024. 再 会
森を越え、草原を抜け、道なき道を走る。
立派な城壁が見え始めた頃には、世界が黄金色に染まっていた。日の出だ。
城郭や城、そして巨大樹≪生命と知恵の樹≫が朝日を浴び輝くその光景は、まさに幻想的だ。何度見ても心が痺れるくらい感動する。
皇都にだいぶ近づいてきたところで、整備された道を歩くことにする。
このまま直進的に東門を目指しても良いのだが、そんなことをしてまで目立ちたくない。結構良いペースで来られたらしく時間の余裕は結構ある。のんびりと街道を歩いても十分間に合いそうだ。
まだ時間が早いようで、街道に人の姿はほとんどなかった。歩きながら魔法で身体を清潔にさせ、服を変換する。
今回は人と会うということで清潔感、そして冒険者デビューということで動ける格好の二つの要素が必須だ。
そこで今回のチョイスはカーキ色のマウンテンパーカー風なアウターにボーダー柄のシャツ、ベージュのパンツといったアウトドアスタイルにした。旅人といえばマントだろうということで、一応マントも創ってみた。この世界に来た時の出で立ちをどこかに取り入れたかったため、パーカーの後ろには可愛らしいブタのロゴつけている。今の僕の恰好が受け入れられれば、いずれはこのロゴマークのついたブランドで世間を染めてみたいものだ。ブランド名も考えておかなければいけないな。
そんなアホなことを考えながら歩いていれば、待ち合わせ場所である東門の立派なアーチが見えてきた。
皇都の正門は東西南北に四つある門のうちの南門となるが、東門も落ち着いた芸術品のような門構えだ。アーチの端には門番の詰め所があり、どうやらそこで入都の手続きを行うようだ。空港の入国審査のようなものだろう。
約束の時間まではあと十五分ほどある。ここが待ち合わせの場所で間違いないはずだが、よく考えたらどんな人と待ち合わせるのか全く聞いていなかった。
とりあえず誰かを待ってそうな人でも探そうかと、城壁に背を持たれ周りを見渡す。
行商人のような数人の男達が、見張りの兵士たちにいろいろと質問を受けていた。その後ろに背の低い毛むくじゃらの男が身長と同じくらいごつい斧を背に負って待っている。さらに後ろには、頭に耳を生やし、ローブの裾から長いふわふわな尻尾を出している女性がいた。
おおっ、とつい目で追ってしまう。彼らが話に聞く獣人種や地人種か。
僕たち人類種と呼ばれる種族以外にも、この世界には多様な『ヒト』が存在していることは話に聞いていた。今見た獣人種や地人種もその一種だ。他にも竜人種、小人種、巨人種等々数多くの種が存在しほぼ共存している。人類種が大陸の内外によって肌の色や骨格に差があるように、それらの種の中でも多様性に富んでいる。
たとえば獣人種には、犬人族、猫人族、虎人族、狼人族等々様々な獣種がある。さっきの女性はおそらく狐人種だろう。
様々な種族が普通に存在し、生活を共にしている。まるで映画や漫画の世界に迷い込んだような、心が躍る光景だった。
そこで、やっと気づく。凄く懐かしく、心が暖まりほっとする陽だまりのような良いにおいがすぐそばからしていることに。
「すごいな。見違えたぞ、ヒロユキ」
「イ、イリス!?」
いつの間にか、隣に立っていた少女。この世界に来て初めて出逢い、僕の運命を変えた少女。強い意志と信念をもつ、素敵な笑顔の少女。その笑顔を取り戻し、守りたいと想う少女。わずか一日しか共に過ごしていないが、心の底から一番大切な存在だと言える少女――イリスが目の前にいた。
「纏う魔力の質が洗練されている。まるで神鷲のようだな」
突然の登場に戸惑っていた僕の腰にイリスが手を回す。僕の胸にイリスの額が落とされる。さらなる混乱が僕を襲うが、見下ろす彼女の肩が震えていることに気づいた瞬間、混乱や戸惑いは飛んでいった。
泣く子どもをあやすように、そっと彼女を抱きしめた。密着しているわけではないが、イリスのぬくもりが伝わってくるようだった。
「……すまない。ヒロユキが襲われたと聞いて……だが、わたしには何も出来なくて……」
「それはイリスが謝ることじゃないよ。僕が自分で選んだ道だから、後悔も不満も何もない。それにこうしてお互い無事なんだ。それでいいんじゃないかな?」
「だが、大変な想いをさせているだろう?」
「アヤも良くしてくれているし、修行は本当に楽しいし、むしろ感謝しているし……嬉しいんだ」
「しかし――っ!?」
これ以上イリスが負い目を感じる必要はない。それを伝えるために強く抱きしめる。
「助けるって約束しただろ。信じて任せてくれ。その……好きな女の子のために頑張るって、男の生きがいだと思うんだよ。僕に格好つけさせてくれないかな?」
おっさんが言うには恥ずかしすぎるセリフ。
だが、その恥じらいや照れをすべて押し込めて勇気を振り絞る。この世界に呼び出されたことを不安に思うことはあっても、一度も不満に思ったことはない。それをイリスに理解してほしかったし、そのことで負い目を感じてほしくなかった。
むしろ、イリスと出逢い、夢のような力を手に入れることができたのだ。感謝してもしつくせない。
「……ありがとう」
胸元からぽつりと聞こえた、ただ一つの言葉に、僕からもありがとうを返す。
彼女の小さな背中に回した手を少し緩める。しかし、僕の胴にまわっていたイリスの手が、力を強めた。まるで、離れないたくないかのように。
「……ヒロユキは≪生命と知恵の樹≫のように大きくて、暖かいのだな」
「え、いや……ありがと」
イリスは素直に直接的に自分の想慕をぶつけてくる。
それが魅力でありイリスらしいところでもあるが、直接な感情表現に僕は結構照れてしまうのだ。十五前後の少女に手玉に取られるおっさんというのも結構情けないものだなと感じつつ、その想慕が嬉しくもあった。
結局、道行く人のざわめきや好意的な野次が聞こえ始め、門番が迷惑そうにこちらを遠巻きにし始めたころ、初めて自分たちの置かれている状況――皇都の入口でおっさんと若い少女が抱き合っているという犯罪スレスレの状況を客観的に理解した。
慌てて、少し距離を置き、顔を見合わせ――どちらからともなく笑みがこぼれた。その間際、イリスが瞳を濡らしていた涙をそっと拭うのを、僕は気づかないふりをした。ここでさり気なくハンカチなどを出せれたら紳士なんだろうけれど、まだ僕には難しいようだ。
慌てて門番に入都許可証――アヤのところへ行く前に、アルテミス達が準備してくれていた皇家の保証が付いてくる許可証――を提示し、城門をくぐり抜ける。
「そ、そういえば、出てきて大丈夫なの?」
「うむ。姉様の、いや皆のお陰なのだ」
話によると、なんでもアスガルディア皇国の北にあるヤハエル神聖国家という国が何やら式典を開いたそうで、祝辞を携えた特使としてミチードが派遣されたらしい。
そのため彼は数日間はこの国を離れなければならなくなってしまったようだ。ミチードを特使に任命するに当たっては、アルテミスさんの暗躍があったそうだ。それを語る時のイリスは本当に嬉しそうだった。
「本当はこの機会になんとしても【神器】を発見したかったのだが……」
悔しそうに言い淀むイリス。どうやらそちら側はなかなか結果が出ていないようだ。
だが、帝王級魔術を扱う相手だ。隠蔽する魔法を駆使されていれば、発見は困難を極めるのかもしれない。見つからないのは仕方ないと言える。
イリスも信用できる者達で捜索チームを結成し、皇女としての役目をこなしながらも、空いた時間を使って様々な手段で探索しているようだ。
昨日から、ミチードのいない今がチャンスとばかりに多少強引な手段を取ろうとしていたようだが、アルテミスにより急遽ストップがかけられたようだ。
ここ一週間、イリスは必死に頑張りすぎていたようで、かえって周りに心配をかけてしまっているとのことだった。そのために今日一日は休養命令が出されたらしい。
他の人たちが一生懸命に頑張っている中、自分だけが休むことは出来ないと、最初はその決定に異議を唱えていたイリスだった。
しかし、姉の『このまま倒れたらどうするのか。休むことが皆の期待に応えることになるのです。ヒロユキ様に元気を貰いに行ってきなさい』という一言で、休養を受け容れる決意をしたらしい。
昨日の晩、その旨を通話石でアヤに相談したところ――何個か二人の間には緊急用のチャンネルとして、通話石を確保しているようだった――それならちょうど良いタイミングとばかりに、僕の冒険者デビューに付き合ってくれるということになった。
ある意味デートのようなこの状況。出発前のアヤの企み顔の意味が今、分かった。良い仕事してくれるじゃないか。
「今も皆が必死に探してくれている。そんな中、わたしだけが幸せを感じていてもいいのかとは想うのだが……今日だけは皆の好意に甘えたいと思う」
「うん。きっとそれが皆に対しての感謝になるんじゃないかな」
イリスの一生懸命さ、直向きさを、きっと誰もが理解しているのだろう。
だからこそ、時にはゆっくり羽を休める時間が必要だと思うのだ。頑張りすぎる少女を、皆が愛してくれているのだと思うと、なぜか僕まで嬉しい気持ちになれる。
「ところで、冒険者になるにはどうすればいいんだっけ? あれ、そもそも冒険者って職業なの?」
「ん。職業には冒険者というものは存在しない。正確には冒険者とはその精神をいうからな。≪世界≫を≪解き明かす≫意思さえあれば、その人は冒険者だ」
石畳の敷かれた大通りを真っ直ぐ歩く。
さすが皇都の名前を冠するだけあって、通りも街頭も建物も美しくきちんと整備されている。通りを歩く人々の数は、まだ朝だというのに多い。店の開店準備を行っている人、街路のキレイな花に水をやっている人、武器を携え鎧で着飾った連中が勇みながら闊歩している。一週間前は馬車で簡単に通り過ぎてしまった街並みだが、改めて見ると本当に異世界に来ているのだと実感する。
ただ、街中にいるだけなのに、その生活感やそこに住む人々の生命の息吹に感動がこみ上げてきた。
すれ違う通行人がイリスを振り返り見てくるが、これはイリスが第二皇女というわけだからではない。そもそも第二皇女の存在は知られていても、ほとんどの国民はイリスの顔を知らないようだ。これは国の政策として表立たないようにしているかららしい。
よって、目を奪われたように振り返ってくるのは、イリスの可憐さやにじみ出る雰囲気に目を奪われているからだろう。特に若い男達はイリスの姿にほぅとため息まで吐き、次いで隣を歩く僕に睨みを舌打ちをしていく。
そんな少女と一緒に歩いているという現実に、緊張感と居心地の悪さと少しの優越感があった。だから、そんな男達の羨望と嫉妬の視線も簡単に流すことが出来ていた。
「じゃあ冒険者になるって、特に手続きとかはいらないわけ?」
「厳密に言えば、な。ただ現在は冒険者ギルドに登録することが一般的だな」
イリスについて歩いていくと、通りを挟む建物に大きなものが増えてきていた。
建物自体も材質や装飾など絢爛さが増えてきている。僕のいた世界のビルなどと比べるとさすがに技術力の差はあるのだろうが、ここの建物には不思議な美しさや威厳があった。まるで世界遺産に登録されている街並みだ。
「ギルドっていうのは、同じ目的をもつ人たちが集まる自助団体組織のことだよね?」
「そうだ。特に冒険者ギルドや魔術師ギルド、商人ギルドなどは国のしがらみを越えた世界規模のギルドなのだ。もちろん、この国にも各種ギルドが置かれているぞ」
「ということは、まずギルドに行くべきだね」
「そうだな。向こうの区画がギルド区になる。わたしも行くのは初めてだからわくわくするぞ」
「へぇ、やっぱり皇女だと自由に出歩くとこも難しいの?」
たわいのない話をしながらしばらく歩くと、一際大きな建物が姿を現した。
白い石の階段の上にある巨大な建物は、まるで小さな城や大きな教会を思わせる絢爛な建物だった。複雑で繊細な彫刻で模様付けされている壁に煌びやかなステンドグラス。剣を銜えた神々しい鷲の姿のエンブレムが大きく装飾されていた。
「着いたぞ。ここが、冒険者ギルドだ」