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009. 希望という名の可能性


 ミチードの発した言葉が、全員の脳裏に到達し理解されるまでには、しばらくの時間が必要だった。


「何を仰っているのです? こうして呪術の魔力は消え去っているではありませんか」


 最初に反応したのは、意外にもアルテミスさんだった。

 少し、不機嫌そうに――それでも皇代理としての自覚があるのか、ほとんどそれを隠しての発言には、懐疑的な想いを抱いていることが感じられた。

 おそらく、これまでと同じように難癖をつけられていると思ったのだろう。


「ヒロユキ?」


 僕の表情に気づいたのか、心配そうにイリスが視線を投げかけてくる。

 しかし、今の僕に応えられることは出来なかった。ここまで喜ばせてしまったぶん、この結果になってしまったことに対する申し訳なさでいっぱいだった。


「……はて。なにぶん、私にはそれが事実かどうか確認できません(・・・・・・・)ので」

「あっ……す、すみません」


 飄々とうそぶくように応えたミチードに、アルテミスさんが申し訳なさそうに謝る。

 その光景にどこか違和感を覚えた。

 ミチードの人を舐めたような言い方に違いはなかったが、その声質はどこか黒く、心にずしりとくる怨念のような響きがある。

 心の闇を垣間見た気がする、一瞬だった。

 だが、こちらに視線を向けてきたときには、既に慇懃無礼な姿に戻っていた。

 

「それよりも、そこの彼に聞いたらいいのでは? どうやらご自分で理解されているようですのでね――失敗だと」


 一斉に視線が僕に集まる。少しの逡巡の後、イリスが口を開いた。


「ヒロユキ、そうなのか?」


 その言葉に釣られるように、イリスと向かい合う。

 振り向くまでの数瞬は、恐怖だった。

 怒り、悲しみ、不安、疑惑。どんな表情を彼女は浮かべているのか。その表情に僕は耐えられるのだろうか。

 それが怖くて、申し訳なくて、それでも向かい合わないといけなかった。


 呪いを解いてほしいという願いを聞き入れ、この場に立ったのは自分自身の決断だ。その結果は、どんなものだとしても受け容れなければならない。

 それが、僕が僕として生きていくうえで、絶対に譲ってはいけない責任だと思う。イリスとこの先も向かい合っていくために必要不可欠な決意だと思う。

 だから、覚悟を決めた。


「……鎖は――二人を縛り付けていた呪いは、消すことが出来たと思う」

「じゃ、じゃあ――!!」


 アルテミスさんが声をあげるが、イリスが彼女の手を握りその先の言葉を制止させる。

 ありがとう、とイリスに頷いてみせ、【解析パルス】スキルが解明した事実を伝える。


「ただ、呪いは二人の心の奥底まで蝕んでしまっていたんだ」


 握った手の中にあった呪いの残滓を皆が見えるように、突き出す。

 掌の上では、微かに目に見えるほどの赤黒く光る塵のような粒が、漂うように浮かんでいた。

 これが二人を縛り付けていた呪いの残滓だ。その塵が残してくれた情報を【解析パルス】し、皆が見えるように念じる。


   ――スキル【情報開示】を獲得しました。


 思惑通り、うっすらと透過している光の窓(ウインドウ)が現れた。

 この術は、道中イリスが見せてくれていたのでイメージがしやすかった。

 どうやら、魔術はどれだけ明確にイメージできるかが肝要となりそうだ。


「これ、は……」


 レンさんの唖然とした表情から、きちんと皆が見られていることが分かる。


 【輪廻の狭間へ導く連環(グリム・リーパー)

  魔人グリムが生み出した帝王級魔法エンペラークラス・スペル。魔法体系:呪術。

  輪廻を司る蛇神オロチを対象に堕とし

  ゆっくりと確実に死に至らしめる進行性の呪いを植え付ける。

  健康な状態から死に至るまでの猶予期間は、六六六六六時間。

  下級神を使役するため、呪術の発動と維持には

  【神器】を媒介に莫大な魔力が必要となる。


「す、凄い……帝級魔法エンペラースペルをここまで詳細に……こんなの、見たことがない……どれほどの鍛錬をつめば、ここまでのスキルレベルに」

「いいえ、姉様。先程までヒロユキは【解析パルス】スキルを修得していませんでした。おそらく、この呪術解除の過程の中で修得したのだと思います」

「そんな……【解析パルス】スキルは簡単に修得できるものではないのに……レベルの上昇まで……」


 おそらく、アルテミスさんが感じているのは、僕に対する畏れだ。

 引き攣った表情を隠すことも出来ないほどの衝撃があったのだろう。

 だが、それは僕も同じだ。

 この世界に来たばかりで世界のルールすらもしらない僕が、なぜここまでのことが出来るのか。正直、怖い気もする。

 でも、今はそんなことを気にかけている場合じゃない。


「この呪術は、生きているんです」


  体内に堕ちた蛇神オロチはゆっくりと時間をかけ

  対象の心の奥を蝕んでいく。

  また、以下の誓約を定めることで

  蛇神オロチの毒を対象の体内に残すことが可能となる。

  毒を残された場合

  蛇神オロチを滅ぼし呪術効果を消滅させたとしても

  呪術の効果は消えない。


  【誓約】

  術者の生命を蛇神オロチに捧げる。

  媒介となる【神器】の破壊の絶対的阻止。


「六万時間……およそ七年……父様と母様に残された時間は、あと三年少し……」

「う、うそ……でも……でも、この毒とやらが本当にお父様とお母様の身に残されているとは限らないのではっ!?」

「……ごめんなさい」


 もしかしたら、僕のこの行動は、イリス達姉妹を追い込んでいるだけなのかもしれない。

 でも、次の可能性につなげるために。今、閃いた、新しい希望を伝えるためにも、僕はこの事実を伝えなければならないのだ。

 だから、一言謝り、ベッドの上で眠る姉妹の両親の情報を【解析パルス】し【情報開示】する。

 強制的に読み取られた情報が、涼やかな鈴の音が鳴り響き、半透明のウインドウと共に出現する。


 【被呪術状態】

  術者アルキビアデスによる【輪廻の狭間へ導く連環(グリム・リーパー)】の対象者。

  【誓約】により、術者アルキビアデスの生命と引き換えに蛇神オロチの毒を被毒。


 伝えなければならない情報だけを開示する。過酷な現実がそこに書かれていた。


「そんな……そんな……」

「あ、姉様っ!?」

「アルテミス様! イリス様!!」


 アルテミスさんが崩れ落ち、慌ててイリスとレンさんがその身体を支えた。

 だが、支える側も力が入らないのか、三人がベッドに寄りかかるように腰を落とす。その姿に申し訳ない気持ちが溢れてくるが、その気持ちを無理矢理抑え込む。

 僕は三人を庇うように立った。なぜなら、今向かい合うべき敵がここにいるのだから。


 ミチードは、意外なことにこれまでの皮肉気な歪んだ笑みをひっこめ、虚を突かれたかのように愕然とした表情をしている。

 僕がここまでの情報を読み取れるとは考えていなかったのか。それとも、何か別の理由があるのか。

 だが、その表情で僕の進むべき道は見えた。先程閃いた可能性を信じる決心がつく。


「イリス、それにアルテミスさん。もしかしたらだけど、まだ可能性はある」

「……え?」

「ヒロユキ?」

「【輪廻の狭間へ導く連環(グリム・リーパー)】の【誓約】を思い出してください」


 確かに術者の生命と引き換えに【誓約】は発動し、蛇神オロチの毒が蝕んでいるけれど、それはもうひとつの可能性の証明にもなっている。

 【誓約】は、【神器】の破壊の絶対的阻止を条件に定めている。

 つまり、その条件を打ち崩せば【誓約】は破れ――。


「――毒は、消える?」


 希望を取り戻したイリスが、僕を見上げてくる気配を感じる。背中越しではあるが、確かに感じる熱さだ。だから、応える。


「絶対とは言い切れないけど。でも、その可能性は限りなく高いと思う」


 なぜなら、一度発動した毒がどう足掻いても消えないのであれば、二つ目の【誓約】は意味を成さないのだ。

 つまり【誓約】が続く限り毒の効果も続くということになる。逆に考えれば【誓約】さえ崩せば、毒も消えるということになる。


「だから僕たちがしなければならないことは――」

「媒介となる【神器】の発見――」

「そして――破壊ですね、イリス様!!」

「多分、【神器】は蛇の形をした、ナニかだ」


 それは、最初に呪いを【解析パルス】した時に浮かんできた強烈なイメージ。

 強烈すぎるが故に、明確な輪郭を捉えることはできなかったが、今なら理解できる。

 あれこそが呪いの媒体となった蛇をかたどった【神器】だ。


「くく……くくく」


 向かい合う形で対峙しているミチードは、既に余裕を取り戻し、再び口元を歪めていた。


「もう紛い物は結構です。イリス皇姫、いつまでそんな偽物につきあうのですか?」

「ヒロユキが、偽物だと?」


 一気に、イリスの声色に怒気が孕む。怒りでお淑やかな喋りがとんでしまったのか、素の喋り方になっていた。

 偽物呼ばわりされた僕本人より、イリスの方がその発言に怒りを覚えているようだ。それが少し嬉しい。


「ええ、偽物です。自分の失敗を成功だと偽り、その挙げ句には創り上げた情報で皇姫達の心を弄ぶ! これを偽物と言わずして何としましょうか!!」

「何を言っている? 確かにわたしはヒロユキが皇夫妻を呪う魔力を消すのを感じたぞ!」

「いいえ。それすらも、もしかしたら彼の演技ではないのですか? いえ、そもそも呪術の遣い手が彼だという可能性もありますね。他の何かに責任を転嫁し、自分は悠々と生きる。蛇の【神器】ですか? 馬鹿馬鹿しい」

「その疑いこそが馬鹿馬鹿しい。そもそも、たとえ虚言の可能性があるとしても、皇夫妻の回復を第一に考えるのであれば、それに全力を賭けることが臣下の務めではないのか?」

「その結果が、今の状況でしょう。彼を信じ、何が改善したというのです? 皇夫妻は今も眠りについたままなのですよ!」


 正直、論戦でミチードを打ち負かすことは難しいと思う。

 それはイリスの力が弱いとかではなく、目に見える事実が『皇夫妻が目覚めていない』ということしかないからだ。

 魔力や呪いといった目に見えない――いや、自由に創り上げることが出来る、つまり証明できないことがこちらの武器である限り、圧倒的に不利な立場だ。それこそ【神器】を実際にもってこない限りは。


「……ミチード。貴方の部下にアルキビアデスという者がいた可能性もありますよ」


 イリスとミチードの論戦を止めたのは、アルテミスさんだった。


「可能性の話をいくらしても仕方がありません」


 ゆっくりと立ち上がり、強い視線をミチードにぶつける。その姿は先程までの傷ついた少女ではなく、一人の戦士だった。


「アスガルディア皇代理として、判断します。これより我が国は【神器】の発見に全力を尽くします」

「姉様!!」


 唐突な宣言に、イリスがまず驚嘆していた。

 僕自身も、まさかアルテミスさんまで信じてくれるとは思っていなかったから、凄く嬉しい気持ちになる。


「……ほう? しかし――」

「反論は許しません。これを皇命と心得なさい!」

「……はっ!」


 アルテミスさんの剣幕に、ミチードが跪き拝礼の姿勢を取った。思わず僕まで跪きたくなるほどの迫力だ。


「ヒロユキさん、あなたにも【神器】発見のお手伝いを、お願いできませんか?」


 上目遣いに請われる。答えは決まっていた。

 僕は、イリスの力になるためにここに来たのだ。しかも、この可能性を提示したのは僕だ。最後まで責任はとらなければいけない。


「もちろん――」

「それは、無理です」


 僕の答えを、ミチードが遮る。

 跪いたままの姿勢でミチードの表情は見えないが、彼の声は確かに嗤っていた。


 まるで、悪魔のような嗤い声だった。

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