暁の空
「おはよう」
空に向かってつぶやけば、母さんが優しく笑ってくれる気がする。いつも見守ってくれていて、いつだって笑いかけてくれている気がする。その隣に、宵の姿が見えることも少なくないけど、それが逆に嬉しかったりする。
ふっ、と笑って目を伏せる。
宵は今、何をしているだろうか。動きにくいのは嫌だ、とスカートを意地でも履かなかった女の子は、今女子校でセーラー服を着ているだろう。あれだけ毛嫌いしていた“お嬢様”を熱演しているのだろうか。
「宵」
逢いたい。片時も忘れたことのない、自分とそっくりで、それでいて、自分よりも眩しかったあの笑顔。
「はぁ」
ため息をひとつついて、しんみりした空気を吹き飛ばす。
癒しの場面は、これで最後だ。学校へ行けば、いつも通りの戦争が始まる。男の喧騒と、汗と、薄汚れているプライド。それらが埃っぽい教室で、激突しては崩壊を繰り返す。わたしはそれに、目を逸らし、自分を守ることしかできない。
けれど、それが父さんの望んだ強さなら。
「やってやんよ。」
気弱な自分を隠すための、汚い言葉と崩れた身なり。
もうオレは、弱くなんかない。強さなんて、とっくの昔に手に入れた。
だから、宵に逢いたいよ。強くて優しくて、双子なのに体格が一回りも小さいあの妹に。
徒歩十分の学校。正門から、もう戦場は始まっている。
「よう、暁!!」
男友達は、わたしを完全に男だと思っている。
そりゃそうだ。ありとあらゆる道場に通っていたせいで、全身にむらなく筋肉がついている。その上、身長も170㎝はある。男に比べれば小さいし、体格も華奢なほうに入ってしまうが、女にしてはでかいからばれない。
「おう。」
声だって、無理やりだけれどそれなりの低さだ。
ばれない。逆に言えば、女だと気づいてもらえない。
それが、嬉しいことなのか悲しいことなのかは、もう分からなくなってしまった。
「あいかわらず、馬鹿なことやってんな。」
今のわたしにできることは、男らしく男を貶すことだけ。