宵の闇
「ところで」
カフェで美味しい紅茶を飲んでいると、向かいに座った想太さんが思いだしたように言い出した。
「なんで、二人は離ればなれにされたの?」
聞いちゃいけないんだろうけど、と呟く想太さんは、ちょっと悲しそうだった。
「言ってくれなきゃ、わからないから」
ポツンと呟いたその言葉に、ハッとする。あたしは、まだこの人に何も言っていなかった。
「あの、ですね」
小さく、言葉を零した。何から言えばいいのだろうか。考えがまとまらない。
あたしが思いだすのは、真っ赤な救急車のランプと、うるさいくらいに響き渡っていた父さんの叫び声だけで。
その他の記憶は、正直ない。
まったくではないが、記憶が飛ばし飛ばしになっていて、正確には覚えていないのだ。
それでも、あたしは想太さんに語った。
母さんが心労で倒れたこと。それを、父さんがあたし達のせいにしたこと。家が結構な資産家だということも、母さんが裏社会の泥臭さに疲れ切っていたことも、全部話した。
「あたし、小さいころか活発で、だから大人しくなれって、女子高に入れられたんです」
想太さんは、黙って話を聞いている。
「暁は、逆でした」
「と、いうと?」
初めて、不思議そうな顔をした想太さん。この人は、暁のことを知らないんだと、遅くも気付いた。
「暁、すごく大人しかったんです」
いつも、あたしの背中に隠れるばかりだった。わき腹あたりを掴んで、『宵、ケガしないでね』っていってくれたものだ。
「だから、男らしくなれって。なよなよしてるから、母さん苛立ってたって」
ホントは、そんなことなかった。母さんは、弱々しい暁をあたしよりも可愛がっていた。あたしだって、そんなところが可愛いと、女の子らしいと思っていたのに。
「酷いな」
ぽつりと、想太さんが呟いた。
「気弱な女の子に、男らしくなれ、だなんて」
たしかに、そう思う。でも、
「でも、父さん狂ってたから」
あの様子は、尋常じゃなかった。
「暁のこと、男の子って勘違いしてたもん」
『男なら、宵の後ろにばかりついていくな!前に出て堂々としていろ!!』
父さんの怒鳴り声が、今でも聞こえる気がする。
暁は最初、男の子の予定だったらしくて。あたし達は、男と女の双子になる予定だったらしくて。
どこで間違ったのか、暁は女の子で産まれてしまったんだ。
普通、男の子に使うはずの『暁』という漢字をあてたのも、そのせい。
同じ『あき』なら、『亜紀』とか『秋』の方が、よっぽど良い。それなのに、父さんはあえて『暁』をあてた。
男の子で、いてほしかったから。
あのときの暁の顔は、今でもありありと思い浮かべることが出来る。
あれだけショックな顔をした暁は、それより後に感情を出さなくなってしまったのだから。