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022. 僕と大魔術士と魔法修行編 -3-

 魔法の心象イメージを一瞬で固める練習を繰り返した後、今度は戦闘の修行を受けることになった。

 頭の中にはさっきまでの心象イメージがいくつも残っている。千を超える心象イメージを創り上げたため、何も意識していないのにいろいろと輪郭が残っていた。


 最初に創らされたのが『失敗ダメダメくんβ(ベータ)』だ。命名はアヤ。彼女の出す課題に設定時間内に答えられないと、電撃が流れる仕組みとなっている。

 最初はアヤが造っていたものを使おうとしたのだが、どうやら僕の防御力や属性耐性力の能力ステータスが高く、あまり効果がなかった。

 そのために自分で自分を罰する為のモノを創らなければならなかったのだ。どれどけマゾ仕様だろうか。


 しかし、そこでも一悶着起きる。アヤに言わせれば『あなたはとことん変態』らしい。

 基本的に、いくら魔法だとしても無から有のものを創り上げること――正確に言えば、自分の魔力を物質化させることはほぼ不可能だ。


 何もないところから火を出したり水を出したりすることは、自分の魔力を媒体に世界に満ちる魔法元素マナと結びつけることで可能にしている。

 しかし、たとえば服やズボンなどを何もない状態から作れるかと言えば、それは無理らしい。その基となる物質が必要だ。


 布や糸があればそれを魔法で服に替えることは出来る。麦や調味料があればパンを作れるが、基となる物質がなければお菓子はつくれない。

 火や水も魔法元素マナを基にして造られる。

 つまり魔法は形を変えたり、『力』を付与させたりすることは出来るが、零から物質を創り上げることは出来ないというのが一般的な魔法理論だった。


 アヤが『失敗ダメダメくんβ(ベータ)』を造れと言った時、彼女はその基となる物質である腕輪を取り出してきた。

 彼女の意図としてはその腕輪をもとに、条件付けと罰である雷の魔術発動を付与させようとしていたようだ。

 しかし僕が早合点してしまい、出してきた腕輪を参考・・にしただけで、それを媒体に使わず創り上げてしまったのだ。


 それを見たアヤが「魔力の……物質化」と呆然に呟いた後、最初の『あなたはとことん変態』という言葉に繋がる。

 それがどれだけ異常なことなのかは【創造物質化マテリアライズ】というスキルを修得したことからも明らかだ。


 それはさておき。アヤの修行は過酷かつ悲惨なものだった。

 炎や水を出すことから始まり、爆発を起こす、氷の槍をつくる、武器に火や水といった属性を纏わせる、そして空を飛ぶ等といった高度なもの、さらには服をキレイにする、ゴミを消滅させるといった生活に必須な魔法まで、様々な課題が出される。

 その課題に対して一秒以内に魔法で答えないと、『失敗ダメダメくんβ(ベータ)』がお仕置きをしてくる。自分で創ったものに文句を言うのもなんだが、これが結構痛い。


 しかし、面白かった。

 魔法が使えることも、自分の心象イメージがそのまま形にできることも、全てが新鮮で楽しかった。だから集中してそれに当たることが出来たし、成果も十二分に出てきていた。


 確かに最初は失敗ばかりで身体中が痺れ続けていたが、回数を重ねる内に意識しなくても心象イメージが結ばれるようになってきていた。

 さすがに複雑なものや初めてのものに対しては時間はかかるが、それでも修行前よりは断然思考が疾くなっていた。


 千回を超える頃――千回というのは、魔法にチャレンジするのが千回ではなく、魔法を成功させることを千回だった――には、出ばかりだった太陽はすでに頭の上を通り越し、沈みかけていた。


「あなたは才能に頼りすぎている」


 戦闘の修行にはいる前にアヤが指摘してきた点については、全体的に同意できる。

 なにせ、僕はこの世界に来るまでほとんど喧嘩すらしたことがないのだ。もちろん武芸を嗜んでいたわけでもない。そんな状態で、きちんとした闘い方が出来るわけがない。


「多分【暫定未来予知】であなたは攻撃を察知しているのだろうけれど、それだけに頼るのは危険」

「やっぱりそうなのか」


 正直、この【暫定未来予知】が確実なモノではないとは思っていた。もし万一これが発動しなかったら、と思うと頼りすぎることは怖い。


「そうじゃない。常時発動型パッシブスキルは意識しない限り常に効果を発する」

「そうなの? じゃあ、少なくとも僕がよけられる速度内の攻撃なら大丈夫なんじゃ?」

「口では説明しづらい。一度わたしと闘えば分かる」


 すっと距離をとったアヤの纏う空気が一変する。完全な戦闘形態。溢れる魔力が全身を覆っているのが震える空気から伝わってくる。


「魔法は一切禁止。今回はあなたは避けるだけ。攻撃はなしで」

「避けるだけ?」

「そう。今のあなたにとって【暫定未来予知】がどれほど危険か教える」


 すっと身体の重心を落とすアヤ。その姿に、勝手に身体が臨戦態勢を整えていた。

 全身からちりちりと空気と肌が摩擦を起こしているかのような感覚が伝えられてくる。


「ちなみにわたしは、体術は苦手な方」


 その言葉を置き残して、小さな身体が弾けるように向かってくる。

 時間が伸びる感覚――しかし、そのなかでもアヤの動きは疾かった。

 左拳。狙いは顔面。十分に避けきれる。


 【暫定未来予知】が教える危機感に従い、上体を後ろに反ら(スウェイ)し避ける。が、一気に全身に拡がる不安感。それが何かを悟る前に、あっけなく僕の身体が回転、宙に舞っていた。衝撃は脚。軸足を掠われたようだった。これが、フェイントか。


 追い打ちの踵落としに対し両腕を十字に防御するが、逆の脚が繰り出す膝蹴りに対応できず、背中に強い衝撃が走る。


「がはっ」


 激痛よりも、呼吸が詰まった衝撃がでかかった。

 地面に落ちた身体を跳ねらせ即座に次の攻撃に構えるが、それ以上の追撃はなかった。


「一つ目。【暫定未来予知】はごく短い先の未来しか視えない」


 一定の距離をバックジャンプで取ったアヤを見据え、今の攻撃を振り返る。

 最後の膝蹴りは【暫定未来予知】によって察知していた。

 しかし、察知したタイミングが踵落としの防御後で、既に両腕を使っていたため分かっていても防げなかったのだ。

 分かっていても防げない攻撃、か。だったら、どんな攻撃だろうと、次に繋げられないように防げばいい。


「二つ目――」


 一歩踏み出してくる。瞬間、感じる【暫定未来予知】。

 小さな、けれど密度の濃い何かが迫る。

 慌てて身体を最小限に反らし、次の攻撃に備えつつ避ける。避け幅が小さく、頬にかすり、そこから血が吹き出る。


「ま、魔法!? 使っちゃダメだって――」

「魔法じゃない。指弾」


 非難の声を再度の指弾で打ち消すアヤ。

 避けられない速度ではないが、次にどんな攻撃が来るのか常に意識していないと駄目な状況では、避けることに集中できない。


 一歩一歩近づいて来た時、感じていた危機感が変化する。飛び技ではなく、近接攻撃。

 全身を躍動させ、上下左右あらゆるところからの攻撃。避けて避けて、なんとかそれらを回避し続ける。


 しかし、右からの攻撃と左からの攻撃を同時に感じる。絶対に同時に繰り出すことが不可能な位置からの同時攻撃。


 ――これがフェイントか。


 どちらかは捨て石。あるいは攻撃しようと見せかける強い意志。だったら【暫定未来予知】で左右どちらの攻撃が強い危機感を感じるかで計ることができるはずだ。


「――右っ!?」


 感じた危機感は右からの攻撃。それを避ける。衝撃が全身を貫く。

 外した!?

 どうやら本命は左だったようだ。それにショックを受ける間もなく、次から次へと攻撃が迫ってくる。

 同時攻撃。三方向からの攻撃。どれが本命でどれがフェイントか。攻撃が重なれば重なるほど、パニックになってくる。まるでフェイントすらも本当の一撃のように感じてくる。


「――フェイントを見抜けない」


 気づけば、予想以上に肉薄していたアヤの身体。それがぱっと後ろに下がる。今までの嵐のような攻撃がまるでなかったかのように、静寂と痛みだけが残されていた。

 痛み。腹に鈍く熱い痛みが奔った。目を向ければ、いつの間にかナイフが腹に突き刺さっていた。それを見た瞬間痛みが激化する。身体がばらばらになりそうな痛みが、絶え間なく襲ってくる。まさに地獄のような痛みだ。


「今のあなたでは、【暫定未来予知】を全く使いこなせていない」


 その言葉が最後。意識が暗転した(ブラックアウト)



 ■

 


 お腹を中心に、全身が暖かくふわふわしたモノに包まれている感触。

 急速を必死に要求してくる瞼を無理矢理に開いてみれば、アヤが横向きに見えた。いや、どうやら横向きなのは僕の方か。ベッドで寝ているようだった。

 ちなみにベッドの天板はクッキーのような柄をしていた。


「そうか……僕、ぼろ負けして……」


 ボコボコにされ、トドメにナイフを刺されたのだった。

 急速に意識が回復するのと同時に、記憶も鮮明に甦ってきた。あの痛みは思い出したくなかった。しかし、今、その痛みは全く感じていなかった。


「あれ……そういえば痛くない……それになんか暖かい?」

「治癒魔法をかけている。じっとしていれば後数分で治る」


 そうか。この暖かい感触が治癒魔法というやつなのか。身体の奥から暖まり、全身の血と肉が躍動しているような感覚。気持ちの良い感覚だ。


「でも、修行にしてはやりすぎじゃあ?」

「死に繋がる痛みを知る必要があったから」

「……痛みを?」

「痛みをしれば、それを避けようとする本能が目覚める。その本能の有無が、きっと生死を分けることがある」


 確かに、痛みを避ける――つまりは相手の攻撃を避けることに対しての必死さ、真剣さは強くなったかもしれない。

 あんな痛みは二度とゴメンだ。


「……全然、ダメだったね」


 初めての本格的な闘いだったとか、まったく闘うことを知らないからとか、言い訳は山のように出てくるが、悔しくないと言えば嘘になる。

 ここまでコテンパンにやられるとは思ってもいなかった。

 正直、結構良い感じで魔法の時のように驚かせることが出来る結果になるのではとも、少なからず思っていた。それが余計悔しい。


 一方で、負けるのが今で良かったとも思う。

 もし、これが本番――たとえばミチードとの闘いで、ミチードがアヤよりも強かったとしたら。

 僕は死んでいたのかもしれない。イリスを守ることも出来ず、たざ無様に地に伏せていたかもしれないのだ。本気で強くならなければ、と改めて思った。


「ダメではない。闘いを知らないだけ」

「知らない?」

「あなたは敵を視ていない。どう敵が動くのか。視線、筋肉、力の強弱や緩急。周りの状況。戦闘経験のなさが、相手の攻撃に対する想像力の欠如につながっている」


 そう言われれば、確かに【暫定未来予知】によって感じるものしか自分の行動判断基準にしていなかった。

 ここまで戦闘が奥深いとは、正直甘く見ていた。


「あなたは筋力や敏捷力などの基礎能力は十分すぎるほどある。だから必要なのは戦闘思考力」

「戦闘……思考力?」

「敵を観察し、分析する力。闘いながらも倒すための手段をいくつも瞬時に考察し、適切な答えを取捨選択する判断力。自らの判断に従い、いち早く行動に移す決断力と行動力。そして勇気。それが戦闘思考力。それを養うためには実戦しかない」


 そこまで言ってお腹から手を離すアヤ。ぬくもりが消えていくが、怪我は完全に治っていた。傷跡すら残っていない。少し気怠さは残っているが痛みはなかった。


「回復魔法って凄いね。あんな死にそうな怪我が、こんなにすぐ治るなんて……」

「それは違う。回復魔法は本来もっと時間がかかる。あなたの回復力が変態なだけ」

「そ、そうなんだ……」

「でもそれは好都合。早速始める」

「は、始めるって……まさか、ねぇ? 僕、大怪我したんだよね?」

「治ってる。大丈夫」


 鬼だ。鬼がいる。

 しかし、いくら心の中で罵倒しようとも、結局、修行は再開されてしまった。だが強くならないといけないので、ここで挫けてはダメだ。逃げちゃダメなのだ。

 だが、せめて。ご飯は食べたかった。今日は、まだ朝食しか食べていないのに……。

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