宵の先
「今日はいたんだ」
窓から想太さんが顔をのぞかせる。
「最近いないから、風邪でも引いたのかと思ってた」
優しい言葉と柔らかい眼差し。それが、どうしようなくあたしをときめかせる。
想太さんは良い人だ。だからこそ、利用しちゃいけない。甘えてちゃ、いけないんだ。
そうは思うけれど、やっぱりあたしには無理だ。
「返事、考えててくれた?」
あたしは想太さんに甘えてはいけない。けれど、甘えないと生きていけない。もう、暁じゃだめなんだ。見えない暁を想うことが、辛くて苦しくて仕方ないんだ。
「想太さん」
じっとうつむいても、見えるものは柔らかな絨毯。明るくはないベージュが、静かにあたしを見つめ返す。
「あのね、」
揺れ動く心の中、あたしはどういえば良いのか分からなくなった。
付き合う、と返事すればいいのか?それとも、暁の代わりになってくれって伝えるの?そしたら、暁のことは全て話さなくちゃいけない?でもそれは、あたしの生い立ちを語るということ。そんな勇気、今のあたしにある?
ぐるぐると回り始めた思考の中、想太さんの声が心に届く。
「今、一番伝えたいことは?」
「あたしだって、想太さんが好きです・けど、」
一番伝えたいのは、あたしも好きだということ。でも、それは想太さんを暁の代わりにするということ。そのこと、伝えなきゃいけない?
けど、の後の言葉が続かない。何を言うことが正解なのか、全く持って分からない。
ついに、絨毯の上をなぞっていた視線は行き場をなくした。ちらりと時計に目をやると、もう想太さんが来てから30分が経っている。
想太さんは今どんな表情をしているだろう。待ちくたびれて呆れたか、それともまだ待ってくれているのか。
想太さんに目を向ければ、真剣だった表情がふにゃりと崩れた。
「やっと、こっち向いた」
小さな呟きと共に伸ばされた腕は、ゆっくりと、そして確実にあたしを捕らえる。捕らえて、心さえも鷲掴みにしてしまう。
そんな優しくて甘い一時に、あたしはあっけなく崩れた。
気がつけば、何もかもを話していた。
双子の姉がいるんです、と。姉は男子校にいるんです、と。何やってるか全く分からないんです、と。
泣きながら、あなたは暁の代わりだと、そんなことまで言ってしまった気がする。その間、想太さんは何も言わなかった。ただ、あたしをずっと抱きしめてくれていた。
泣きやんで、想太さんはどうしているだろうと気になりだした頃、優しい大好きな声がした。
「いいよ、それでも」
抱きしめられているせいか、いつもより想太さんの声が低く響く。
いいよ、のその声に、なぜだかもう一度泣きたくなった。