017. 大魔術士アヤ -1-
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ふわぁぁぁ、と大きく伸びをしながら、こった肩をほぐすように首を回転させる。骨がぽきぽきと鳴った。
結局あの後オベリスクを傷つけたかもと気になり、寝つけることができなかったのだ。
オベリスクは寝返りもうたず、寝息も立てず、まるでそこにいないように布団の中にいた。
どうしたら良いのか分からなかったので、情けないことにテントを抜けだし、見張りをしていたリードの近くで横になった。木の根が背中に当たって寝心地が悪かったが、それでも疲れの方が勝っていたようで多少の睡眠は取れた。
だが、完全に寝不足だ。もう一度、おおきな欠伸が出る。
「眠そうだね、ヒロユキくん」
ルカさんが苦笑いをしながらテントを畳んでいた。
朝食の後、ちょっと朝の用を足しに森の奥まで行っていた間に、既にテントはほとんど畳まれていた。さすが旅に慣れた元・冒険者だ。
冒険者とは、名誉や利益など様々な目的のために、あるいは遺産や未知のモノを発見し解明するために、困難や不可能に挑む人たちのことを言うらしい。
元々は≪世界≫を≪解き明かす≫人という意味だったそうだ。
今ではその意味を知る人も少なくなってきていて、≪|世界の未知を解き明かす人々《アベンジャーズ》≫と呼ぶに相応しくない人もいるそうだが、その理念――世界にちりばめられた未知を解き明かしていこうとする挑戦者であれという精神がこの世界には根強く残っているため、冒険者は人気職らしい。
ルカさんからは『キミも冒険者にならないか?』と誘われているが、丁重にお断りしておいた。今は未だするべきことがあるからだ。
しかし、その冒険者という存在には心躍るものがある。落ち着いたら門戸を叩いてみようかと思う。
どうやら、冒険者になるのはそんなに難しくないらしい。
「あ、すみません! 全然手伝いできなくて」
「なぁに、大丈夫さ。それより先を急ごうじゃないか」
後はテントを片付けるだけで、出発の準備は既に出来ていた。
『迷いの森』といういかにも迷い込みそうな森の名前だ。早めに出発し、明るいうちに辿り着いておきたい。
「でも『迷いの森』って、進む道は分かるんですか?」
「うん? ああ、坊ちゃんがアレを持っているから大丈夫さ」
「アレ?」
「ふふっ、これですよ! イリス様から預かっていますので、これで迷うこと無くアヤ様のところに辿り着けるはずです」
木の根っこに腰掛けていたリードが、少し自慢げに虚空の匣から宝石のような球を取り出した。
何やら念じていると、その球が薄い光に包まれリードの手から舞い上がった。淡い光の球は、たんぽぽの種のようにふわふわと空を漂う。
一カ所だけ、球の一部から三角錐のように光が尽きだしていた。まるで何かの方向を指し示す矢印のようだ。
「これは?」
「魔法具ですよ。中に【案内】の魔術が組み込まれていますので、アヤ様の元に迷わず案内してくれます」
ふわふわと揺れる球がリードの声に反応したのか、急に回転を始める。
『なんだ?』と疑問に思うより早く、ひゅんと飛んでいき――なぜかステージくらいの高さと大きさをもつ岩の上にいたオベリスクの周りを回り始めた。
「……あれ?」
間の抜けたような声を出したリード。光る球の動きが、どうやら予想とは違ったようだ。
自分の周りをくるくる回る光の球を見てどう思ったのか。
オベリスクはデコピンをするように、光の球に中指を跳ねらせぶつけた。ぱちん、と小気味良い音でその光の球が破裂し、光の粒子は残りながら消えていった。
みんなが呆然とその光景を見守る中、オベリスクはすくっと岩の上に立ち上がり、濃い青色の髪を流しながら振り返った。
「……アヤ」
「え?」
「アヤ・オベリスク。わたしの名前」
どこか既視感を感じるやりとり。
しかし、少女はどこか残念そうに、ため息をついていた。
「もう少し後でビックリさせる予定だったけど、残念」
「き、キミが……あの、イリスの友達の……アヤさんって人?」
「そう。正確には友達ではなくて、心の友と書いて心友」
無表情な様は変わらないが、どことなく雰囲気が変わったような気がする。
少女だったはずの存在が、見た目は変わっていなのに、一気に習熟した僧侶のような洗練した雰囲気を纏っていた。
その少女が、ぱちん、と指を鳴らす。同時にこの辺りの空気の密度が重くなるような感覚。莫大な魔力が蠢いているのが分かる。
それに応え、僕たちを取り囲んでいたたくさんの木々が自ら動き始める。まるで地面自体が動いているような光景はしばらく続き、木々の間を通る一筋の道を作り上げた。
おそらくこれが魔法。そのスケールの大きさに、驚きを隠せない。
「本当はもう少し後でビックリさせる予定だったけど……家に案内する。ついてきて」
岩から飛び下り、颯爽と創られた道に足を踏み入れようとし、何かに気づいたように振り向いた。
「ヒロユキ、あなたは服をキレイにした方が良い」
「おわっ」
突然、僕の服が光り輝く。慌てるが、どうやらその光は服やズボン、下着までにしか浸食しないようだったので、そのまま消えるのを待つ。
光が消えるのと同時に服まで消えていたら泣くけれど、さすがにそんなことはしないだろう。
事実、光が消えると、キレイになった服が残されていた。まるで新品のように汚れ一つない。今までの戦闘や移動、修行のせいでついた血や汗といった汚れは綺麗さっぱり消えていた。着心地まで良くなったような気がする。
「【初期化】の魔法。あなたはまず生活魔術から覚えるべき」
「っていうことは、魔法を教えてくれるの?」
こくんと可愛らしく頷く。
もともと魔法を教わるために、ここまで来ていたのだが、イリスによるとアヤという人物は結構難しい人のようで、なかなか教えを請うことができないらしい。
だからレンさんは『彼奴はオススメできない』と言っていたのだが、イリスの『ヒロユキなら大丈夫だ』というなぜだか分からない信用加減で、とりあえず目指すことになった。
もし無理だった場合は、リードの先生――この人も結構凄い人らしい――に頼もうという次善策はあったのだが、どうやら幸先良くいけそうだ。
「ありがとう! えっと……オベリスク?」
「アヤでいい。それにお礼もいらない。あなたは試験に合格したから」
「え? 試験?」
その言葉に疑問を抱くが、アヤは答える気がないのかマイペースに歩み始める。
リードとルカさんと視線を巡らせ、慌ててテントや荷物をそれぞれの虚空の匣に放り込み、アヤの後を追いかける。
虚空の匣に結構な大荷物を収容したが、まだまだ余裕はありそうだった。匣に何かを入れても、自分の身体が重たくなるようなことはなかった。さすが異空間への収容だ。
■
「試験は、あなたの人間性を計ること」
「人間性?」
すぐに追いつき、歩調を合わせながらしばらく歩いていたが、唐突にアヤが口を開いた。
ルカさんがおもしろおかしく、自身が冒険者時代だった頃の冒険譚を話してくれていて、それがちょうど一区切りしたところだった。確か『天使が通った』といった表現で表されるタイミング。ちょうど会話が途切れ静かになった瞬間、その隙を見逃さずアヤの言葉が滑り込んできた。
「そう。試験は二つ」
淡々と語るアヤの話を要約すると、どうやらアヤと出会ってからの一連の流れは、僕の何かを計るための試験だったようだ。
まず、最初はアヤを襲っていた襲撃者への対応。
大魔術師として名高いと言われる少女は、イリスからの連絡を受け、僕を試すためだけに襲撃者達の元にわざと捕まりに行ったらしい。
危ない目に遭うことが分かりきっており、事実遭っていたにも関わらずそんな行動を取れることに尊敬の念を抱く。試されていたという複雑な気持ちは吹っ飛んでいた。
そして、昨晩の夜這い。
これも試験だったそうで、それを聞いて安心した。
偉そうな話だが、本気で傷つけてしまったのではないかと、心を痛めていたのだ。しかし、僕がほっとしたのが分かったのか、アヤは『ちなみにわたしの気持ちは本物』と、冗談とも本気とも取りづらい表情で言ってきて、また僕の心臓を締め付けてきた。
その話を聞いたときのリードの強ばった表情が気になったが、リードは視線を合わせてくれなくなったのでその真意が分からなかった。
「わたしの術を伝えるに相応しいかどうか、試験は必要」
世間には顔を隠しているためか知られていないそうだが、この国だけでなく、世界で一二を争う魔術師として国家間では禁則事項《触れてはならない存在》として扱われているアヤという魔術師。
その魔術師のもつ力と技を受け止めるに相応しいかどうか、それを確認するため彼女は試験を課しているようだ。
「やっぱり重要視するのは、正義感があるかとか、忠誠心があるかとか、イケメンだとかそんなところなの?」
「あなたにはどれもない」
ずばっと容赦なく否定されたが、別に気にしない。もともとそんな扱いには慣れている。
「じゃあ、何で判断するの?」
「……自分の力に責任がもてるかどうか」
アヤ自身の感覚によるものが大きいらしく、すこし考えた後に出てきた言葉はひどく簡単な一言だった。
だが、その本質は重く、実現は簡単ではない。
「別に力を扱うのに正義感なんて必要ない。むしろ『正義』を掲げるヤツは危険。大きい力は誰かを救うかもしれないけど、必ず他の誰かを不幸にする。これは仕方の無い真実。それを自分の『正義』で誤魔化すゴミは嫌い」
そう言われれば、確かにアヤを救った時のことだって、見方を変えれば僕は襲撃者達を不幸にする存在だ。
僕の価値観で襲撃者達を否定したけれど、あちら側にはあちら側の価値観があって当然なのだ。陳腐な言葉だが、立場の数だけ正義があるということか。
「力をどう扱おうが勝手。それを手に入れた人の権利。でも、せめて責任がとれる使い方をしてほしい。力に流されない心をもってほしい」
横を歩く小柄な少女は、その人生で何を見てきたのだろうか。歩く横顔からは、その感情すら読み取ることは出来なかった。
しかし、言葉には経験を積んだ者にしか出せない、重厚さがあった。
「イリスが信じたのが分かる。あなたは聖人ではないし、不器用な人だけれど……きっと心の痛みが分かる善い人」
瞳をまっすぐこちらに向けて放った言葉は、僕の心を震わせる。ダイレクトなその言葉に少し泣きそうになる。
ここまで人から認められることは、最近の社会人生活ではなかなか無かったので嬉しかった。
「だから、教える。試験は合格」
「ありがとう……そう言ってくれて、なんか嬉しいよ」
「そう」
素っ気ない返事で表情も変えていないが、どこか嬉しそうな雰囲気は感じることが出来た。可愛いな、とそう思う。
「……着いた」
見れば、木々の間のあぜ道は途切れ、野球グランドくらいの大きさの広場が拡がっていた。
きちんと整備された広場には、畑や花畑、きらきらと陽光が反射している小川と、そこから繋がる小さな池まであった。
広場の中央にはおそらくアヤの住居だろう建物があった。いや、あれは……建物と言っていいのだろうか。
「リード、あれ何に見える?」
「お菓子の……家ですか?」
白日夢でも見たのだろうかと、自分の視界に入り込んできたものが信じられずリードに確認する。しかし呆然とするリードの口から出た言葉で、どうやら現実なのだと実感した。
それは三角の屋根に煙突、大きなドアに四角い窓と、ログハウスをベースにしているような家だった。
しかし、一番の特徴は壁一面がお菓子のようなもので覆われていること。いや壁一面というよりは、お菓子の形をした石材、木材で家が作られているということだ。
チョコレートケーキのような壁には、ランプ型のビスケットが付いている。
色鮮やかなお菓子がちりばめられた屋根は、ホワイトチョコレートのようだ。ビスケットで出来た煙突、ドアはクッキーか。
しっかりと窓にはガラスがはめ込まれている。
なぜか周りには雪が一切無いのに、大小の雪だるまが二体並べて置かれていた。大きい方は蝶ネクタイを、小さい方はリボンをつけており、どうやらカップルらしい。溶ける気配は一切感じなかった。
「これ、本物のお菓子かい?」
「いや……多分違うんじゃないですかね。本物だったら生活しづらいでしょ……虫とか、匂いとか……」
お菓子特有の甘い匂いはしてこない。多分作り物だと思うが、そのクオリティの高さは職人技だ。
「どう、ヒロユキ? 可愛い?」
「え、あ、ああ、うん。確かに可愛らしい……けど」
可愛いというよりはメルヘンな感じがするが、ファンタジックである意味有りなのかもしれない。
「そう。良かった。今日からあなたの家。そうだ、部屋を片付けないと……」
足取り軽く、まるでスキップするかのように、お菓子の家に向かっていくアヤ。半ば呆然とその後ろ姿を追いかけようとした時、鋭い声が響いた。
「ま、待ってください!!」
「り、リード?」
振り返れば、表情を強ばらせたリードが、強い視線をアヤにぶつけていた。
少女はやはり無表情で、その視線を受け止めていた。だが、少し小首を傾げているあたり、どこか戸惑っているのかもしれない。
そういえば、と思い出す。ここに来る道中、リードの様子は少しおかしかった。何か言わなければいけないことがあるのに言えない。
そんなもどかしさを感じているような雰囲気だったのだ。
「あなたは――」
一度、喉を鳴らしたリード少年は、ためらうように躊躇するが、首を振り改めて向き直る。そこにあったのは決意の眼差しだった。
「あなたは、誰ですか!?」
「?」
「いや、リード、何を言っているの? 彼女がアヤなんだろ?」
以前首を傾げたままのアヤ。
正直、僕もリードが突然何を言い出したのか理解できないでいた。
彼女の名前はアヤ・オベリスク。歴戦の魔術師で、僕に魔法を教えてくれることになる先生だ。
「それがおかしいのです。歴戦の魔術師……イリス様からボクもそう聞いてきました。先の大戦でも大きな戦功を挙げた、と。しかし、どう見ても彼女はボクと同じくらいか、それよりちょっと上くらいです。大戦が起こったのは百年程前……彼女もボクもまだ生まれていない時だったんですよ!?」
「ふむ、なるほどね。だが彼女はもしかしたらエルフ族なのじゃないかなぁ」
リードの言葉に、ルカさんが応える。
エルフは長命な血族で、老いも個人差があるからねぇと付け加えた言葉に、驚いた。どうやらこの世界、まるで映画の世界のように、人間ではない種族がいるということなのか。
それはなんて心躍る世界なのだろう。胸が高鳴るのを自覚した。
同時に、アヤがエルフだとしてもおかしくない気もしてきた。僕の知識の中では、エルフといえば長命と美形が代名詞だ。
「いえ、もし年齢がそうであっても、もうひとつおかしな点があるのです!」
「おかしな点?」
「ええ、大魔術師アヤは――」
一瞬の間が開き。
「――男です」