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018. 大魔術士アヤ -2-



 お菓子の家は、家の中まできちんとお菓子の家だった。

 テーブル、いす、タンスまで全てがサイズの差はあるもののお菓子の形で出来ていた。しかも、目に優しく過ごしやすさまで考慮されたつくりで、ここまで徹底していればもう尊敬の念しか出てこない。


 リビングにあたる部屋の中で、大きなホットケーキのようなテーブルにジュースが並び、テーブルの中央には様々な本物のお菓子が並んでいた。

 そのテーブルを囲み、マシュマロのような椅子に腰掛ける。

 アヤはさすがにこの家の家主らしく、お菓子に囲まれていても可愛らしく映るが、意外にもこの中で一番の年長者であるルカさんも、お菓子の家の雰囲気になぜかマッチしていた。お菓子に囲まれ幸せそうにも見える。


 なぜ皆で仲良くお菓子のテーブルを囲んでいるのか。

 リードの疑念に、アヤはとりあえず家に入ってからそれに答えるということだったので、お茶にお呼ばれされたわけだ。


「最初に言っておく。わたしは正真正銘のアヤ・オベリスク。これが証拠」


 そう言って、個体識別情報票アイデンティファイ・カードを具現化して見せる。

 クレジットカードより一回り大きい不思議な材質で出来たカードには、アヤに関する情報が描かれていた。表側の左上には、アヤ本人の顔写真。その写真の横には『アヤ・オベリスク』という名前が載っている。

 カードには、国籍がアスガルディア皇国であることや、職業が『愛と美の魔術師』であること等が記載されている。

 カードは可愛らしくデコレーションされており、裏面には生意気そうなウサギのキャラクターが描かれていた。僕の無地のそれとは大違いだった。


「僕の個体識別情報票カードと何かいろいろ違ってるなぁ」

個体識別情報票カードに載せる情報は自分で選択できますし、オリジナルデザインにすることも可能なんです。それに個体識別情報票カードの情報は【改竄かいざん】のスキルや魔術でできますから、絶対の証拠には……」

「ならヒロユキに調べさせて」

「え、僕が? どうやって?」


 突然話を振られてビックリする。個体識別情報票カードの情報を改竄出来たり非表示にすることが出来るのは、レンさんのを見せて貰った時から知っていた。

 しかし、それを見抜く方法までは教えられていない。


「改竄の有無は、基本的に【目利き】や【鑑定ジャッジ】のスキルか魔術で判断することが出来るが……ヒロユキくんは?」

「いえ、僕はスキルも修得してないですし、魔術も……」

「そうかい。私もどうやら適性がないみたいでね。魔術も無理だし……」

「すみませんが、ボクもです……」


 どうやら男連中は全滅らしい。

 これでは、アヤの言っていることもリードの言っていることも、どちらもが証明できないまま平行線を辿る、最悪の展開になってしまう。

 しかし、この状況を打開するきっかけをつくったのは、アヤだった。


「なら、スキルを修得すれば良い」

「いや、アヤちゃん。スキルの修得は難しいんじゃないかなぁ。知っているとは思うけど、スキルを修得するためには、まずそもそも本人にその適正がないとダメだからね」


 これはもしかしたらスキルについて知る良い機会なのかもしれない。

 僕のあのスキルの修得の早さが一般的なのかどうかは、ずっと確認しておきたかったことだ。ルカさんの話にそのまま僕も便乗することにする。


「すみません、スキルって実際どのように修得していくものなんですか?」

「おや、ヒロユキ君は知らないのかい? 【索敵サーチ】なんて高度なスキルを持っているのに……」

「いや、実は僕、記憶を失っていて……感覚でスキルの使い方とかは分かるんですが、知識としてはちょっと……」


 イリス達がリードにしていた言い訳を使わせて貰う。

 むしろ、これ以外の言い訳をすると今度はリードに対する説明に矛盾が生まれてくるので、仕方がない。


「そうか。それは気の毒に……いち早い回復を祈ってるよ」


 申し訳なさそうにルカさんが気を遣ってくれ、それに対して騙している罪悪感を感じる。心の中でしっかりと謝っておく。


「そうだね。じゃあ私から説明しようか。補足等があったらアヤちゃんに、坊ちゃん、よろしく頼むよ」


 二人が軽く頷いたのを確認し、ルカさんの説明が始まる。


「スキルには二つの意味がある。それは洗練かつ精巧な技能のことであり、神からの恩恵ギフトのことでもあるんだ。例えば、ヒロユキ君の【索敵サーチ】なんかは、人の気配を読む技を高度に錬磨したものだから、技能アーツという意味でのスキルとなる。それに対してもう一つの意味のスキル――つまり神からの恩恵ギフトと呼ばれるスキルは、人の鍛錬では到達不可能な、まさに神から与えられた特殊能力アビリティといえる。稀少レアスキルや、この世に唯一無二の固有ユニークスキルがこれにあたるけれど、有名どころでは【魔眼】や【召喚】、【竜殺し(ドラゴンスレイヤー)】とかかな。今回は技能アーツ特殊能力アビリティという言葉で説明していきたいけれど、ここまでは大丈夫かい?」


 【魔眼】や【召喚】がどのようなスキルかは興味があるが、今はそれを聞く前に知らなければならないことがある。頷き、先を促すことにした。


「では、スキルは修得できるのかということになるけれど、これも修得したいスキルが技能アーツなのか、特殊能力アビリティなのかによって違う。技能アーツとしてのスキルを修得するには、まず本人に適性があることが求められる。適性がないと基本的にはどれだけ努力しようと修得は無理なんだ」


「つまり努力は必ずしも報われるわけではないわけですね……」


「そうだね。ただ、適性があるかどうかは誰にも分からないから、諦めなければ修得できる可能性は誰にでもあるとも言える。それにスキルを修得しようと努力することは決して無駄にはならない。なぜなら、スキルを修得するためには、そのスキルにあった行動を繰り返し行い熟練していかなければならないからなんだ。これはスキルのレベルを上げることにも通じているけれど、繰り返し汗や血を流した事実は必ず身体に蓄積されている。スキルがなかったとしても、努力している人としていない人の差は歴然だ」


「なるほど……では、例えば僕は【体術】っていうスキルを持っているんですが、これは多分技能アーツって方のスキルだと思うんですけど、どうすれば修得できるんですか?」


「ふむ【体術】かい? それは≪修道士モンク≫や≪格闘士ファイター≫などがよく持っているスキルだね。【索敵サーチ】を持ちながら【体術】とは、ますますキミが分からなくなってきたよ」


 これでさらに【剣術】や【隠密ステルス】等他にもたくさんスキルを持っていることを言ったらどうなるのだろうか。

 あまりよろしくないことになっても困るので、そっとしておこうと冷や汗を流しながら、耳を傾けていた。


「そうだね、聞いた話だけれど【体術】スキルは、素手での格闘戦を数万回(こな)したら修得できるという話だね。戦闘の状況やその質、個人の資質に応じて回数は変わるし、修得するまでにその行動をしない時期が続けば回数はより必要になるから、一概に何回とは言えないけどね」


「【索敵サーチ】スキルは、同様の効果の魔術を一万回使用」


 アヤがさり気なくとんでもないことを挟んでくる。単位が万とは驚きだ。一万回だとしても、毎日、一日一回の使用で考えれば二十八年近くかかる計算だ。

 それだけスキルは特別なものだということか。それを僕はおそらく数回の行動で修得してしまっている。

 これは、さすがにおかしい。


「た、例えば、数回の行動でスキルを獲得できることってあり得るんですか?」

「うーん……よほどの天才か、それこそ神の祝福を受けてでもいない限りあり得ないと思うけど……それでもある特定分野に限るかなぁ」


 神の祝福か……。

 となると、おそらく【神継】の称号か【成長補正】スキルが、何かしらの力を与えているのだろうか。

 これを喜ぶべきかどうなのか。

 正直、一生懸命やっている人に悪いと思う一方で、本心では嬉しかったりもする。だが、同時に、僕はこの世界の異分子なのではないかという恐怖もあった。

 だから、せめて。自慢するようなことだけはやめようと心に決めた。


「話を戻そうか。次は特殊能力アビリティの方のスキルだけど、これは神からの恩恵ギフトであると言ったように、修得は神の祝福が必要なんだ。一般的には称号という形で神は恩恵ギフトをくださる。これは特定の行動や偉業を成し遂げたときに貰えることが多いね。さっき言った【竜殺し(ドラゴンスレイヤー)】は竜を殺した者に与えられる称号とスキルだ。他にも、血族など遺伝的に伝わるものや、突然変異的に生まれ持ってくることもあるかな」


 そこまで喋りきって、テーブルの上に置いてあったジュースをごくごく飲み干す。

 それを見ていたら、僕ものどが渇いていることに気づいた。おそるおそる置かれたジュースを飲んでみる。どこかザクロの味がするフルーティーさで、とても美味しかった。


「さて、これでスキルの修得が難しいことが分かってくれたかな?」

「ああ、はい。確かに難しそうですね……」


 もしかしたら、僕だったら簡単に修得できるかもしれないが、ここでそれを言い出す勇気はなかった。しかしそうなると、ますますこの場の解決が難しくなるということだ。

 そんな僕の内心を見透かしたのか、アヤは別の提案をあげてきた。


「だったら、ヒロユキが【鑑定ジャッジ】の魔術を使えば良い。詠唱は私が教える」

「なるほど。魔力があればそれは可能かもしれないね。【鑑定ジャッジ】の魔術は結構な魔力が必要と聞くけれど……ヒロユキ君、魔力含有値はどのくらいだい?」

「魔力含有値ってのは特に問題はないと思うんですが……魔術はそんなに簡単に使えるものなんですか?」

「う~ん、そのあたりは私には説明しづらいなぁ。なんせ私は魔法関係が一切無理だからね」


 以前、能力ステータスを見たときには、その魔力含有値というのも結構な数字だったはずだ。だからそれは大丈夫だとしても、魔術を使うという行為自体が可能なのか気になる。


 頭を振ったルカさんは、アヤに目を向ける。自然とみんなの注目を集めることとなったアヤは、しかしそれに全く動じず、いつもの淡々とした様子だった。


「【鑑定ジャッジ】の魔術は、皇国魔術師ロイヤル・ウィザード程度の力があれば一日二、三回は使える。ヒロユキの魔力はそれとは比べものにならない。太陽とゴミくずくらいの差があるから大丈夫」

「ほう。それは凄い。なら、後は詠唱に使われる古代言語である……【語祖】でしたっけ? あれが正確に発音できるかどうか、だね」

「何度か試せば大丈夫。さっそくやってみる」


 マシュマロ型のイスから飛び下りるように離れたアヤは、なぜか避難するように壁際まで離れた。


「ど、どうしたの?」

「魔力の反発があるかもしれないから。ヒロユキの側は危険」


 突然のアヤの避難に戸惑っていた二人は、その言葉に慌てて僕から離れる。なぜか僕が避けられているようで、結構傷つく。


「ヒロユキはそこにいて。わたしが言う言葉をそのまま繰り返して」


 意地悪して避難している連中の方に歩み寄ってみようかと思ったが、先手を打たれた。

 仕方なく、イスに座ったままの姿勢で頷く。僕が準備を整えたのと同時に、アヤが口を開いた。ざわり、と空気が揺れる。


「少しは間が開いても構わない。続けて言って。『我は眼なり』――」


 厳かに紡がれる言葉は、まさに魔法といった感じだ。アヤを取り巻く空気とその呪文が、この場を重く支配していた。

 ふざけたり恥ずかしがったりする余裕はなかった。アヤの言葉そのままを口にするだけだ。


「『知りたいのはそなたの身体か。知りたいのはそなたの心か。否、我が求めるはその器の中身なり。それは誰のパンツか。若き女子おなごのパンツか――』」

「――器なり。それは誰のパンツか。若き女子の――って、何を言わせとんじゃい!?」


 とんでもない内容に、思わずツッコミを入れてしまう。

 呪文にパンツはなかろう、パンツは。今までの折角の雰囲気がぶち壊しだ。

 アヤも何をもってこんな悪戯をしかけるというのか。

 少し怒り気味に壁際の少女に目をやると、僕の予想とは違った表情のアヤがそこにいた。

 初めて見る表情だった。心からの驚きを一切隠そうとせず、口をぽかんと開けていた。


「ん……あれ?」


 その表情に戸惑い。

 身体から何かが抜ける感覚がした。

 ばちん、と静電気が体中を駆け巡る。


「ッガ――!?」

「暴走!?」


 アヤの焦った声も、耳に届かない。

 聞こえるのは、金属が跳ね回る甲高い音。

 それが頭の中で爆発的に響き合う。

 思わず両手で耳を塞ぐが、全く効果は出ない。

 涙で滲む視界は、光の窓(ウインドウ)で覆われていた。

 視界にある全ての者からウインドウが何枚も何枚も絶えること無く飛び出てくる。

 全てのウインドウに情報が記載されており、それが意識しなくても頭に流れ込み、その都度甲高い金属音が響く。

 狭い密室に閉じ込められ、タンバリンを猛連打されているような痛く激しい音。


 ――イスの材質。壁の材質。側にいるアヤやリード、ルカさん。テーブルの材質。その材質が採れた場所。作った職人の名前。顔。連想ゲームのように途絶えることのない情報の波に、頭がパンクしそうになる。


「ああああああっ!!」


 気づけば、喉の奥から絶叫が飛び出ていた。迫り狂う情報の塊を払うように、身体の内側から何かが解放された。

 限界まで膨らませた風船が破裂したような音が、一際大きく響き。

 まるで先程までの金属音が嘘だったかのように消えていた。


「……あ、あれ?」


 気づけば、目の前にあったテーブルが、大きな獣が抉り取ったように、半円を描くように削れ消えていた。


「こ、これは?」

「詠唱失敗で魔力反発が起き、暴走した」

「ぼ、暴走……!? あっ!! リード、ルカさん!?」


 テーブルの陰で気づかなかったが、リードとルカさんが倒れているのが目に入った。

 まさか、僕がやってしまったのか。


「安心して。わたしが眠らせた」

「ね、眠らせたって……なんで?」

「あなたと話がしたい。彼らには聞かせてはならない話を」

「聞かせては……ならない?」


 指をパチンと鳴らしたアヤは、倒れていたマシュマロ型の椅子を起こし、そこに腰掛ける。

 隣の部屋から数枚の毛布が飛んできて、倒れている二人の上にどさっと落ちた。優しいのか優しくないのか判断に迷う光景だった。


「そう。あなた【語祖】の意味が分かるの?」

「【語祖】って、あの呪文みたいなやつのこと? それは分かるよ。なんか女の子のパンツがうんたらかんたらって、あれで本当に魔法が使えるの?」

「わたしには、【語祖】の意味は理解できない」


 そう告げるアヤの眼差しは、真剣そのものだ。決して、冗談でもふざけているのでもないことが伝わってくる。

 しかし、それはおかしいとも同時に思う。

 なぜなら、僕はアヤが言っていた言葉をそのまま繰り返していただけなのだ。それなのに、アヤには理解できないとは、いったいどういうことなのか。


「わたしは、ただ発音しただけ。その音を使えば魔法は発動するから。それが魔術の術式」

「つまり、自分の発しているものは、発音だけが分かる……音みたいなものってこと?」

「そう。それが【語祖】。意味を理解する者なんて、誰もいない」


 つまり【語祖】は、外国人の言葉と言うことか。たとえば、アラビア語を喋る人がいたとして、僕はそれを聞いても全く意味が理解できない。

 しかし、その発音を真似ることは出来る。


「術式は、試行錯誤の上、最適化されていく。言葉の意味が分からないから、その作業は危険と多大な時間に阻まれる。でも、もしその言葉の意味を理解できる人が現れたら……」

「……現れたら?」

「世界は、大きく変わる。あなたは必ずそれに巻き込まれる。イリスも巻き込まれる。わたしは許さない」


 イリスの名前に、どくん、と心臓が大きく跳ねる。

 イリスを巻き込む。それは僕のせいで、イリスに害が及ぶということか。


「それは……嫌だ!」


 つい大きな声が出てしまう。

 だが、それは決して許されないことだ。絶対に阻止しなければならないことだ。


「だったら、全てを学び、守れる強さを得ろ」


 心から、その力がほしい。

 涙を零して、助けを求めてきた彼女を、絶対に守りたいと思う。守れる力がほしいと思う。


「わたしが教える。だけど覚悟は必要」


 大人びた声に顔をしっかり上げ、少女と目を合わせ、大きく頷く。

 元からそのつもりだ。覚悟は既に出来ている。


 僕は、必ず力を得てみせる。

 そして、イリスと笑顔で、なにも恐れることなく笑いあえる明日を作ってみせる。


「そう」


 僕の決意に、ただ一言答えた少女。だが、その表情は少し、満足げだったように感じた。


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