宵の波
あれから毎日。想太さんはあたしの部屋を訪れる。
どうしてだろう。想太さんと一緒にいる時間が長いほど、あたしの心はほどけていく。そんな気が、するようなしないような。
そして、もうひとつの疑問。あの日から、
「宵ちゃん、明るくなった」
そう、言われるようになった。どうしてだろう、あたしはいつも通りのはずだ。何も、特に変わったようなことはしていない。
「宵ちゃん、今夜も来たよ」
今日も窓から、ひょっこりと現れる想太さん。いつもと同じく、本屋さんでアルバイトをした後のようだ。
「あ、想太さん。こんばんわ」
「宵ちゃん、最近明るくなったね」
そっと笑う想太さんの顔に、胸がキュッて音を立てる。でも、そんなこと気にはしない。
「そうですかね、いつも通りですけど」
いつも通り、おしゃべりをする。最近は想太さんの仕草にいちいち反応してしまうのが、ちょっと邪魔。でも、それはそれで楽しいからいいや。
こんな風にあたしが笑っている今、暁は何をしているんだろう。
ふと、意識が飛ぶ。あたしが恋をして、好きな人と笑っていて、こんな風に幸せな時間に浸っている間に。暁は何を考え、何を感じ、何に苦しんでいるんだろう。
「宵ちゃん」
想太さんの声で、はっと我にかえる。
「意識、飛んでたね」
「すみません」
あやまると、想太さんはちょっと悲しそうな顔をした。
「宵ちゃん、付き合おうか」
「・・・」
え、は、何何何。
想太さん、今なんて言った?あたしは今、なにを考えてる?何をしていた?ここはどこ?急に、メルヘンの世界に飛んでしまったのだろうか。それとも、今あたしの意識はないのか。
「宵ちゃん」
「はいっ」
声が裏返る。
「冗談じゃ、ないよ」
ますます、頭の中がこんがらがる。
どうしよう。
まず思い浮かんだのは、暁の顔だった。今の自分と同じ年齢のはずなのに、まだ顔は幼いまま。ずっと会っていなくて、どんなふうに成長しているかわからない。
あたしは、暁に逢えないまま幸せになってもいいのだろうか。暁がどこかで苦しんでいるかもしれないのに、自分だけ好きな人と結ばれてもいいのだろうか。
「待って、ください」
やっとのことで言えたのは、それだけだった。情けないけれど、今返事を返すのは無理だよ。頭の中、ぐちゃぐちゃだもん。今は何も、考えられないから。
「そっか」
やけに寂しそうな顔をする想太さんに、胸が締め付けられる。そして、余計に何も考えられなくなる。
結局、今日は早めに帰ってもらった。早く、一人になりたかったから。
ああ、どうしよう。考えるのはそのことばかり。
親に言えるわけもなく、暁に相談できるはずもない。最終的には、考えに息詰まる。
どうしよう。自分に問いかけて、まず浮かんできたのが想太さんの笑顔だった。いつもいつも、相談にのってくれて、優しくアドバイスをしてくれるあの人。
でも。この思考の元凶に、相談できるわけないじゃないか。
結局、あたしは弱いままなのだ。そのことを強く強く思い知らされる。
こんなこと一つ、満足に結果が出せないなんて。
ベッドに入る前。こんなことを思った。
「もう二度と、目が覚めなければいい」