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001. 邂 逅


 何も見えなくなるほどの眩しい光に飲み込まれた場合、どれくらいで視力を回復させることが出来るのか。僕の場合はおよそ一分程度だった。


 視界が光に覆われた瞬間にバランスを崩してしまっていたので、僕は必死に四つん這いの姿勢を維持していた。視力障害を起こしている今、慌てて姿勢を起こすと確実に転ける自信があったからだ。

 端から見れば恥ずかしい格好だが、実家の倉庫の中、一人で掃除していたため周りの視線を気にする必要は全くなかった。これが人混みの中だったら恥ずかしくて死ねる。


 ようやく目の奥のチカチカしたものが消えてきて、薄めながら目を開けることができるようになってきた。

 まだまだ視界はにじんでいるが、全く見えないわけではない。

 事実、ぼけた視界の中には、可愛い女の子の顔がうっすら見えている。

 本当に良かった。いきなり光でいっぱいになって何も見えなくなったから、もしかしたら失明したのではないかと心配していたのだ。

 無事に回復しつつあって一安心だ。


「――ほぇ?」


 思わず、間抜けな声が漏れる。

 いやいや、ちょっと待て。

 僕は確かに、一人で、実家の倉庫に引きこもって、掃除をしていたはずだ。それなのになぜ、目の前に、少女が見えるんだ。

 しかも、僕は四つん這いの格好のわけで。首を持ち上げているわけでもなく。そのまま見下ろした視界の中に女の子がいるということは、完璧に押し倒したような姿になっているということだ。


 うん。疲れているんだろう。

 それとも彼女のいない生活に心が病んで、見えないモノが見えるようになってしまったのか。

 とりあえず、しっかりとまぶたを閉じ、改めて、おそるおそると目を開いてみる。

 目の回復が進んだのか、さっきよりもハッキリとした視界がひろがる。先程よりもくっきりと少女の姿が見えた。


 今まで見たことがないような可憐な女の子だ。

 中学生か高校生か、最近のは発育がいいため分からないが、少なくとも今年三十を迎える僕よりは確実に、そして遙かに若い。

 雪のように白い肌に薄く桃色に染まった柔らかな頬。小ぶりなすっきりした鼻筋。眩しそうにまばたきをしている大きな瞳。桜色の唇。小さな輪郭に、それらのパーツが芸術品のような完璧さで配置されている。京紫の長い髪の毛がほつれ、大人びた艶を醸し出していた。

 少し下に視線をずらせば、白を基調とした動きやすそうなそれでも高級感の漂う装束で小柄な身体を包んでいるのが見えた。

 細く小さく見えるが、衣服を押し上げる曲線美は十分に女性らしい。まさに、美少女とはこういう女性のことを言うのだと、感動と感激でいっぱいだ。


 視界が徐々にクリアになっていく。

 目の前の少女の瞳と僕の視線が、はっきりと絡み合った。

 この状況を把握したのか少女の瞳孔が開く。人間は驚いたり焦ったりすると瞳孔が開くと言われている。つまり、少女は今、この状況に驚いているようだ。

 うん、当たり前だ。どうやら少女の視界もあやふやだったようで――最初から普通にこの状況が見えていたら、もっと色々なことが起こっているはずだ――僕と同じような光を浴びたのだろうか。


「――ッ!?」


 これは、夢か妄想か現実か。

 それが判断できないまま――いや、判断しよとせず身体を動かすことすら忘れて、少女の濡れた濃色の瞳に吸い込まれていた。


 ぞくり、と。首の後ろにチリチリとした痺れる感覚と同時に、その痺れを感じる箇所を目掛けて迫る刃の筋が『視えた』。

 実際には視界の真逆側であるため見えるはずはないのだが、確かに実際にあった場面の映像ビジョンを見るように視え(かんじ)たのだ。

 首の後ろに感じる痺れが強くなるにつれ、不快感や不安感といった負の感情が急激にわき上がってくる。それから逃れるために、意識しないまま自然と身体が動いていた。


 これを言葉で表すなら『本能』だろうか。

 それに従うまま、クラウチングスタートを決める陸上選手のように身体を跳ねらせる。

 瞬間的に反転する視界。

 前のめりに転びかけそうになる身体を、無理矢理両腕で跳ね上げる。

 その勢いで、僕の身体は空を舞うなか一瞬の無重力を感じた。


 視界がいやにクリアだ。天地が逆転しているのは、僕の身体が上下逆さになっているからだろう。

 それよりも感じるのは、異常な視力。世界が異様に近く、そしてはっきりと感じられる。普段コンタクトで矯正しているとは言え、僕の視力はおそらく一にも達していない。それでも日常生活に困難はなかったが、今感じる視界は先程までと比べものにならないくらにクリアで、遠くにあるモノの細かい部分(ディティール)まで確実に視ることが出来ている。

 どこかの部族は肉眼で人工衛星を見ることができるという話を聞いたことがあるが、今の僕ならそれすら余裕で出来そうだった。


 そんな異常な視力で捉えたのは、巨大という言葉ですら足りない大きさの樹だ。

 きらきらと輝く実が美しいその大樹の根本付近に、横たわる少女。さっきまで僕の下にいた、あの可愛い美少女だ。

 呆然とした表情でこちらを見てきているが、その少女と僕の距離はおよそ百メートルほど離れていた。


 回避動作だけでここまで跳んだのか、と信じられない出来事が、なぜか素直に理解できていた。

 その横たわる少女の横には、日本刀とは違う真っ直ぐな刀を振り下ろそうとしていた女性の姿があった。

 黒いワンピースに白いエプロンドレス。テレビのニュースで見たことがあるが、あれはメイドさんと呼ばれる女性の服装ではないだろうか。なぜか忍び装束のようなズボンをメイド服の下に着込んでいる。


 自然と身体を回転させ、しなやかに着地。

 まるで体操選手のような動きに、ジェットコースターよりも速く回転する視界の変化だったが、違和感はなかった。

 その動きが出来ることが最初から理解できて(わかって)いたような感覚。

 いったい、僕の身に何が起こったのか。


 そこで、今更ながらに気づく。

 ここはさっきまで掃除していた、実家の倉庫ではなかった。

 蒼すぎる空、薄く見える寄り添う二つの月のような衛星。

 足下は埃塗れのコンクリートではなく、見渡す一面が緑の絨毯のような草原だ。

 そして見上げれば、巨大樹。

 昔したことがあるゲームに出てきた『世界樹の樹』という名前がぴったり似合いそうな巨大な樹は、ドバイのブルジュ・ハリーファよりも高く太い気がする。

 こんな樹を生まれてこの方見たことがないし、そもそも家の近所にこんな樹があれば、否が応でも視界に入ってくるはずだ。いったい、ここはどこなのか。どうして、ここにいるのか。


「……マジか」


 とりあえずほっぺをつねってみる。痛い。夢ではないようだ。

 いや、そもそも頬をつねることで本当に夢から覚めることができるのか知らないが、この感じる空気感というか匂いは確実に現実のものだといえる。

 おそらくあの大樹から香る上品な樹の匂いを強く感じている。

 どうやら視力だけでなく、嗅覚や聴力等、五感もしくはさっきの異様な感覚を第六感とするなら、それら全てが異常に発達しているようだ。


「……」


 自分で、自分の異様な程の冷静さがおかしかった。

 「発達しているようだ」とか、何を客観的に評価しているのだろう。

 なぜ、さっきまで倉庫の掃除をしていただけの僕が、こんな見たこともないような土地で、超一流アスリートも真っ青な運動能力を発揮しているのか。

 本来はこのおかしすぎる状況にもっと慌てなきゃいけないのではないだろうか。


 元々僕の性格は細かいことを気にしない天下無敵なB型気質ではあるが、これは細かいとかいう範疇を超えている気がする。

 だが、実際に動揺はしているものの、精神的におかしくなるようなストレスを感じているかと言うと、そうではない。

 とりあえずは流れに身を任せるしかないのかなぁという諦念ともいえる感覚が、僕の正直な気持ちだ。


 仕方ない。本当は「仕方ない」で済む問題ではないのかもしれないが、僕自身が仕方ないと感じているから「仕方ない」。

 さっきの少女と女の人に、状況を聴くしかないだろう。

 もしかしたら僕と同じ境遇かもしれないし、もしそうだとしたら助け合える「仲間」になれるかもしれない。そして何より、あんな可愛い娘と知り合えるチャンスを逃すのは、さすがにもったいなさすぎる。


 そうと決まれば、善は急げだ。

 向こうも向こうで、僕のことを気にしている――視線をちらちらと感じる。

 というか、実際にこちらを見ている――ようだし、さっきはいきなり攻撃されそうになったけど、追撃の気配も感じないから、おそらく大丈夫だろう……大丈夫……か?


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