025. 冒険者ギルド
白い階段を登り、古代ギリシャの神殿のようないくつもの円柱で造られた入り口に入り込む。
緑と金で縁取りされた赤い絨毯が敷き詰められた通路を進むと、大きなホールに出た。中央に鎮座する巨大な人物像の彫刻が出迎えてくれる。
大きな剣を天に向かって突き上げた精悍な男の像だ。像の下には『世界で最初の冒険者ジョースター・クラフト』と刻印されていた。
高い天井には豪勢なシャンデリア。
広いホールを取り囲む壁面の天井に近い位置にあるいくつもの絢爛なステンドグラスが、外の光を鮮やかに彩り降り注がせている。
その下の壁面は、まるで巨大な電光掲示板のようになっている。上部には横長に枠が取られており、そこに新着の依頼や緊急の依頼といったタイトルでいくつかのメッセージが一行ニュースのように横に流れていた。
その下には無数のウインドウが表示されている。
古い建築技術と近未来なホログラムがアンバランスに混在する光景は、しかし一種の神聖な作業所のようだった。印象としては証券取引所や国際空港のターミナルだ。
「ここがギルド……凄いな」
ホール内にはたくさんの人がいた。
多くはウインドウ群の前でそれを眺めている戦装束の人たちだが、中には職人っぽい人や商人っぽい人、果てには貴族っぽい人などいろいろな人がいる。
いくつかのブースに分かれているそれぞれのカウンターには、このギルドの職員だろう統一された制服の人たちがいた。
「ヒロユキ、どうやらあっちが入会受付らしいぞ」
イリスが指さす方を見れば『冒険者総合受付カウンター』という看板に、小さく入会、依頼受託、依頼報告はこちらにと書かれていた。
その看板の下には、十を超えるカウンターが置かれており、それぞれのカウンターに職員が配置されていた。いくつかのカウンターでは、冒険者らしき人たちと職員が話をしている。
ちなみに、他にも『依頼申請カウンター』や『素材買取カウンター』、『苦情受付カウンター』など様々なブースがあったが、とりあえず今は関係ないだろう。
「お、おう……行くか」
客のいないカウンターに狙いを定め近寄っていく。
カウンターの中にいる眼鏡をかけた中年の男性職員はまだこちらに気づいていないのか、ごそごそと書類を漁っていた。
僕は、買い物する時の店員さんに声を掛けるタイミングなど、すごく緊張してしまうタイプだ。一度話しかければガンガン話は進むけれども、それまでは嫌な汗が出まくってしまう。
今回もご多分に漏れず、おどおどと声をかける羽目になってしまった。
「あ、あのぉ、す、すみません……」
「あ、はい。本日はどうなされましたか?」
僕の自信なさげな声に対して、職員はさすが皇都のギルドと思わせる反応だった。
眼鏡のずれをさり気なく直しながらのスマイル。安心感と信頼感を与えてくれる笑顔だ。
「実は、ギルドに入会したいのですが……」
「入会希望ですね? 紹介状等はお持ちですか?」
「しょ、紹介状ですか? ちょっと、そういうのは持っていません……」
「分かりました。それでは、こちらへどうぞ」
そう言って席を立った職員さんの誘導に従い、『第八相談室』とプレートが掲げられている個室に入った。
小さな部屋の中には、いくつかの本棚と木製のテーブルとイスが四つあるだけだった。机の端に花鉢が置いてあったり、壁に風景画が飾られていたりと、殺風景な部屋にならないような工夫もなされていた。
「おかけになってください」
ドアから遠い席に案内され、すみませんと断ってから腰をかける。この世界にも上座下座があるのかと、ふと思った。
「それでは、これから入会の手続きを始めたいと思います。本日担当させて頂く、サンマルクです。よろしくお願いしますね」
「あ、お願いします。僕はヒロユキといいます。えっと、こちらが――」
「イリスと申します。よろしくお願いいたします」
第二皇姫としての存在を積極的に公開していないらしいから、本名を伝えても良いものなのかどうか迷う。その一瞬の逡巡を汲み取ってくれたイリスが、自分から紹介をしてくれた。
「ほぅ、第二皇姫と同じお名前なんですね。第二皇姫もお美しい方と噂されていますが、あなたも相当なものだ。彼が羨ましいですな」
うっはっは、と朗らかに笑いながらのコメントに苦笑いする。多分こちらの緊張をほぐしてくれようという目的のトークなのだろうが、この話題をこのまま続けることは不味い気もするので、先を促す。
「ごほん。それでは、まず冒険者ギルドについてご存じでしょうか?」
「えっと、冒険者の互助組織という風に聞いていますが……」
「ええ、その認識で間違いないですよ。世界に眠る様々な遺跡、幻獣、謎に財宝。稀少な存在を追い求める冒険者の互助組織です。
ギルドに所属すると、ランクに応じてではありますが税金やアイテム、宿代等の割引、旅や冒険に欠かせない各種サービスなどの恩恵を受けることが出来ます。そして何よりギルドに所属しているという絶対的な信頼を得ることが出来るのです。
一方でギルドが斡旋する依頼を受けいただくことになりますが、もちろんこれらにはリスクや難易度に応じた報酬が支払われることになりますのでご安心ください」
サンマルクさんは机の下からごそごそと何やら冊子のようなものを取り出し、ぱらぱらとページをめくる。
「詳細についてはこの冊子を見て頂くとして、ギルド加入時説明義務のある部分だけを掻い摘まんでご説明しますね」
「あ、はい。よろしくお願いします」
「まず、冒険者は世界の謎を紐解く挑戦者ですが、そのアプローチ方法は誰にも縛られることはありません。己の信念に従い、様々な方法で世界に挑み続ければよいのです。
冒険者ギルドはそんな冒険者を支援する機関となりますが、Cランク未満の冒険者にはギルド所属費をお支払いして頂くことになります」
「Cランク?」
「ええ。冒険者ギルドでは、冒険者をその能力、経験値、信頼度等様々な観点からランク付けしています。
ランクは下から【入門階級】、【徒弟階級】、【一般階級】、【熟練階級】、【最精鋭階級】、【至高階級】の六段階あり、通常はそれぞれ頭文字をとり「Eランク」、「Dランク」、「Cランク」、「Bランク」、「Aランク」、「Sランク」と呼ばれています。
それぞれのランクにより受けられる恩恵は異なっており、昇級試験の突破かギルドマスターによる推薦で昇級となります。なお紹介状がない場合、Eランクからのスタートとなりますのでご了承ください」
「Cランク未満ということは、Dランク、Eランクだと会費というかギルド所属費っていうのを支払わないとダメってことですよね?」
「ええ、そうなります。ギルドに所属されることで税金等の公費支払いは免除されますからね。そこに充てられるというわけです。しかし、この所属費が結構高いんです……」
再び冊子をめくり、ギルド所属費に関することが記載されているページが開かれる。そこには、月々に支払わなければならないギルド所属費が、結構な金額で書かれてた。
申し訳なさそうに、厳しい現実を突きつけてくるサンマルクさん。ギルドの運営がどれほど大変かは分からないが、この施設を見るだけで運営費が安くないことは想像に難くない。さらにギルド所属員の税金等までを負担するとなると、やはり運営費は結構必要なんだろう。
「それは困ったな……」
「でも、ご安心ください。そんな人のためにあるのが依頼です」
「依頼ですか? そういえばさっきの話の中にも出てきていましたね」
「冒険者ギルドには様々な依頼がきます。もうそれは探し物や夫婦喧嘩の仲裁から魔獣の討伐や遺跡の発掘まで多種多様なものがわんさかです。
なぜ冒険者達のギルドなのに、そんな何でも屋みたいなことをしているのか不思議ではありませんか?」
イリスと顔を見合わせる。確かに、それはおかしな話だ。
魔獣の討伐などは分からなくもないが、夫婦喧嘩の仲裁と世界の謎を解くことにどんなつながりがあるというのだろうか。
僕たちの疑問顔に満足したのか、サンマルクさんは揚々と頷き説明を再開した。
「世界の秘密を紐解く謎は、世界中に満ちているからです。もしかしたら、どこぞの夫婦喧嘩が古代文明の遺物の影響という可能性はゼロではないのですよ。まぁ、さすがにそんなことは滅多には起こりませんがね。
ですが、可能性がある限り冒険者ギルドは、ありとあらゆる依頼を受け付けているのです。もちろん犯罪行為となる依頼は受け付けできませんけどね」
「なるほど……」
「さて。話を元に戻しますが、冒険者ギルドではギルドが斡旋する依頼を受けて頂くことで、ギルド所属費の代替としています。依頼の難易度によって、一月にどれだけの依頼を受託しなければならないかは変わってきますが、規定数こなせばギルド所属費を支払う必要はありません。
さらには、依頼の成功報酬も全額ではありませんが別途出ますので、この方法を取ることがCランク未満の方にはオススメですね」
つまりは、冒険者ギルドに所属するためには、月々ギルド所属費を支払うか規定数の依頼を受けるか、Cランク以上の冒険者にならなければならないというわけか。
【一般階級】と呼ばれていることからも、どうやらCランクに到達して初めて「一人前」なんだろう。
「その通りです。基本的にギルドに加入された皆さんは、依頼を熟しながらCランクを目指されているようです。むしろある意味、熟練の機会を設けるためにあらゆる依頼を受託しているのが現在のギルドの方針と言っても過言ではありませんね。
なお、規定数の依頼をこなせなかったりギルド所属費を支払うことが出来なかった場合、強制的にギルドを脱退することとなります。この場合、一年間以上の入会禁止処分となります。
もし、一度それが原因で脱退処分となり、再度同じ理由で脱退を余儀なくされた場合、除籍となり原則二度と冒険者ギルドへの加入は不可能となりますので、お気をつけください」
「分かりました」
強制脱退に除籍処分とは、Cランク以下の冒険者にとっては厳しい規則だ。しかし、それは逆に言えばCランク以上になったときの見返りが大きいことも意味しているのだろう。それに規定数の依頼をこなせば良いという救済もある以上、文句は言えないのかもしれない。
「それでは、もう少し依頼について説明していきたいと思います。依頼は国皇でも子どもでも対価さえ支払うことが出来れば誰でも申し込むことができます。そのため先程も申しましたが内容は多岐にわたっており、その難易度やリスクも様々です。
そこで冒険者ギルドでは、依頼に対して推奨冒険者ランクを設定することにしています。それを参考にご自分のランクと照らし合わせ依頼を受託してください」
「それは、例えばEランクの冒険者だったら、Eランクの依頼しか受けられないと言うことなんですか?」
「いえ、依頼に設定される推奨冒険者ランクは、あくまでも推奨です。ご自分が達成可能と判断されるのであれば、お受け頂いて全く構いません。ただし、依頼達成の失敗にはペナルティが存在します」
「ペナルティ、ですか?」
「はい。推奨ランクの依頼を受けての失敗であれば、違約金と賠償金として成功報酬の半額をお支払い頂くことになります。しかし、もしご自分の冒険者ランク以上の依頼を受けての失敗であれば、報酬の全額ないしは全額以上の罰金を支払って頂くことになります」
「ぜ、全額以上って……厳しいですね」
「そうですね。ただ、依頼者はいち早い問題の解決を望んでいることがほとんどですので、無茶な判断で引っかき回されたくないというのがこの罰則の設定につながっています。それに冒険者には、常に客観的な自己評価とそれによる判断が求められています。
進むべきか退くべきかを適切に見極められなければ、死に直結しますからね」
自分の力量を客観的に評価できるようになるためにも、この規定は必要ということか。
「依頼の推奨ランクっていうのはどうやって決まるんですか?」
「推奨ランクは、ギルド職員による事前調査の実施によって決定します。ですので、もしギルド側の事前調査に不備があり、推奨ランクとの乖離が生まれてしまっていた場合は、依頼達成を失敗してもこの罰則は発生しません。また成功した場合はギルドから補償金が支払われることになります」
事前調査というのがどんなものなのかは分からないが、こうして聞いてみるとギルド職員っていうのも冒険者並に力量が求められる仕事なんだろうな。
「依頼を達成した場合、成功報酬が支払われます。Cランク未満の方は仲介手数料とギルド所属費に充てる分を除いた額が支払われますし、Cランク以上の方は仲介手数料を除いた額が支払われることになります。
もちろん依頼遂行中に得た物品はご自分の物となりますので、それをお売り頂いても構いません」
「依頼遂行中に得た物品……って、どんな物が手に入るんですか?」
「それは依頼次第ですね。例えば、未開の地を調査するという依頼で、そこで遭遇した魔物や魔獣を倒し手に入れることができる素材などですかね。ちなみに魔物を解体し素材部位だけを持ち帰っても構いませんし、魔物の死体をギルドまで運んで来て頂けると有料で捌くこともできますよ。
これらの報酬は基本的に銀行振り込みとなりますが、ご希望であれば現金でのお支払いも可能となっております」
「ぎ、銀行!?」
思わず聞き返してしまう。この一週間のアヤとの話の中では出てこなかったキーワードだ。
銀行が僕の思った通りのものだとしたら、この世界の文明は想像以上に発展しているのかも知れない。
「ええ。もしかしてまだ銀行口座をもたれていないのですか?」
「実は……恥ずかしながら……」
こっそり隣に座るイリスを見遣ると、ごめんなさいと謝ってきた。どうやらイリスは銀行口座を持っているようだ。なら詳しい話は後でイリスに聞けば良いか。
「冒険者ギルドに加入される時に、銀行口座を持つことができるようになりますが、同時に申し込まれますか?」
「そんなこともできるんですね。よろしくお願いします」
「分かりました。それでは最後に、ギルド加入の恩恵についてですが……えっと、ここだここだ」
目的のページを見つけたのか、大きく冊子が開かれた。
そこに眼を落とすと、どうやらランク別の冒険者ギルドの特権が記載されているようだ。結構ランクによる差がある。EやDなどの下位ランクは割引程度の特典しかないが、ランクが上がるにつれ恩恵はとても大きくなっている。AやSになると個人がもつ力とは言えないくらいの特権が与えられるようだ。
これはこの国だけでなく世界規模で同一の特権が与えられるようだ。
この世界における冒険者の地位と信頼性の高さを窺い知ることが出来る。
厳しい条件があるにも関わらず多くの人が冒険者ギルドへの加入を目指す理由が分かる気がした。
「後は加入手続きや依頼の受け方くらいですかね? 休憩を挟みますか?」
「いや、僕は大丈夫ですけど、イリスは?」
「わたしも大丈夫だ」
「分かりました。では、これから加入手続きを始めたいと思いますので、着いてきてください」
冊子は差し上げますので必ず目を通しておいてくださいね、と念押しされながら冊子を受け取る。既に席を立っていたサンマルクさんに慌ててついて行くことになった。
完全なるテンプレ説明回。
こっからなんとかオリジナル色出していきたいものです…