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『何、トオル? 今、ちょっと忙しいんだけど』
携帯電話の向こうからドン暗いクラシックギターの音色が聴こえて来る。
陰鬱なメロディの演奏と煩わしげな声の主、その名は西園寺 輝人。小・中・高・大と同じ学校という腐れ縁の幼馴染だ。
昔から俺は省略してサイトと呼んでいる。K美大で空間デザインを専攻しているくせに、何故だか小説家志望という無類のひねくれものだ。
ヤツ曰く「絵筆を使わずゼロ次元に光明寺ワールドを描くのさ。まさに究極の空間デザインだと思わない?」なんだそうだ。なんつうへ理屈だ。まったく芸術家の考えることは理解に苦しむ。
中途半端に髪を伸ばした、青っ白くてやせっぽちのメガネ男子。神経質で人見知りが激しいくせに、打ち解けると理屈っぽくて皮肉屋でおまけにダジャレ好きつう、実にめんどくさい性格だ。
眼鏡を外すと案外整った顔立ち。切れ長の鋭い目元が特徴的だ。身なりにさえ気を配れば、案外イケメンの部類に入るのかもしれない。だけど、ド近眼故に素顔を人前に晒す機会など、まるで皆無なのがコイツの残念なところだ。
『で、用件はなんなのさ、昭和の男前殿?』
「だから『昭和』はよけいやっつーの。まあ、そう急かすなやサイト。さっきから後ろで流れてんのは、オマエの新曲け?」
コイツはいつも学校の課題そっちのけで、ここ北白川通りの裏手にある、おんぼろアパート「ドキワ荘」に篭っている。俺たちは地方出身なので、お互い侘しい下宿住まいなのだ。
そこで大概<光明寺家の巧妙な事件簿>ってなヘンテコリンなミステリ小説を書いているか、ヘタレなギターをジャカジャカ弾いてはYouTubeにUPしているかのどちらかだ。
引き篭もり一歩手前の典型的なインドア人間。ルアーフィッシングが趣味のアウトドアな俺とはまさに正反対。しかし不思議なことに何故だか俺たちは、いわゆる世間で言う「親友」ってヤツなのだ。
サイトはガキの頃から無類のイタズラ好きで、正直者の俺は昔から何時もコイツのペテンにやり込められている。だから今回は俺とハナの二人で事件を解決して、ギャフンと言わせてやろうと思ったのだが……。
やはり、こういう不可解な事件には、コイツの悪魔的な知恵は欠かせないみたいだ。
『YouTubeにUPしたら聴いてよね。曲名はパイロットフィッシュ[PilotFish]。熱帯魚などを水槽で飼育する際、先に水槽で飼育して目的の魚に適したバクテリア環境を作り上げるために利用する魚って意味。水槽内での生活に必要不可欠なバクテリアの定着していない環境で身代わりとなった替え玉たちは、最後は無情にも命を落としてしまう。そんな哀れな捨て駒たちに捧げる鎮魂の曲さ』
へー、なるほど。サイトお得意のムダ知識だ。そういえば被害者のカノジョの趣味も熱帯魚って言ってたな。
サイトはギター一本で、ピアノのように主旋律と和音とベースを同時に演奏するソロギターという技法にハマってるみたいだ。俺以外に友達のいないコイツにはピッタリの演奏方だ。協調性も社交性もないサイトに、軽音楽部とかでバンド活動なんて、今回の空間移動トリック以上に絶対ありえない。
そういえば先日、リニアPCMレコーダーとかいう録音機材を購入したって言ってたな。そうやって自分の演奏を録音したのを聴き返しては悦に入っているのだろう。
かの「世界のクロハナ」然り、まったく美大という世界は自己愛主義者の巣窟だ。そんなのいいから学校の課題をやれ、課題を。たまには大学出て来いっつーの。そんなんやから、いつまでたっても彼女もできへんし、関西弁もしゃべられへんねんぞ。
そのドン暗いメロディの曲とサイトの注釈を左に受け流しながら、俺は事件の概要をヤツに説明し始めた。
『――ああ、例の「ツイッター推理ゲーム殺人事件」のことだよね。亡くなったランスケの河本殿とやらには申し訳ないけど――』
「けど、なんや?」
『ネットの推理ゲームというのは集客力が抜群の上に、おマツリ感覚で楽しいけど、人間の知的虚栄心を揺さぶる諸刃の剣だからね。ネット小説としては、読者とよい関係を築けないのが致命的だ。ムキになってエスカレートすると、今回のように殺し合いに発展しかねないのさ。トオルも程ほどにしときなよ』
いつもヒトコト多いのがコイツの悪いクセだ。
「なあサイト、そんなお説教はええから――オマエ、この事件の真犯人とトリック、看破できるか?」
「あたりまえじゃん。真相や動機も含めて、とっくにお見通しだよ」
シラっと答えるサイト。流石は未来のミステリ作家だ。とはいえ、かなりムカツク。関西在住なのに「じゃん」つうのが更にムカツキやがる。
湧き起こる怒りを抑えつつ、その答えを促そうと口を開いた矢先――
『でも、馬鹿馬鹿しくて付き合っていられないな悪いけど。僕が志す光明寺文学は、時空を超越し、ゼロ次元空間に二十四色の光彩を描き、戦慄の旋律を奏でる未来世紀ミステリ。そんな小学生でも思いつきそうな、安っぽくてくだらない三文ツイッターのなぞなぞトリックなんかEメジャーナインスよ』
目じゃあないんスか? マニアックすぎて伝わらないのがコイツのダジャレの悪いところだ。サイトはそういい終わると、「ポローン♪」とギターの和音を鳴らした。
『和音』
おちゃらけた口調で犬の遠吠えの鳴き真似をするサイト。カチーン。
「……なあサイトよ。オマエ、さんざんエラソーなこと言っておきながら、本当はエックスの出題するトリックが見破れへんねやろ。せやから負け惜しみ言ってるんやろ。さっきのは負け犬の遠吠えかいな? そうやって知ったかぶりしてカマかけるヤツって、ツイッターの推理ゲームでも多いんやで~」
携帯電話の向こうから「カチーン」という金属音が聴こえて来た。おそらく調律用の音叉で食器でも叩いたのだろう。そうやってすぐムキになるのがコイツの悪いクセだ。
『フッ、まあそう思いたければご自由にどうぞ。ねえ、もういいかな? 忙しいから切るよ。じゃあね相棒殿――以上、北白川通りの杉下左京区でした――』
通話が切れた。左手の爪でガリガリと頭を掻き毟る俺。くそっ、怒りが収まらない。おのれサイトめ、何処までも人をおちょくりやがって。今度という今度は――ガチ絶対まじマックス絶交だ。
その夜。何時もの「ツブレ荘」にて。
今宵も無数の挑戦者たちが、勇猛果敢に事件の謎へと挑む。
『@The_Tragedy_of_X エックスさん、推理ゲームにチャレンジします。DMに送信しました』
『@The_Tragedy_of_X エックスさん、いつも御世話になってます。今回も推理に挑戦します。DMを確認して下さい』
しばらくして出題者からの返答が。
『@marunage_strike さん。 @hkcyclonejoker さん。いつも挑戦ありがとうございます。でも、みなさん今回も残念。(・o・)<モヤット』
現在、正解者ゼロ。このまま真相は闇に葬り去られるのだろうか。それとも最後は出題者のエックスが、おいしいとこ全部かっさらって行くのだろうか。そう、「名探偵しろむー」の名前で。
あの「目ざましいテレビ」での告白以来、しろむーこと城田アナは一度もツイッターに表れていない。怪しい、怪しすぎるにも程がある、やはりエックスの正体は――ブジテレビきってのスーパーエリート城田アナなのだろうか。
そんな無粋な妄想に耽りながら、俺はヌタヌタの万年床に寝そべり、ノートPCの画面に表示されたツイッターの掲示板を悶々と眺めていた。
「ええい、やっぱ考えているだけでは埒があかへん」
ダメモトで俺は、ハナが披露した河本のカノジョの椎名さんによる便乗犯罪説と死体移動のアリバイトリックをノートPCに入力した。あたかも自分で推理したような顔をして。すまんなハナ、今回も堪忍や。
それを短文に分解して、連続ツイートの第一弾としてエックスにDMで送信しようした――その時。
「ん、なんやコイツは?」
ワイの悲劇(O県弁w) @The_Tragedy_of_Y 5分
『@The_Tragedy_of_X 始めまして解答紳士X殿。ワイは「ワイ」ですw 粋な趣向ですね、現実の殺人事件の真相を推理ゲーム仕立てで世間に告発するだなんて。うーん、ドラマチックだねいフレデリック・ダネイw』
~解答紳士Xさんがリツイート
エックスのリツイートがタイムラインに流れて来た。どうやら新参者を紹介するRTみたいだ。リツイート(RT)とは「再つぶやき(Retweet)」の意味。他人のつぶやきの中で気に入った情報などをピックアップして、自分のフォロワーに広める場合に使うのだ。
早速俺は、その「ワイの悲劇(O県弁w)」とやらをフォローした。これで俺のタイムラインにワイの悲劇のツイートが毎回確実に表示されるようになる。
「しかし、なんやこのサムーいユーザー名は」
俺の地元のO県では、オレやボクなどの男性一人称を「ワイ」と言うのだ。
「『ワイ』っつーことは、ワイ……俺と同じくO県のヤツか? それに、この人を喰った口調といい、恭しく『殿』を付けるところといい、マニアックすぎて伝わらないダジャレといい――ハッ! まさか、まさかコイツは……」
ワイの悲劇(O県弁w) @The_Tragedy_of_Y 3分
『@The_Tragedy_of_X 早速ですが、「ツイッター推理ゲーム殺人事件」の謎解きに挑戦します。DMでワイのヘタレな推理を連続ツイートしました。では親愛なるエックス殿、ご確認の程よろしくお願いしマスカット・オブ・アレキサンドリア(地元ネタw)』
「――間違いない、サイトや」
(つづく)