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015. 少女と闇の組織


 パルクールやフリーランニングと呼ばれるスポーツがある。

 走り、跳び、登り、時に地形の高低差を利用し、時に周囲の環境を利用することで、どんな場所でも自由に素早く移動できる心身の強さの獲得を目指したスポーツだ。


 いかに素早く、流麗に、そしてアクロバティックに動けるのかを追い求めるそのスポーツは、最早『(わざ)』と呼ばれても不思議では無い。

 なぜならば、その実践の為には過酷なまでに自分を磨き、己を高め、芸術性を追い求めなければならないからだ。

 そして、それを可能にするためには、鍛え抜かれた肉体をもつことが必須である。

 僕がまだ若かりし頃、それに憧れ見よう見真似で挑戦し、怪我を負ったのは良い思い出だ。


 しかし。

 今の僕なら、夢にまで見たそれが可能かもしれない。

 森へと疾走するなか、脳裏に浮かんだ『華麗な動き』がリプレイされる。


 森を見据え――隠れている襲撃者達の動きを探る。森と平原の境目あたりに隠れている連中の数は五人。どれもが攻めるべきか撤退すべきかを悩んでいるような迷う気配を醸し出している。

 百メートル程の距離を、一瞬とも言える時間で零にする。脚の筋肉が柔らかく跳ねる感覚、点が線に感じる視界の煌めきが、すごく心地よい。


「ッ!!」


 ここに至って、敵も覚悟を決めたように、だが慌てたように武器での攻撃を開始する。ちりちりとした危険信号シグナルを避けるように、手近な木の幹を駆け上がる。

 重力に身体がもっていかれる前に、跳躍。すぐ迫ってくる別の木に身体を捻りながら着地――瞬間、さらに跳躍。太い木の側面を疾走し、再び跳躍。既に通り過ぎた木にいくつかの矢が刺さり、羽がびぃぃんと震えていた。


 遠距離武器を持っているなら、もっと前から攻撃しなきゃもったいないのに。

 そんな思いを抱きつつ、前へ、後ろへ、縦に、横に、身体を跳ねらせる。木の幹や枝を地面代わりに駆けぬけ、側面までも足がかりに跳躍。

 ターザンになったような感覚は、開放感で一杯だ。目まぐるしく変わる視界も、動体視力が発達しているせいか明瞭だ。


「っひ!?」


 太い枝の上で、弓に矢を(つが)えようとしていた男が息を呑むのを間近に感じる。

 その男よりさらに上の枝を蹴り、幹の側面をはしり降りる。そのままの勢いで剣を振るう。悲鳴と一緒に男は地面に落ちた。その顛末を確認する前に、既に僕の身体は次の木に向かって跳んでいた。


 素早い獣のように跳ねまわる僕に、攻撃を当てることは難しかったようだ。むしろ僕を殺そうとする殺気を存分に発露してしまい、自分の居場所を教えてくれているようだった。

 【索敵サーチ】の効果もあり、手に取るように襲撃者達の居場所も動きも分かる。


 最初の男と同じように、隠れながら攻撃してくる残りの男たちを斬り捨てる。

 残りはさらに奥にいる二人だけになった――が、なにやら様子がおかしかった。

 どうやらこちらの惨状には気づいていないのか、あるいはそれどころではないのか。こちらへの意識や関心は一切感じられない。


 もしかしたら、襲撃の理由などの情報を収集することが出来るかもしれない。

 本来であれば、生かしたまま捕まえて話を聞くのが良かったのだろう。しかし未だ自分自身の能力ちから制御コントロールが上手く出来ないのだ。自分では軽い攻撃のつもりでも過剰な攻撃になってしまう。

 そもそも敵が何人も残っている状況で、手加減して捕まえようという動きをする余裕まではなかった。

 しかし相手が油断しているのであれば、それも可能になるかもしれない。


 なるべく音を立てないように、忍び寄る。

 木と同一化するように、周りの環境に溶け込むように静かに、素早く動く。子どもの頃『ケイドロ』の鬼として名を馳せたことを、ふと思い出した。 


「――ッ!?」


 大きな瞳と目が合った。吸い込まれるような深い蒼の瞳だ。その瞳から、涙が一粒、零れ落ちた。

 異常な光景がそこにあった。

 瞳の色と同じ蒼い髪が目立つ小柄な少女の四肢が、肉饅頭のような身体に押さえ込まれていた。

 まるで精巧につくられた人形のような可憐さをもっている少女の顔は、苦痛と恐怖に歪んでいる。彼女の腕や脚を抑えつける巨体の圧力が苦しめているのだろう。

 男は不潔な服を既に脱ぎ捨て、汚らしく醜い脂肪まみれの身体を露わにしていた。左手で少女の両手を抑え、片膝で少女の脚を抑えている。空いた手がまさぐるように、少女の服を脱がそうとする。


「イヤァァァァッ!!」

「な、なんだ、おい!? いきなり叫び出すなよぉ――ぶふぉっ」


 絹を切り裂くような悲痛の叫び声が聞こえた瞬間には、僕の右足が男の巨体を蹴り上げていた。

 出来る限り力を抜いて放った蹴りだが、それでも巨体が軽く跳ね上がり、数メートルの高さから一気に落下する。受身もろくに取れなかった男は、息すらも出来ない様子でのたうちまわっていた。どうやらちゃんと生きているようだ。


「大丈夫?」


 慌てて乱れた服を伸ばし、身体を丸める少女に優しく声をかける。

 既に涙を止めていた少女は、無垢な表情を冷たくしている。心の内面が表情からは読み取れないが、ショックの大きさは伝わってきていた。


 だが、幸いなことにどうやらまだ事後・・ではないようだ。本当に良かったと安堵するとともに、こんな少女にそのような行為をしようとした、後ろで未だ悶絶している男への怒りが湧き上がる。


「あ、えっと、僕はヒロユキっていうんだ。ちょっとこの先に用があってここまで来てたんだけど……」


 なんとか安心させようとするが、少女の大きな瞳は感情を全く読ませなった。

 本当だったら、上着の一つや二つをかけてあげるのがいいのだろうけれど、残念なことに僕の服装は未だこの世界にやってきた時のままだ。

 つまり、黒ジャージにブタのマークがでかでかと描かれたパーカーという完全くつろぎモードの服装だった。しかもちょこちょこ返り血を浴びているという、残念仕様。

 これでは安心させるどころか、あいつらの仲間と思われても仕方ない。


「……オベリスク」

「え?」

「わたしの名前。オベリスク」


 どうやら、なぜかは分からないが、一応敵ではないと判断してくれたようだ。


「あ、僕はヒロユキってさっき言ったよね。えと、どうしてこんなところに?」

「……捕まった」

「こいつらに?」


 言ってから、何当たり前の質問をしているんだと自分を叱責する。しかし、彼女はこくんと頷き、ゆっくりと立ち上がった。

 ふらりと動き、地面に置いてあった剣を掴む。

 おそらくそこで悶絶している変態のものだろうその武器は、少女の身長くらいの大きさがあった。それを引きずりながら、襲ってきた男のもとに向かう。


「……なぜ止めるの?」


 涙目で見上げている男のもとに辿り着いた少女が、その剣を華奢な手で振り上げる。

 剣はそれ自体の重さで一気に男に迫り、男の脂肪まみれの身体にのめり込む――前に、剣の刃を摘まみ止めた。切っ先が男の首の薄皮を撫でたが、男の脂肪の厚さがあれば全然問題ないだろう。


「あなたは、わたしにこの苦しみを飲み込めというの?」


 冷たい色を帯びた目線が、僕を貫く。身体は無事でも、心に負った傷は大きいのだろう。相手を殺したいほどの傷の深さを、簡単に理解できるとは思わない。それを否定する気もない。そもそも僕にそんな権利はない。


「いや、そんなことはないよ。ただ、こいつには聞かないといけないことがあるから、死なれちゃ困るんだ」


 そっと彼女の手から剣を取り上げ――ほとんど抵抗なく手を放してくれ、受け止めた剣を転がる男の顔ぎりぎりに突き刺す。

 ぐさっと心地よい土の感触が伝わった。


「っひぃ!?」

「とりあえず、知っていることを話してもらいます」


 僕よりもいくつも年上だろう男は、たるみきった顎下を震わせながら、僕と少女に目線を往復させた。

 それに構わず、胸倉を掴み上げ、無理矢理座らせる。口元に血が滲み出ているが、もしかしたら内臓を痛めているのかもしれない。


「……生命いのちを」

「は?」

「生命を助けてくれるなら、なんでも話す! だからその女をボクから放してくれぇ」


 よほど先ほどの攻撃が恐ろしかったのか。だが、確かに可憐な少女が無表情で剣を振りおろしてくる光景は、ぞっとするものがあるのかもしれない。

 少女に視線をやると、かすかに頷いたのが分かった。数歩下がってくれる。どうやらこの場は僕に任せてくれるようだ。

 どこか僕の動向を見守る――というよりは観察しているような気配を感じるが、それは問い質すほどでもない、か。


「あなた達は≪闇の悪夢(ダーク・ナイトメア)≫っていう組織の人なんですよね?」

「あ、ああ。組織じゃなくて≪クラン≫っていうんだけどね」

「……組織クランの人数は?」

「わ、分からない。多分五百くらいだとは思うけど……ボク達のパーティーは二十一人で構成されている」


 二十一人。倒した人数と一致する。


「ということは、残りのメンバーが再び襲ってくることも考えられる?」

「……ああ。でも、多分、時間はかかると思う。この依頼はボク達に任されたから、本部が失敗を把握しない限り次のパーティーはこないと思うけど……そうだ! もし助けてくれるなら、ボクが本部に『任務成功ミッション コンプリート』と伝えてあげるから……逃がしてくれよ。こう見えてボクは≪闇の悪夢(ダーク・ナイトメア)≫のボスと関係が深いからさ、なんとかなるよっ!!」

「黙れ。質問に答えるだけでいいです」

「……はぃぃ」


 必死に助かろうとする姿勢に、胸がむかむかする。お前たちは、その姿勢の人を何人苦しめた。僕に対する態度からも、このような行為に慣れを感じていた。おそらく、こいつらは人の生命を弄ぶベテランだ。


「依頼ってことは、誰かに頼まれたってことですよね。誰にですか?」

「し、知らない。本当に知らないんだ!」

「じゃあ、なんで僕を狙ったのかも?」

「知らないよぉ! かしらが、久しぶりに大口の依頼が入ったって喜んでいたけど、詳しいことは聞いてないんだっ!!」


 血走った目に、嘘はないように感じる。

 正直、ここで言われたことが本当なのか嘘なのかを見抜くことはできない。だから、具体的に全てに答えるよりは『知らない』、『分からない』といった答えの方が信用できそうな気がした。


「……何か知っていることはあるんですか?」

「いや、えっと……そうだな……」


 必死に考えているようだが、その姿も本当なのかどうか。だが、こいつのことだから何か言えば助かると勝手に勘違いして、必死になっているのかもしれない。

 本人が言っていた『ボスの関係者』という言葉、他の男達とは違う情けなさ、捕まえた女の子を見張る役目かどうかはしらないが森の奥で待機していたこと、他の連中が戦っているにも関わらず本人は女の子を襲うという自由気ままな行動。

 それらから、こいつは役に立たない『付き添い』と判断する。

 そのボスっていうのが、ここの頭に「経験を積ませてやってほしい」とか「現場を知ってほしい」とかそんな過保護な感じで押しつけたのではないだろうか。

 よくある出来損ない二世のパターンがこの世界でも通じるとは思えないけれど、近いものはあると思う。


「……そうだ!! この依頼は、なんでも偉そうな女がしてきたって言ってたな。その女も喰っちまおうぜ、って皆が話していた。まぁボクは興味がなかったけどね」

「偉そうな……女?」

「偉そうっていうのは、態度が偉そうなのもあるけど、身分が上層ってこと。あれは貴族じゃないかって頭が言っていたなぁ」


 貴族。

 すぐにミチードの顔が思い浮かぶ。しかし、あいつは男のはず。なら、女っていうのは……。もしかしたらミチードの部下が依頼したのかもしれない。

 考えてみれば当たり前の話だ。ミチードはこの国の皇族。顔が知られていて当然と考えた方が良い。だったら、さすがに本人が暗殺の依頼なんてするはずはないだろう。


 僕の中で、この襲撃の犯人はミチードで確定している。他に依頼をしてまで僕を殺そうとする存在はいないはずだ。

 だが、ミチード自身もこれを確実な手段としては考えていないのではないかと思う。確実性を考えれば、もっと他の手段があると思うのだ。

 おそらく、これはちょっかいをかけている程度なのだろう。あるいは、逆らうようなら本気でやるよ、という警告か。

 だが、どちらにしろ僕の行動計画に変更はない。一刻も早くアヤという魔術師に会い、教えを乞うだけだ。


「おほっ、ボク良い情報伝えたよね? もう解放してくれるよね? もう、ここ(・・)ではオイタしないからさ。反省してるって!」


 『貴族』という言葉に反応したのが、顔に出たのだろう。それを目ざとく見つけたへんたいは、嬉々とした表情で身を乗り出してくる。

 吹き出物と髭とふけで覆われた顔は、分厚くどこか蛙に似ていた。

 ぎょろりと濁った瞳を剥きながらの懇願は、これまでと違って嘘臭さを感じる。きっと、こいつはまた同じことをして、誰かを苦しめるのだ。


「……」


 オベリスクと名乗った少女に目を向ければ、じっと僕を見つめていた。


「……まさかあなたは、この屑を逃がそうと思っている?」


 僕の視線から尋問が終わったことを悟った少女が、口を開いた。


「キミはさっきこいつを殺そうとしてたけど、自分の手(・・・・)でこいつを殺したいの? それとも、こいつが苦しむ結果があれば気持ちは晴れる?」

「わたしは……こんな屑が、また同じようなことをするのが許せない。ただそれだけ」


 自分のことだけではない。少女は、今後他の誰かが同じような苦しみを生み出したくないという想いで、自らの手を汚そうとしたということか。なら――。


「分かった。だったら、キミは何もしない方が良い」

「……意味が分からない。それは下らない正義感?」


 どうやら誤解しているようだ。確かに僕はこの男を逃がそうと思っている。内容はどうであれ、いろいろ喋ってくれたことは事実なのだから。

 だが、無傷で解放するなんて、誰も言っていない。絶対に許されないことをこいつはしたのだ。


「いや、ごめん。言葉が足りなかったかな」

「ほぇ?」


 突然僕の視線を受けた男が呆けたような声を出したが、聞き流す。

 地面に突き刺していた剣をさっと抜き、変態野郎の大事な部分に突き刺した。睾丸までもが潰れるように股の付け根の深い部分に向けて、だ。潰れる感触は絶対に感じたくないために、全力で突き下ろす。

 いっさいの抵抗を感じず、剣は木の根すら突き抜け、深々と地面に突き刺さり、砕けた。


「っんひ……ぃぐやあああああああああああああああああああああああああああああああああああっ」


 耳をつんざく悲鳴が、森を揺らす。藻掻くことすら出来ない男は、身体を丸め悶絶の声をあげる。


「キミがもし、ここでこいつを殺したとしても、きっと仕返しされるよ。こいつは、組織クランのボスと近い関係があるって言うくらいだから、必ず復讐してくると思う。心まで傷ついて……さらにそんなごうを背負う必要なんてないよ。だから、僕が背負う」


 襲われて、傷ついて、そしてまた狙われる。それは、さすがに悲し過ぎるし可哀想過ぎる。

 幸いにも、僕には『力』があった。全ての人を救えいたいなんて傲慢なことを考えているわけではない。だれかの幸せが誰かの不幸に繋がっていることも理解している。それが社会の中で生きていくということだとも分かっている。

 それでも。

 せめて目に見えた、気づいてしまった『理不尽』には、立ち向かっていきたい。それを打ち砕いていきたい。


「いいか。戻って組織クランのボスに伝えろ。今後一切、僕たちに手を出すな。出したら、確実に殺す」

「はっ、はっひゅー……ぃぃいい、はいっぃいい、はっはひゅー」


 荒い息で涙を流しながらも、なんとか頷いた男はなんとかと立ち上がり、よろよろと逃げていった。

 殺した方が良かったのか、あるいは捕まえた方が良かったのか。

 しかし、殺したら少女まで巻き込まれることになるかもしれないし、捕まえたところでこの世界の治安維持の方法や整備状況までは知らないから、確かな安全が生まれるとは思えない。


 一方で『はい』と返事はしていたが、もしあいつが無事に帰ることが出来たなら、きっと復讐を誓うだろう。

 でもそれはきっと彼の男としての本能を奪った、僕に対してだ。やはり、これが一番良い選択だったと思うことにする。


「……いいの? あなたが狙われることに」

「大丈夫。こう見えて、結構強いみたいだから。それに、これを見逃したら自分自身を許せないから」

「……そう」


 何か言いたげに口を開いた少女は、逡巡するように視線を巡らせ、結局何も言わずただ頷いただけだった。


「……あなた、見かけによらず、残酷」

 ぽつりと一言だけを残して。


 ちなみに。森の中の戦闘でもいくつかのスキルを入手していた。 

 【跳躍】

 【疾駆】

 【隠密ステルス

 【無尽躍動ヤマカシ

 ……【無尽躍動ヤマカシ】って……フリーランニングしたからなんだろうな。


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