宵の落
スッと息を吸い、吐く。顔も引き締め、勢いよくドアを開けた。
「宵、ノックぐらいしなさい」
「お父様!!」
父の小言も聞かず、ドンッと手紙を突き出す。
「この手紙、どういうことですか!! 成績の降下は自覚しています。けれど、暁を忘れろって…」
そこで言葉を切る。キッと睨み付けても、父は相変わらず白けた目をして、じっと手紙を見つめている。その普段と変わりない様子に、俄然腹がたった。
「同じ姉妹を、それも双子を引き離しておいて、忘れろなんて…!! そうやって今度は母のことも忘れろというつもりですか!? ありえない! 親として、人として、あなたの感性はどうなっているんですか!!」
一気にまくしたてる。息が少し上がっている気もしたが、これくらいじゃ言い足りない。
息を吸い込み、さらなる罵倒を続けようとした。しかし。
「落ち着け」
父の言葉に、口をつぐむ。
「これは俺の字か」
ゆっくりと噛み締めるように言われた言葉に、すっと背筋が冷えた。
「お前は、これが俺の字だと確信があるのか」
あたしは、父親の字を見たことがあっただろうか?
…おそらく、ない。
手紙はすべて印刷された文字だった。
小学校の時、体操服なんかに名前を書いてくれたのは母親で、父親は鉛筆などに張る小さい名前シールを作ってくれただけだった。
父親のポケットにはいつだってボールペンが入っている。しかし、それを使っているところなど、見たことがない。
あたしは、父親の字を、見たことが、ない。
親なのに。
親なのに、こんなにもあたしは、この人を知らないのか。きっとあたしは、この人の出身地も好きなものも、誕生日さえ言えない。だって、知らない。
この人はどこで生まれたのだろう。おじいちゃん、おばあちゃん、と呼んでいたこの人の親の下の名前はなんと言うのだろう。どんなふうに育てられ、どんなふうに母と恋愛をし、どんな気持ちであたしと暁の出産を見たのだろう。
知らない。何も、知らない。
ショックだった。
自分が何も見ていない子供なのだと、改めて思い知った。