取り。
期日:光花の季 28日
報酬:マテタケ1本につき1,000J~5,000J
幻のマテタケの場合、1本につき100,000J~500,000J
備考:マテタケの生息地には角ワイボアーが住み着きやすいので注意が必要
改めて見てみると、この『幻のマテタケ』が凄く気になるな。
ちなみに『J』とは『Juno』の略称で、この世界の通貨の名称だ。紙幣ではなく金貨、銀貨、銅貨等の硬貨が貨幣として扱われている。
アヤに相場を確認したところ、1Jは1円くらいの価値だろうと考えている。そもそも世界が異なるため比較に意味はないのかもしれないが、金銭感覚が大きくずれる心配はなくなったので一安心したものだ。
「このように、ギルドでの情報は情報集合体結晶と情報共有結晶体の力であなたの個体識別情報票と結びついています。
こちらからの緊急連絡は個体識別情報票を通して行うことが出来ますし、依頼の達成状況や進捗状況も記録として残すことが出来るのです」
「達成状況や進捗状況?」
「ええ。たとえば先程の『害虫駆除』という依頼の場合、『アリントを100匹駆除する』という成功条件が課されるとします。その場合、アリントの死骸を全て集めることは難しいでしょう。
かと言って、冒険者の方の言葉だけでの証明も難しい。
その時、個体識別情報票を見ることで確実な数字が明確に把握できるわけです。ギルドの魔法具はいかなる魔術、スキルの効果も無効化しますからね。偽装は不可能なわけです」
「それは凄いですね。でも、どうやって個体識別情報票に正確な数字を残すことが出来るんだろうね」
「それは神の力をもってですよ」
最後は独り言のような言葉だったが、サンマルクさんはさも当然のように答えた。
改めて思うが、この世界はとにかく神の存在と力が身近で、明瞭で、当然だ。
魔法をはじめとする僕からすれば摩訶不思議な現象全てが、当たり前のように『神の力』で片付けられる。
いや、逆に神の力がここまで明確に見えるからこそ、不思議が不思議でなくなるのか。以前であればゲームやマンガかよ、と思う出来事や状況も、この世界ではそれが当たり前なんだと思えるようになってきていた。
何はともあれ、そんな世界にだいぶ慣れてきている自分が、少し笑えた。
「では、依頼の受託が終わりました。本来であれば、ここから依頼達成に向けての行動を取って頂くことになります――が」
「が?」
「何度も言いますが、今回は試行依頼です。ギルド職員が同行させていただくことになりますので、一度ホールに行きましょうか。手の空いている職員がいればいいのですが、もしいなければ申し訳ありませんが後日お越し頂くことになります」
「マジですか。それは……困るなぁ」
正直、ここまで気分が盛り上がっているのに『マテ』をかけられるのは、キツイものがある。
「申し訳ありません。なにぶん、ギルド職員といえども全ての職員が冒険者というわけではありませんので……」
本当に申し訳なさそうな顔で、ホールまで案内される。
来た時に比べ、ホールにいる人の数は多くなっているようだった。
歴戦の戦士だろう風貌の男が厳しい視線を掲示板に向けている。兎耳のローブを羽織った女性は魔法を得意としていそうだ。サンマルクさんからギルドの説明を聞いた後だからだろう、見る人全てが格好良く見える。
そんな連中の中でも視線をこちらに向けた者がかすかにざわめき立つ。そのざわめきはさざ波のように拡がった。視線の先にいるのは、僕ではなくイリス。彼女の可憐さや纏う雰囲気は、どうやらこの世界でも特別らしい。
そんな女の子の隣に立っているという事実が嬉しくもあり、同時に注目を集めさせる場に連れてきてしまったことを申し訳なく思う。
「ごめんね、イリス。なんか僕の都合に合わせて貰って……」
「何を謝っているのだ、ヒロユキ? わたしはおまえと一緒にいるだけで、心が躍るように楽しいぞ。だから謝る必要はない」
「イリス……」
なんて可愛らしいことを言ってくれるのだろう。
人目を気にせず思わず抱きしめたくなる。が、ダメだ。そんなことをしたら、どんな残酷な結果が待っているのか、想像することすら恐ろしい。
血の滲む鉄の意志で己の心を律する。そんな厳しい闘いは、難しい顔をしてサンマルクさんが戻ってくるまで続いた。
「すみません。ちょっと今日は行けそうな職員がいないので、難しいですね……」
「そうですか……それは、仕方ないですね……ちなみに、僕たちだけで行くっていうのは――」
「申し訳ありません。規則でそれは禁止されておりまして」
ダメ元で聞いてみるが、やはりダメだった。
ここまで来るともう諦めるしかないのかなぁ、と考えた時、ホールの入り口に歓声が起こった。
るほど。《索敵》は相手に気づかれるのか。となると、《神智》や《鑑定》等、自分以外に影響を与えるスキルや魔法は感知されると考えた方がいいのかな。
ヒットした彼らは進行速度を下げ、こちらに向かっているようだ。迎え撃つかどうかを考えながら、《神識》――《神智》により得た神々がつくる知識のデーターベース――を検索し、スキルの使用を感知されない方法を探り、実践。予想通りスキルを獲得できた。
――《隠蔽》スキルを獲得しました。
逆に、相手がスキルを使用した時には既に獲得している《感知》スキルが察知してくれるようだ。一般的には【魔力感知】や【技術感知】スキルという魔力使用を察知するスキル、スキル使用を察知するスキルがあるが、【感知】はそれらを統合しているようで使い勝手が良い。つまり今回は、相手の誰かに【感知】系のスキル持ちがいたというわけか。
うーん、この調子だとスキルの数や使い方は想像以上に多様なのかもしれない。
まあ、それは今は置いておこうか。
丘を登りきったようで、彼らの姿が見えた。わずか数キロくらいなら、【千里眼】を使わなくても視認できる。相変わらずふざけた身体能力だと苦笑いをつい浮かべつつ、彼らの姿を確認する。
敵対するつもりがないのか、存在を認識されていると開き直ったのか、あるいはその両方か。彼らは堂々と姿を晒しながらこちらに向かってきていた。
視界の中にそんなものはない。どうしたものかと、とりあえずステータスが見たいと思ってみる。
――スキル《ステータス》を獲得しました。
――スキル《開示》を獲得しました。
――スキル《鑑定》を獲得しました。
瞬間、澄んだ鈴の音、そしてそのお淑やかな女の人って感じのキレイな声が脳裏に響く。同時に目の前に近未来ものの映画やマンガでよく出てくるような半透明のウインドウが現れた。
――スキル《ステータス》を獲得しました。
――スキル《開示》を獲得しました。
――スキル《鑑定》を獲得しました。