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03

-解決編 03-


「彼との出会いは――忘れもしない、ちょうど入学したての一年前の夏。そう、あれは北山通りのミニシアターで、クラスの娘たち数人と映像合同展を開催した時やった――」


 黒澤華子は、俺の喉元にバタフライナイフを突きつけながら。ゆっくりと噛み締めるように語り始めた。


 北山通りとは、現代建築が立ち並ぶファッショナブルでモダンな街。景観条例のうるさい京都において極めて稀な一角だ。ここは洛中――京都市の中心と離れているため、伝統的景観を遵守した建築規制から解放されているのである。


「その日、私は合同展の受付をひとりで担当していた。受付席の長テーブルには、芳名帳と合同展の手作りパンフレット。そして作品への感想を書き込んで貰うノートを添えていた――」


 茫洋とした彼女の視線。俺の目をじっと捉えながらも、忘却の彼方を見つめているようだった。


「私にとっての初めての上映会。私たちは期待に胸を膨らましていた。どんな人が見てくれはるんやろう。どんな感想を書いてもらえるんやろうって。だけどお客さんはガラガラ。高校時代の友達やクラスの子がポツリポツリと挨拶程度に訪れるだけやった。そりゃそうよね、無料とはいえシロウトに毛が生えた程度のアマちゃんたちの上映会なんて、誰が好き好んで――現実はそんなものやと思うわ」


 寂しげな口調で語る麗しき漆黒のメデューサ。そして蛇に睨まれた蛙の俺。その視線は俺の足を震えさせ、全身から汗を噴霧させる。


「そんな時、彼が――河本くんが、ふらりと一人でミニシアターに訪れはった」


「彼、上映後とても熱心に私の作品の感想をノートに書き込んでくれたんよ。大学に入学して始めて貰えた自分の作品への感想、しかも長文の。嬉しかった。ねえトオル、あなたも未来のアーティストを目指す美大生なら、この気持ち分かってくれはるよね?」


 華子のすがるような視線が俺の胸を締め付ける。おもわずこくりと頷いてしまう。


「それで後日、記帳を頼りに私の方から彼に電話したの。『先日は本当にありがとう。お礼にお茶でも奢らせて』ってね。その時は純粋に感謝の気持ちだけやった。こうして私たちはエルムで再会した。彼は普段着そのままの襟元ヨレヨレなグレーのシャツにジーンズ姿で現れはった。まったく、こんな素敵な女子とのデートやというのにね」


 自嘲気味にはにかむ華子。その微笑が不覚にも俺の心を捉える。


「そう、新聞の写真にもあったように、彼はさえないメガネくん。初対面の印象では、異性として正直どうこうという感情はなかった。そやけどね、彼ってとても聞き上手やったんよ。私の語る映像論や映画監督への夢、そんな私の映画へ掛ける熱い思いに、一生懸命耳を傾けてくれたの。コーヒーカップ片手に『ふむふむ、それから』って具合にね」


 たしか俺と彼女が出会ったのも、この頃だった筈だ。はたして当時の俺は、彼女の話に対して、真剣に耳を傾けていただろうか。自分の事ばかりを主張していなかっただろうか。


「トオルも分かると思うけど、美大って自意識過剰と自己顕示欲の巣窟。まさに『俺が俺が』の世界やない? そんな中で彼のように受身のタイプの男の子との出会いはとても稀有で新鮮やったんよ」


 たしかに、そうかもしれない。主張を露にしない草食系の受身タイプは、野望渦巻く美大では絶滅危惧種だ。


「私、自分の話をもっと聞いてもらいたくて、何度も彼に連絡をしたの。そして彼は、そんな私を優しく受け止めてくれはった――」


(つづく)


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