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010. 涙


 ゆっくりと立ち上がったミチードは、濁った瞳を愉悦に歪め、諭すように語り始めた。


「よろしいでしょう。全力をあげて、蛇の【神器】を探すことはお約束します。しかし。やはり、私には彼が信用なりません」

「貴方はまだ――」


 アルテミスさんの言葉を、ミチードは手で制した。


「これは、私個人の意見ではなく、近衛師団第三席としての意見です。貴女たちの言を信じるならば、皇国魔術師ロイヤル・ウィザードが総出で挑んでも不可能だったことをいとも簡単に成し遂げたのでしょう? ならばこそ、彼をすぐに信用することは国防のうえでもあってはならないはずです」


 解除する力があるということは、同等の魔術を使用することが出来るということですから。そう締めくくるミチード。

 つまり、僕が皇夫妻を同じように呪うこともできる可能性があるということを言いたいのか。


「貴方の言っていることは支離滅裂です。ならばなぜヒロユキ様は、呪術解術を施術したのですか?」

「貴女たちの信頼を得ることが目的だったのかも知れません。現にこうして貴女たちの信頼を獲得しているではありませんか。これで【神器】が見つからなければ、皇女の信頼という基盤をもって彼はこの国に大きな影響を与えることが出来るようになる。確かに可能性としては薄いかも知れませんが、ゼロではない。臣下として、国を護る者として、これは見過ごせないのです」

「……っ!?」


 無茶苦茶な論法を振りかざすが、それを完全に否定できる客観的事実がない。

 いくら僕が声高々に潔白を叫んでも、そこに根拠となる事実がないために信用されることはないのだ。

 さらには、『国のため』と大義名分を掲げてこられると、どう言い返しても悪手になる。

 狡い男だと思うけれど、確実にこちらの攻める方向性を狭めてくる手腕は凄い。


「……ミチード、それでは貴方はどうすることが最善と仰るのですか?」

「少なくとも、【神器】の発見、皇国魔術師ロイヤル・ウィザードによる【神器】の影響把握、彼の調査が終わるまでの間は、城外待機が適当かと」

「城外待機? 追放するということですか。彼のような人材を他国に流出させることも、国防の上では見過ごせないと考えますが?」

「いえいえ、誤解なさらないでくださいアルテミス皇姫。調査が終わるまでの間待機して頂くだけです。もし調査の結果、問題ないと判断されれば国客として招待いたしましょう」

「なぜ城外で? 呪術解術に尽力してくださっている方に失礼ではありませんか?」

「国防だとお伝えしたはずですが? 皇夫妻の安全のためにも、これ以上彼を近づけることは不可能です。それに彼がこの国にとって有益な材だとは私には思えませんが……このあたりが妥当なラインではないでしょうか」

「貴方にはヒロユキさんの力が分からないのですね」

「そこは見解の不一致ですね……それにこの城で滞在して頂くと、不幸な事故が起こる可能性を指摘されたのは貴女たちではありませんか? また、彼がこのまま我々に協力していれば『敵』は彼を狙ってくるのでは? それを守り切る力が貴女たちにはありますか?」

「――!?」


 完全な脅迫。

 このまま僕がココに残ることを選択すれば、ミチードはあらゆる手段をとってでも『不幸な事故』を起こしてくるということか。

 不幸な事故の内容は分からないが、おそらくは僕の抹殺。


 ここまで露骨にイリス達と敵対するミチードが政府の中枢にいるという事実に、イリスが言っていた『国の中の爆弾』という言葉を思い出す。

 まさにミチードは破裂寸前の爆弾だ。


「ヒ、ヒロユキ……」


 イリスが、苦悩した声をあげる。今にも崩れ落ちそうな身体を懸命に支えている。

 おそらく、イリスにとってもミチードにとっても、この状況は予想外の状況なのだろう。

 イリスにとっては、本心から呪術の解術が成功すると信じていたのだと思う。


 事実、その想いがあったから僕は信頼に応えたいと思ったし、それが力となって呪い自体は打ち砕くことができたと思う。

 そして、もし呪術の解術が完全に成功さえしていれば、皇夫妻の政権復帰は確実となり、敵対勢力との確執も解決に向かうと信じていたのだ。

 もちろん、どう解決していくかなんて、この国の事情をほとんど知らないから分からないが。


 だから、僕が狙われることになる可能性を考えられなかったのだと思う。

 だが、それを責める気は全く起こらない。イリスがココに連れてきてくれなかったら、もっと色々なことに巻き込まれている可能性は高いし、そもそも、イリスはまだ少女と言っても良い年齢だ。

 そんな子が、父母を奪われ、それでも気丈に戦っている。よくここまで頑張ったと褒めることしか出来ない。


 また、ミチードにとってもこの状況は想定外だったと思う。

 ミチードを『敵』と仮定した場合、彼の最初の狙いは、この状況を使ってイリスを追い込むことだったに違いない。


 呪術の解術に失敗した場合、イリスに責任があるような言質を取っていたが、おそらく彼の中では呪術は絶対に解けないものだったはずだ。

 だからこそ、ごねるように会話を誘導し、イリスから言質を奪い取った――もちろん、イリスもそれには気づいていたはずだが、成功を信じていた彼女にとってはそれは些細な問題だったのだろう。

 

 しかし、予想以上に僕の力が強かったから、ミチードの思惑もずれてしまった。

 きっと彼の中での要注意な人物(ターゲット)の重要性が、イリスから僕に移り変わったのだと思う。

 だから、どうにかして僕をここから排除したいのだ。その結果、露骨とも言える敵対行動を取ってでも、僕の退場を選んだのだ。


 ただし、これはあくまでミチードが黒幕だと仮定しての話だ。

 もちろんそうでない可能性もあるし、イリス達はミチードを敵と確定していたが、手を出すことはできないと言っていた。

 だから、この場でミチードを排除することは、もしかしたら僕の力で可能かも知れないが、取ることは出来ない選択肢だった。


「イリス。僕は、大丈夫だから」


 ならば、今、僕たちは何を選択するべきか。

 僕の安全。イリスの安全。皇夫妻の安全。ミチードへの対策。【神器】の発見と破壊。

 これら全てが可能となる選択をしなければならない。


 アルテミスさんを見る。

 今までの流れから、彼女はイリスを大切に思っていることは伝わってきている。

 それに、おそらく僕よりも聡明だ。

 なぜなら何年もの間、隠れた敵対勢力と戦いながらも国を纏めてきた実績があるからだ。だから、きっと僕の考えたことなんか把握しているはずだ。

 僕の思いが伝わったのか、アルテミスさんは暫く目を閉じ、ひとつ頷いた。


「わかりました。ミチード、あなたは呪術解術失敗の責をイリスがとらなければならないと言っていましたね」

「ええ、それについてはこの後しっかりと――」

「ならば、イリス。貴女の責においてヒロユキさんを城外の安全な場で庇護しなさい。ただし、貴女は城外へ出ることを禁じます」


 言葉遊びには言葉遊びか。上手い手だ。

 ミチードが思い描いた責任の取り方とは正反対の方向性だが、責任を取ること自体に間違いはない。

 ここまでのミチードのやり方が無茶苦茶だったため、文句を言うことは出来ないだろう。


 もっと時間をかけて考えれば、よりよい選択も思い浮かんだかもしれないが、このタイミングで出せる選択としては最良だと思う。

 イリスの責をうやむやにし、さらには僕とイリスを離すことが出来る。

 今、僕とイリスが一緒にいることは、おそらくリスクが高すぎる。


 イリスと離れることへの不安や寂しさはあるが、彼女の安全と比べればそんなことはどうでも良い。

 しかもイリスが僕の居場所を選ぶことが出来るのであれば、僕の行き先への希望を十二分に汲み取ってくれるはずだ。

 僕は、やらなければならないことがある。

 それに、イリスが城の中にいるということは、【神器】発見の力になってくれるはずだ。


「……まぁ、よろしいでしょう。では、私は【神器】発見の指示を出してきます。まだ日が高いですので、彼の処遇は今日中によろしくお願いしますね」


 そう言って、さっと身を翻したミチードは、振り返ることなく部屋を出て行った。

 ばたんと扉が閉まり、一瞬の静寂が部屋を支配した。


「……申し訳ありません、ヒロユキさん。身内の恥を晒すようですが、この国の内情は一枚岩とはとても言えない状況で……」

「いえ、かえって僕のせいでご迷惑をおかけしたようで、すみませんでした」


 深々と頭を下げてくるアルテミスさんに、慌てて礼を返す。

 僕としても呪いを解術できなかったという負い目があるため、謝られると悪い気がするのだ。


「いえ、今後に希望ももてました。【神器】の発見については私とイリスで指揮を執っていくつもりです」

「……もし発見したとしても、それを壊さないでほしいのです」

「え?」

「もしかしたらの話なんですが、【神器】を感じ取ったとき、とんでもない"力"のイメージも感じたんです。だから、それを壊すとなると……」


 【解析パルス】した時に浮かんできた【神器】の強烈なイメージ。

 何で強烈なイメージだったのかを考えてみると、【神器】から出る大きな波動のようなもの――おそらく魔力が原因ではないのかと思うのだ。

 もし破壊に対して【神器】がその魔力を放出するとなると、その被害は甚大なものとなりそうだった。


「わかりました。では【神器】発見したらヒロユキさんをお呼びします。それまでに、貴方を城に招く口実を考えないといけませんね」


 最後は冗談っぽく、ほほえみをこぼすアルテミスさん。


「……長い戦いになりそうですね」

「アルテミスさん達には申し訳ないのですが、できれば少し時間の猶予はほしいです。今、僕にその【神器】を打ち砕く力があるかどうか、全く分かりませんから」

「いえ、頼りきって申し訳ありません。このお礼は、必ずさせて頂きます」

「そんな、お礼なんて……ちょっとお願いがあるんですが、イリスと少し話をさせてもらっていいですか?」

「もちろんです。部屋の外で待機しておりますので、呼んでください」


 行きますよ、と渋るレンさんを無理矢理連れ出していく。「私には護衛がぁ」と悲鳴が響いていたが、扉が閉まるのと同時にぱったり聞こえなくなった。

 どうやらこの部屋の防音効果は半端ないようだ。


 うつむくイリスと、向かい合うように立つ。

 さて、どう声をかけようか。意気消沈と打ちひしがれた少女の肩がかすかに震えていることに気づいたとき、僕はかける言葉を失っていた。

 なぜ、ここまで落胆しような状態になっているのか。

 ある程度想像はつくが、だからといってどう言葉で伝えれば良いのか分からない。


「ヒロユキ……ごめん、ごめんなさいっ!!」


 悲痛な叫び声が響く。涙で濡れる瞳が、思考の迷路に迷い込んでいた僕から思考力を奪った。


「もっと考えれば良かった……っぐ……わたしのせいでヒロユキが生命を狙われて……ごめんなさい……迷惑かけて……もうこれ以上迷惑かけない……わたしがやるから……ひぐ……」


 思った通り、彼女は自分自身を責めていたのだ。

 自分の思慮が足りなかったせいで、僕を巻き込んでしまったとそう思っているのだ。

 そして、自分の身の安全より、僕にこれ以上迷惑をかけてはダメだと頑なになっているのだ。

 今までの気丈としたイリスからは想像できない、でも、歳相応の少女の姿がそこにあった。


「イリス」


 そっと、優しくイリスの肩に手を置く。

 それにびくんと震え、すがるような瞳が涙で輝いた。

 確信する。僕は、この濃色の瞳に、惹かれているのだ。


「僕は、迷惑だなんて思ったことは、一度もないよ」

「でも、わたしのせいで、ヒロユキが……」

「そんなこと関係ない」

「生命も狙われて……」

「だからどうした」

「わたしのわがままで!」

「わがままで構わない」

「これ以上迷惑はかけられない! わたしが独りでやらなくては!! やらなくてはダメなんだ!!」

「それは違うよ」


 駄々っ子のように、頭を振りながら慟哭するイリス。

 きっと頭では分かっているのだ。 父母を救うには自分ひとりの力では無理だということが。僕の力が必要だということが。

 でも、僕に頼るということは、僕がより巻き込まれてしまうということ。それは、この世界に僕を召喚してしまった当事者として、絶対に許されないことだと思っている。

 その相反する想いに苦しんでしまっているのだ。本当に、優しい娘だと思う。


 でも、間違っている。絶対に、間違っている。


「言ってくれ、イリス。僕はお前の【運命の相手】なんだろ?」


 相当に恥ずかしい言葉。でも、僕の本心だ。

 僕は、イリスの力になりたい。イリスの笑顔が見たい。イリスと笑顔で向かいあいたい。だから、覚悟を決める。


「イリスの想いは、全て受け止める。だから、おまえの本当の願いを、言ってくれ!」

「――ッ!!」


 数瞬、世界の時が止まったかのように感じる。


「……助けて」


 真正面からぶつけられた瞳には、涙と、星の輝きのような意思の光があった。


「助けて、ヒロユキ……父様、母様を……この国を……だずげでぐだざいっ!!」

「ああ。絶対に助けてやる!」


 言葉の最後は、涙声で震えていた。

 その嗚咽だったものは、決壊が壊れたようにあふれ出す涙となり、イリスは僕に身体を預けるように泣き崩れた。そっと、小さく華奢な身体を抱きしめる。


 本当に今までよく頑張ってきた。

 つらい戦いだったのだろう。考えてみれば当たり前だ。いくら皇族とはいえ、まだ中学生か高校生くらいの女の子が、大の大人達の中で必死にあがき、もがき、苦しんできたのだ。つらくないはずがない。


 言葉には出さず、頭を軽く撫でながら、彼女の頑張りを讃える。

 でも、これからはもう独りではない。

 僕が、絶対に助けてみせるから。

 きっと、それが僕がこの世界に来た意味に違いないのだから。

 

 イリスが落ち着くまでには、少なくない時間が必要だった。


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