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「ねえトオル。もしよ、もし仮に、エックスとしろむーって人が、裏で繋がっているとしたら――」
黒澤華子が銀色のナイフを俺の目の前に突き立てながら俺に問いかけた。
「そうか、その手があったか! あの推理バトルはアリバイ工作の為の二人の狂言やったちゅうワケやな――まあ、とりあえず座れやハナ。座って続きをゆっくり聞かせてくれへんか?」
俺は彼女を促した。「うん。わかった」と、素直に従って座り直す華子。だけど手にはナイフを握ったままだ。
「おそらく経緯はこうよ。アラシのkoo±に手を拱いていたエックスとしろむー氏は、ナイショ話機能のDMで連絡を取り合い、今回の殺人計画の共謀を企てた――」
「せえから?」
「お互いの意志疎通を確認をした後、二人は後日、実際に白熱の推理バトルを繰り広げる。もちろんDMを用いて内密にね」
「それで自然なやりとりのログが出来上がるっつうワケやな。せえから?」
「最後にエックスは自らのユーザー名のログインパスワードを送信する。それを受け取ったしろむー氏は、事前に公言した推理バトルの期日である七月二十三日の午後十時に、二台のネット端末を用いて、お互いのパートのログをツイッターの入力画面に交互にコピペしながら、絶え間なく送信して行く。しろむー氏の協力により、事件当夜のアリバイを確保したエックスは、その間に――」
「その間にアラシのkoo±――ランスケの河本を殺害したっちゅうワケやな。たしかに物理的には犯行は可能や。しかし、そんな殺人事件の共謀なんて、あの良識人のしろむーさんがあっさり引き受けるとも思えへんが……」
俺が語尾を言い終わるのを遮るかのように、彼女はナイフの先端を、俺の目の前でタクトのように振り回した。
「ふふっ、そうくると思ったわ。実はここからが本番。推理バトルの狂言説によって、そこからある仮説が派生するんよ」
不敵な笑みを浮かべるハナ。
「――ていうと?」
生唾を飲み込む俺。そして華子は、ナイフを自分の眉間の前で、天井に向けてゆっくりと突き上げた。
「そう、しろむー氏なんて人物は、最初からこの世に存在しなかった――」
「――つまり『名探偵しろむー』とはエックスの作り上げた架空の人物。ヤツの自作自演やったっちゅうワケか!?」
「ご明察、それで過去の推理ゲームにおける抜群の的中率も説明が付くわ。さっきのトリックもコピペの役だけ誰かに頼めば、あるいは知り合いのプログラマーにでも頼みはって、タイマー式の自動送信プログラムを組んでセットすれば――」
「エックス単独による犯行も実現可能! これでヤツの完全犯罪は氷解や。でかしたぞハナ。まさに目から鱗の名推理やないか!」
「うふふ、なんてったって私は『世界のクロハナ』やからね。ワールドワイドな灰色の脳細胞をなめてもらっちゃあ困るわね。今回はトオルの幼馴染の、空間デザインコースの小説家のタマゴさんの出番はなさそうやね」
高い鼻を益々鼻高々にする天狗状態の華子。まあ今回は大目に見てやろう。俺たちは目を見つめ合いながら、互いにニヤリとほくそ笑んだ。その中央には銀色のナイフがキラリと光る。
「後は、どうやってエックスが殺害現場である被害者の住処を突き止めたかっちゅう疑問点なんやけど――」
「そうやね。おそらく――エックスは被害者が公言していたように『知り合いのハッカー』によって所在を突き止められた。その際に、被害者側から殺害未遂事件が実際あったのかもしれへんし。で、襲われたエックスは、逆にこっそりkoo±の後を付けた――とかやないかな。まあ、そこはなんとでもなりそうな気がするけど、ね」
老舗呉服問屋の麗しきお嬢様は、そう言いながら俺に向かってウィンクした。
その夜、おんぼろアパート「ツブレ荘」の自室にて。茹だるような灼熱の暗闇の中、俺はねっとり湿った万年床に寝そべり汗だくになりながら、ポンコツノートPCの画面を食い入るように眺めていた。
あの事件以来、エックスもしろむーさ……しろむーも、一度も書き込み(ツイート)をしていない。完全黙秘を決め込んでいるのだろう。
「クックックッ、いつもオマエの推理ゲームにやり込められていた俺からの、ささやかな挑戦状や。さあ、受け取れエックス」
俺はハナの披露した長文の推理を、タイムラインに向けて連続ツイートした。あたかも自分で考えたような顔をして。すまんなお嬢様、堪忍や。
『@The_Tragedy_of_X @shiro_mow 例の「ツイッター推理ゲーム殺人事件」の謎解きに挑戦します。えっと、真犯人はやはりエックスさんですよね? そのトリックは――』
『@The_Tragedy_of_X @shiro_mow つづき(8)。それから二人はDMを使って事前に推理バトルを展開し――』
早速、俺のタイムラインは炎上した。まさに蜂の巣を突付いたような大騒ぎだ。警察もきっとこの「ツイッター推理ゲーム殺人事件」関連のログに目を光らせていることだろう。これで解答紳士Xこと名探偵しろむーも一巻の終わりだ。
その後、しばらくして遂に――
『@TOHRU @The_Tragedy_of_X みなさんお久しぶりです。うーん。どうもよからぬ噂が流れているみたいですね。例の「ツイッター推理ゲーム殺人事件」は僕とエックスさんが共謀しての犯罪だという……とても悲しいデマです。きっとエックスさんも憤慨して、心を痛めていると思います。胸中お察し致します』
しろむーだ。遂に沈黙のベールは解き放たれた。
「ケッ、何が『お察し致します』や。さっきはあえて書かへんかったけど――エックス、しろむー。オマエらが同一人物ってのは、とっくにお見通しやねんぞ」
決定打である「エックス=しろむー説」の爆弾をタイムラインに投下しようとした矢先、俺のPCの液晶画面に、しろむーからの次なるツイートが表示された。
『@TOHRU @The_Tragedy_of_X わかりました。では、エックスさんの名誉のためにも、僕たちが清廉潔白である決定的な証拠を、これから日本中のみなさんに証明させて頂きます』
しろむーからの挑戦状だ。
(つづく)