026. 登 録
案内されたところは先程の小部屋よりもずいぶんと大きく、魔法元素結晶に囲まれた部屋だった。部屋中のそれに膨大な魔力が流れているのが視認出来る。
部屋の中央には三メートルは優に超えていそうな直方体の魔法元素結晶が鎮座していた。
その前には一メートルくらいの大理石のような白い石で出来た台座がある。
「これが、冒険者ギルドの情報集合体結晶と情報共有結晶体の魔法具です。
ここに蓄積された、冒険者や依頼の情報は情報共有結晶体により、全世界の冒険者ギルドや冒険者達個人の個体識別情報票と共有されることができます」
ネットワークにデーターベースとは、ここに来ていきなりの超科学なワードが並べられてきた。
「簡単に説明をしますと、この情報集合体結晶に登録された情報は全世界の冒険者ギルドで共有することが出来ます。ですので、どこの冒険者ギルドに行ってもあなた方の冒険者としての実績等は参照することが出来ますし、ご自分の個体識別情報票にも同様の情報が自動的に記載されていくことになります。今どのような依頼を受けているかも、個体識別情報票を見れば簡単に把握することができるわけです。
また、これらの結晶を用いることで依頼の受け方も柔軟に対応することが出来るようになります。
依頼の受け方は基本的に二通りあり、一つはギルドからの直接依頼となります。これまでの実績等を勘案し適切な冒険者と依頼を結びつけるコーディネーターとしての役割が我々ギルドの仕事となりますからね。
もう一つの受け方の方法が、依頼掲示板に張り出された依頼の受託申込みです。ホールに流れていたあの数々のウインドウが依頼掲示板となっております。そこに流れる依頼は原則どなたでも受託することが出来ますので、ご自分のランクにあった依頼を選び、受付カウンターまで申請して頂ければ申込完了となるわけです。ここまででご質問はありますか?」
言いよどむことなく説明している姿は、まさにベテランのそれであった。かけている眼鏡がどこか輝いて見えた。
「その依頼っていうのは、一個の依頼を達成するまで次の依頼を受けることはできないんですか?」
「いえ、現実的に達成できそうな範囲であれば何個受けてもオッケーです。ただ、依頼には期日が設けられていることがほとんどですので、受けすぎて達成不能に陥ったということがないように気をつけてください」
確かにそれは借金を抱えるようでイヤな感じがする。依頼を多数抱えてしまうと借金も抱えてしまうリスクが高まるわけだ。なるべく確実にいきたいけれど、所属費を考えたらなるべく早めにCランクにはなっておきたいところだ。
「先程も申しましたが、基本的に依頼掲示板に張り出された依頼は誰でも受けることが出来ます。ですので推薦依頼や個別依頼でない限り、冒険者同士の依頼のブッキングが起こることもあります。
その場合は、この情報集合体結晶と情報共有結晶体の魔法具によって、個人の個体識別情報票に情報が記載されますので参考にしてください。
基本的に最初に依頼を達成した人が報酬を得る権利を有しますので、もし他の誰かが自分の請け負った依頼を達成した場合は、個体識別情報票に情報をお送りします。ただ、採取系や討伐系の依頼であれば、先を越されたとしても素材はこちらで買い取ることも出来ますのでご利用ください」
「なるほど。そうやって、一人が依頼を独り占めすることを防いだり、競い合うことでの早期の解決を目指すわけですね」
「ええ。しかし、たとえば『家の掃除を頼みたい』といった複数の冒険者が入ることが難しい個別依頼や、『○○さんに絶対お願いしたい!』という推薦依頼の場合は、ブッキングが起こらないように一人にしか依頼がいかないようにします。まぁ、推薦依頼はこちらの判断でその人以外でも可能と判断した場合は、通常依頼に変更しますけどね」
確かに自分の依頼を絶対に達成してもらいたいという思いで、上位の冒険者に委託したくなる気持ちは分かる。
しかし、それだとその人ばかりに依頼が集中してしまって、結局回らなくなってしまうということなんだろうな。
「最後に依頼の結果報告ですが、どの都市の冒険者ギルドで報告していただいても構いません。たとえばここ、皇都の冒険者ギルドで受けた依頼結果の報告を他の冒険者ギルド、たとえば南のアシタバの街にある冒険者ギルドで報告して頂いても決済は出来ますのでご安心ください。
情報共有結晶体を通して各地の情報集合体結晶に依頼情報も集積されますからね。ですので依頼掲示板に表示される依頼は基本的にそこのギルドに申請された依頼が中心ですが、ご希望であれば各地の依頼も表示させることは出来ます。
ここまででご不明な点はありますか?」
「いえ、大丈夫です」
「それでは、そろそろ登録にうつりたいと思います」
サンマルクさんの見かけによらず逞しい手が、白い台座に触れる。ヴォンというノイズが一瞬響き、いくつかのウインドウが台座の上に出現した。
慣れた手つきでウインドウを操作していると、台座が淡く光り始めた。
「はい、準備が整いました。この台座の上に手を載せてくだされば登録となります」
「こ、これは?」
「あなたの情報を情報集合体結晶に登録するのです。そうすることにより依頼情報を共有したり、ギルドからの連絡を受信することが可能となります。ただ、登録の際にはあなたの個人情報も一緒に登録されることになりますのでご了承ください」
「個人情報、ですか?」
「ええ。現時点での氏名、年齢、種族、職業、能力は強制登録となります。一度登録されますと、次回以降は簡易登録機を用い情報の上書きが可能となります。これらの情報はギルドからの依頼依頼にも参考にされますから、冒険者のみなさんは、依頼達成時に再登録されているようですね」
現代日本の個人情報を必要以上に守ろうとする風潮からは、とても考えられないやり方だ。
まぁ、郷に入りては郷に従えという言葉もあるし、名前や年齢を知られたところで特には気にならない。問題となるのは僕の異常とも言える能力がどのように受け止められるか、だ。
少し逡巡し、すぐに結論は出た。
まぁいっか、だ。
この不思議な能力がどう人に影響を与えるのかまでは分からないけれど、うじうじ隠していて必要な時に使えないのであれば意味がない。
要は、イリスを護れるかどうか、自分の信念を裏切らないでいれるかどうかが肝要なだけで、それ以外は取るに足らないことなのだ。
そもそも、隠し通せるものではないと思うし、もしそれが原因で疎外されたとしても、それは寂しいけれど、まぁ耐えられないものでもない。僕にはイリスやアヤがいるから大丈夫だ。
つまり、僕のこの世界の行動指針としては、積極的に目立っていくつもりはないけれど、必要以上に隠すこともしない。自然体でいくことに、この一週間で決めていた。
「どんなに能力が低くても、登録は可能ですのでご安心ください。それに新規登録者でご希望の方には、研修も準備しております」
「あ、そうなんですね」
僕の沈黙をどう誤解したのか、フォローしてくれるように優しい言葉をかけてくれた。あえて解明する必要もないので、そのまま聞き流すことにする。
「それと、もしご希望があれば獲得しているスキルや称号等も登録することができます。冒険者に限らず闘いを生業とする者にとって、自分のスキルの情報は何より大切な情報で出来うる限り秘匿しておきたいものであることは分かりますが、スキルがあることにより新しい依頼につながることもあります。が、こちらはあくまでも任意ですね」
なるほど。スキルとはそれほど大仰しいものだったわけだ。
ただ、考えてみると、確かにスキルの有無で特別な力を得るかどうかが変わるとなれば、それは大きな武器だろう。能力だけで決まるわけではないことは、この一週間で痛いほど理解していた。
「後は登録後に、実際に体験していきながらの話になりますね。準備はよろしいでしょうか?」
言外に『覚悟は出来ているのか』と匂わせるような言葉。
もちろん、出来ている。正直、わくわくが止まらない。夢にまで見た、まるでゲームの世界の主人公のような状況に、胸が躍らないわけがなかった。
「大丈夫です」
「よろしいでしょう。一度登録を始めれば、指示は全て情報集合体結晶が出すウインドウに記載されています。そのウインドウは自動的に【防壁】の魔術効果がかかっていますのでご安心ください。それでは、どうぞ」
腕を拡げ誘導してくれるサンマルクさんに自信をもって答え、イリスと目線を軽く合わせる。彼女の意志の光を強く輝かせる瞳が笑みの形をつくり、頷いてくれた。
軽く頷き返し、淡く光る台座の上に手を載せる。
瞬間。
波が身体の内側を通り抜けた。喩えるなら、身体の内側からCTスキャンを受けているようなものか。おそらく魔力の波が、僕の身体を隅から隅までスキャンしたのだろう。
「おっ」
特に不快な感覚があったわけではなかったが、数秒でその波は薄れていき、消えた。入れ替わるように、目の前にウインドウがポップアップされた。
『個体走査終了しました』とアナウンスされたウインドウをタッチすると、次のウインドウに切り替わった。そこには『登録するスキルを選択してください』という一文と、いくつものスキルが羅列されている。スキル名の隣には四角いチェック欄があった。おそらくチェックしたものを登録することになるのだろう。
改めてこの一週間で自分が獲得しているスキルを眺める。
うん、改めて見ても半端ない。
【成長補正】、【精神適応】、【暫定未来予知】、【言語理解】、【分析】レベルⅩ、【感知】レベルⅩ、【解析】レベルⅩ、【鑑定】レベルⅩ、【防壁】レベルⅩ、【情報開示】、【夜目】レベルⅩ、【索敵】レベルⅩ、【耐性】レベルⅩ、【体術】レベルⅩ、【拳打】レベルⅩ、【蹴撃】レベルⅩ、【剣術】レベルⅩ、【弓術】レベルⅢ、【槍術】レベルⅠ、【投擲】レベルⅤ、【神駆】、【跳躍】、【疾駆】、【隠密】レベルⅩ、【無尽躍動】、【創造物質化】、【魔力感知】、【無詠唱】、エトセトラ…
こうしてみると、戦闘系に特化したスキルの獲得状況だ。料理や掃除等、日常生活に役立ちそうなものはほとんどない。
この一週間、料理をつくったり掃除したり洗濯したり、いろいろと家事に勤しんできたがスキル獲得までには至らなかった。戦闘関係のスキルは簡単に獲得できていたから、もしかしてという淡い期待があったのだが、それは見事に裏切られてしまったわけだ。
このことについてアヤと話し合った結果、おそらく僕自身のモチベーションの差ではないかという結論に至った。確かに、料理や掃除は面白くないし、やりたいとも思わない。それが深層心理にあるのだろう、やる気出してやるぞーと思い込みながらトライしても獲得は無理だった。なくて困るものでもないので、特に気にならないけどね。
ちなみにレベル表記のあるスキルがあるが、このレベルは本来はほとんどあがらないものらしい。
しかし、僕の【成長補正】スキルは簡単に常識を打ち砕く。アヤとの修行の中でどんどんあがっていった。それが面白くて獲得したものからどんどんマスターしていった結果が、このスキルだ。
まぁ、これらのスキルや能力を未だ使いこなせているとは言い難いのが現状だ。
「これは……すごいな」
どれを登録するべきかを相談しようと思い、僕のスキル情報をイリスにも見えるように出す。そのウインドウを見ていたイリスが、ほぅとため息を吐いた。
「だが、これをそのまま全て登録するのは止めた方がいいな」
「そりゃそうだよね」
改めて言おう。僕の力については、必死に隠すようなことをするつもりはない。けれど、積極的に目立っていくつもりもない。避けられる面倒ごとは避けていきたいのが本音だ。面倒ごとに巻き込まれたら、折角のイリスとの時間が失われてしまうかもしれない。そんなのは嫌だ。
「じゃあ、このあたりかな?」
「うむ。そのあたりが妥当だろう」
サンマルクさんに聞こえないように小声で相談しあった結果、【鑑定】と【防壁】と【無尽躍動】だけにチェックを入れることにした。
スキルレベルで騒がれるかもしれないが、このスキル情報でもしかしたらギルドランクの昇級が早くなるかもしれないという期待がある。メリットとデメリットを比較してもプラマイゼロだろう。
チェックを終え、OKボタンを押すと、今度は称号の登録画面となった。称号は一切チェックを入れずに手続きを進める。僕の称号はどれも色々な意味で危険な香りを秘めているからだ。
「終わりましたよ」
「お疲れ様でした。この登録情報で銀行口座も作成しますので、しばらくお待ちください」
最初の部屋に再び案内される。
部屋に向かって歩いている最中、これでついに僕も冒険者かという実感がわいてきた。
今更ながらにドキドキとわくわくで胸が高鳴ったのだ。
うーん…あと少しで説明回から脱却できそうです。