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『「Xからのつぶやき挑戦状」の常連「しろむー」の正体は、実は……』
彼は日本全国に向かってつぶやいた。
『この「目ざましいテレビ」の司会者である、ブジテレビアナウンサーの私「城田 宗雄」なんです』
それが「日本の朝の顔」であるイケメン男性司会者、城田アナの挑戦状だった。
「なんやて! し、しろむーの正体は『日本の朝の顔』っつーことかいな! せやったら平日の夜の京都での犯行なんて絶対に不可能やないか!」
城田アナは続けた。
『事件当夜、私は紛れもなくエックス氏と推理バトルを展開していました。そう、ここブジテレビのアナウンサー室で』
「なんと!」
『普段は仮眠室で待機している時間なのですが、その日はエックス氏直々のご指名でしたので――私の同僚たちは、しろむーの正体が私であることを全員知っています。不肖、私事で恐縮なのですが、アナウンサー室のスタッフ一同は、皆この推理ゲームでの「名探偵しろむー」の活躍を楽しみにしてくれています。スタッフたちは、いつも代わる代わる、わたしのスマートフォンの画面を覗きに来ます。「おっ、今日もやってるな。がんばれ名探偵!」といった具合に。もちろん事件当夜も例外ではありません。つまり、私がエックス氏と対戦をしている様子は、テキストを入力している様子も含め、大勢のブジテレビ社員たちにより目撃されているのです』
「――ほんまかいな? オマエら全員グルなんちゃうけ?」
『わたしもその証人のひとりです。わたしはこの推理ゲームの、そして名探偵しろむーさんの大ファンで、その夜もずっと城田アナの横に張り付いて二人の推理バトルの勝敗の行方を見守っていました』
「カコパンがそう言うなら真実や」
『ありがとう加古川』
画面左手のカコパンの方をチラと向き、硬い表情を崩す城田アナ。
『わたしがファンなのはあくまでしろむーさんであって、城田センパイじゃあないですからね。誤解しないでくださいね』
そう言いながらも、カコパンが城田アナに熱い視線を投げかける。
『こりゃあ一本取られたなあ、ハハッ』
「なにがハハッや、こら、近づき過ぎやぞ城田。ナニさりげなく俺のカコパンの肩にさわっとんねん!」
そんな全国の男性視聴者たちの憤怒の声が届いたのか『――コホン、失礼しました』と咳払いをする城田アナ。彼は襟を立て直して話を続けた。
『この確固たる目撃証言により、私には京都で殺人を犯すことが事実上不可能であることが証明されたかと存じます。共犯者として台本を用いてひとり芝居を打つという状況が不可能であることも。ひいては、エックス氏と同一人物でないことも』
「まあ、確かに」
『そして何より、私という他人と真剣勝負を繰り広げていたエックス氏もまた、殺人事件を実行することが不可能であるということも証明されたかと存じます』
「くやしいけど、おっしゃる通りや」
『警察には捜査資料として、私のユーザーログの残されたスマートフォンは既に提出済みです。今迄、視聴者のみなさまに黙っていて……本当に申し訳ございませんでした。事が事ですので――事件が解決するまで、公表は差し控えようかとも見当していました。しかし、清廉潔白の身であるにもかかわらず、世間で真犯人と疑われているゲーム主催者のエックス氏の憤りを考えると、私、城田は……しろむーは、どうしてもこの事実を公表しなければならないと使命感に駆られた次第であります』
城田アナの声に熱がこもる。目にはうっすらと涙が浮かんでいる。その横でカコパンが、真剣な表情でじっと彼の横顔を見つめている。
『エックスさん、番組を見ていらっしゃいますか? 私のメッセージは届きましたか? さあ、これで貴方の無実は完全に証明されました。また「Xからのつぶやき挑戦状」を再開して、わたしたちを存分に楽しませてください。一ファンとして待ってます。そして、悲しみに明け暮れるご遺族の方々の為にも、一刻も早くこの事件の真相が明るみになり解決することを、我々ブジテレビ社員一同は心より待ち望んでいます。以上、『ツイッター推理ゲーム殺人事件』関連の独占情報について、しろむーこと私ブジテレビアナウンス部の城田がお送りしました』
『――では、次のニュースです――』
カコパンが別の原稿を読み上げ始めた。
番組コーナー終了後。俺は真っ先に黒澤華子に携帯電話で連絡をした。
「ハナ、俺や。視たか?」
『――ええ。もちろん』
声のトーンが低い。きっと朝に弱いという理由だけではない筈だ。よほど自分の推理が外れたことがショックだったのだろう。
『城田宗雄。三十六歳。独身。W大学経済学部を主席で卒業後、超難関のブジテレビアナウンサー試験を突破し見事トップ入社した、同世代男子アナ人気・実力ナンバーワンのプリンス。未来のアナウンス局長候補のスーパーエリートよ。さっき検索した男子アナの総合ファンサイトに、そう書かれていたわ』
「しっかしビックリしたな、まさかしろむー……さんの正体が『日本の朝の顔』城田アナやったやなんて。そんな超絶エリートやったら、推理ゲームでの抜群の正解率を誇る名探偵ぶりも、なるほどうなずける話やな。それから残念やったな、お嬢サマの推理も外れてもおて」
『たしかに、これで『しろむーエックス同一人物説』は完全に崩壊してもおた。せやけど、まだ共犯説の可能性は残ってるわ』
低いトーンでゆっくりと答える華子。
「どういうこっちゃ? 城田アナがツイートをしている様子は、カコパンをはじめ、大勢の同僚に目撃されているんやで」
『たしかに、エックスと城田アナの二人では不可能やわ。せやけどトオル。もしよ、もし仮に、もうひとりの協力者が存在するのだとすれば――』
「そうか。第三の人物、そいつがエックスに成りすまして城田アナと狂言バトルを繰り広げたんやとすれば、充分に実現可能やな。うーん、せやけど名探偵。前も言ったけど、そんな殺人事件の共謀なんて、あの有名人の城田アナがあっさり引き受けるとも思えへんが」
『……たしかに、そうやけど……』
「ましてや、城田アナは人気ナンバーワン女子アナのカコパンと、毎朝肩を並べて仲むつまじくテレビに出ているんやで。日本中の野郎共に殺意を抱かれ、誹謗中傷を受けまくっとるのは日常茶飯事。慣れっこの筈や。そんな城田アナが、なんで態々そんな一介のゲームのアラシくんに対して、殺人事件の片棒なんか担がなあかんのや?」
『それは……』
「ちょっと動機が弱すぎるのやあらへんか、名探偵のお嬢サマ?」
『……首謀者はやっぱり城田アナで、協力者がエックス、殺害の実行犯が第三の人物という可能性だって……』
「そんな危険な代理殺人を引き受ける第三の人物にとってのメリットは?」
『……』
ついに手詰まりのようだ。京都老舗呉服問屋の麗しき令嬢の推理はここに撃沈した。
その夜。午前零時。
『 @shiro_mow さん。目ざましいテレビ、拝聴させて頂きました。名探偵しろむーさんが、あの有名人の城田アナだっただなんて、本当に驚愕しました。そして、身を挺して私の潔白まで証明して下さって……心の底から感謝しています。本当にありがとうございました』
遂に解答紳士Xが俺たちフォロワーのタイムラインに出現した。
『 では聡明なる読者諸君。私の潔白も証明されたことですし、晴れてゲーム再開とさせて頂きます。前もって明言しておきますが、これからツイートすることはすべて仮説であり、あくまでゲームの話です。くれぐれも現実の事件と混同なさらぬよう、よろしくお願い致します』
【返り討ちにして差し上げますよ。ええ、もちろん「完全犯罪」でねニヤリ】
『【ツイッター推理ゲーム殺人事件】犯人は単独犯です。事件当夜のあの時間、名探偵しろむー氏と推理バトルをリアルタイムで繰り広げていたのは、正真正銘、私エックス本人です。本格ミステリの神に誓って私の発言に虚偽はありません』
俺の頭の中で、あの有名人の名言がぐるぐると駆け巡る――
『【拡散希望】「読者への挑戦状」聡明なる名探偵諸君へ。この事件の真犯人は誰? そしてアリバイトリックは? ~Xより』
【わたしは誰の挑戦でも受ける ~アントニオ猪木】
(つづく)