暁の案
あの日から、学校には行っていない。もう、一週間になるだろうか。それとも、そこまで経っていないか。
部屋の中でじっとしていると、時間の感覚がわからなくなる。いつ朝が来たのか、いつ夜を迎えたのか。何も、わからない。そればかりか、自分が生きているのかどうかさえもあやふやだ。
ベッドの上で膝を抱え、頭を守るようにして丸まっていると、幼いあの日を思い出す。
父さんに叱られたある日。何が原因かは忘れてしまったけれど、怖さで一人泣いていた。そんなときに、宵はずっと傍にいてくれたんだ。同じようにして隣に座り、何も言わずに背中を撫でていてくれた。
宵は、本当に何も言わなかった。大丈夫?も、泣かないで。もなく、ただただ傍にいてくれた。
でも、それだけでわたしは少し、強くなれたんだ。頑張ろうって、泣くのは今日だけだって、そう思えた。
あの日の宵は、どこに行ってしまっただろう?
ふとそんなことを考えて、また、気持ちが沈みこんだ。
宵。可愛くて、優しくて、何よりも強いわたしの妹。でも、今必死で名前を呼んでも、答えてはくれない。
あの子は、どこへ行ってしまったのだろう?わたしよりもひどい仕打ちを受けているだろうか?
宵は昔から、意志の強い子だった。
だからこそ、自分を押し込めて生活するのはものすごく辛いことなんじゃないか。お嬢様としておとなしく暮らすなんて、拷問だろう。
宵、元気にしてますか。
携帯の着信を見ても、いっこうに宵らしきアドレスは表示されない。宵のアドレスさえ知らないのだから当然だけど、それでもわかると思う。きっと宵のアドレスは、“yoinomyoujou”が入っているから。
名前である明星宵(あかほしよい)をもじって、宵の明星。それが、宵の座右の銘だった。
「宵の明星みたいに、暗くても明るく輝いてみせるよ!だから暁は、明け方に輝いていてね」
そう言って、夜空を指さし笑った宵。あれは、いつのことだったかな。
ぼんやりと携帯のディスプレイに目を落とす。すると、一通のメールが届いた。
宵ではない。あれから毎日メールをしてくる人、唯人だ。
『あの日はごめん。学校に来て。何でもするから』
懇願するようなメールを見たとたん、心の中にずるい考えが浮かんだ。
唯人は、宵と会わせてくれるだろうか。
近所の悪ガキを束ねているといった。ひょっとしたら、そこらへんの伝手(つて)で見つけられないものだろうか。
見つけて、会わせてはくれないだろうか。
そこまで考えて、自分の心の醜さを呪う。
人を頼りにしちゃいけない。自分で見つけなくちゃいけない。自分で道を開かなくちゃいけない。
唯人がどれだけ優しくしてくれても、そこだけは譲っちゃいけない。
でも。
そうでもしないと寂しくて、そろそろ壊れてしまいそうで。
唯人に頼んでみようかな。引き受けてくれるんだろうけれど、でもそれじゃ、わたしがモヤモヤしてしまう。
どうしよう、どうすればいいんだろう。宵は、こんなときにどうするかな。
悩んで悩んで、疲れて寝て。そして起きたらまた悩んで。
そんなことをしていても、毎日届く唯人のメール。
学校に行こう。
そう腹をくくったのは、不登校になってから3週間が経とうとしていたころ。
唯人の根気強さと、自分の弱さに負けた。
学校に行って、唯人と話して、けじめをつけようじゃないか。自分は間違っていない。
宵だって同じ選択をするだろう。真っ直ぐ歩こうと、決意するだろう。わたしよりも早く、正確に。
そう思いながら眺めた空は、夜なのに眩しく思えた。